人柱力? いいえ違います。ただの超魔王バールの憑代です   作:華洛

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第五話 帰れない場所と、欲しくなった妹

 

 ヤヨイが超魔王バールを宿したのは、第四次忍界大戦のさなかだった。

 

 空は濁り、地は裂け、どこを見ても戦場だった。

 忍同士の戦いなどという言葉では、もう到底片づけられない規模の殺し合いが、各地で行われていた。

 死者である穢土転生された忍たちは、封印以外では倒すことができず、封印されるまで消耗戦が続いていた。

 その理不尽さは、戦争を知らない世代にとってあまりにも重かった。

 

 扇子ヤヨイも、その理不尽に呑まれかけた一人だった。

 

 当時の彼女は、今よりずっと未熟だった。

 写輪眼は開いていたが、戦場の全てを見切れるほどではない。

 あくまで傭兵として雇われに過ぎず、前線に行かないと油断もあった。

 経験も足りない。覚悟も足りない。

 それでも逃げずに戦った。生きて帰るためにだ。

 

 だけど、戦場はそんな願いを丁寧に踏み潰す。

 

 穢土転生された忍との交戦は、最初から分が悪かった。

 相手は痛みを恐れず、致命傷を負わず、自爆上等で向かってくるので、こちらの消耗だけを確実に積み上げてくる。

 ヤヨイは必死に食らいついた。クナイを投げ、火遁を放ち、写輪眼で動きを追い、泥と血にまみれながらなお立ち続けた。

 だが、限界は来る。

 

 脇腹を抉られ、肩を裂かれ、視界が赤く滲んだ。

 膝が折れる。呼吸が浅くなる。耳鳴りがひどい。

 立たなければと思うのに、身体が言うことをきかなかった。

 土と血の匂いが鼻を刺す。

 冷えた地面に手をついたまま、ヤヨイは荒い息を吐いた。

 

 死ぬ。

 

 その言葉が、妙に静かに胸へ落ちてきた。

 嫌だった。怖かった。

 まだ何もしていない。何も終えていない。

 こんな場所で、誰にも知られず、ただ戦場の泥に埋もれるように死ぬのは嫌だった。

 

(――いやだ。こんな、ところで、私は死にたくない。誰か、誰でもいいから。たすけて)

 

 その感情だけが、焼けつくように強かった。

 

 その時だった。

 空気が変わった。

 

 戦場の喧騒とは別の、もっと異質な圧が、ひび割れた地面の向こうから滲み出してくる。

 チャクラではない。

 もっと粘ついていて、もっと不吉で、もっと生き物の悪意そのものに近い何かだった。

 ヤヨイは血に濡れた顔を上げた。

 そこにいたのは、巨大な肉体だった。

 人の形をしていて、まるで鬼のように角を生やした異形。

 ただ輪郭は崩れ、肉体はところどころ剥離し、まるで存在そのものが壊れかけているようだった。

 それでもなお、その場に立っているだけで周囲の空気を圧し潰すほどの悪意があった。

 

 超魔王バール。

 

 この時、ヤヨイはまだその名は知らなかった。

 だが、本能だけは理解した。

 これは見てはいけないものだ。関わってはいけないものだ。

 そういう類の存在だと。

 

 超魔王バールもまた、ラハールたちとの交戦で倒れる寸前だった。

 ラハールとは幾度と戦い、互いに負けては挑む関係。

 今回は敗れてしまい、身体は崩壊しかけていた。

 このままでは消える。

 そう見て取れるほどに、その存在は不安定だった。

 

 ヤヨイは恐怖で震えた。

 だけど、ほんのわずかに、別の感情でもあった。

 ――目の前のそれもまた、消えたくないのだと。

 そう直感してしまったからだ。

 バールは何も言わなかった。

 ただ、底なしの悪意だけを滲ませながら、ヤヨイを見下ろしていた。

 

 ヤヨイもまた、何も言えなかった。

 喉が張りつき、声が出ない。

 それでも、沈黙の中で理解してしまう。

 

 自分は死にたくない。

 こいつも消えたくない。

 ならば、利害は一致している。

 まともな判断ではなかった。

 戦場で血を流しすぎて、頭がおかしくなっていたのかもしれない。

 だが、その時のヤヨイにとって、まともかどうかは問題ではなかった。

 

 生きたい。

 

 その一点だけが、全てだった。

 血に濡れた手を、ヤヨイはゆっくりと持ち上げた。

 縋るように。

 差し出すように。

 

