劉備に転生した俺、三国志が思ったより治安悪すぎる ~ニートになりたいだけなのに、関羽と張飛が俺を覇王にしようとしてくる~ 作:ブンチョウ
──『地獄の沙汰も金次第』。
だが、この乱世においては、その金が「自分の首を絞める縄」になることも珍しくない。
お腹の弱い陰キャの甘氏を正妻(内定)に迎えた俺──
地元の地主や富豪たちは、劉備という「関羽・張飛を擁する最強の武力ブランド」を自分の一族に取り込もうと、血眼になって機会を窺っていたのだ。
そこへ、徐州一の総資産を誇る大富豪──
「劉備様、我が妹・
その言葉を聞いた瞬間、俺の頭の中でそろばんが高速回転を始めた。
(えっ!? 逆・玉の輿!? 側室を一人もらうだけで、国家予算レベルの資産と、二千人のガチガチのガードマンがタダでついてくるの!? 前世のブラック企業の時給換算なら何億年分だよ!! ゲスと言われてもいい、この話、乗ったァァァ!!!)
俺は下心と金欲100%の顔を「天下の英雄の笑み」に偽装し、糜竺の妹が待つ最高級料亭へと秒速で駆けつけた。
当然、下座に滑り込む。
個室で待ち受けていたのは、豪華絢爛な絹の衣をまとい、全身を宝石でジャラジャラと着飾った富豪の娘──糜氏であった。
彼女は幼い頃から、「金があれば何でもできる」と教えられて育った成金お嬢様だった。
だが、商人の身分は低い。
どれだけの財を築いても、名門貴族からは「品がない」「金で地位を買おうとしている」と見下される。
しかし、糜家の財産は、ただ地面から湧いてきた金塊ではない。
品を運び、約束を守り、損をしても商いを続け、多くの者から何度も選ばれてきた結果だった。
そのことを、誰もが金額だけを見て、理解しようとしなかった。
だからこそ彼女は、強烈なコンプレックスを抱え、俺に対してもツンとすました態度で鋭い視線を向けてくる。
「どうせあなたも、我が家の金が目当ての、貧乏な田舎侍なのでしょう?」
露骨な先制パンチ。
だが、俺の心は一ミリも折れない。
なぜなら俺の脳内には、前世の営業職時代、会社の命運を握る「超大口のスポンサー(太客)」を必死に接待した時の記憶が鮮烈に蘇っていたからだ。
金目当てなのは100%事実。
だからこそ、それを絶対に悟らせてはならない──!
俺は出された豪華な料理──当時の最高級珍味である「泥まみれの熊の手」など──には目もくれず、糜氏の前にそっと膝をついた。
「糜氏様。お兄上から財産のお話を伺いました」
「……それで?」
「ですが、私は財だけを、あなた様から切り離して受け取るつもりはありません」
「な、何ですって……?」
驚きに目を見張るお嬢様に、俺はさらに現代の「金持ちの承認欲求を刺激する心理学」を叩き込む。
彼女の着ている衣服の仕立ての細かさ。
そして実家の商売の流通センス。
現代マーケティングの視点から、これでもかと大絶賛した。
「お金は、ただの金属や布ではありません」
「それだけの財を築けるということは、糜家の品を選び、糜家との約束を信じ、何度も商いを任せた者がいるということです」
「糜氏様は、金を持っているから価値があるのではない。多くの人が信じた商いと、その家を背負ってきたからこそ、価値があるのです」
「私は、その力を恥だとは思いません。むしろ、乱世で最も得がたい力だと思っています」
これまで彼女に近づいてきた男たちは、全員が露骨に金塊を見て目を輝かせるか、あるいは彼女の商人の身分を馬鹿にする奴ばかりだった。
なのに、この天下に聞こえた英雄・劉備は、金塊の山を一瞥もせず──必死に視界から外しているだけだが──自分のコンプレックスの根にある「商いそのもの」を肯定した。
だが、糜氏はすぐには笑わなかった。
むしろ、少しだけ目を細める。
「口では、何とでも言えますわ」
「うっ」
「……では、もし私が財も兵も持たず、身ひとつで嫁ぐと言ったら?」
「……それは困ります」
「やはり、我が家の金が目当てではありませんか」
「違う! いや、違わないけど違う!」
俺は慌てて両手を振った。
「身ひとつで来たら、あなたがこれまで守ってきた商いも、蔵も、人も、全部宙に浮くだろう!」
「糜家の財は、誰かの財布に移すためだけの金塊じゃない。糜氏様とお兄上が、長い時間をかけて守ってきた信用そのものだ」
「嫁ぐために、それを捨てる必要はない」
「持ってくるなら、わたしへの持参金としてではなく……糜氏様ご自身の財として、持ってきてください」
「その力を、あなたが誇りを持って使えばいい」
糜氏の表情が、わずかに揺れた。
「……兄上のことまで、そう言うのですか?」
「え?」
「兄上は商人ですわ。金を増やし、荷を運び、人を使うことしかできない。ただの商人です」
「ただの商人が、二千の兵を養い、各地の商いを切らさず、これだけの財を守れるものか」
これは、金目当ての俺からしても本音だった。
「糜竺殿は、金を増やしただけではない。品を運ぶ者を動かし、約束を守り、損を引き受け、それでも次の商いに人が集まるようにしてきた」
「金は、その信頼が形になったものだ」
「乱世で兵を集めるより難しいことを、お兄上は長い時間をかけて成し遂げてきたのだと思う」
糜氏は黙った。
だが、すぐに頷くことはなかった。
「……話は、よくできていますわ」
「うっ」
「今夜のところは、お帰りください。私にも、考える時間が必要です」
「は、はい」
(終わった……。逆・玉の輿ニート生活、開始前に終了した……。二千人の私兵と国家予算が、俺の前から消えていく……!)
