人柱力? いいえ違います。ただの超魔王バールの憑代です   作:華洛

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第八話 火影室の窓から見えたものは、だいたい執務では済まない

 

 火影室には、夕方特有の静けさがあった。

 昼の喧騒が少しずつ遠のき、里全体が夜へ向かって呼吸を整え始める時間だ。

 窓の外では、西へ傾いた陽が建物の輪郭を赤く染めている。

 机の上には書類が積まれ、壁際の棚には任務報告書や各里との連絡文書が整然と並んでいた。

 いつも通りの火影室。

 少なくとも、ついさっきまではそうだった。

 ナルトは机の上の一枚の書類へ視線を落としていた。

 向かいにはシカマルが立ち、腕を組んだまま難しい顔をしている。

 

「扇子ヤヨイ、か」

 

 ナルトが書類の名前を読み上げる。

 シカマルが短く頷いた。

 

「ああ。木ノ葉に入る時の身分確認で、名前と職業は記録されてる」

「傭兵、ってやつだな」

「そういうことだ」

 

 シカマルは机の端に置かれた別の資料へ目をやった。

 第四次忍界大戦のあと、どこの里も慢性的な人手不足を抱えていた。

 戦争は終わった。だが、終わったからといって失われた人材がすぐ戻るわけではない。

 忍は育成に時間がかかる。

 経験を積んだ者ほど貴重で、代わりは簡単に利かない。

 木ノ葉も例外ではなかった。

 任務の量に対して、回せる忍の数が足りない。

 そういう状況の中で、里に属さず依頼を受けて渡り歩く忍や侍――傭兵の存在は、良くも悪くも無視できないものになっていた。

 

「木ノ葉も何度か依頼を出してる」

「そうみてーだな」

 

 ナルトは書類をめくる。

 そこには簡潔な記録が並んでいた。

 

 名前は扇子ヤヨイ。

 職業は傭兵。

 特記事項として。

 実力は上忍相当。

 単独行動を好む。誰とも組みたがらない。

 珍妙な生物を連れている。

 

 最後の一文で、ナルトの眉がぴくりと動いた。

 

「……珍妙な生物って、ずいぶんざっくりしてんな」

「現場の報告がそうなってるんだから仕方ねえだろ。めんどくせえが、逆に言えばそれだけ説明しづらかったってことだ」

「あのペンギンに似た生物のことか?」

「たぶんな」

 

 シカマルは深く息を吐いた。

 

「問題は、そこじゃねえ」

「わかってる」

 

 ナルトの声は低かった。

 昼間、一楽で起きた騒ぎ。

 写輪眼。

 神威。

 そして、ヤヨイの中にあるらしい得体の知れない何か。

 記録上はただの傭兵でも、実態はまるで違う。

 少なくとも、木ノ葉がこれまで把握していた範囲を大きく超えている。

 

「誰とも組みたがらない、ってのも今となっちゃ意味深だな」

「単独行動が好きなだけならまだいい。だが、何かを隠すために距離を取ってた可能性もある」

「珍妙な生物も、“変わった連れ”で済ませていい話じゃなかったってことか」

「そういうことだ」

 

 シカマルは窓の外へ目を向けた。

 夕暮れはさらに深まり、空の赤は紫へ溶け始めている。

 里の灯りも、ぽつぽつと点き始めていた。

 

「めんどくせえ話だ」

「ほんとにな」

 

 ナルトもまた、窓の外を見る。

 木ノ葉は一見いつも通りだった。

 人がいて、灯りがあって、生活の音がある。

 だが、その穏やかさの下で、何かが確実にずれてきている。

 そんな感覚が、胸の奥に重く沈んでいた。

 その時だった。

 

「――っ!?」

 

 ナルトの目が見開かれる。

 窓の外、里の一角。

 夕闇の中に、赤黒紫の光がいくつも浮かび上がった。

 

「何だ、あれは……!」

 

 シカマルも即座に窓際へ寄る。

 空中に浮かぶ、十を超える禍々しい球体。

 回転し、圧縮され、今にも解き放たれそうな不穏な力の塊。

 螺旋丸に似ている。だが、似ているだけだ。

 あれはもっと異質で、もっと不吉だった。

 

「まずい――」

 

 シカマルが言い切るより早く、今度は別の巨影が立ち上がった。

 赤い、半身の武神。

 骨が軋むような音を立てながら形を成したそれは、見間違えようもない。

 

「須佐能乎……!」

 

 ナルトの声が低くなる。

 次の瞬間、須佐能乎の腕が振るわれた。

 その手に握られた霊剣が閃き、十を超える魔王玉を次々と串刺しにしていく。

 爆発は起きない。

 ただ、危険そのものが封じられ、消えていく。

 その光景は、異様というほかなかった。

 

「ただ事じゃねえぞ」

「ああ」

 

 ナルトは即座に印を結ぶ。

 白煙が弾け、影分身が一体現れた。

 

「ここは任せるってばよ」

「了解だ」

 

 影分身が火影の机の前へ立つ。

 ナルト本人は、もう窓際へ駆けていた。

 

「シカマル、現場の周辺封鎖と情報整理を頼む!」

「言われなくてもやる。お前は行け!」

 

 次の瞬間、ナルトの全身を九尾のチャクラが包み込んだ。

 黄金の光が火影室を一瞬だけ照らし、空気が震える。

 九尾チャクラモード。

 そのままナルトは窓から飛び出した。

 

 屋根を蹴る。

 空気を裂く。

 里の景色が一瞬で後方へ流れていく。

 夕暮れの木ノ葉を、黄金の閃光が一直線に駆け抜けた。

 