「……わたしは、しにたく、ない」

 

 掠れた声だった。

 

「これは、けいやく……」

 

 言葉は途切れ途切れだった。

 それでも、どうにか絞り出す。

 

「あなたは、わたしの中にかくれればいい。そのたいかに、わたしを……たすけて!」

 

 その瞬間、空気が凍った。

 バールの魔力が、歓喜とも嘲笑ともつかない形で脈打つ。

 次の瞬間には、紫黒の魔力が奔流となってヤヨイへ流れ込んだ。

 

「――ぁ、あああああああああっ!?」

 

 絶叫が戦場に響く。

 身体の内側へ、異物が入り込んでくる。

 骨の隙間へ。血管の奥へ。脳髄の裏側へ。

 人の器に収まるはずのない災厄が、無理やり押し込まれてくる感覚だった。

 痛い。苦しい。吐きそうだった。

 頭が割れそうで、心が潰れそうで、それでも意識だけは落ちなかった。

 

 落ちれば終わると、どこかでわかっていたからだ。

 どれほどの時間が経ったのか、ヤヨイにはわからなかった。

 気づけば、戦場の音が少し遠くなっていた。

 呼吸はまだある。心臓も動いている。

 

(……生きてる)

 

 まだ身体には傷が残り、痛みもあった。

 しかし、先ほどまでのような瀕死ではなくなっていた。

 目を瞑り一息つこうとすると、精神が脈を打った。

 身体の内にいるバールを感じ取った。

 胸の奥に、何かがいる。

 静かで、重くて、底の見えない悪意の塊が、自分の中に沈んでいる。

 それがわかるだけで、全身が震えた。

 もう、以前と同じではいられないと感じ取った。

 

 第四次忍界大戦は、その数日後に終戦した。

 うちはマダラが起こした『無限月読』は、ナルトとサスケによって解除され、世界は辛うじて滅びずに済み、人々は戦後処理と復興へ向かっていった。

 

 だが、ヤヨイの中では何も終わっていなかった。

 超魔王バールは、無口だった。

 語りかけてくることはほとんどない。

 命令もしない。囁きもしない。

 それなのに、怖かった。

 

 胸の奥に沈んでいるだけでわかる。

 あれは人が抱えていいものではない。

 少しでも気を抜けば、自分の心ごと圧し潰される。

 眠るのも怖い。目を閉じると、底なしの悪意がすぐそこにある気がした。

 

 ヤヨイは里へ帰れなかった。

 帰ってはいけない、と本能が告げていた。

 もしこの災厄が暴れれば、隠れ里ひとつでは済まない。

 自分の故郷も、家族も、何もかも巻き込むかもしれない。

 だから、無事でいて戦後復興をしていると手紙を出すに留めた。

 

 戦後の混乱に紛れるように姿を消し、各地を転々とした。

 荒れた土地。人気のない宿。山中の廃屋。

 人の少ない場所ばかりを選んで眠り、目覚め、また移動する。

 なんとか生きてはいた。

 しかしそれは生活というより、ただ破滅を先送りにしているだけの日々だった。

 

 そんなある日、ヤヨイの前に、ひどく場違いなものが現れた。

 

「見つけたデス!」

 

 元気のいい声が、荒野に響いた。

 ヤヨイは反射的に身構えた。

 クナイへ手を伸ばし、写輪眼を開く。

 だが、視界に飛び込んできた相手は、警戒心の向け先を一瞬見失うほど奇妙だった。

 

 小柄な少女型の体躯。

 愛嬌のある顔立ち。

 その背後には、タコの脚のような複数の触手状ユニット。

 どう見ても普通ではない。

 だが、胸の奥に沈むバールの悪意とは、まるで質が違った。

 

「デスコはデスコMSFデス! デスコの目標である超魔王バールを追ってきたデス!」

 

 あまりにも明るく、あまりにもはっきりした自己紹介だった。

 ヤヨイは絶句した。

 そんなヤヨイを尻目にデスコMSFはずい、と顔を寄せてきた。

 ヤヨイは思わず一歩下がる。

 

 デスコMSFは、まずヤヨイの内にいる超魔王バールのことを話した。

 魔界のことも話した。

 超魔王とは何か。

 バールがどれほどしぶとく、どれほど危険で、どれほど迷惑な存在か。

 そしてデスコMSFは、ラスボスを目指すオリジナルとは別方向、裏ボスを目指し研鑽をしているという。

 あまりのスケールの大きさに、ヤヨイは頭をかかえる。

 

