劉備に転生した俺、三国志が思ったより治安悪すぎる ~ニートになりたいだけなのに、関羽と張飛が俺を覇王にしようとしてくる~   作:ブンチョウ

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第25話:汝南連合、連結決算はお断りです

劉辟(りゅうへき)龔都(きょうと)が合流の挨拶として、兵糧を持参してこちらへ向かっているという使者が来た。

 

「これで少しは食費が浮いた」と一瞬だけ喜んだ俺が馬鹿だった。

 

そもそも、今のこの古城オフィス内ですら、食い扶持の計算が杜撰を極めているのだ。

 

古城の執務室――もとい、元山賊の頭目が使っていた薄汚れた広間に、俺の絶叫が響き渡った。

 

「今日、粥を食べる口を数えろと言ったはずだ! なぜ昨日より三十人も増えている!? どこから湧いた!」

 

机の上に広げられた竹簡を叩きつける俺に、帳簿を握った張飛(ちょうひ)が首を傾げた。

 

「おう、兄者! 増えたんじゃねえ。この三十人はな、普通の兵で、怪我人で、武器も直せる鍛冶屋で、おまけに妻子持ちの精鋭どもだ!」

 

「それがどうした!」

 

「だからよ、普通の兵として数えたうえに、怪我人を世話する奴ら、鍛冶場の奴ら、妻子を預かる奴らが、同じ連中とその家族の分まで、それぞれ別に飯を申請してきたんだ。一粒で四度美味いってやつだな!」

 

「同じ人間を四度も数えてどうするんだーーッ!!」

 

俺はこめかみを押さえた。

 

実態の人間は三十人とその家族しかいないのに、縦割り組織の弊害で、四部署から別々に予算と食糧が重複計上されている。

 

前世のブラック企業なら、一発で経理と監査に吊るし上げられる案件だ。

 

「実際に食べる人数は変わらないのに、必要な米だけ膨らませてどうする! 同じ人間の分を、役目ごとに重ねて申請するな! いいか、人間は口が一つで胃袋も一つだ! 役目で分けず、一人ずつ数えろ!」

 

劉備(りゅうび)様の仰る通りです」

 

そこへ、我が陣営の物資管理を一手に引き受けた糜氏(びし)が、冷ややかに言い放つ。

 

「我が方の確認を通していない不確かな申し出には、一粒の米たりとも渡しません。その旨は、各所へ厳しく申し伝えております」

 

 

糜氏(びし)の徹底した数量管理に安堵しかけたのも束の間、関羽(かんう)が長髭を揺らしながら静々と入室してきた。

 

「兄者、赤兎馬の件だが……」

 

「ああ、曹操(そうそう)のところから連れてきたあの名馬か。あれがどうした」

 

「少々、飼葉の減りが早くてな」

 

関羽(かんう)が申し訳なさそうにする横で、妻の甘氏(かんし)が苦笑しながら別の竹簡を差し出した。

 

「夫くん、あの馬、普通の馬の三倍は食べるのよ。しかも、そこらの雑草や粗悪な大麦だと『こんなもん食えるか』って鼻息を荒くして払いのけるの。よく選り分けた上等な豆じゃないと、機嫌を損ねて動かなくなるわ」

 

俺の目は点になった。

 

燃費最悪じゃねえか。

 

ハイオク指定の超高級外車かよ。

 

「おい関羽(かんう)……お前、食わせる米や豆の量も考えずに、あんな金食い虫を……」

 

「名馬とはそういうものだ。曹公の元にいた頃は、毎日これ以上の待遇を受けていたと聞く」

 

名馬の価値を疑わぬその堂々たる態度は立派だが、コスト感覚は完全に曹操(そうそう)基準だった。

 

「ここは許昌(きょしょう)じゃない! 銭も兵糧も乏しい古城だぞ! 持っている財力が違うんだよ!」

 

「兄者、案ずるな」

 

張飛(ちょうひ)がドンと胸を叩く。

 

