劉備に転生した俺、三国志が思ったより治安悪すぎる ~ニートになりたいだけなのに、関羽と張飛が俺を覇王にしようとしてくる~ 作:ブンチョウ
──前世の歴史オタク、およびウィキペディアの住人たちよ、聞いてくれ。
『呂布は裏切る』。これはもはや、歴史の教科書に太字のマーカーで引かれているレベルの、いや、宇宙の真理と呼ぶべき絶対的なお約束である。
むしろ「裏切らない呂布」など、バグったゲームか二次創作のパロディにしか存在しない。
俺──
そんな最中、留守の
「兄貴ィ……! すまねえ、本当にすまねえ! 俺が……俺が酒でしくじったせいで、呂布の野郎に隙を突かれ、徐州の本城を乗っ取られちまった!」
「……え?」
「兄貴の家族(甘氏や糜氏)も城に取り残されたままだ! 合わせる顔がねえ……いっそ、この首を刎ねてくれェ!」
周囲の将兵たちが息を呑む。普通なら大パニック、あるいは張飛の失態に激怒して血の雨が降る絶望的な場面だ。
だが、俺の内心はこれ以上ないほど輝いていた。脳内でファンファーレが鳴り響き、くす玉が割れた。
(知ってたーーーーー!! 呂布が裏切るのなんか、現代の歴史通報レベルの確定事項だよ!! っていうか、むしろ遅いくらいだったわ!!)
怒り? 絶望? そんなものは微塵もない。むしろ、俺の心はブラック企業から合法的に退職証明書をもらった新入社員のように晴れやかだった。
「いいよいいよ、張飛、顔上げて! っていうか全然オッケー! 命が一番大事だからね!」
「あ、兄貴……? 何を言って……」
「ほら、みんな、お疲れ様でした! 我が軍はたった今をもって解散します! 解散、解散!」
俺は「待ってました」とばかりに立ち上がると、自陣の奥からあらかじめ用意しておいたリュックサックを引っ張り出した。中には、前回
驚異的な手際の良さで軍の解散手続きの木札にハンコを連打し、夜逃げのルート選定を始める俺。これでようやく、あのめんどくさい『徐州の社長(太守)』という激務から解放される。貰った裏金で、今度こそ平原の田舎で自給自足のスローライフを送るのだ。
だが、このあまりにも取り乱さず、むしろ鼻歌交じりに「すべてを捨てる指示」を出した俺を見て、もう一人の義弟──
「(……ハッ!)なんという精神力、なんという大局観か、我が兄者! 本拠地を奪われ、家族を人質に取られたというのに、眉一つ動かさぬどころか、すでに『次の盤面』を見据えておられる……!」
「え? いや、雲長、俺はただ……」
「皆まで言わずともわかりますぞ!」
関羽がギラリと目を光らせ、周囲の武将たちに解説を始めてしまった。
「兄者は、あえて呂布に空き城を譲ることで、曹操や袁術の巨大な敵意(ヘイト)をすべて呂布に向けさせるおつもりなのだ! 自らは表舞台から消えて漁夫の利を得る……なんという恐るべき権謀術数(覇道)か!」
「兄貴……! 俺のミスすら、兄貴の大いなる計略の一部だったんだな! 一生ついていくぜ!」
張飛が号泣しながら立ち上がる。
(違う!! 本気でただ会社(徐州)が倒産して清々してるだけだよ!! 頼むからこれ以上深読みしないで、さっさと田舎に逃げさせて!!)