「あまり気にしない方がいいデス。いっそのことフーカお姉様のように、この世は夢だと思ったほうが楽かもしれないデス!」

「え、姉がいるの?」

「いるデス。ちょっと頭がアレで現実を夢だと思っている色々と可愛いお姉さまなのデス」

「……意味がわからない」

「大丈夫デス。オリジナルのデスコもお姉さまのことはたまにわからなくなるデス」

「大丈夫じゃないよね、それ」

 

 ヤヨイは困惑した。

 困惑したが、それ以上に、こんな風に普通に喋ったのは久しぶりで、少しだけ救われた気がした。

 胸の奥にある悪意は、相変わらず重い。

 怖さも消えない。

 だが、そのことを知っていて、しかも真正面から話してくる相手がいる。

 それだけで、世界の端にひとり取り残されている感覚が、ほんの少しだけ薄れた。

 

 デスコMSFは、しばらくヤヨイのそばにいた。

 勝手に居座り、勝手に喋り、勝手に触手をわさわささせた。

 うるさい。落ち着かない。

 だが、不思議と嫌ではなかった。

 やがてデスコMSFは言った。

 

「このままだと、ヤヨイ一人では色々と大変デス。なので、一旦魔界に帰って、頼れるプリニーを連れてくるデス!」

「頼れる……プリニー? そもそもプリニーってなに?」

「魔界の雑用係デス。知り合いの優秀なプリニー教育係から、選りすぐりを譲ってもらうデス!」

 

 何を言っているのか、半分もわからなかった。

 だが数日後、本当にデスコMSFは戻ってきた。

 連れてきたのは、二体のプリニーだった。

 

 一体は黒いプリニー。

 もう一体は灰色のプリニー。

 どちらも、普通のプリニーとはどこか違っていた。

 落ち着きがあり、妙に空気が重い。

 しかも、ただのマスコットめいた可愛げでは済まない、静かな圧がある。

 

「この子たちは地獄で超優秀なプリニー教育係に鍛えられてるデス! 礼儀正しくて、我慢強くて、プリニーとしての自覚も完璧デス!」

 

 得意げに紹介するデスコMSFの横で、二体のプリニーはそれぞれ短く頭を下げた。

 

「よろしく頼むッス」

「……よろしくッス」

 

 ヤヨイはしばらく黙って二体を見ていた。

 妙に落ち着いている。妙に場慣れしている。

 そして何より、こちらを見ても必要以上に怯えない。

 そのことに、少しだけ驚く。

 

「……あたしの中にいるの、わかってるよね」

 

 問いかけると、黒いプリニーが静かに頷いた。

 

「わかってるッス」

「それでも気にしないッス」

 

 灰色のプリニーも短く続ける。

 ヤヨイは眉をひそめた。

 普通なら、もっと警戒する。もっと距離を取る。

 少なくとも、こんなふうに平然とはしていないはずだった。

 

「なんで平気なの」

 

 デスコMSFは簡潔に説明をする。

 

「プリニーは悪魔の僕で、魔王や魔神に仕えるのもいるデス。超魔王バールを宿している程度のことは気にしないデス。――ある魔界の自称ナイスバディな魔神のもとに仕えることになる場合は嫌がられるかもしれないデス!」

「なにそれ」

 

 その瞬間、黒いプリニーの目が赤い瞳へと変わる。

 瞳の中に浮かぶ文様を見た瞬間、ヤヨイは息を呑んだ。

 

「……それって写輪眼」

 

 黒いプリニーは何も言わず、すぐに目元を戻した。

 灰色のプリニーもまた、短く頷く。

 

「俺も同じだッス」

 

 それ以上は語らない。

 生前の名も、過去も、何も言わない。

 ただ、自分たちはうちはの魂を封じられたプリニーで、だからこそこの場にいるのだと、それだけを示していた。

 ヤヨイはしばらく何も言えなかった。

 遠い分流とはいえ、自分と同じ写輪眼の系譜。

 その事実だけで、胸の奥の強張りが少しだけ緩む。

 

「……そっか」

 

 ようやくそれだけを呟く。

 超魔王バールを宿していても、気にしない。

 少なくとも、露骨に遠ざけたりはしない。

 そのうえで、自分たちもまた、うちはの血を引いている。

 それが、ヤヨイにはありがたかった。

 デスコMSFが満足げに胸を張る。

 

「すごいデスよ。この子たち。礼儀も完璧、根性も完璧、プリニー魂も完璧デス!」

「プリニー魂って何……」

「プリニーとしての誇りッス」

 

