劉備に転生した俺、三国志が思ったより治安悪すぎる ~友情を求めたのに、乱世はそれどころではない~ 作:ブンチョウ
義兄弟になった。
一生涯、生死を共にすると誓い合った。
それはいい。いや、よくはないが、あの場で殺されるよりはマシだった。
だが、翌朝になって俺は、極めて現実的かつ致命的な問題に直面していた。
「――金がない」
張飛の屋敷の庭先。
俺は木簡に小石で「義勇軍設立にかかる初期費用」を書き出していたが、途中で計算するのをやめた。
武器、防具、馬、兵士を養うための食糧。
どう少なく見積もっても、草履を百万足売らなければ届かない金額だった。
(ベンチャー企業を立ち上げたのはいいけど、資本金ゼロ、事業計画ゼロ。いるのは無駄に飯を食うマッチョ二人だけ。終わってる……)
「兄者! 何を悩んでおられる!」
バンッ、と背中を叩かれた。衝撃で危うく舌を噛みそうになる。
振り返ると、ご機嫌な様子の張飛が立っていた。その後ろには、腕を組んで静かに頷く関羽の姿もある。
「金なら心配ねえ! 俺の屋敷と畑を全部売り払えば、少しは足しになるだろう。足りねえ分は、裏山の山賊どもをぶち殺して奪い取ればいい! なんなら、ケチな悪徳商人どもを――」
「待て待て待て待て!!」
俺は慌てて張飛の口を塞いだ。
(初手で強盗を提案するな! 黄巾賊を討伐する前に俺たちが討伐されるわ!)
「……翼徳の言う通り。義のために悪を討ち、その財で民を救う。理にかなっておりますな」
「雲長まで納得するな! お願いだから!」
この二人、武力は最強だがコンプライアンス意識が世紀末すぎる。
俺は必死に顔を引き締め、威厳ある長兄の顔を作った。
「よいか、二人とも。我らは大義のために立つ義勇軍だ。暴徒と変わらぬ略奪で金を得て、どうして天下の民が我らに付いてこようか。……資金のことは、私に考えがある」
嘘である。考えなど一ミリもない。
だが、ここで俺が弱音を吐けば、この二頭の猛獣は即座に物理的な資金調達(=略奪)に走るだろう。
「おお……流石は兄者。我らのような浅知恵とは次元が違う。して、その『考え』とは?」
関羽が尊敬の眼差しを向けてくる。
冷や汗が背中を伝った。
その時だった。
「張飛の旦那ー! 大変だ、町に中山の国から大商人が来てるぞ! 馬を何十頭も引いてやがる!」
使用人の一人が、息を切らして駆け込んできた。
「商人だと?」
「ええ、
その名前を聞いた瞬間、俺の脳内に三国志の知識が閃いた。
(エンジェル投資家だ!!)
史実でも演義でも、劉備の挙兵に資金と馬を提供してくれたパトロンたちだ。
俺はバッと立ち上がった。
「雲長、翼徳! すぐに出迎えの支度をしろ! 彼らこそ、天が我らに遣わした使者だ!」
◇
一番上等な客引きの部屋で、二人の豪商は胡散臭そうに俺たちを見ていた。
「……つまり。その草履売りの青年が、漢室の末裔であり、これから黄巾賊を討つための軍を興すから、金と馬と鉄を出せと?」
張世平が、鼻で笑うように言った。
無理もない。
俺は昨日まで路地裏で筵を編んでいた男だ。そんな素の人間がいきなり「天下を救うから投資してくれ」と言って、誰が信じるだろうか。現代なら一発で詐欺師扱いだ。
「いかにも」
だが、俺はハッタリを貫くしかなかった。
「天下は乱れ、民は苦しんでいる。あなた方のような大商人も、賊がはびこる世では商売もままならぬはず。我らに投資すれば、必ずやこの乱世を平定し、莫大な恩返しを約束しよう」
「口で言うのは簡単ですな、劉備殿」
蘇双が茶を啜りながら、冷ややかに言った。
「我らも慈善事業で商いをしているわけではない。どこの馬の骨とも知れぬ男に、虎の子の財産を預けるわけには――」
ギギギッ……。
突然、部屋の空気が重くなった。
いや、比喩ではない。物理的に空気が軋むような音がしたのだ。
「……馬の骨、と申したか?」
俺の背後に控えていた関羽が、半眼を開いた。
その瞳に宿っているのは、絶対零度の殺気だった。
「兄者を侮辱したな……テメェら、ただで済むと思ってんのか……?」
張飛に至っては、腰の刀に手をかけ、今にも商人たちの首を物理的にねじ切ろうとする構えを見せている。
(バカバカバカ! お前ら何やってんの!? 投資家を脅迫してどうするんだよ!!)