 現場はすぐに見えた。

 人払いが間に合っていないのか、周囲にはまだざわめきが残っている。

 だが、その中心だけが不自然なほど重く沈んでいた。

 ナルトが着地する。

 石畳が小さく軋んだ。

 

 そこにいたのは、ボルトとミツキ、そしてカカシだった。

 

 ボルトは悔しそうに拳を握りしめている。

 今にも地面を殴りそうなほど強く、指先が白くなるほど力が入っていた。

 ミツキは静かに立っていたが、その目は細く、普段よりもずっと鋭い。

 そしてカカシは、空間の歪みが消えた一点を見つめたまま、動かない。

 

「カカシ先生!」

 

 ナルトが声をかける。

 カカシがゆっくりと振り向いた。

 その表情は、普段の気の抜けたものではなかった。

 驚きと警戒と、そして整理しきれない何かが混ざっている。

 

「ナルト」

「何があったってばよ」

 

 問いは短かった。

 だが、その声には火影としての重みがあった。

 カカシは一拍だけ沈黙し、それから低く答える。

 

「……オビトとイタチがいた」

 

 ナルトの目が細まる。

 

「は?」

「しかも、穢土転生じゃない」

 

 その一言で、空気がさらに重くなった。

 ボルトが悔しそうに顔を上げる。

 

「本当なんだってばさ! サラダが……サラダが連れてかれた!」

 

 ナルトの視線がボルトへ向く。

 その顔に浮かぶ焦りと怒りは、本物だった。

 ミツキも静かに続ける。

 

「僕たちの前で、空間を歪めて消えた。時空間忍術だと思います」

 

 ナルトはカカシへ視線を戻す。

 カカシは頷いた。

 

「オビトだった。少なくとも、俺の知ってるオビトの万華鏡写輪眼と神威だった」

「……」

「イタチもいた。須佐能乎を出して、あの妙な球体を封じた」

 

 ナルトの脳裏に、さっき火影室の窓から見えた光景がよぎる。

 十を超える禍々しい球体。

 それを串刺しにして封じた須佐能乎。

 あれは見間違いではなかった。

 

「サラダは?」

「攫われた」

 

 カカシの返答は短かった。

 だが、その短さがかえって事態の深刻さを際立たせる。

 

「オビトがサラダを掴んで、神威で転移した。そのあと一度戻ってきて、イタチと……もう一人、妙な奴を回収して撤収した」

「妙な奴?」

「説明しづらい」

 

 カカシは珍しく、そう言って眉を寄せた。

 

「小柄な少女みたいな姿だったが、途中で別の姿に変わった。チャクラとは違う、もっと別の力を使っていた」

「……ヤヨイの連れか」

「たぶんね」

 

 ナルトは周囲へ感覚を広げる。

 九尾のチャクラがざわめく。

 だが、もう遅い。

 ここには残滓しかない。

 空間の歪みも、異質な力の気配も、すでに薄れている。

 

「カカシ先生。何か手はないか」

「簡単じゃないね。神威の時空間は神威だけのもの」

「……」

「それに穢土転生じゃない。生きてるとも言い切れない。イタチの身体は須佐能乎を出したあと、身体がぼろぼろと崩れ始めていた」

 

 ナルトは黙り込んだ。

 オビト。

 イタチ。

 どちらも死んだはずの人間だ。

 それが穢土転生でもなく現れ、サラダを攫った。

 しかも、その背後にはヤヨイと、あの珍妙な生物たちがいる。

 

「父ちゃん……」

 

 ボルトの声が、少しだけ震えていた。

 

「サラダ、取り返せるよな」

 

 ナルトは息子を見る。

 悔しさと焦りと不安を、まっすぐに顔へ出している。

 ミツキもまた、何も言わずにナルトを見ていた。

 答えを待っている。

 火影としての答えを。

 ナルトはゆっくりと息を吸った。

 

「当然だってばよ」

 

 短く、はっきりと言う。

 

「絶対に取り返す」

 

 その声に迷いはなかった。

 だが同時に、簡単な話ではないこともわかっている。

 相手は神威を使う。

 しかもオビトとイタチ。

 そこへヤヨイと、得体の知れない異質な力まで絡んでいる。

 木ノ葉の中だけで完結する事件では、もうないのかもしれない。

 カカシが低く言う。

 

「ナルト。これはかなりまずいね」

「ああ」

「サラダの件だけじゃない。死んだ者が、理屈の外から戻ってきてる」

「わかってる」

 

 ナルトの視線が、夕闇の空へ向く。

 空はもう、ほとんど夜の色だった。

 里の灯りが増え、見た目だけなら木ノ葉はいつも通りの夜へ向かっている。

 だが、その穏やかさの下で、確実に何かがおかしくなっていた。

 サラダが攫われた。

 オビトとイタチが現れた。

 ヤヨイという傭兵の記録は、もはや表面しか示していない。

 火影として、父として、そしてこの里を守る者として。

 ナルトは今、自分の前に開き始めた厄介事の深さを、はっきりと感じていた。

 

「まずは火影室に戻る」

 

 ナルトが言う。

 

「シカマルと情報をまとめる。カカシ先生、見たこと全部話してくれ」

「了解」

「ボルト、ミツキ」

 

 二人が顔を上げる。

 

「お前らも来い。見たこと、感じたこと、全部必要になる」

「……うん」

「わかった」

 

 ボルトはまだ悔しさを握りしめたままだった。

 ミツキの目も、静かなまま鋭い。

 サラダがいない。

 その事実だけで、場の空気はひどく欠けていた。

 

 ナルトは最後にもう一度、空間の歪みが消えたであろう場所を見た。

 そこにはもう何もない。

 夜が来る。

 木ノ葉の一日は、いつも通り終わるように見える。

 けれど今夜から先は、たぶんもう、いつも通りでは済みそうにない。

 

 

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