劉備に転生した俺、三国志が思ったより治安悪すぎる ~ニートになりたいだけなのに、関羽と張飛が俺を覇王にしようとしてくる~   作:ブンチョウ

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第24話:奥方救出、山賊より夫が遅い

「待て! 俺を置いていくな!」

 

 古城の門前に、劉備の悲痛な叫びが響き渡った。

 

 古城で感動の再結集を果たしたのも束の間、甘氏と糜氏の車列が襲撃されているとの急報が入るや否や、義弟たちは文字通り風のように動き出していた。

 

 関羽は前職の社長・曹操から贈られたと言い張る自慢の赤兎馬を駆り、張飛もまたその巨体に似合わぬ俊敏さで軍馬へと飛び乗る。

 

 すでに砂塵の向こうだ。

 

「兄者、早く乗れ!」

 

 見かねた張飛が、手綱を引き絞りながら馬を寄せてくる。

 

「どこにだよ!」

 

「俺の後ろだ! 引っ張り上げてやる!」

 

 張飛の乗る馬は、主人の乱暴極まりない挙動に調教された筋金入りの軍馬である。

 

 一歩間違えれば、乗った瞬間に遠心力で消し飛ばされる。

 

 劉備は全力で首を振った。

 

「お前の後ろは絶対に嫌だ! 敵の矢が当たる前に、馬の振動で俺の腰が砕ける!」

 

「ならば兄者、この赤兎馬へ」

 

 関羽が音もなく赤兎馬を横付けし、泰然と手を差し伸べてくる。

 

 だが、劉備はその名馬の贅沢な馬具を見逃さなかった。

 

「バカ言え! そんな曹操の印がこれでもかとついた証拠品に、いま俺が乗って現場に行けるか! 後で『劉備、曹操から贈られた名馬で嫁を迎えに行く』などと噂を流されたら、俺の大義名分が終わりだ!」

 

 結局、劉備が宛がわれたのは、古城の物置の裏で余生を過ごしていた老いた荷馬だった。

 

 パカラン、パカラン、と気の抜けた足音が響く。

 

「……遅い! 圧倒的に遅い!」

 

 前方を走る関羽と張飛の背中は、すでに豆粒ほどの大きさになっている。

 

 妻を助けに向かう夫が、救出部隊の最後尾をノロノロと追う。

 

 どう考えても総大将としての格好がつかない。

 

 劉備の後ろからは、張飛の部下十数人と、腕に黄色い布を巻いた農民崩れの兵たちが、徒歩でゾロゾロとついてきていた。

 

 

「玄徳公! お急ぎを!」

 

 並走する黄色い布の伝令が、息を切らしながら事情を説明する。

 

 聞けば、甘氏と糜氏の車列は、単なる避難民ではなかった。

 

 荷車五台に侍女や使用人、糜家の家人、さらには道中で保護した負傷兵や身寄りのない子供、老人まで巻き込んだ「大移動集団」と化しているらしい。

 

 護衛はわずか二十人足らず。

 

 それを追っているのは、曹操の正規軍ではなかった。

 

 汝南周辺を荒らし回る山賊、杜遠(とえん)の一団、約七、八十人。

 

「……よかった、曹操の正規軍ではないのか」

 

 劉備は一瞬だけ胸をなでおろした。

 

 国家権力と正面衝突するリスクを回避できたのは大きい。

 

 だが、伝令の次の言葉で表情が凍りつく。

 

「杜遠は、奥方様方を曹操へ売って褒賞を得るか、さもなくば身代金を毟り取る腹積もりです! 糜家の財貨もろとも強奪しようとしております!」

 

「なんだと!? 妻たちを売ろうとする山賊なんて、とんでもない奴らじゃないか! むしろ話が通じない分、一番厄介な相手だ!」

 

 伝令の話では、杜遠の仲間であった廖化(りょうか)という男が、「黄巾の恩人の家族を売るなど、侠道に反する」と反発し、十数人の部下と共に殿(しんがり)を務めて車列を逃がしているという。

 

 だが、数で勝る杜遠の猛追を受け、土手道で包囲されかけている状況だった。

 

 

 左右を用水路と底なしの湿地に挟まれた、細い土手道。

 

 そこが最前線だった。

 

 先頭の荷車には甘氏や子供たちがすし詰めにされ、中央には呻き声をあげる負傷者、後方には食料や農具が山積みにされている。

 

 最後尾の車の車輪が泥に嵌まり、車列は完全に立ち往生していた。

 

 徒歩の廖化たちは、山賊の騎馬の突撃を必死に槍で阻んでいるが、それも限界に近い。

 

「ウオオオ! 小悪党ども、俺の蛇矛の錆にしてくれるわ!」

 

 張飛がそのまま正面から突っ込もうとし、関羽も赤兎馬を加速させる。

 

 その光景を見た瞬間、劉備の脳裏に最悪の絵面が浮かんだ。

 

(アホか! あんな狭い道で、あの規格外の重戦車二人が暴れ回ったら、山賊より先にうちの荷車が木っ端微塵になる!)

