劉備に転生した俺、三国志が思ったより治安悪すぎる ~友情を求めたのに、乱世はそれどころではない~   作:ブンチョウ

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【前書き】
※現代の一般人が劉備に転生してしまい、関羽・張飛という最強かつ最凶の爆弾を抱えながら、胃痛に耐えて三国志を生き抜くコメディ・勘違い系覇道モノです。


第1話 桃園の誓い、あるいは致死量の殺気に関する考察

俺は死んだ。

 

そこまでは、まあいい。

 

いや、よくはない。

 

だが、死んだものは仕方ない。問題は、その後だった。

 

目を開けると、床も壁もない、どこまでも白い空間にいた。

 

その中央に、顔も見えず、声も男か女か判別のつかない「神様らしき何か」が立っている。

 

「転生先を所望せよ」

 

妙に偉そうな言い方だった。

 

だが、こっちも死んだ直後だ。遠慮する理由はない。

 

「……キングダムみたいな世界で」

 

「ほう」

 

「将軍がいて、軍師がいて、熱い友情があって。貧しい出自でも、腕と知恵と仲間があれば成り上がれるような乱世です」

 

命を預け合う仲間。

 

強敵。

 

天下を目指す熱い理想。

 

そういう、ひりひりした世界に憧れがあった。

 

「承知した」

 

返事が、あまりにも軽かった。

 

「待ってください。国とか時代とか、せめて確認を――」

 

そこで、意識が落ちた。

 

 

 

 

 

次に目を開けた時。

 

鼻を刺したのは、病院の消毒液ではなかった。

 

馬糞。

 

湿った藁。

 

古い木材。

 

薄い粥の匂い。

 

低い屋根に、土壁。

 

隙間風は肌を撫でるのではなく、刃物みたいに入り込んできた。

 

起き上がろうとして、自分の手を見た。

 

細い。

 

指の節が浮いている。

 

掌は、藁を編み続けた者のように硬く、荒れていた。

 

その瞬間、知らない記憶が頭の中へ流れ込んできた。

 

幽州(ゆうしゅう)

 

涿県(たくけん)

 

草履。

 

(むしろ)

 

貧困。

 

母。

 

そして、自分の名。

 

劉備。

 

(あざな)は玄徳。

 

「……」

 

キングダムではない。

 

三国志だった。

 

しかも、まだ三国にすら分かれていない。

 

後漢末。

 

黄巾の乱が起きる直前。

 

「神様、雑すぎるだろ……」

 

返事はない。

 

中山靖王(ちゅうざんせいおう)の末裔。

 

前漢の皇族の血を引く、らしい。

 

ものすごく遠い親戚を辿れば、皇帝に行き着くらしい。

 

だが、血筋だけで粥の中身は増えない。

 

今の俺は、藁を編み、草履を売り、母と二人でその日を越えるだけの貧乏な草履屋だった。

 

 

 

 

 

「どうしてこうなった……」

 

涿県(たくけん)の路地裏。

 

(むしろ)を編む手を止め、俺は深く天を仰いだ。

 

死ぬ前の俺は。

 

将軍がいて。

 

軍師がいて。

 

熱い友情があって。

 

貧しい身分からでも、仲間と天下を目指せる乱世を望んだ。

 

だが、現実は。

 

草履屋。

 

極貧。

 

明日の粥も怪しい。

 

そして、歴史通りなら。

 

俺はここで二人の豪傑を仲間にし、黄巾の乱を皮切りに覇道へ踏み出すことになる。

 

……そう。

 

あの二人の劇物を、仲間にしなければならないのだ。

 

「関羽と張飛……史実でも演義でも、あんなの歩く大量破壊兵器じゃないか……」

 

関羽は、誇りが天を衝くほど高い。

 

上司だろうと、気に入らなければ平気で見下す。

 

張飛は酒乱で、部下を鞭打つのが趣味みたいな男だ。

 

