劉備に転生した俺、三国志が思ったより治安悪すぎる ~ニートになりたいだけなのに、関羽と張飛が俺を覇王にしようとしてくる~   作:ブンチョウ

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 第20話 袁紹の陣営、デカいけどブラック

 ──だから言ったじゃん!!! 曹操を本気でガチギレさせたらこうなるって!!!

 

 我が劉備ベンチャー(徐州本社)は、中原の絶対王者・曹操(そうそう)社長率いる魏の総力軍──通称『ブラック怒りのデス・ロード(物理)』の猛攻を受け、跡形もなく消し飛んだ。

 

 オフィスの防壁(城門)は一瞬で爆破され、社内は文字通りの大炎上。

 

「ギャァァァァ! 張飛も関羽もどこ行ったの!? 嫁さんたちも誰一人いないし、俺はもう終わりだぁぁ~」

 

 大混乱のなか、命からがら裸一貫で山の中に逃げ延びた俺は、生き残るための最終手段として、業界最大手の老舗コングロマリット──「袁紹(えんしょう)軍」の門を叩くしかなかった。

 

「おお、天下の英雄・劉備(りゅうび)元徳が、我が社に中途採用(亡命)を希望するか。よろしい、歓迎しよう!」

 

 金ピカのオフィス(本陣)で、成金趣味の高級スーツ(豪華な甲冑)に身を包んだ袁紹社長は、鼻高々に俺を迎え入れてくれた。

 

 俺は床に這いつくばりながら、内心で激しくガッツポーズを決めていた。

 

(ひええええ! 助かった! 袁紹軍は『四世三公』のブランドを誇る業界最大手のメガベンチャーだ! ここに属していれば、あの狂気のパワハラ社長(曹操)の追っ手からも守られる。よし、今度こそ完全に目立たない『窓際の中途採用アラフォー社員』として、給料泥棒をしながら安全に隠居してやるぞ!)

 

 ◆

 

 しかし、入社初日。

 

 袁紹軍のオフィスに一歩足を踏み入れた瞬間、俺は凄まじい「社風の悪さ」に激しい胃痛を覚えた。

 

「お前、前職の資本金はいくらだ?」

 

「実家の身分は?」

 

「フン、俺は名門の出だからな」

 

 軍師の審配(しんぱい)郭図(かくと)らエリート幹部たちが、毎日、生産性のない派閥争いとマウンティング会議を繰り広げているのだ。

 

 提案される議題はすべて「どうやって他人の足を引っ張るか」であり、完全な『大企業病』の末期症状。

 

 無能な上司が声の大きさだけで威張る一方、現場の有能なサラリーマン──沮授(そじゅ)田豊(でんぽう)は完全に干されていた。

 

(うわぁ、前世で一番関わりたくなかったタイプの職場だ……!)

 

 だが、ここで前世の「窓際サバイバル術」が火を噴く。

 

 俺は会議中、絶対に発言しなかった。

 

 一番後ろの席で、ただひたすら深い憂いを帯びた表情で「はい」「御意に」「さすがです」と深く頷くだけの人間──完璧なYesマンに徹した。

 

 さらに、上司たちが内輪揉めの罵り合いを始めた瞬間、サッと気配を消して席を立ち、「給湯室(裏方)」へ避難した。

 

「私はただの中途採用の落ちこぼれですので……どうぞ皆様、派閥争いをお続けください」

 

 誰もやりたがらないオフィスの雑用──お茶汲み(当時は白湯の準備)や、会議室の机拭き、散らかった木札の廃棄・整理に勤しむ。

 

 裏方仕事さえしていれば、社内政治の弾にされることもない。

 

 天国のようなサボり時間だった。

 

 ◆

 

「はぁ、お茶汲みは誰も話しかけてこないから本当に心が落ち着くな……」

 

 ある日、俺がせっせと会議室の木札を片付けていると、物陰からじっと俺を見つめる女性がいることに気づいた。

 