俺は肩を落としながら、料亭を後にした。
その夜。
糜氏は、自室で兄の糜竺と向き合っていた。
「兄上。あの劉備という方の言葉を、信じるのですか?」
糜竺はすぐには答えなかった。
帳簿を閉じ、長く息を吐く。
「財の額だけを褒める者は多い」
やがて彼は、静かに言った。
「だが、商いが何によって成るかを見た者は、ほとんどおらぬ」
糜氏が息を呑む。
「品を運ぶ者。約を守る者。損を引き受ける者。次も糜家を選ぶ者」
「我ら商人は、金塊を積み上げてきたのではない。人との約束を、何度も積み重ねてきたのだ」
糜竺の目から、一筋の涙がこぼれた。
「劉備殿は……私たち商人が何を誇りにして生きてきたのかを、初めて正しく言い当ててくださった」
「妹よ。もしあの方が財だけを欲するなら、お前に身ひとつで来いと言うたはずだ。財など、あとからいくらでも私が都合できるのだから。だが、劉備殿は頷かなかった」
「糜家の看板も、人も、商いも、捨てるなと仰った」
「……あれほど、我らを分かってくださる方は、初めてだ」
兄の涙を前にして、糜氏の中の最後の疑いが、少しずつ崩れていった。
(私の宝石でも、金塊でもない。兄上が守ってきた商いと、糜家が積み上げてきた信用を、あの方は見てくださった……)
数日後。
役所で「二千人の私兵と国家予算を逃した男」として半ば死んでいた俺の前に、糜氏が現れた。
豪奢な衣の代わりに、実務向けの落ち着いた服をまとっている。
「劉備様」
「は、はい」
「私、側室としてお傍に参ります」
「……え?」
「ただし、糜家の財は持参金として差し出すものではありません」
糜氏は真っ直ぐに俺を見つめた。
「私が守り、私の名で管理し、その力を……劉備様のために使いますわ」
「あ、ありがとうございます」
(やったぜ、これで一生働かなくて済む!)
勝利を確信した俺の前に、ガラリと引き戸を開けて
木札をパチパチと不気味な音で叩いている。
「あらあら、劉備様。素晴らしい【後援者】を引っ張ってきたわね。糜氏様、あなたの実家の流通ルートと我が軍の裏金を合わせれば、徐州の経済を完全に牛耳──いえ、健全化できるわ。さあ、一緒に帳簿をつけましょう!」
「ええ、劉備様のためなら、いくらでも実家の蔵を開きますわ!」
お嬢様だった糜氏は、麗華の迅速な指導によって「劉備にすべてを貢ぐ、最強のパトロン兼財務局長」へと、その日のうちに就任させられてしまうのだった。
一方、役所の廊下では、
「畏るべし兄者。あえて財を己の物とせず、糜家の誇りとして持たせたまま、商いも人心も手に入れられた」
「曹操が刃で奪おうとした徐州の富を、兄者は愛と徳で味方にしてしまわれた……。まさに神業」
(違う!!! 俺はただ、実家が太すぎるお嬢様と結婚して、一生働く必要のない『逆・玉の輿ニート生活』を送りたかっただけなんだよ!!! なんでその資金を使って、関羽たちがさらに強そうな最新の武器を買い揃えて戦力を増強してんだよ!!! 戦争の準備をするなァァァ!!!)
こうして劉備は、ただの「金目当ての全力営業接待」をしただけなのに、徐州一の大富豪の妹(糜氏)をマイハーレムの11人目に獲得。
世界からは「欲を持たぬが故に、天下の富が自動的に集まる、恐るべき徳のブラックホール」としてさらなる凶悪な誤解を深め、曹操や呂布をさらに震え上がらせながら、きな臭い徐州領有編をトコトコ(大爆走)進まされていくのだった。