現代のコンプライアンス社会で生きてきた一般人に、そんな二人の猛獣使いなど務まるわけがない。

 

しかし。

 

彼らを仲間にしなければ、俺はこの乱世を生き延びることすらできない。

 

その時だった。

 

表の市場の方から、地鳴りのような怒声と、何かが派手に壊れる音が響いてきた。

 

「おい、赤ら顔! 俺の井戸の石を退けて、肉を持っていきやがって! ただで済むと思ってんのか、ええっ!?」

 

「ふん。誰にも持ち上げられぬように塞いであったものを、腕試しに退けてやったまでだ」

 

市場を覗き込んだ俺の顔から、さっと血の気が引いた。

 

野次馬が遠巻きに円を作る、その中心。

 

二頭の巨大な熊……いや、男が立っていた。

 

一人は、身の丈九尺。

 

赤ら顔に、美しい髭を蓄えた男。

 

もう一人は、身の丈八尺。

 

豹のように鋭い目をした、黒髪の巨漢。

 

鋼の筋肉が、衣の上からでも分かる。

 

間違いない。

 

関羽と張飛だ。

 

ぎり、と二人の筋肉が軋む音が聞こえた。

 

今にも殺し合いが始まる。

 

(嘘だろ。あんな丸太みたいな腕で殴り合ったら、死人が出る! いや、下手したら町が半分吹き飛ぶぞ!)

 

足はガクガクと震えていた。本能が「逃げろ」と警鐘を鳴らしている。

 

しかし、ここで声をかけなければ、俺の三国志は第一話で打ち切りだ。

 

(行くしかない……! 演じろ、俺! 漢室の末裔にして、憂国の士を!)

 

俺は震える膝を両手でバシンッと叩き、決死の覚悟で歩み出た。

 

「――そこまでにしておけ!!」

 

場違いなほど凛とした、しかしどこか悲痛な声が市場に響き渡った。

俺は真っ直ぐに歩み寄り、巨漢二人の、まさに拳が交差しようとする「ど真ん中」に無防備な体を割り込ませた。

 

「あぁん!? なんだテメェ、ひ弱な優男がすっこんでろ! 巻き添えでミンチになっても知らねえぞ!」

 

張飛の怒声とともに、凄まじい風圧と殺気が俺を襲う。

 

(ヒィィィィィィィッ!! 怖い怖い怖い! 目が完全に人殺しのそれだよ! 頼むから殴らないで!!)

 

内心では恐怖のあまり悲鳴を上げ、全身から冷や汗が滝のように吹き出している。しかし、俺は微塵も表情を崩さなかった。恐怖で顔面が引き攣っているのを、ギリギリのところで「悲壮感」として偽装する。

俺はゆっくりと目を伏せ、深々と溜息を吐いた。

 

「……嘆かわしい。あまりにも嘆かわしい」

 

「……む? 己の命の危機に瀕して、逃げもせず嘆かわしいと申すか。何がだ」

 

関羽の細い目が、値踏みするように俺を射抜く。ここが正念場だ。一つでも打算が見えれば、この武神は俺をあっさり斬り捨てるだろう。

 

「天下を見渡せば、黄巾の賊が蔓延り、万民は血の涙を流している。朝廷は腐敗し、漢室の命脈は今にも尽きようとしている」

 

恐怖で震える声帯を、あえて「義憤」として響かせる。

 

「お主らほどの類まれなる才と武勇。それほどの力を持ちながら……なぜそれを、こんな市井のつまらぬ意地の張り合いに浪費するのか! 国を救い、民を安んじるために使わずして、何のための力か! 私にはそれが……口惜しくてたまらないのだ!!」

 

言い切りながら、俺の目からはポロリと一筋の涙がこぼれ落ちた。

(※極度の緊張と恐怖による、純度100%の生理的な涙である)

 

沈黙が落ちた。二人の反応は、俺の予想を大きく裏切っていた。

 

張飛は目を見開いていた。

(なんだこの兄ちゃん……俺たちの殺気を真っ正面から浴びて、一歩も引かねえ。しかもこの涙……自分の命じゃなく、世の中のために泣いてやがるのか。スゲェ、こんな度胸のある漢、見たことねえ!)