 袁紹の息子の嫁──袁煕(えんき)の妻であり、のちに三国志随一の美女と謳われる、袁紹軍の文書・儀礼を裏で統括する才女。

 

 甄氏(しんし)

 

 彼女は、洗練された高い教養を持つがゆえに、袁一族の醜い成金マウンティングや中身のない虚栄心に、日頃から強烈な嫌悪感を抱いていた。

 

 そして天下に名高い英雄であるはずの劉備が、なぜこの傲慢なオフィスで泥水をすするような真似をしているのか。

 

 その本質を見極めようと、凝視していたのだ。

 

(げっ、袁紹の身内のトップ令嬢!? 目を付けられたら、派閥争いの道具にされて一瞬でリストラ(処刑)されるじゃん!!)

 

 恐怖がマックスに達した俺の脳裏に、現代人のハラスメント・コンプライアンス意識が緊急アラートを鳴らした。

 

 大企業の社長令嬢に対して、一ミリでも不審な目線を向けてはならない。

 

 俺は限界まで背筋を伸ばし、目線を完全に斜め四十五度上へ固定。

 

 一切の邪念を排した、ビジネス敬語の直立不動──完全なる無害な壁と化した。

 

「あ、甄氏様! お疲れ様です! 私はただの落ちこぼれの居候ですので、お構いなく! この会議室の書類整理と、お茶の補充は私が完璧にやっておきましたので、それでは失礼します!」

 

 俺が逃げようとすると、甄氏は会議机の端に残っていた木札の束を見た。

 

「……その整理は、劉備様がお一人で?」

 

「はい。まあ、誰もやらないので」

 

「少し、見てもよろしいですか」

 

「どうぞどうぞ! むしろ見てください! 間違ってたら怖いので!」

 

 甄氏は、整えられた木札の束を指先で撫でた。

 

 揃えたはずの端が、わずかにずれている。

 

 彼女はそれを直した。

 

「劉備様は」

 

 木札を見たまま、彼女は言った。

 

「女子が書を読むことを、よいことだとお考えですか」

 

「……読めるなら、読んだ方がいいんじゃないですか」

 

 次の木札を、兵糧、租税、戸籍の束へ分けながら答えた。

 

 甄氏は、すぐには何も言わなかった。

 

「では」

 

 今度は少しだけ、声が硬かった。

 

「女子は織物などの手仕事を学ぶべきで、書を読んで何になる──そう申す方には、どうお答えになりますか」

 

「何になるって」

 

 俺は手を止めた。

 

 目の前には、さっき甄氏が拾い出した木札がある。

 

 同じ村から、同じ月に二度、税を取った記録。

 

 兵糧の運び出しだけが記され、どこへ届いたか書かれていない記録。

 

 数字だけなら、誰かが気づかなければ通り過ぎるようなものだった。

 

「これ、甄氏様が読まなかったら、そのまま通ってましたよね」

 

「……そうでしょう」

 

「じゃあ、読む意味はあった」

 

 木札を一枚持ち上げた。

 

「織物ができる人は織物をすればいい。本が読める人は本を読めばいい。どっちもできるなら、なお助かる」

 

「ですが、家を治めるのは男です。兵を動かし、政を決めるのも」

 

「だったら、決める男の近くに、読める人がいた方がいいでしょう」

 

 甄氏は目を上げた。

 

 俺はもう一枚、別の木札を置いた。

 

「兵糧が足りないって報告だけなら、俺は『増やせ』って言うだけです。でも、前の月の帳簿と見比べたら、途中で抜かれてるかもしれない。戸籍が読めれば、同じ家から余計に取ってるって分かるかもしれない」

 

 木札を机の端へ寄せる。

 

「読めない人間ばかりだと、上の人間が間違えても、誰も止められない」

 

 少し間があった。

 

 言いすぎたかと思った。

 

 甄氏の問いは、たぶん帳簿の話だけではない。

 

 けれど、今さら格好のいいことを言うのも違う気がした。

 

