人柱力? いいえ違います。ただの超魔王バールの憑代です   作:華洛

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第七話 火影室を出た先で、厄介事はだいたい待ち伏せしている

 

 木ノ葉隠れの里の一角。

 人通りの少ない路地裏に、三つの影が集まっていた。

 

 夕暮れが、里の輪郭をゆっくり曖昧にし始めている。

 西へ傾いた陽は屋根瓦を赤く染め、長く伸びた影が路地の奥へ沈んでいた。

 遠くでは子どもたちの笑い声がまだ聞こえる。

 夕餉の支度を始めた家々からは、香ばしい匂いが風に乗って漂ってくる。

 平和な里の、どこにでもある夕方だった。

 そんな穏やかな空気の裏側で、ひどく穏やかではない相談が始まろうとしていた。

 

「と、いうことでうちはサラダを誘拐するデス」

 

 元気よく、そして何ひとつ悪びれずにそう宣言したのは、デスコMSFだった。

 

「却下ッス」

「論外ッス」

 

 即座に、二つの声が重なった。

 黒髪の青年――プリニーイタチは、頭の上のプリニー帽を揺らしながら冷たく言い切った。

 その隣で、顔の右半分に古い傷痕を持つプリニーオビトも、低い声で短く同意する。

 

「開始一秒で終わったッス」

「むしろ始まる前から終わってたッス」

 

 だが、デスコMSFはまったく怯まなかった。

 むしろ「来たデスね、その反応!」とでも言いたげに、びしっと指を立てる。

 

「甘いデス! 短絡的に“誘拐はダメ”と決めつけるのは、地上の悪い癖デス!」

「そこは地上とか魔界とか関係なくダメッス」

「かなり普遍的にダメなやつッス」

 

 デスコMSFは、ふふん、と鼻を鳴らした。

 

「確かに言われたデス。ヤヨイの意思を尊重しろ、慎重に動け、攫うな、木ノ葉を刺激するな、変なことをするな――」

「だいぶ具体的に言われてるッスね」

「そこまで言われて、なんで最初の結論が誘拐なんだスか」

 

 プリニーオビトのもっともな疑問に、デスコMSFは胸を張った。

 

「ですがデス! このままヤヨイの言うことに従っていたら、ヤヨイはおばあちゃんになってしまうデス!」

 

 その場に、妙な沈黙が落ちた。

 プリニーイタチは反射的に「それはない」と言いかけたが、口を開く寸前で止まる。

 会いたい。でも会えない。

 仲良くなりたい。でも今はまだ早い。

 写真は持っている。

 それでも本人に話しかける勇気はない。慎重というより、慎重すぎる。

 そして、そういう人間は時々、驚くほど長く足踏みを続ける。

 

「……」

「……」

 

 二人の沈黙を見て、デスコMSFの目がきらりと光った。

 

「ほら見たことかデス!」

「まだ何も言ってないッス」

「でも否定しきれなかったッス」

 

 痛いところを突かれて、二人は揃って顔をしかめた。

 デスコMSFは勢いづく。こうなると止まらない。

 

「躊躇っている程度ならまだいいデス! ですが、あまりに重い愛が、ストーカーになってしまい暴走してしまったら大変デス! 相手は超魔王バールデス!」

「最後の一文だけ急に笑えなくなるッスね」

「主本人より、中のあれが絡むと洒落にならないッス」

 

 それは事実だった。

 ヤヨイ自身は、少なくとも今のところ理性を保っている。

 だが、その内側にいる超魔王バールは別だ。

 もし感情の暴走が何かの拍子に引き金になれば、木ノ葉との関係どころの話では済まない。

 

「だからこそデス! さっさと会わせて撃墜させるデス!」

「撃墜されたらダメだろッス」

 

 デスコMSFはきょとんとした。

 

「でもデス、こういうのは早めに現実を見た方が傷が浅いデス」

「言いたいことはわからなくもないのが腹立たしいッス」

「手段が最悪すぎるッス」

 

 路地の外では、木ノ葉の忍が何事もなく通り過ぎていく。

 少し離れた場所には、火影室のある建物も見えた。

 つい先ほどまで、あの中ではおそらく真面目な話し合いが行われていたはずだ。

 そのすぐ外で、こちらは「誘拐はダメ」「でも放置はもっとダメ」「じゃあどうする」という、ひどく危うい相談をしている。

 世の中というものは、だいたいこういうところで噛み合わない。

 