 黒いプリニーが即答した。

 

「与えられた役目を果たし、筋を通し、無駄に泣き言を言わない。それが大事ッス」

「……妙にしっかりしてるね」

「教育の賜物ッス」

 

 灰色のプリニーも短く言う。

 

「サボりは甘え、怠慢は罪、借りは返す。約束は死んでも守る。そう叩き込まれたッス」

「厳しすぎない?」

「厳しいくらいでちょうどいいッス」

 

 黒いプリニーは淡々としていた。

 だが、その言葉には妙な説得力があった。

 デスコMSFがうんうんと大きく頷く。

 

「さすがデス! 地獄仕込みは違うデス!」

「……地獄って、そういう教育機関みたいな場所なの?」

「地獄の一部はそうデス!」

 

 この短いやり取りだけでも、二体がただ従順なだけではないことはよくわかった。

 自分たちがプリニーであることを、半ば信条のように受け入れている。

 それにどうやらプリニー教育係の悪魔をかなり敬っていた。

 その落ち着きが、ヤヨイには不思議と心地よかった。

 ヤヨイは、完全にひとりではなくなった。

 

 黒いプリニーと灰色プリニーは里帰りしてはどうかと言ってきたことがある。

 だけどヤヨイは中の超魔王バールを畏れて帰る気はなかった。

 だから、もっともらしい言い訳を使った。

 

「親がさぁ……孫の顔を見たいとか言いそうだし……」

「帰らない理由としては、だいぶ弱いッス」

 

 黒いプリニーが静かに言う。

 

「弱いッス」

 

 灰色のプリニーも短く同意した。

 

「うるさいなぁ……」

 

 ヤヨイは唇を尖らせた。

 図星だった。

 

 帰らない。でも、完全に縁を切るわけでもない。

 顔は出さない。手紙も最小限。

 それでも仕送りとして傭兵稼業で稼いだ金だけは送る。

 中途半端で、臆病で、どうしようもないやり方だった。

 

 

 

 各国を渡り歩き、依頼を受け、危険な任務をこなす。

 人里から少し離れた場所で生きるには、その方が都合がよかった。

 戦う理由もできる。金も入る。

 何より、忙しくしていれば余計なことを考えずに済んだ。

 

 その頃には、ヤヨイも少しずつバールの力を扱う術を覚え始めていた。

 魔力とチャクラを混ぜる。

 均衡を崩せば自分が壊れる。だけど噛み合えば、忍の術体系とは別の領域へ踏み込める。

 そうして完成させたのが、魔人モードだった。

 

 仙人モードに似ているようで、まるで違う。

 自然と調和するのではなく、悪意と破壊を無理やり自分の器へ通す形態。

 危険だった。その危険さゆえに強かった。

 さらに、須佐能乎とバールの魔力を融合させた外殻――超魔王デストロイも、ようやく形になり始めていた。

 

 その矢先だった。

 空間が裂けた。

 現れたのは、大筒木ウラシキだった。

 

 尾獣チャクラを集めるために各地を嗅ぎ回っていたその男は、ヤヨイの中にある異質な力を見逃さなかった。

 興味本位だったのか。

 あるいは、危険の芽を摘むつもりだったのか。

 理由はわからない。

 だが、襲ってきたことだけは確かだった。

 

 ウラシキは強かった。

 速く、読みにくく、底意地が悪い。

 忍の常識から半歩外れた相手と戦うことには慣れ始めていたヤヨイでも、あれは厄介だった。

 だけど、ヤヨイももう、戦場で泣きそうになっていた頃の自分ではない。

 デスコMSFもいる。黒いプリニーもいる。灰色のプリニーもいる。

 

 魔人モードを起動し、万華鏡写輪眼を開き、さらにバールの魔力を須佐能乎へ流し込む。

 超魔王デストロイ。

 紫黒の巨影が終末を思わせる輪郭で立ち上がった時、さすがのウラシキも顔色を変えた。

 

 激突は短く、激しかった。

 地形が抉れ、空が裂け、魔力とチャクラがぶつかり合う。

 最終的に、ウラシキは撤退した。

 勝った、と言い切れるほど余裕のある戦いではなかったが、追い返したのは事実だった。

 そして、その戦闘の最中。

 デスコMSFは、なぜかウラシキの血を回収していた。

 

「裏ボスたるもの、採取は基本デス!」

 

 胸を張るデスコMSFに、ヤヨイは疲れ切った顔で言った。

 