俺の胃が、ギリッと音を立てて悲鳴を上げた。
痛い。死ぬほど痛い。ストレスで胃に穴が開きそうだ。
「ひっ……!?」
商人二人は、顔面から血の気を失い、震え上がっていた。
目の前にいるのは、戦場に放てば千人の兵を単独で蹴散らすバケモノ二人だ。それが狭い部屋の中で、本気の殺気を放っているのである。
「や、やめろ……雲長、翼徳……」
俺は胃の痛みに耐えかねて、腹を押さえながらうめき声を上げた。
痛すぎる。涙が滲んできた。
「このような……暴力で……人の心を動かすことなど、できはしない……っ!」
俺は必死に二人の前に立ち塞がり、ポロポロと涙を流しながら訴えた。
(頼むからやめてくれ、俺が犯罪者の首魁になっちゃうから!)
しかし。
その姿を見た商人たちの目に映ったのは、全く別の光景だった。
(な、なんだこの男は……!?)
張世平は驚愕していた。
(これほどの天下の猛将二人を、言葉一つで従えている!? しかも、あんなに震え、涙を流して……我々のような商人の命すら重んじ、義を説いているというのか!)
蘇双もまた、震える声で呟いた。
(この二人の化け物が刃を向ければ、我々から財を奪うことなど容易い。それを身を挺して止めるとは……この男、本物の『仁君』だ!)
商人二人は互いに顔を見合わせると、床に額をこすりつけるようにして平伏した。
「りゅ、劉備殿! いや、劉備様! 我らの目が曇っておりました! どうか、どうか我らの財産と馬、すべてお持ちください!!」
「なんなら良質な鉄もあります! 武器を打ち、どうかこの乱世を救ってください!」
平伏する商人たち。
即座に殺気を収め、「兄者の徳が通じたか」と満足げに頷く関羽。
「へっ、最初からそう言えばいいんだよ!」と笑う張飛。
そして、胃痛でうずくまりながら「えっ?」と間の抜けた声を出す俺。
こうして俺たちは、一滴の血も流すことなく(※致死量の殺気による恐喝ギリギリの手法で)、見事に初期資金と五十頭の馬、そして大量の鉄を調達することに成功したのだった。
◇
「ガハハハハ! 最高だぜ兄者! ついに俺たちの得物が完成した!」
数日後。
鍛冶屋の炉の前で、張飛が嬉しそうに黒光りする巨大な槍を振り回していた。
切先が蛇のように波打つ、異形の長槍。
――
「うむ……素晴らしい重量だ。これで黄巾の賊徒どもを、撫で斬りにしてくれよう」
関羽もまた、美しい装飾が施された巨大な薙刀を手に、目を細めていた。
重さ八十二斤(約四十キロ)と言われる伝説の武器。
――
どちらも、常人なら持ち上げるのすら困難な質量兵器だ。
彼らが軽く素振りをするだけで、風を斬る「ヒュォォォッ!」という恐ろしい音が鳴り響き、鍛冶屋の親方がビビって店の奥に隠れてしまっている。
「して、兄者の得物は?」
関羽が問いかけてきた。
俺は、鍛冶屋から受け取ったばかりの自分の武器を見下ろし、呆然としていた。
――
二本一組の、見事な造りの剣である。
確かにかっこいい。ファンタジーの主人公感がある。
だが、問題はその「長さ」だった。
(……短っ!!)
関羽の青龍偃月刀は、リーチが二メートル以上ある。
張飛の蛇矛に至っては、三メートル近い。
それに比べて、俺の双剣は普通の剣サイズだ。
馬に乗って戦うこの時代の戦争において、リーチの短さは致命的である。
敵の槍が届く距離で、俺の剣は空を切る。相手に攻撃を当てるためには、敵の懐まで突っ込まなければならない。
(なんで俺だけインファイト仕様なんだよ!! 普通、大将軍ってもっと安全なところから長い槍とかでチクチクやるもんじゃないの!?)
「おお、見事な双剣! 二本の剣を同時に振るい、敵陣の最前線に斬り込む兄者の姿が目に浮かぶようだぜ!」
張飛が無邪気に笑う。
「自ら先陣を切らんとする兄者の御覚悟、雲長、感服仕った」
関羽が深く頭を下げる。
(違う! 一番後ろで安全に指揮を執りたいんだよ! 最前線になんか行きたくない!!)
だが、今さら「やっぱり弓矢にして」とは言えなかった。
俺は泣きそうな顔を笑顔でごまかしながら、双剣を鞘に納めた。
「さあ……行くぞ、お前たち。我らの初陣だ」
こうして、胃痛持ちの偽インファイター劉備と、二人の過激派武将による「三国志ベンチャー義勇軍」は、いよいよ戦場へと足を踏み入れることになったのである。