 

「車の近くで暴れるな! 妻たちごと斬る気か!」

 

 劉備としては、ただ巻き添えを恐れただけだった。

 

 だが、先頭を走る関羽と張飛の耳には、これが神がかった戦術指令として届いた。

 

「なるほど! 兄者は、敵の狙いが『荷車の中身』であることを逆手に取り、追手を荷車から引き離して各個撃破せよと仰っているのだな!」

 

 劉備は老馬を叩きながら、決死の形相で指図を飛ばした。

 

「先頭の四台はそのまま古城へ引っ張れ! 動けない車の負傷者と子供を前に移すんだ! おい、最後尾の荷車から馬を外せ! その車を土手道に横向きにして障害物にしろ! 関羽は側面から圧をかけて敵を狭い道へ追い込め! 張飛は後ろへ回り込んで退路を塞げ! 廖化、お前たちは車の陰から弓と槍で守るんだ!」

 

(あの荷車まで失ったら、古城のただでさえ無い食料が完全に尽きる! それに馬が突っ込んできたら、荷車ごと妻たちが潰されて大損害だ! とにかく物資と車両を守れ!)

 

 しかし、周囲の受け止め方は違った。

 

「素晴らしい……。左右の湿地という地形を利用し、即席の『車陣(しゃじん)』を築いて敵騎兵の機動力を完全に無力化する軍略。これぞ劉玄徳の用兵か!」

 

 廖化は荷車の陰で、その的確な指示に目を見張った。

 

 

 関羽と張飛が山賊を引き離し、包囲陣を形成していく隙に、劉備はどうにか車列へと追いついた。

 

 格好よく老馬から降りようとしたが、見事に足をもつれさせ、泥の中に派手に転びかけた。

 

 総大将の威厳はゼロである。

 

 荷車の陰では、甘氏が震える手で短刀を握り締め、侍女たちを背中に隠していた。

 

 一方、糜氏はすでに破損した荷車を見限り、どの積み荷を優先して移し替えるべきか、冷静に使用人へ指示を飛ばしている。

 

 泥だらけの劉備を見て、二人は動きを止めた。

 

 長い劇的なセリフはなかった。

 

 言葉が出ないのは劉備も同じだった。

 

 甘氏がそっと歩み寄り、劉備の泥まみれの袖を、生存を確かめるように強く、強く掴んだ。

 

 糜氏は劉備の顔や腕に新しい傷がないかを鋭い視線で確認し、安堵を隠すように小さく息を吐いた。

 

 劉備はようやく、喉の奥から声を絞り出す。

 

「……怪我は」

 

 甘氏は静かに首を振った。

 

 糜氏も、落ち着いた声で答える。

 

「私どもは、無事でございます」

 

 それだけで十分だった。

 

 二人が生きている。

 

 その事実だけで、劉備の胸の支えが一つ消えた。

 

 ――その直後、ドスッと鈍い音を立てて、劉備のすぐ横の荷車に矢が突き刺さった。

 

「ひえっ!?」

 

 情けない声をあげる劉備に、糜氏が冷静な現実を突きつける。

 

「再会を喜ぶのは、追手を完全に退けてからにいたしましょう」

 

「そういう命がけの問題を、戦力外の俺が解決できると思ってここに来たのか!?」

 

 甘氏が遠くの砂塵を見つめる。

 

「お二人を連れてこられたのでしょう?」

 

「俺は連れてきたというより、必死についてきただけだ!」

 

 

「おいおい、泥だらけで何をしに来たかと思えば、劉玄徳自らお出ましか!」

 

 山賊の頭領・杜遠が、あざ笑いながら前へ出てきた。

 

 劉備の情けない姿を見て、完全に侮っている。

 

「話が早くて助かるぜ。奥方と糜家の荷をここに置いていけ。そうすれば、お前らの命だけは助けてやる」

 

 劉備の膝が、ガタガタと震えた。

 

 逃げ出したい。

 

 今すぐ古城の執務室に引きこもりたい。

 

 だが、自分の背後には妻たちがいる。

 

 道中で拾われたという子供や、怯える老人がいる。

 

 ここでバックれるわけにはいかない。

 

「……武器を、捨てろ」

 

 劉備の声は震えていた。

 

 恐怖のあまり、かすれた声しか出ない。

 

「捨てた者は、殺さない」

 