「何の基本なの、それ……」

「変化能力の基本デス!」

 

 後にヤヨイは知ることになる。

 オリジナルがデスコがラスボスっぽい「ヨグ=ソートス」なのに対して、デスコは裏ボスっぽい【ナイアーラトテップ】を最終形態として組み込んでいるとのこと。

 それは対象の細胞情報が得ることで、ほぼ九割近くの精度で変化ができた。

 保存できる細胞は千体まで。千体を超える場合は、保存されたデータを削除する必要がでてくる。

 裏ボスを目指す執念が、妙な方向で完成度を押し上げていた。

 

 そんな日々の中で、ヤヨイはある噂を耳にした。

 

 任務先で立ち寄った茶屋だった。

 忍たちの雑談の中に、うちはの名が混じった。

 若いくせに見どころのある忍だとか。

 写輪眼に覚醒しているだとか。

 七代目の息子と同じ班だとか。

 

 うちはサラダ。

 

 その名前を聞いた瞬間、ヤヨイの胸の奥で、何かが動いた。

 元を辿れば、同じ一族。

 遠い遠い分流ではあっても、写輪眼を持つ少女。

 自分より年下で、これから先を生きていく子。

 その存在を想像した時、乾ききっていた心に、ひどく個人的な願望が芽を出した。

 

 会ってみたい。

 話してみたい。

 できることなら、仲良くなってみたい。

 そして、もし本当に運がよかったなら。

 

(……お姉ちゃんって、呼んでくれたりしないかな)

 

 そんなことを空想してしまう。

 一度、思ってしまうと歯止めが効かなくなった。

 

 せめて顔だけでも見たい。

 どんな子なのか知りたい。

 一度、姿を見てみたい。

 そう思ったヤヨイは、最終的に灰色のプリニーへ視線を向けた。

 

「……灰プリ」

「嫌な予感がするッス」

「こっそり様子だけ見てきてくれない?」

「様子だけ、ッスか」

「ほんとにそれだけ。無理に近づかなくていいし、危ないこともしなくていいから」

 

 灰色のプリニーはしばらく黙っていた。

 ヤヨイの顔を見て、それから小さく息を吐く。

 

「……写真一枚くらいなら、持ち帰れるかもしれないッス」

「えっ、いいの?」

「様子を見るための記録ッス」

「言い方がちょっとそれっぽい」

「それ以上はしないッス」

 

 釘を刺すような声音だった。

 

 そして数日後、ヤヨイの手元には一枚の写真があった。

 うちはサラダ。

 眼鏡越しでもわかる聡明さ。

 真っ直ぐな目。

 年相応の少女らしさと、忍としての芯の強さが同居した顔立ち。

 

 ヤヨイは、その写真をしばらく黙って見つめていた。

 胸の奥が、少しだけ温かくなる。

 同時に、どうしようもなく切なくもなる。

 自分はもう、帰れない。

 里にも、昔の生活にも、何も知らなかった頃の自分にも。

 だからこそ、家族みたいな距離感に惹かれてしまったのかもしれない。

 写真をそっと両手で持ちながら、ヤヨイは小さく思った

 

(かわいいなぁ。一度「お姉ちゃん」って呼んでもらいたいっ)

 

 死にたくなくて、災厄を宿した。

 帰れなくなって荒んだ。

 それでも完全には壊れずに済んだのは、デスコMSFや二体のプリニーがいたからだ。

 けれど、それとは別に、もっと普通の、もっと穏やかな繋がりに飢えていたのだろう。

 

 年下の子。

 気軽に話せる相手。

 できれば、少しだけ懐いてくれる誰か。

 ヤヨイは立ち上がった。

 写真を大事に懐へしまう。

 

 帰れない場所がある。

 それでも、会ってみたい相手ができた。

 その事実だけで、行き先の意味が少し変わる。

 依頼のために向かうはずの木ノ葉が、ほんの少しだけ、別の色を帯びる。

 

 ヤヨイは空を見上げた。

 どこへ行っても、胸の奥の災厄は消えない。

 帰れないものは、帰れないままだ。

 それでも、もし運がよければ。

 

 話せるかもしれない。

 仲良くなれるかもしれない。

 それは、もっとずっと先の、ありえないくらい都合のいい未来で。

 

 お姉ちゃん、と呼んでもらえるかもしれない。

 

 そんな願いを、まだ願いのまま抱えていられた頃のことを、ヤヨイは少しだけ大事に思っていた。

 

 

 

 

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