「女が書を読めば、口を出します」

 

 彼女は静かに言った。

 

「家の秩序を乱すかもしれません」

 

「秩序そのものは、誰かが書を読んだからといって乱れません」

 

 俺は木札を置いた。

 

「乱れるのは、人の都合でしょう」

 

 甄氏の指が止まった。

 

「帳簿の誤りを見つける。兵糧の不足を知らせる。取られすぎた税を止める。そういう人間が増えるなら」

 

 俺は、整理した木札を彼女の前へ寄せた。

 

「むしろ家の秩序は、前より保たれるんじゃないですか」

 

 甄氏は何も言わなかった。

 

 ただ、机の上の木札を見ていた。

 

 

 九つの頃。

 

 書を読んでいると、兄たちに笑われた。

 

 女がそんなものを読んで、何になるのか。

 

 嫁ぎ先で役に立つのか。

 

 賢そうな顔をしても、家を継ぐのは男ではないか。

 

 その時は、言い返せなかった。

 

 読めることが恥ずかしいのではなく。

 

 読めることを、いつか隠さなければならなくなるのが怖かった。

 

 

「……劉備様は」

 

 甄氏が、低く言った。

 

「女子が政に関わることを、恐れないのですか」

 

「怖いですよ」

 

 即答した。

 

 甄氏が少しだけ瞬く。

 

「人が増えると、話も増えるし。俺は帳簿を三刻読むと、魂が抜けるので」

 

「……それは、政の話ではありません」

 

「でも本当です」

 

 整理した木札を、彼女の前へ押し出した。

 

「甄氏様が読んで、変なところを見つけてくれるなら助かります。俺が全部読んだら、たぶん途中で寝ます」

 

 甄氏は、すぐには受け取らなかった。

 

「私が、誤りを見つけた時は」

 

「言ってください」

 

「劉備様の判断に、異を唱えることになっても?」

 

「それが間違ってるなら、なおさら」

 

 俺は肩をすくめた。

 

「俺が怒るかどうかは、その時考えます。でも、黙って後で困るよりはいい」

 

 甄氏は、しばらく俺を見ていた。

 

 褒められたわけではない。

 

 女だから特別だと言われたわけでもない。

 

 ただ、読めるなら読めばいい。

 

 分かるなら、分かる者が見ればいい。

 

 そのために必要なら、任せる。

 

 それだけだった。

 

 甄氏は、木札を受け取った。

 

「……承知しました」

 

 声が、先ほどまでより少し低い。

 

「では、こちらの書類は私が読みます」

 

「本当ですか?」

 

「ただし、誤りを見つけた時は、黙ってはおりません」

 

「それはぜひお願いします」

 

 俺が心底助かった顔で頷くと、甄氏は木札へ視線を落とした。

 

 口元は動かなかった。

 

 けれど、木札を持つ指は、さっきより少しだけ強くなっていた。

 

 ◆

 

 それから数日。

 

 甄氏は、本当に黙らなかった。

 

「この村は、先月も同じ名目で取られております」

 

「うわ、本当だ」

 

「こちらの兵糧は、倉から出た記録だけがあり、到着の印がありません」

 

「うわ、途中で消えてる」

 

「この帳簿は、宴席の酒代を補給費へ混ぜています」

 

「うわ、全部ひどい」

 

 俺は横で木札を眺めながら、ひたすら「うわ」と言う係になっていた。

 

 だが甄氏は、そんな俺を馬鹿にしなかった。

 

 むしろ俺が、彼女の見つけた誤りを「派閥の失点」に使おうとせず、ただ兵糧が届くように、余計な税が止まるようにと処理していくのを見ていた。

 

 ある夜、甄氏は薄い帳面を抱えて俺の前に立った。

 

「劉備様」

 

「はい」

 

「こちらは、私が扱える範囲の出納と輸送の控えです」

 

「え?」

 

「袁家の宴席、各地の倉、諸郡から上がる物資の写し。すべてではありません」

 

 甄氏は、帳面を胸元へ抱いた。

 

「ですが、読み合わせれば、どこで兵糧が滞り、誰が帳簿を歪めているかは見えるはずです」

 

(いや、そんな国家機密っぽい帳簿を俺に渡さないでほしいんだけど……!)