 

関羽はスッと構えを解き、深く感銘を受けていた。

(……見事だ。我らの間合いに丸腰で踏み入るその胆力。己の損得ではなく、天下の万民を憂いて流す清らかな涙。この男の震えは恐怖ではない……大義を果たせぬ己の無力さに対する、義憤の震え!)

 

「……ご無礼を仕った。貴公の申す通り、我らは己の力を些末な諍いに腐らせておったようだ」

 

「いやぁ、悪かったな兄者! アンタすげえな、俺たちにビビらねえ奴なんて初めてだぜ! 名を教えてくれよ!」

 

殺気を消し、尊敬の眼差しを向けてくる二頭の猛獣。

俺は内心で膝から崩れ落ちそうになるのを必死に堪え、威厳たっぷりに名乗った。

 

「私の名は劉備。字は玄徳。中山靖王(ちゅうざんせいおう)・劉勝の末裔である」

 

 

 

 

 

市場での一触即発の危機を乗り切った俺だったが、安息の時間は訪れなかった。

「すげえ男だ!」と感動した張飛に肩を組まれ(※肩の骨が砕けそうだった)、関羽と共に連れ込まれたのは、県内でも随一の豪邸――張飛の屋敷だった。

 

「さあ兄者! 雲長! 今日は俺の奢りだ、樽が空になるまで飲もうぜ!」

 

ドゴォン! と凄まじい音を立てて、丸太のような腕が巨大な酒樽を卓に叩きつける。

並べられたのは山盛りの豚肉と、アルコール度数の高そうな濁り酒。張飛は水でも飲むように酒をあおり、関羽は目を細めて美髯を撫でながら、静かに、しかし底なしのペースで杯を干している。

 

(怖い怖い怖い。なんだこの酒宴。一口でも「マズい」とか言ったら卓ごとひっくり返されそう)

 

俺は必死に笑顔を貼り付けながら、酒を口に運ぶふりをして床に捨てていた。現代日本で鍛えた「飲み会でのやり過ごしスキル」が、まさか三国志の時代で命を救うことになるとは思わなかった。

 

「しかし玄徳殿」

 

ふいに、関羽が鋭い眼光を俺に向けた。

「黄巾の賊が各地で蜂起し、世は乱れに乱れております。貴公は漢室の末裔として、いかにしてこの乱世を鎮めるおつもりか」

 

ビクッ、と俺の背筋が凍る。

(来た、面接だ! ここで「とりあえずお前らの武力で適当に暴れてよ」なんて言ったら、このプライドの塊みたいな髭ダルマに即座に見限られる!)

 

俺はわざとらしく杯を置き、深く、重々しい溜息を吐いた。

 

「……雲長よ。一人や二人の豪傑が暴れたところで、大局は変わらん。我らが必要としているのは、烏合の衆ではない。いかなる苦難にも揺るがず、生死を共にする『強固な核』だ」

 

「強固な核、とな?」

 

「そうだ。今、私は翼徳の厚意に甘え、こうして杯を交わしている。だが……」

 

俺は張飛と関羽を交互に見据えた。

 

「ただ酒を飲み交わしただけの関係など、明日になれば風のように散る。ましてやこれから我らが挑むのは、数万の黄巾賊、そして腐敗した天下そのもの。……並の覚悟で集うなら、今すぐここで解散した方が互いのためだ」

 

(頼む、解散してくれ。俺はむしろ織りに戻りたい)という本音が10%くらい混じっていたが、二人の反応は劇的だった。

 

張飛はバンッ! と机を叩いて立ち上がった。

「水臭えこと言うなよ兄貴! 俺の命は兄貴に預けたって決めたんだ!」

 

関羽も深く頷く。

「玄徳殿の申される通り。戦場において、背中を預けられぬ者と共に戦うことはできませぬ。では、いかがなされる?」

 

(よし、食いついた!)