曹操(そうそう)のところに書状を送ればいいじゃねえか。『お前がくれた馬が上等な豆しか食わねえから、飼葉代を払え』ってよ。あのケチじゃねえ野郎なら、喜んで払うだろ」

 

「前の雇い主に、今の暮らしの費用を出せなんて言えるか! どんな筋の通らない要求だよ!」

 

 

息を切らす俺の傍らで、甘氏(かんし)が静かに大量の木札へ墨を入れ始めた。

 

数字の横に、小さく文字が書き足されていく。

 

「……ん? 甘、何をしているんだ?」

 

「ええ、数字のままだと見失うから、皆に手伝わせて一人一人の名前を聞き取っているの。この三十人は、元山賊の『趙さん』の組の男たちよ」

 

「よせ!」

 

俺は思わず甘氏(かんし)の手首を掴みそうになった。

 

「名前に書き換えるな! 数字のままでいい! ……名前まで覚えたら、いざという時に追い出せなくなるじゃないか……」

 

要するに、リストラできなくなる。

 

対象者の顔や家庭環境を知ってしまった人事部長の苦悩だ。

 

俺の偽悪的な呟きに、甘氏(かんし)はおっとりと微笑んだ。

 

「でもね、夫くん。もし明日、お粥の数が一人分減っていたら、この名前の誰かが亡くなったか、あるいは黙って去ったかが一目で分かります。皆の無事と人数を確かめるためにも、名前は書いておくべきでしょう?」

 

「くっ……」

 

実務上の正論。

 

糜氏(びし)には経理上逃げ道を塞がれ、甘氏(かんし)には人情上逃げ道を塞がれる。

 

俺はぐうの音も出ず、天を仰いだ。

 

こうして「情」という名の回収不能な投資が、また古城に積み上がっていく。

 

 

そこへ、新参の廖化(りょうか)が、縛り上げた男を引きずりながらやってきた。

 

男の顔は恐怖で青ざめている。

 

劉備(りゅうび)様! 杜遠(とえん)の奴めが、近隣の村から物資を略奪して運んでいたところを捕らえました! 我ら黄巾の掟であれば即座に首を撥ねるところですが、御指図を仰ぎたく!」

 

周りの元山賊たちも「首を撥ねちまえ!」と殺気立つ。

 

だが、俺は猛然と立ち上がって止めた。

 

「待て! 面倒だからと、すぐに首を落とすな! まず奪った物をそのまま残し、誰が、どこで、何をしたのか確かめろ!」

 

「……え?」

 

廖化(りょうか)が呆然とする。

 

もちろん、慈悲ではない。

 

純然たる保身だった。

 

クレーマー対応の基本は、まず現物の保全と当事者の事実確認である。

 

(後から被害者の村が『うちの先祖代々の家宝の壺も奪われたはずだ』とか、無限に賠償沙汰を持ち込んできたらどうするんだ! 現物である杜遠(とえん)がいなけりゃ、証拠不十分で全額こっちが負債を被るだろ!)

 

俺は廖化(りょうか)の肩を掴み、真剣な目で告げた。

 

「まず杜遠(とえん)に、いつ、どこで、誰から、何を奪ったのかを聞け! 杜遠(とえん)は字が書けない? なら廖化(りょうか)、お前が聞き取って代わりに書け! 最後に杜遠(とえん)の指へ墨を塗り、そこに爪印を押させろ! 奪った品は一つ残らず、元の村へ返せ!」

 

廖化(りょうか)は激しく胸を打たれた顔をした。

 

「ただ首を刎ねるのではなく、何が奪われたのかを確かめ、元の持ち主へ返されるとは……! 罪人さえ調べもせずに切り捨てず、法と慈悲をもって治められる……なんと深い思慮、なんと先を見据えた御裁きか!」

 

「この廖化(りょうか)劉備(りゅうび)様の定められた軍律を、命に代えても守ります!」

 