 だが、その震え声は、杜遠の耳には「怒りを極限まで堪えた大物の冷徹な脅迫」として響いた。

 

 直後、杜遠の左右の視界が、巨大な影によって遮られる。

 

 赤い大馬に乗った、青龍偃月刀の巨漢。

 

 黒い軍馬に乗った、蛇矛を構えた鬼神。

 

「ひっ……!」

 

 杜遠の部下たちが、その圧倒的な威圧感に一歩退がった。

 

 さらに荷車の陰から廖化が躍り出る。

 

「杜遠! 俺たちは食うために賊へ落ちた。だが、恩人の家族を売れば、もう人ではなくなる。これ以上、黄巾の名を汚させるか!」

 

「裏切り者が!」

 

 逆上した杜遠は土手道を外れ、湿地から荷車を回り込もうとした。

 

 だが、劉備が「そこへ追い込め」と指示した地形だ。

 

 杜遠の馬の前脚が、底なしの泥濘へと深く沈み込む。

 

「しまっ――」

 

 上体が前へ崩れた瞬間、廖化が鋭く踏み込み、杜遠の槍を下から弾き上げた。

 

 バランスを崩した杜遠の胸元へ、張飛の蛇矛がピタリと突きつけられ、背後を関羽が塞ぐ。

 

「勝負あったな」

 

 頭領を生け捕りにされ、完全に戦意を喪失した山賊たちは、次々と武器を投げ捨てた。

 

「ウオオオ! 兄者、こいつら全員、首を撥ねてやりましょう!」

 

 息巻く張飛を、劉備は慌てて手で制した。

 

「斬るな! 降伏した者を殺すな。怪我人は敵味方を分けずに手当てしろ。これ以上、無駄な怨恨や死者を増やすな!」

 

 危機を脱した安堵から、劉備はただ平和的な処理を望んだだけだった。

 

 だが廖化は、敵味方を分けずに負傷者を救えという命に、しばらく言葉を失っていた。

 

 

 戦後処理の間、甘氏と糜氏から事の顛末が語られた。

 

 関羽は曹操に下る前から、二人の安全と尊厳を守り続けていたこと。

 

 別行動になった後も、事前に信頼できる者を通じて合流地点を細かく指定していたこと。

 

「雲長殿は、私どもを見捨てられませんでした」

 

 甘氏の言葉に、張飛はきまずそうに頭を掻いた。

 

 じっと関羽を見る。

 

 謝罪の言葉を口にするのは、この不器用な男には難しかった。

 

 張飛は関羽の乗る赤兎馬の手綱を睨みつけ、ぷいと顔を背けた。

 

「……それとこれとは別だからな。馬を盗んだ件は、まだ許してねえからな」

 

 関羽の眉が跳ね上がる。

 

「まだ言うのか、お前は!」

 

「そこは別件だ」

 

 劉備がすかさず、役人のような顔で割り込んだ。

 

「その赤兎馬の所有権については、後ほど古城で厳正な調査を行う」

 

「兄者まで何を言うか!」

 

 関羽が珍しく声を荒らげ、張飛がニヤニヤと笑う。

 

 古城での再会から続いている赤兎馬の所有権争いに巻き込まれながらも、関羽を「裏切り者」と責める険は、もう張飛の声にも目にも残っていなかった。

 

 

 そこへ、廖化が劉備の前で片膝をついた。

 

「玄徳公。行く場所がありません。どうか俺と、俺に従った者たちを、傘下へ加えていただきたい」

 

「ん? ああ……」

 

 劉備は、廖化の真面目そうな面構えを見て、一応実務的な確認をした。

 

「ちなみに、人数はどれくらいだ?」

 

「今ここにいるのは十数人ですが……山の中に、彼らの家族や仲間が百人以上控えております」

 

 劉備の顔から血の気が引いた。

 

(百人……!? おい待て、古城にはいま、一粒の余米もないんだぞ。人材の確保ではなく、純粋に食費の爆増じゃないか!)

 

 断ろうとして口を開きかけたが、廖化の背後には、ボロ布を纏った負傷者や、行くあてのない老人たちが、縋るような目で劉備を見つめている。

 

 公務員としての、あるいは人間としての最低限の良心が、劉備の言葉を堰き止めた。

 

 少しの沈黙の後、劉備は重い口調で命じた。

 

「……まず、武器を持つ者、怪我をしている者、家族がいる者を分けて数えろ。全員を一度に古城に入れるな。まず正確な人数と、そっちが持っている食料を報告しろ。あと、奪った物があるなら元の持ち主へ返せ。返せない物はすべて帳簿に残せ」

 

 劉備としては、単に食料不足による暴動を防ぎ、犯罪の責任を管理したいだけだった。

 