「とにかくデス!」

 

 デスコMSFが、またびしっと指を立てた。

 

「デスコが周辺の意識を引きつけるデス。その間に、二人がうちはサラダを攫うデス」

「だからそこがダメだッス」

「では、保護デス?」

「言い換えてもダメッス」

「友好的確保デス?」

「もっとダメッス」

「お姉ちゃん候補として一時預かりデス?」

「最悪に近づいてるッス!」

 

 デスコMSFは不満げに頬を膨らませた。

 

「地上は不自由デスね……」

「自由にした結果が今の発言群ッス」

「むしろかなり自由すぎるッス」

「デスコはマイティーストライクフリーダムの名を関しているデス!」

 

 胸を張るデスコMSF。

 プリニーオビトは低く息を吐いた。

 このまま真正面から反対した場合、デスコMSFはどうするか。答えは明白だった。

 単独で動く。

 悪意があるならまだ読みやすい。

 だが、本人が本気で「ヤヨイのため」「未来のため」「姉妹愛のため」と信じている時ほど、行動は大胆になり、制御は難しくなる。

 特に姉妹愛に関しては、オリジナルであるデスコと、その姉である風祭フーカのこともあるので、よけいにあるのだろう。

 暴走するデスコMSFは、自由すぎてだいたい災害に近い。

 

「……このまま反対し続けたら、単独で行く気ッスか」

「もちろんデス!」

「即答しないでほしいッス」

「そこは少し迷ってほしいッス」

 

 また沈黙が落ちる。

 今度の沈黙は、呆れと諦めと、ほんの少しの現実的な計算が混ざったものだった。

 このまま全否定しても、デスコMSFは止まらない。

 止まらないどころか、たぶん「二人が理解してくれないならデスコ一人でやるデス!」と元気よく飛び出していく。

 それは最悪だ。最悪すぎる。

 プリニーイタチが、静かに口を開いた。

 

「……方針を修正するッス」

「おっ、ついに賛成デスね!」

「違うッス」

「違うッス。そこは一回ちゃんと否定しておくッス」

 

 デスコMSFは「むぅ」と唸ったが、続きを促すように触手を揺らした。

 

「攫わない。話しかけない。泣かせない。木ノ葉を敵に回さない。主の評判も落とさない」

「条件が多いデス」

「最低条件ッス」

「むしろまだ足りないくらいッス」

 

 プリニーオビトが続ける。

 

「やるのは偵察だけッス」

「偵察、デス?」

「サラダの行動を見る。周囲の警戒を見る。木ノ葉の反応を見る。それだけッス」

「接触は?」

「しないッス」

「攫うのは?」

「論外ッス」

「お姉ちゃんって呼ばせるのは?」

「段階を百段くらい飛ばしてるッス」

 

 デスコMSFは腕を組み、うーんと考え込んだ。

 その顔は真剣そのものだった。真剣だからこそ厄介だった。

 

「でもデス、それだと話が進まないデス」

「進め方を間違えると全部終わるッス」

「主の望みは“仲良くなること”であって、“木ノ葉に指名手配されること”じゃないッス」

 

 その一言に、デスコMSFはぴたりと止まった。

 どうやらそこはちゃんと理解できるらしい。

 

「……それは困るデス」

「だろうなッス」

「ようやく共通認識ができたッス」

 

 デスコMSFはしばらく唸っていたが、やがて渋々といった様子で頷いた。

 

「わかったデス。今回は偵察任務にするデス」

「最初からそうしてほしかったッス」

 

 デスコMSFの答えた。

 しかし二人の不安は一ミリも減らなかった。

 西日がさらに傾き、路地の影が濃くなる。

 赤かった空は、少しずつ紫を混ぜ始めていた。

 昼と夜の境目。

 人の気配はまだあるのに、どこか世界の輪郭が緩み始める、逢魔が時。

 こういう時間帯は、ろくでもないものがよく似合う。

 そして、ろくでもないこともまた、よく起きる。

 

 プリニーイタチは小さく息を吐き、頭上のプリニー帽に触れた。

 人型の仮初めの身体は、残り時間に限りがある。

 長居はできない。

 ならばなおさら、無駄な騒ぎは避けるべきだった。

 

「行くッスよ」

「ああッス」

「裏ボス的偵察任務開始デス!」

 

