劉備に転生した俺、三国志が思ったより治安悪すぎる ~ニートになりたいだけなのに、関羽と張飛が俺を覇王にしようとしてくる~ 作:ブンチョウ
「これで少しは食費が浮いた」と一瞬だけ喜んだ俺が馬鹿だった。
そもそも、今のこの古城オフィス内ですら、食い扶持の計算が杜撰を極めているのだ。
古城の執務室――もとい、元山賊の頭目が使っていた薄汚れた広間に、俺の絶叫が響き渡った。
「今日、粥を食べる口を数えろと言ったはずだ! なぜ昨日より三十人も増えている!? どこから湧いた!」
机の上に広げられた竹簡を叩きつける俺に、帳簿を握った
「おう、兄者! 増えたんじゃねえ。この三十人はな、普通の兵で、怪我人で、武器も直せる鍛冶屋で、おまけに妻子持ちの精鋭どもだ!」
「それがどうした!」
「だからよ、普通の兵として数えたうえに、怪我人を世話する奴ら、鍛冶場の奴ら、妻子を預かる奴らが、同じ連中とその家族の分まで、それぞれ別に飯を申請してきたんだ。一粒で四度美味いってやつだな!」
「同じ人間を四度も数えてどうするんだーーッ!!」
俺はこめかみを押さえた。
実態の人間は三十人とその家族しかいないのに、縦割り組織の弊害で、四部署から別々に予算と食糧が重複計上されている。
前世のブラック企業なら、一発で経理と監査に吊るし上げられる案件だ。
「実際に食べる人数は変わらないのに、必要な米だけ膨らませてどうする! 同じ人間の分を、役目ごとに重ねて申請するな! いいか、人間は口が一つで胃袋も一つだ! 役目で分けず、一人ずつ数えろ!」
「
そこへ、我が陣営の物資管理を一手に引き受けた
「我が方の確認を通していない不確かな申し出には、一粒の米たりとも渡しません。その旨は、各所へ厳しく申し伝えております」
◆
「兄者、赤兎馬の件だが……」
「ああ、
「少々、飼葉の減りが早くてな」
「夫くん、あの馬、普通の馬の三倍は食べるのよ。しかも、そこらの雑草や粗悪な大麦だと『こんなもん食えるか』って鼻息を荒くして払いのけるの。よく選り分けた上等な豆じゃないと、機嫌を損ねて動かなくなるわ」
俺の目は点になった。
燃費最悪じゃねえか。
ハイオク指定の超高級外車かよ。
「おい
「名馬とはそういうものだ。曹公の元にいた頃は、毎日これ以上の待遇を受けていたと聞く」
名馬の価値を疑わぬその堂々たる態度は立派だが、コスト感覚は完全に
「ここは
「兄者、案ずるな」
「
「前の雇い主に、今の暮らしの費用を出せなんて言えるか! どんな筋の通らない要求だよ!」
◆
息を切らす俺の傍らで、
数字の横に、小さく文字が書き足されていく。
「……ん? 甘、何をしているんだ?」
「ええ、数字のままだと見失うから、皆に手伝わせて一人一人の名前を聞き取っているの。この三十人は、元山賊の『趙さん』の組の男たちよ」
「よせ!」
俺は思わず
「名前に書き換えるな! 数字のままでいい! ……名前まで覚えたら、いざという時に追い出せなくなるじゃないか……」
要するに、リストラできなくなる。
対象者の顔や家庭環境を知ってしまった人事部長の苦悩だ。
俺の偽悪的な呟きに、
「でもね、夫くん。もし明日、お粥の数が一人分減っていたら、この名前の誰かが亡くなったか、あるいは黙って去ったかが一目で分かります。皆の無事と人数を確かめるためにも、名前は書いておくべきでしょう?」
「くっ……」
実務上の正論。
俺はぐうの音も出ず、天を仰いだ。
こうして「情」という名の回収不能な投資が、また古城に積み上がっていく。
◆
そこへ、新参の
男の顔は恐怖で青ざめている。
「
周りの元山賊たちも「首を撥ねちまえ!」と殺気立つ。
だが、俺は猛然と立ち上がって止めた。
「待て! 面倒だからと、すぐに首を落とすな! まず奪った物をそのまま残し、誰が、どこで、何をしたのか確かめろ!」
「……え?」
もちろん、慈悲ではない。
純然たる保身だった。
クレーマー対応の基本は、まず現物の保全と当事者の事実確認である。
(後から被害者の村が『うちの先祖代々の家宝の壺も奪われたはずだ』とか、無限に賠償沙汰を持ち込んできたらどうするんだ! 現物である
俺は
「まず
「ただ首を刎ねるのではなく、何が奪われたのかを確かめ、元の持ち主へ返されるとは……! 罪人さえ調べもせずに切り捨てず、法と慈悲をもって治められる……なんと深い思慮、なんと先を見据えた御裁きか!」
「この
「いや、後から揉めたくないだけだから、そんな目で見るな」
◆
その時、見張りの兵が転がるように駆け込んできた。
「ほ、報告!
(数千だと!? 馬鹿言え! 全員をこの城に入れたら、明日の朝には備蓄が消える! 資産である兵糧と一緒に、巨大な負債である食い扶持を押しつけに来たのか! そもそも俺は、お前たちの食費の連帯保証人になりたくないだけだ!)
俺は冷や汗を流しながら、前世の経営企画部で身につけた究極のリスクヘッジを口にした。
「
「えっ!? 見捨てられるのですか!?」
「違う。お前たちは
「自分たちの食い扶持を……?」
「そうだ。ただし、略奪は一切禁止する。近隣の村と物を交換するなり、田畑を耕すなり、荒地を開くなりして、自分たちの力で暮らせ」
前世でいう独立採算制だ。
俺はただ、責任を押しつけて古城から遠ざけたかっただけである。
「俺は、お前たちの暮らしへ細かく口を出さない。平時はそれぞれの土地で暮らし、兵と食糧を整えておけ。そして有事の時だけ、『劉』の旗の下に集まり、互いに助け合うんだ。これが我ら『汝南連合』の戦い方だ」
要するに、各地へフランチャイズ店舗を散らし、本部の固定費だけを減らす作戦である。
彼らの脳内では、超解釈が始まっていた。
「なるほど……! 全員が一箇所に集まれば、
「しかも、我らをただ養うのではなく、自ら生きる力まで持たせようとなさるとは……! 配下の力を信じて任せる、まことの名君でなければできぬことだ!」
「感服いたしました! 我ら『汝南連合』の一勢力として、死力を尽くします!」
◆
数日後。
俺がふと執務室の窓から外を眺めると、遠くの山々や砦のあちこちに、真新しい旗が翻っているのが見えた。
すべてに、大きく「劉」の文字が染め抜かれている。
「おい……なんだ、あの旗の数は……」
俺の顔から血の気が引いていく。
「兄者!
俺の脳内が、それを「採算を無視した事業統合」と変換して警鐘を鳴らした。
そこには、俺が全く意図していない、
中身も分からない加盟勢力の責任だけが集まり、人間と馬にかかる固定費だけが、無尽蔵に積み上がっていく。
「三十人の飯勘定を整理していただけの俺が……なんで
古城の窓から、俺の悲痛な叫びが、今日も虚しく響き渡るのだった。