 

「甄氏様、それは危ないのでは」

 

「危ないからです」

 

 彼女は、まっすぐ俺を見た。

 

「読める者が読まなければ、また誰かが困ります」

 

 俺は何も言えなかった。

 

 その言葉は、さっき自分が言ったものを、そのまま返されたようだった。

 

 甄氏は続けた。

 

「それに、袁紹様は間もなく曹操と大戦を起こされます。劉備様のような方を、派閥争いと前線の近くへ置くべきではありません」

 

「俺もそう思います!」

 

「ですから、汝南(じょなん)の補給と民政を確認する役目が必要だと、書類を整えます」

 

「え?」

 

「危険な本陣から離れた場所です。表向きは重要な任務。実際には、劉備様が無理に戦へ出されないようにするための配属です」

 

(いや、待って。俺はただお茶を汲んで、誰にも見つからずにサボりたかっただけなんだけど!?)

 

 ◆

 

「うわあああ! 甄氏の目がハートになってる! 怖い! この会社、身内からセキュリティがバグる呪いでもあるの!?」

 

 俺が半泣きで給湯室に逃げ帰ると、そこにはなぜか、袁紹軍の総務の制服(かなりミニスカ仕様)を着た、我が社の隠密──夜桜(よざくら)が、お盆を持って平然と待っていた。

 

「主君、お見事です」

 

 夜桜は、帳面を抱えた甄氏を見て、にこりと笑った。

 

「袁紹軍の核心である甄氏様を、お茶汲みと木札の整理だけで掌握されるとは。すでに彼女の手引きにより、袁紹軍の物資の流れを読む鍵は、我が手の内です」

 

「掌握してないし、鍵とかいらない!」

 

「ええ、劉備様」

 

 いつの間にか給湯室に入ってきた甄氏が、子犬を抱いて散歩してるおばさんのように微笑んだ。

 

「私は、劉備様を危険な前線へ行かせたくありません。汝南の出張所へ向かう書類は、私が整えます」

 

(違う!!! 俺はただの窓際族としてサボりたかっただけなのに、なんで最大手企業のインフラ(兵糧データ)が、俺個人のために裏から動き始めてんだよ!!! 袁紹の会社、もう倒産カウントダウン始まってんじゃねえか!!! 誰か助けてええええ!!!)

 

 ◆

 

 翌朝の全体会議。

 

 袁紹社長は、会議室の一番端っこの席で「はぁ……」と深い憂いのある表情で小さくなっている俺を見て、大いに満足してガハガハと笑った。

 

「見たか諸君! 天下の劉備が、我が四世三公の威光の前に、一言も発せず平伏しておるわ! ガハハハ、我が社の勝利(天下統一)は確実だな!」

 

「さすが袁紹社長! 覇王の器ですな!」

 

 エリート幹部たちが中身のない太鼓持ちで応じるなか、俺はただただ無言で深く頷き続けた。

 

 こうして俺は、ただの「大企業病の職場で波風立てずにサボろうとしただけ」なのに、三国志屈指の才女・甄氏をマイハーレムの18人目に獲得。

 

 世界からは「あえて無能な居候を演じて袁紹を油断させ、その裏で袁一族の最高ナレッジ(甄氏)と兵糧の中枢を完全掌握した、恐るべき企業買収(乗っ取り)の天才」として、さらにヤバすぎる怪物の評価を裏で更新。

 

 その頃、俺はただ、汝南という名前の出張所が、本陣より少しでも安全であることを祈っていた。

 

 窓際社員として静かに消えるはずだった俺の逃走生活は、またしても俺の知らないところで、次の面倒へと転がり始めていた。

 

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