 最後の一言だけ、やはり少し不安だった。

 三つの影は、木ノ葉の路地裏から静かに動き出す。

 最悪の作戦は、どうにか“かなり危うい偵察”へと矯正された。

 それが良いことなのかどうかは、まだ誰にもわからない。

 

 ただひとつ確かなのは――

 デスコMSFが「大丈夫デス」と言った直後は、だいたい大丈夫ではないということだった。

 

 

 

 

 

 

 サラダは火影の執務室がある建物から、とぼとぼと歩いていた。

 

 空はもう、昼の色ではなかった。

 西の端に残る朱が、屋根の向こうでゆっくりと沈みかけている。

 里のあちこちに伸びた影は長く、道の端や建物の隙間には、夜の気配が少しずつ溜まり始めていた。

 それでも木ノ葉はいつも通りだった。

 行き交う人々の声があり、屋根の上を忍が跳び、遠くでは子どもたちの笑い声も聞こえる。

 里そのものは何も変わっていない。

 けれど、サラダの胸の内だけが、まだ火影室の空気を引きずっていた。

 

 黒いプリニー。

 万華鏡写輪眼。

 そして、自分を見て口にしたあの一言。

 

『――サスケの娘ッスか』

 

 思い出すだけで、胸の奥がざわつく。

 あれはただの偶然ではない。

 少なくとも、あの黒いプリニーは写輪眼を知っていた。父のことも知っていた。

 それがどういう意味なのか、まだ何ひとつわからない。

 わからないままなのが、余計に落ち着かなかった。

 建物の外には、ボルトとミツキが待っていた。

 壁際に寄りかかっていたボルトが、サラダの顔を見るなり眉をひそめる。

 

「なんだよ、その顔。やっぱまだ引きずってんのか?」

 

 サラダは少しだけ視線を逸らした。

 

「……別に」

「別にって顔じゃないけど」

「そうだね。かなり気にしてる顔だ」

 

 ミツキが穏やかに言う。

 その声音はいつも通りだが、目だけはちゃんとサラダを見ていた。

 サラダは小さく息を吐く。

 

「気にしない方が無理でしょ。写輪眼を持ってて、しかもパパを知ってるみたいな口ぶりだったのよ」

「まあ、それはそうだってばさ」

「でも、一人で抱え込むのはよくない」

 

 ミツキの言葉に、ボルトも頷く。

 

「なんかあったらちゃんと言えよ。七班なんだから」

「……わかってるわよ」

 

 そう返しながらも、サラダの声は少し硬かった。

 わかっている。

 わかってはいるが、簡単に整理できる話ではない。

 その時だった。

 ぬるり、と。

 視界の端で、何か黒いものが動いた。

 

「――っ!」

 

 反射的にサラダの身体が跳ねる。

 次の瞬間、タコの脚のような黒い触手が、さっきまでサラダが立っていた場所を掴んだ。

 しかし、白煙が弾け、代わりに丸太が地面へ転がる。

 

「身代わり!?」

 

 ボルトが叫ぶ。

 少し離れた木の枝の上に、サラダはすでに着地していた。写輪眼を開き、鋭く周囲を見回している。

 

「来る!」

 

 ミツキとボルトも即座に身構えた。

 視線が向いた先――建物の陰から、ゆっくりと奇妙な影が姿を現す。

 それは、小柄な少女型の何かだった。

 愛嬌のある顔立ち。だが、その背後にはタコの脚のような複数の触手状ユニットが広がっている。

 しかも次の瞬間、どこから取り出したのか、そいつは自分の真上にスポットライトを掲げた。

 ぱっ、と。

 夕闇の中に、場違いなほど白い光が咲く。

 赤く沈みかけた空の下、その光だけが妙に人工的で、妙に浮いていた。

 逢魔が時の薄闇を切り裂くように、その姿が照らし出される。

 

「ふっふっふ……よくぞ気づいたデス! デスコMSF(マイティーストライクフリーダム)、ここに華麗に参上デス!」

 

 沈黙が下りた。

 ボルトが、ものすごく嫌そうな顔をした。

 

「……何なんだよ、こいつ」

「裏ボス的登場演出デス!」

「聞いてねえよ」

「でも警戒はした方がいいね」

 

 ミツキの声は静かだった。

 サラダも枝の上から視線を外さない。

 見た目はふざけている。

 だが、さっきの触手の動きは速かった。少なくとも、ただ騒がしいだけの相手ではない。

 

