劉備に転生した俺、三国志が思ったより治安悪すぎる ~ニートになりたいだけなのに、関羽と張飛が俺を覇王にしようとしてくる~   作:ブンチョウ

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第26話:軍令二通、どちらも働けと言っている

劉辟(りゅうへき)龔都(きょうと)が率いる数千人を、それぞれの拠点へ戻してから数日。

 

古城の執務室は、人間の代わりに数千人分の報告が書かれた木簡で埋め尽くされていた。

 

「数千人がこの狭い城に押し寄せてこなかった」という一点だけは神に感謝したいが、代わりに届いたこの文字の山は何だ。

 

俺は頭痛をこらえながら木簡を読み進め、すぐにその異常な数字に気がついた。

 

先日の騒動で、古城内部の兵糧申請は糜氏(びし)の働きによって一本化された。だが、今度は各地に散らばった無数の拠点が、それぞれまったく異なる勝手な基準で報告を寄越してきたのだ。

 

「おい、廖化(りょうか)。この木簡を説明しろ」

 

俺が指さした木簡には、こう書かれている。

 

『兵三百人、負傷者四十人、家族を持つ者百二十人、農作業ができる者二百人』

 

「はっ、何でございましょうか、劉備(りゅうび)様」

 

「この負傷者四十人は、兵三百人の中に入っているのか?」

 

「入っております」

 

「じゃあ、家族を持つ百二十人は?」

 

「それも兵三百人の中におります」

 

「農作業ができる二百人は?」

 

「兵の大半と、民の一部でございます」

 

「全部足したら六百六十人になるじゃないか! 同じ人間を四度も数えるな!」

 

机を叩くと、廖化(りょうか)は不思議そうに首を傾げた。

 

「しかし、どの数字も間違いなく正しい数字でございますが……」

 

「だから、役割ごとの人数と全体の人数を同じ列に並べて足すな!」

 

(ダブルカウントどころか四重計上だ。拠点ごとに書式が違うせいで、実態が何人なのかまったく見えない!)

 

さらに別の木簡を開くと、今度は同じ倉の粟が『拠点の総備蓄』『劉辟勢力の備蓄』『汝南連合全体の備蓄』として三度も別枠で報告されていた。

 

一瞬、食糧が三倍に増えたのかと錯覚して喜んでしまった。

 

横から木簡を覗き込んだ糜氏(びし)が、冷淡な声で告げる。

 

「旦那様。これは、すべて同じ場所にある、一つの倉の数字でございます」

 

「一つの倉が三回も俺を助けに来るな! 混乱するだろ!」

 

完全な帳簿上の粉飾決算だ。

 

帳簿の上だけでは大豊作、いざ倉を開けたら一回分しかない。

 

前世のブラック企業でも見たぞ、子会社の数字を寄せ集めて見かけの売上だけを膨らませる、あの悪魔の奇跡を!

 

 

「旦那様、単に各地の兵糧の総量を足し算しても意味はございません」

 

糜氏(びし)は呆れたように筆を走らせ、俺の前にまだ何も書かれていない新しい木簡を置いた。

 

「遠方の拠点にある食糧など、現地の兵と民が食べる分、こちらへ運搬する人馬が途中で消費する分、雨や湿気で腐る分、そして道中で山賊や敵兵に奪われる危険を差し引けば、この古城で実際に使える分は一割にも満たないのです。荷車の台数も道路の状態も考慮されておりません」

 

「その通りだ」

 

俺は深く頷いた。

 

袁紹(えんしょう)軍で嫌というほど兵站計算をやらされたから、そのあたりの物流と損耗の重要性は身に染みている。

 

「ある場所にある食糧と、ここで今食べられる食糧はまったく別物だ。山の向こうの倉にどれだけ粟があっても、腹が減っている目の前の兵には届かない」

 

俺の言葉に、傍らで聞いていた関羽(かんう)が感銘を受けたように長髭を撫でた。

 

「なるほど……。数字の上にある兵糧ではなく、実際に人の口へ届く兵糧だけを真実の蓄えとして数えるのか。兄者の目線は常に現場の民の胃袋にあるのだな」

 

「架空の在庫を当てにして餓死したくないだけだ」

 

「粟は粟だろ? なんで減るんだよ」

 

張飛(ちょうひ)が横から不満げに首を傾げる。

 

「お前の飯が隣の山の向こうに置いてあったら、今夜の腹ペコはどうするんだ?」

 

「取りに行くに決まってんだろ!」

 

「だから! その取りに行く途中で、お前が腹を減らして食う分の飼葉や飯も計算に入れなきゃいけないんだよ!」

 

「なら、腹が減る前に走れば早いじゃねえか」

 

「全員がお前のように山道を駆け抜けられるわけではない!」

 

俺たちのやり取りを完全に無視して、糜氏(びし)は何事もなかったように、各拠点の報告項目を統一するための雛形を書き上げていた。

 

『現在地、責任者、現在の人数、現地で必要な兵糧、他所へ出せる余剰、荷車と馬の数、移動日数、道中の危険』

 

実務能力の塊のような妻である。

 

「よし、各拠点にはこの形式で再提出させろ。見た目だけ多い食糧はいらない。実際に食える量だけを書かせろ」

 

命じると、廖化(りょうか)や遠方から来ていた劉辟(りゅうへき)の使者たちは、「汝南(じょなん)全域の輸送と備蓄を統一する、恐るべき兵站制度が始まった……」と戦慄した顔で平伏した。

 

ただの現状把握だっての。

 

 

人間を古城に入れなかったことで、食糧の直接消費は抑えられた。

 

だが、それによって別の地獄が生まれた。

 