「いや、後から揉めたくないだけだから、そんな目で見るな」

 

 

その時、見張りの兵が転がるように駆け込んできた。

 

「ほ、報告! 劉辟(りゅうへき)龔都(きょうと)の両名が、兵糧と共に数千の軍勢を連れて、入城を求めております!」

 

(数千だと!? 馬鹿言え! 全員をこの城に入れたら、明日の朝には備蓄が消える! 資産である兵糧と一緒に、巨大な負債である食い扶持を押しつけに来たのか! そもそも俺は、お前たちの食費の連帯保証人になりたくないだけだ!)

 

俺は冷や汗を流しながら、前世の経営企画部で身につけた究極のリスクヘッジを口にした。

 

劉辟(りゅうへき)龔都(きょうと)。手土産はありがたいが、お前たちはここへ入城してはならない」

 

「えっ!? 見捨てられるのですか!?」

 

「違う。お前たちは汝南(じょなん)の各地へ散らばり、それぞれの拠点をそのまま維持するんだ。自分たちの食い扶持は、自分たちで賄え」

 

「自分たちの食い扶持を……?」

 

「そうだ。ただし、略奪は一切禁止する。近隣の村と物を交換するなり、田畑を耕すなり、荒地を開くなりして、自分たちの力で暮らせ」

 

前世でいう独立採算制だ。

 

俺はただ、責任を押しつけて古城から遠ざけたかっただけである。

 

「俺は、お前たちの暮らしへ細かく口を出さない。平時はそれぞれの土地で暮らし、兵と食糧を整えておけ。そして有事の時だけ、『劉』の旗の下に集まり、互いに助け合うんだ。これが我ら『汝南連合』の戦い方だ」

 

要するに、各地へフランチャイズ店舗を散らし、本部の固定費だけを減らす作戦である。

 

劉辟(りゅうへき)龔都(きょうと)は顔を見合わせると、なぜか感極まったように震え始めた。

 

彼らの脳内では、超解釈が始まっていた。

 

「なるほど……! 全員が一箇所に集まれば、曹操(そうそう)軍に一網打尽にされる。ゆえに我らを各地へ散らし、平時は田畑を耕して力を蓄えさせ、戦となれば一斉に『劉』の旗を掲げさせるおつもりか!」

 

「しかも、我らをただ養うのではなく、自ら生きる力まで持たせようとなさるとは……! 配下の力を信じて任せる、まことの名君でなければできぬことだ!」

 

「感服いたしました! 我ら『汝南連合』の一勢力として、死力を尽くします!」

 

 

数日後。

 

俺がふと執務室の窓から外を眺めると、遠くの山々や砦のあちこちに、真新しい旗が翻っているのが見えた。

 

すべてに、大きく「劉」の文字が染め抜かれている。

 

「おい……なんだ、あの旗の数は……」

 

俺の顔から血の気が引いていく。

 

「兄者! 汝南(じょなん)の連中が、みんな兄者の傘下になりてえってよ! 『劉』の旗を勝手に掲げる奴らが増えて、帳簿がとんでもねえことになってるぞ!」

 

張飛(ちょうひ)が嬉しそうに、巨大な竹簡を持ち上げてくる。

 

俺の脳内が、それを「採算を無視した事業統合」と変換して警鐘を鳴らした。

 

そこには、俺が全く意図していない、汝南(じょなん)全域を網羅した、帳簿の上だけは完璧に見える物流・人員網の数字が並んでいた。

 

中身も分からない加盟勢力の責任だけが集まり、人間と馬にかかる固定費だけが、無尽蔵に積み上がっていく。

 

「三十人の飯勘定を整理していただけの俺が……なんで汝南(じょなん)全域の勘定と責任を背負う立場になってるんだよぉぉぉ! 俺の考えていた話と違うだろぉぉーーッ!!」

 

古城の窓から、俺の悲痛な叫びが、今日も虚しく響き渡るのだった。

 

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