「あなた、何者?」

「デスコはデスコMSFデス! にして、最終兵器にして裏ボス候補なのデス」

「説明になってないってば」

「でも、敵意はあるようには見えない」

「だから余計に不気味なのよ」

 

 サラダが言った、その直後だった。

 彼女のすぐ近くの空間が、ぐにゃりと歪んだ。

 

「な――」

 

 夕暮れの空気そのものが捻じれたように、そこに渦が生まれる。

 薄闇の中で、その歪みだけが異様にはっきり見えた。

 渦を巻くように空間がねじれ、その中心から灰色プリニー帽子を被った男が現れる。

 現れた瞬間には、もう距離が近すぎた。

 灰色プリニー帽子の男は迷いなくサラダへ手を伸ばす。

 

「サラダ!」

 

 ボルトが叫ぶ。

 だが、その手が届くより早く、別の影が割って入った。

 鋭い蹴りが、灰色プリニー帽子の男の腕を横から弾き飛ばす。

 

「っ」

 

 灰色プリニー帽子の男の身体がわずかによろめく。

 サラダは即座に後方へ跳び、距離を取った。

 その場に立っていたのは、はたけカカシだった。

 片足を下ろしながら、カカシは静かに灰色プリニー帽子の男を見据える。

 その目に、普段の気の抜けた色はない。

 

「……やっぱり、そこを狙うか」

 

 低い声だった。

 第四次忍界大戦で、神威を使う相手と何度も渡り合った男の声だった。

 出現の瞬間を狙う。間合いに入る前に潰す。

 その対処法は、身体が覚えている。

 灰色プリニー帽子の男は数歩下がり、カカシを見上げた。

 そして、ほんのわずかに視線を逸らす。

 

「……カカシかッス」

 

 その一言で、空気が変わった。

 ボルトが眉をひそめる。

 ミツキは目を細める。

 サラダは息を呑んだ。

 カカシは灰色プリニー帽子の男を見つめたまま、静かに言う。

 

「やっぱりオビトか」

「……」

「お前はあの時、確かに死んだはずだ。まさか、穢土転生か」

 

 灰色プリニー帽子の男――オビトは答えない。

 ただ、その両目の万華鏡写輪眼だけが、静かにこちらを見返していた。

 カカシの視線が、その眼を捉える。

 穢土転生の死者に特有の、あの黒い眼球ではない。

 そこにあるのは、生者と同じ白い眼球だった。

 カカシの表情が、わずかに険しくなる。

 

「……違うな」

 

 誰に言うでもなく、低く呟く。

 

「穢土転生じゃない。少なくとも、俺の知ってる術の形じゃない」

 

 オビトが何かを言おうと、わずかに口を開いた。

 だが、その瞬間だった。

 

「裏ボスの力の一端を見せてやるデス!」

 

 場違いなほど元気な声が、重い空気をぶった切った。

 全員の視線が、一斉にデスコMSFへ向く。

 デスコMSFは得意げに両手を広げ、背後の触手をうねらせる。

 

【ナイアーラトテップ】

 

 その言葉と同時に、背後に浮かんでいた黒い触手が一斉にデスコMSF自身へ絡みついた。

 腕に。脚に。胴に。首に。

 まるで自分自身を繭に変えるように、触手がその小柄な身体を包み込んでいく。

 

「な、何してんだあいつ!?」

「変化……?」

「いや、もっと別の何かね……!」

 

 サラダの写輪眼が、触手の内側で起きている変質を捉えようとする。

 だが、見えない。チャクラとも違う。忍術とも違う。

 もっと異質で、もっと粘ついた、魔界じみた何かが形を組み替えていた。

 やがて、触手が弾けるようにほどける。

 その中心に立っていたのは、もうデスコMSFではなかった。

 

 髪に触角のような二本の跳ねた房を持つ、尊大そうな少年。

 小柄な体格。だが、その立ち姿には妙な威圧感がある。

 赤いマフラーが夕風に揺れ、目つきは鋭く、口元には不遜な笑みが浮かんでいた。

 そして何より、その場の空気を当然のように支配する態度があった。

 

「ハーッハッハッハッハ!」

 

 高らかな笑い声が、夕闇へ響く。

 ボルトがぽかんと口を開ける。

 

「……増えた?」

「増えたわけじゃないと思う」

「でも、チャクラとは別の厄介な力を感じる」

 