◆
一方、その頃。
張飛を追い出し、まんまと徐州の中心・下邳城を乗っ取った呂布は、意気揚々と天守へと足を踏み入れていた。
「はっはっは! 劉備め、人の良さが仇となったな! 今日からこの城は俺のものだ!」
天下無双の武力を誇る男の凱旋である。さぞかし呂布軍の兵たちから称賛を浴びるだろう──そう思っていた呂布を待ち受けていたのは、絶対零度の「家庭内テロ」だった。
「あなた、なんて恥ずかしいことをしたの」
出迎えた正妻の
「は? いや、俺は城を奪って……」
「劉備殿があれほど親切にしてくださり、私たち家族にも温かく接してくださったのに、恩を仇で返すなんて……! 武人として、いえ、人として最低です」
「えっ」
「今夜からあなたのご飯は抜きです。寝室の鍵も閉めます。一生、馬小屋で寝てください」
「ちょっ、おま……!?」
慌てる呂布の背後に、さらなる冷気を持った影が立つ。愛娘の
「父上、見損ないました」
「れ、玲綺! お前なら父の偉業をわかってくれるよな!?」
「力で奪うだけでは、何も得られぬ。劉備師匠はそう教えてくださった。その教えを踏みにじる者は、実の父親であっても私は許しません」
呂玲綺は手にした小方天画戟をギチギチと鳴らし、明確な殺意を放っていた。
「な、なぜだ……! 俺は城を奪って大勝利したはずなのに、家庭内で完全に孤立している……!?」
悲劇はそれだけではない。
徐州の経済を掌握していた劉備のレギュラー大奥陣──元愛妾にして財務局長の
「あらあら、ずいぶんと野蛮な方が入城してきたわね。でも残念、金庫の鍵も帳簿の暗号も、すべて私たちが書き換えたわ」
木札の計算機を鳴らす麗華の隣で、糜氏が冷たく鼻で笑う。
「我が一族の金と流通網は、劉備様だけのためにありますの。裏切り者の筋肉ダルマにくれてやる麦は、一粒たりともありませんわ!」
この経済封鎖に追い打ちをかけるように、軍医の
結果として、呂布軍の兵たちは「城を奪った大勝利の翌日」から給料が出ず、食料の配給も止まり、泥水をすすって腹を下す羽目になり、士気はストップ安レベルで大暴落した。
物理的な城は奪えた。だが、城を機能させるための「経済・衛生・そして家庭環境」のすべてが、劉備を信奉する女性陣によって完全に制圧されていたのだ。
◆
「よし、このルートなら誰にも見つからないな。田舎でゆっくりニート生活を満喫するぞぉ」
数日後。どこかの荒野に張った小さなテントの前で、俺はホクホク顔で焚き火にあたりながら茶をすすっていた。
面倒な政治も、袁術との泥沼の戦争もない。満天の星空の下、これからのスローライフに思いを馳せていた、まさにその時だった。
「劉備どのぉぉぉぉぉーーーーー!!!」
夜の闇を引き裂くような、悲痛な叫び声。
ビクッとして振り返ると、そこには、目も当てられないほどボロボロに精神を病み、頬がゲッソリとこけた世界最強の武将・呂布が立っていた。
その後ろからは、彼の正妻(厳氏)と娘(呂玲綺)が、無表情で呂布の背中に鋭い刃を突きつけている。
「悪かった!! 俺が悪かったからァ!!」
呂布は俺の前にスライディング土下座をかますと、大粒の涙をボロボロとこぼしながら縋り付いてきた。
「城は返す! いや、俺が
(なんで裏切った側が被害者みたいな顔して土下座しにきてんだよ!!! せっかく徐州の経営権を押し付けて夜逃げ成功したのに、なんでクーリングオフ期間内に自動的に手元にリターンしてくるんだよ!!! 返品不可だよ!!!)
土下座で大号泣する呂布を見下ろしながら、俺は遠い目をした。
(……でもまぁ、正史《本筋》通りにこのまま下邳城に居座ってたら、あんたはこの後、曹操に水攻めされて処刑される運命だったんだからな。命拾いしたじゃん、良かったね。……俺は全然良くないけど!!!)
俺の悲痛な心の叫びは、夜風に虚しく消えていった。
こうして俺は、ただ歴史の知識から「知ってた速報」としてあっさり城を捨てて逃げただけなのに、世界からは「呂布の裏切りすら百%予期し、自らの女性たち(大奥)を使って内側から呂布軍を精神的・経済的に完全崩壊させた、一歩も動かぬ魔王」として、さらにヤバすぎるレジェンド(誤解)を更新してしまう。
新規の女性獲得こそなかったものの、レギュラー陣の圧倒的な「身内テロ」の強さを見せつけながら、俺のささやかなスローライフ計画は粉砕され、きな臭すぎる徐州・泥沼編のど真ん中へと、再びトコトコと引き戻されてしまうのだった。