 しかし、廖化には違って聞こえた。

 

 劉備は自分たちを単なる「賊」として扱うのではなく、武器を収め、奪った物を返させ、秩序ある「治世の民」へ戻そうとしている。

 

 廖化には、そう思えてならなかった。

 

「御意! この廖化、玄徳公の差配に、生涯ついていく所存です!」

 

「いや、差配っていうか、単なる在庫と責任の管理なんだけど……」

 

 こうして廖化は、劉備軍の正式な将軍というよりは、「古城へ同行する元黄巾の暫定まとめ役」として、組織に組み込まれることとなった。

 

 

 夕暮れ時、車列は無事に古城へと帰還した。

 

 城内に残っていた兵や難民たちは、二人の奥方の無事な姿を見て、割れんばかりの歓声を上げた。

 

「さあ、これでようやく温かい再会の宴ができるな」

 

 安堵の息を漏らす劉備だったが、背後から「旦那様」と、冷徹な声がかけられた。

 

 糜氏である。

 

 彼女は荷車の布を跳ね上げ、中の物資を古城の者に検収させていた。

 

 そこに積まれているのは、きらびやかな宝石や高級な衣装ではなかった。

 

「粟、麦、塩、乾燥肉、傷薬、布、農具、そして……帳簿でございます」

 

 糜氏は、逃亡の道中で目立つ宝飾品をすべて売り払い、生存に直結する「食料や実用品」へと一足早く換えていたのだ。

 

「おお! (あねご)、これだけあれば、皆が飢えずに済む!」

 

 張飛が歓声をあげる。

 

 だが、古城のすっからかんな倉庫と、廖化が連れてきた避難民の数を見た糜氏は、静かに告げた。

 

「保って十日。それが限界です。その後については、まだ何も解決しておりません」

 

「……ですよね」

 

 劉備は一瞬で、現実へと引き戻された。

 

(妻との感動の再会初日に、超シビアな家計簿を突きつけられるとは夢にも思わなかった……)

 

 甘氏が、配給の薄い粥を見つめながら、困ったように微笑んだ。

 

「あなたは、またずいぶん多くの方を拾われたのですね」

 

「俺が拾ったんじゃない。俺が逃げた先に、なぜか勝手に集まってくるんだ……」

 

 甘氏は何も言わず、劉備の袖についた泥を、優しく、丁寧に払った。

 

 その静かな動作が、バラバラになっていた「家族」がようやく一つの場所に戻ってきたことを示していた。

 

 

 その夜。

 

 劉備は執務室で、古城の兵、難民、降伏した蔡陽の兵、杜遠の山賊、廖化の仲間、妻たちの使用人……激増した人員の数字を木簡に書き出し、あまりの食料の足りなさに顔を青くしていた。

 

 そこへ、廖化が新たな報告を持って入ってきた。

 

「玄徳公! 汝南には、劉辟(りゅうへき)殿、龔都(きょうと)殿という、元黄巾の大きな一団がおります」

 

 劉備の胃が、きりきりと痛み出す。

 

 嫌な予感しかしない。

 

「……何人だ」

 

「合わせれば、数千は」

 

 ガシャァン、と劉備の手から木簡が落ち、床に散らばった。

 

 数千。

 

 古城が一日で潰れる数字だ。

 

 廖化は主君の絶望に気づかず、目を輝かせて続けた。

 

「お二人とも、かつて張レン殿から玄徳公のお話を聞いており、深く傾倒しております! 玄徳公が汝南に入られたと知れば、城も兵も丸ごと差し出し、傘下へ入りたいと申すに違いありません!」

 

 劉備はガタタッと椅子を蹴立てて立ち上がり、絶叫した。

 

「来るなと伝えろ!!! 今でも食料が足りないんだよ! うちにはもう彼らを養う余裕はないんだ!」

 

 その様子を後ろで見ていた関羽と張飛が、深く頷き合った。

 

「なるほど。兄者は、彼らが単に頼ってくるのか、それとも自ら『兵糧を持参する覚悟』があるのか、その忠誠度を試されているのだな」

 

「さすが兄者だ。タダで兵だけ増やす気はねえってことか」

 

「違う!!! 本当に来るなと言っているんだ!」

 

 しかし、廖化はその「厳しい条件」に深く感動し、深く頭を下げた。

 

「承知いたしました! 『兵糧を携えて来るよう』、劉辟殿らへ必ずや伝えてまいります!」

 

「伝言が真逆だ!!!」

 

 劉備の悲痛なツッコミが夜空に虚しく響き渡る中、古城の「勝手な拡大」へのカウントダウンは、すでに止まらなくなっていた。

 

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