 ミツキは目を細めた。

 仙人の感覚に触れる彼には、それがチャクラとは別種の力だとはっきりわかった。

 サラダもまた、警戒を解かないまま観察していた。

 変化の術に似ている。だが、似ているだけだ。

 あれはもっと根本から“成っている”。

 

「今度は何よ……」

 

 少年――ラハールへと成ったデスコMSFは、ふんと鼻を鳴らした。

 

「何よ、とは無礼な小娘だな! この俺様を誰だと思っている!」

「知らないわよ!」

「俺様は魔王ラハール様だ!」

「知らないって言ってるでしょ!」

 

 ボルトが思わず吹き出しかけるが、サラダの視線が鋭く飛んできて慌てて口を押さえる。

 カカシだけは、ラハールを名乗る少年とオビトを交互に見ていた。

 状況がさらに意味不明になったにもかかわらず、その視線は冷静だった。

 

「……オビト」

 

 カカシが低く呼ぶ。

 

「こいつは……いや、お前たちは何だ」

 

 オビトは、ほんの一瞬だけ沈黙した。

 その沈黙が、妙に気まずい。

 ただ疲労の色を滲ませて答える。

 

「……色々とあるんだッス、カカシ」

 

 ラハールは、胸を張って割り込む。

 

「ハーッハッハッハッハ。まずは魔界流の挨拶だ! 魔王の力を見せてくれる!!」

 

 次の瞬間、その周囲に禍々しい光の球が次々と生まれた。

 一つ、二つではない。

 十を超える赤黒紫の球体が、ラハールの背後に浮かび上がる。

 圧縮された力の塊。渦を巻くように回転し、空気そのものを軋ませていた。

 

「なっ――」

 

 ボルトが目を見開く。

 

「螺旋丸……!?」

 

 似ていた。

 回転し、圧縮され、今にも解き放たれようとしているその在り方は、確かに螺旋丸を思わせる。

 だが、違う。

 あれはもっと禍々しい。

 触れれば砕けるのではなく、呑み込まれ、侵され、そのまま消し飛ばされそうな不気味さがあった。

 サラダの表情が強張る。

 ミツキもまた、静かに身構えた。

 カカシの目が細まる。

 

「ラハール、やめろッス」

 

 黒いプリニー帽子の男の制止が飛ぶ。

 しかし、ラハールは高笑いをやめない。

 十を超える魔王玉が、一斉に唸りを上げる。

 放たれる。

 そう誰もが理解した、その瞬間だった。

 

 空気が変わった。

 

 禍々しい赤の巨影が、ラハールの前へ割り込むように立ち上がる。

 骨が軋むような音とともに形を成したのは、巨大な半身の武神――須佐能乎。

 

「――っ!?」

 

 サラダが息を呑む。

 カカシの目が見開かれた。

 須佐能乎の腕が振るわれる。

 その手に握られていた霊剣が、閃光のように走った。

 十拳剣。

 炎のように揺らめく刀身が、放たれる寸前の魔王玉を次々と貫いていく。

 一つ。

 二つ。

 三つ。

 十を超えるすべての魔王玉が、逃れる間もなく串刺しにされ、そのまま封じられて消えていった。

 轟音すら残らない。

 ただ、危険そのものが切り取られたように、そこだけが不自然な静寂に包まれる。

 

「――イタチだと」

 

 驚愕を滲ませ、カカシが呟く。

 須佐能乎の中心にいたのは、黒いプリニー帽子を被った青年――うちはイタチだった。

 病的なまでに白い肌。

 静かに伏せられた双眸の奥に宿る、赤い写輪眼。

 カカシは暗部時代に一緒にいた仲であり、里を抜けた後も何度も敵として対峙した。見間違えるはずがなかった。

 

 しかしイタチの腕が、肩が、頬が、ぼろぼろと崩れ始めている。

 まるで無理やり形を保っていた肉体が、限界を迎えたかのように。

 簡易培養された肉体では、須佐能乎の負荷に耐えきれない。

 その事実が、崩壊する身体そのもので示されていた。

 イタチは静かに息を吐く。

 その姿は崩れながらも、なお異様なほど落ち着いていた。

 

「……やはりこうなったかッス」

 

 低い声だった。

 誰に向けたものかも曖昧な、短い一言。

 カカシの意識が、ほんの一瞬だけそちらへ引かれる。

 オビトに続いて、今度はイタチ。

 かつて木ノ葉を揺るがしたうちはの名が、立て続けに目の前へ現れた衝撃は大きかった。

 その隙を、オビトは見逃さなかった。

 