俺は内心でガッツポーズをした。

このまま「ノリの良い地元の仲間」のままで戦を始めれば、張飛は間違いなく軍律違反で暴走し、関羽は俺の命令を聞かずに単独行動に走るだろう。

俺に必要なのは、彼らを精神的に縛り付ける「絶対に破棄不可能な契約」だ。とくに、神仏や「義」にこだわる関羽には、それに特化したフォーマットが必要だった。

 

「……裏の庭に、見事な桃の花が咲いていたな」

俺は立ち上がり、夜風の吹き込む窓を指差した。

「明日、あそこに祭壇を設けよ。天地の神々を招き、我ら三人、血を啜って義兄弟の契りを結ぶのだ」

 

 

 

 

 

翌日。

張飛の屋敷の裏手、桃の花が咲き乱れる庭園に、立派な祭壇が組まれた。黒牛と白馬が生贄として捧げられ、重々しい空気が漂っている。

 

俺は中央に立ち、右に関羽、左に張飛を従えた。

(よし、立ち位置は完璧だ。年齢的には関羽の方が上かもしれないが、ここで主導権を握っておかないと、一生「弟分」としてこき使われる)

 

俺は天を仰ぎ、最も威厳のある、そして悲壮感漂う声を張り上げた。

 

「我ら三人、生まれし日、時は違えども兄弟の契りを結びしからは、心を同じくして助け合い、困窮する者たちを救わん!」

 

俺の言葉に、関羽と張飛が続く。二人の声は、震えていた。

 

「「上は国家に報い、下は万民を安んぜん!!」」

 

「同年、同月、同日に生まれることを得ずとも――」

俺は最後の仕上げとばかりに、二人の手を取り、強く握りしめた。

「同年、同月、同日に死せんことを願う!!」

 

「「兄者ァァァァァッ!!」」

 

二人の目から、滝のような涙が溢れ出した。

天下の猛将二人が、俺の手を握りしめて子供のように号泣している。関羽は「これぞ義の極み!」と天を仰ぎ、張飛は「俺たちゃ今日から本当の兄弟だ!」と俺の肩をバンバン叩いた(※本気で脱臼するかと思った)。

 

(勝った……! これで関羽の「義理堅さ」という最大のバグを利用して、奴を一生コントロールできる! 張飛も「兄貴の言うこと」なら渋々でも聞くだろう!)

 

「皇天后土よ、この心を見鑑みませ! 義に背き恩を忘るる者あらば、天人共にこれを(ころ)さん!」

 

三人で杯の血酒を飲み干した瞬間、俺は確信した。

これで俺は、この二人の危険人物の「所有者」兼「ストッパー」になったのだ、と。

しかし、後世に語り継がれる美しき義兄弟の杯を交わしながら、俺の頭の片隅には別の感情も渦巻いていた。

 

(死ぬ時はいっしょ……? 冗談じゃない、一歩間違えたら俺、お前たちのどっちかに巻き込まれて真っ先に死ぬんじゃないか……?)

 

「さあ、兄者! 早速、黄巾の賊どもをぶっ殺しに行こうぜ!!」

「うむ。まずは武器と馬を揃えねばな。兄者、ご指示を」

 

二人の期待に満ちた(そして血の気の多い)視線が、俺に突き刺さる。

 

(……あっ、そうだ。俺たち無職だし、資金も兵隊もゼロじゃん。これから黄巾賊に挑むための金策、俺が全部やらなきゃいけないの?)

 

美しく舞い散る桃の花びらの下で、俺の胃は再びキリキリと痛み始めた。

こうして、現代人・劉備の果てしなく胃の痛い「三国志ベンチャー企業」は、最凶の初期メンバー二人を抱えて、ついに産声を上げたのである。

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