「イタチに意識をもっていかれすぎだぞッス。カカシ」

「――!」

 

 カカシが顔を上げた時には、もう遅い。

 灰色プリニー帽子の男の手が、サラダの腕を掴んでいた。

 

「サラダ!」

 

 ボルトが叫ぶ。

 サラダが振りほどこうとするより早く、オビトの万華鏡写輪眼が回る。

 空間が歪む。

 神威だ。

 夕闇の中に生まれた渦が、サラダとオビトの姿をそのまま呑み込んでいく。

 

「待て!」

 

 カカシが踏み込む。

 だが、神威の転移は速すぎる。

 次の瞬間には、二人の姿は完全に消えていた。

 

「くそっ……!」

 

 ボルトが歯噛みする。

 ミツキもまた、目を細めたまま空間の残滓を見つめている。

 だが、それで終わりではなかった。

 数秒もしないうちに、再び空間が歪む。

 神威の渦が、今度はイタチとラハールのすぐ傍に開いた。

 現れたのは、またオビトだった。

 サラダは連れていない。左右の手をイタチとラハールへ伸ばす。

 

「撤収だッス」

 

 有無を言わせぬ声だった。

 崩れかけたイタチの身体が、神威の渦へ引き込まれる。

 ラハールもまた、不満げに眉を吊り上げながらも逆らわない。

 

「やりすぎだッス」

「ふん。まあいいだろう」

 

 ラハールは赤いマフラーを靡かせ、尊大な態度で言う。

 カカシが一歩踏み出す。

 

「待て、オビト!」

 

 叫びと同時に手を伸ばす。

 だが、その指先が届くより早く、神威の渦は閉じた。

 あとに残ったのは、歪んだ空間の残滓と、重苦しい沈黙だけだった。

 

 最初に口を開いたのはボルトだった。

 

「……何なんだよ、あいつら」

「わからない」

「でも、かなりまずい状況なのは確かだね」

 

 ミツキの声は静かだった。

 サラダが消えた空間を見つめたまま、その目だけが細くなる。

 

 カカシはしばらく何も言わなかった。

 オビト。

 イタチ。

 どちらも本来ここにいるはずのない存在だ。

 しかも穢土転生ではない。理屈の外側から、何かが木ノ葉へ手を伸ばしてきている。

 ボルトが悔しそうに拳を握る。

 

「サラダ、連れてかれたぞ……!」

「うん」

「追えるのかよ、あれ!」

 

 カカシは歪みの消えた空間を見つめたまま、低く答えた。

 

「簡単じゃないね。これは……」

 

 その一言が、事態の深刻さを何よりも物語っていた。

 

 空はさらに暗くなり、里の灯りがひとつ、またひとつと点り始めていた。

 木ノ葉の夕暮れは、見た目にはいつも通り穏やかだった。

 けれど、その穏やかさの下で、確実に何かがおかしくなり始めている。

 そして今、その中心にサラダが呑み込まれた。

 

 逢魔が時は過ぎつつある。

 だが、里に落ちた不穏だけは、夜よりも濃く残っていた。

 

 






◯デスコMSF
正式名称・D.S.E.C.O MIGHTY STRIKE FREEDOM
D.S.E.C.Oとは暗黒殲滅水陸両用戦闘生物の略称である。背中の蠢く生命体は「ウサタコ」。
オリジナルであるデスコがラスボスを目指していたのに対して、デスコMSFは裏ボスを目指している。
デスコの最終形態が「ヨグ=ソートス」だったのに対して、デスコMSFの最終形態は「ナイアーラトテップ」だ。
変化能力は「ナイアーラトテップ」の一機能に過ぎない。
「ナイアーラトテップ」の影響なのか混沌を好み、あらゆる行動が意識/無意識/善意/悪意に関わらず混沌への引き金となることが多い。
平和へ直撃する自由な攻撃は、秩序を破壊して混沌を齎す。まさに裏ボス。

制作者は魔立邪悪学園理事長のマオとマオXENO。
元々デスコの量産機を開発していたが、ワンオフ機体を作りたいということから造り出された。
更にマオとマオXENOが柱間細胞に目をつけ、負けじと開発したデスコ細胞という独自細胞を搭載された。


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