各地の拠点から、ありとあらゆる相談、苦情、救援要請の使者が古城へ殺到し始めたのだ。

 

「近隣の二つの村が、同じ井戸の所有権を巡って殴り合いの争いを起こしております! ご裁決を!」

 

「元山賊の降兵どもを夜間の警備に就かせてよろしいでしょうか! 逃亡の恐れありと意見が割れております!」

 

曹操(そうそう)軍の徴発を過去に受けた村へ、我が方の食糧を返還すべきでしょうか!」

 

「劉の旗を掲げていない村が山賊に襲われた場合も、我らは救援に赴くべきですか!」

 

次々と広間に飛び込んでくる使者たちの細かい訴えに、俺の処理能力は限界を迎えた。

 

「なぜ全部、俺に聞くんだ! 現地で話し合って決めろ!」

 

俺が頭を抱えて叫ぶと、廖化(りょうか)が当然のように胸を張った。

 

「何を仰いますか、玄徳公がこの汝南(じょなん)のすべての差配をなさっておられるからです!」

 

「していない! 報告しろとは言ったが、何でもかんでも俺に決めさせろとは言っていない!」

 

「では、各拠点がそれぞれの判断で勝手に決めてもよろしいので?」

 

 元黄巾の連中がそれぞれの判断で勝手に略奪や武力衝突を始める光景を想像した。

 

「……それも駄目だ!」

 

「では、やはり玄徳公にご判断を仰ぐしかございませんな」

 

「俺に逃げ道がないじゃないか……!」

 

人を集めず、拠点を分散させた結果、何が起きたか。

 

この古城が、汝南(じょなん)全域のトラブルを引き受ける責任の集中先になってしまったのだ。

 

 

そんな混乱の最中、さらなる激震が走った。

 

北の袁紹(えんしょう)軍本陣から、正式な印が押された軍令を持った使者が到着したのだ。

 

使者が読み上げた書面の内容は、こうだった。

 

『劉備は白馬・延津方面の兵糧と輸送を督する者として、ただちに官渡の本陣へ戻ること。また、前渡しした軍資金、未記入の出納札と、受取の証となる札、現地で作成した兵糧記録を持参せよ』

 

俺は、執務室の隅に置いてある軍資金の袋を盗み見た。

 

終わった。

 

すでにその中身の一部は、古城周辺に溢れる難民や、負傷者のための食糧・薬品購入に勝手に使ってしまっている。

 

前世の感覚で言えば、会社から預かった仮払金を、無許可で別プロジェクトに流用した目的外使用だ。

 

いくら人道的に正しい善行だろうが、経理上は一発アウトである。

 

冷や汗を流しながら、恐る恐る使者に尋ねた。

 

「あの……俺が汝南(じょなん)で食糧や薬を買ったことは、袁公もご存じなのか?」

 

「はっ。玄徳公が汝南(じょなん)の民を救い、兵糧を集めておられるという忠義の働きは、本陣の袁公の耳にも届いております」

 

「そ、そうか。なら、この金の使い道についても事情は分かって――」

 

「ゆえに、汝南(じょなん)で集めたその兵糧も、すべて官渡の本陣へ至急送るように、とのことでございます」

 

俺は凍りついた。

 

「そ、それを今そっちに送ったら、ここにいる数千の人間が食べる物はどうなるんだ?」

 

使者は困惑したように眉を下げた。

 

「それは……これほどの名声をお持ちの玄徳公のご差配にて、何とかしていただけるものと……」

 

「一番難しい現場の辻褄合わせを俺に丸投げするな!!」

 

背後で聞いていた関羽(かんう)が、深く頷いて感心している。

 

「兄者ならば、官渡の本陣と汝南(じょなん)の民、その双方を飢えさせぬ神算鬼謀があると見込まれているのだな。さすがは袁公、兄者の器を分かっておられる」

 

「ない! 粟は一粒を二人で分けたら半分になるんだよ!」

 

 

第一の使者への返答をどう誤魔化すか、必死に言い訳を考えていたその時である。

 

「報告! 別経路より、袁紹軍の第二の使者が到着いたしました!」

 

広間に駆け込んできた別の使者が掲げた木簡にも、間違いなく袁紹軍の正規の印が押されていた。

 

そして、その内容はこうだった。

 

『劉備は汝南に留まり、劉辟・龔都らを率いて曹操軍の背後を脅かすこと。許昌(きょしょう)方面の街道と兵糧輸送を乱し、曹操軍を官渡から引き離せ』

 

俺は二通の軍令を見比べた。

 

「一通は本陣へ戻れ。もう一通はここへ残れ。俺の身体を二つに割るつもりか!」

 

第一の使者が色めき立つ。

 

「帰還の命こそが先に出された正式なものでございます! 兵站の維持こそ最優先!」

 

第二の使者も負けじと反論する。

 

「いや、汝南(じょなん)での曹操軍牽制こそが、官渡の戦局を左右する急務! こちらの命に従うべきだ!」

 

二人の使者は、どちらの軍令が後に出されたものか、どちらの派閥の上役が上位の権限を持っているかを巡って、広間の真ん中で激しい言い争いを始めてしまった。

 

日付はほぼ同じ。

 

経由した道が違うため、古城に届いた順番など何の参考にもならない。

 

要するに、本陣の意見が割れたまま、別々の部署が矛盾した命令を発行したのだ。

 

(完全なデッドロックだ! 別々の役員から同時に最優先案件を投げられる、典型的な社畜地獄じゃないか!)

 

「兄者、面倒だ。この二人の使者を戦わせて、生き残った方の命令に従えばいい」

 

張飛(ちょうひ)が物騒な提案をする。

 

「軍令を腕力で選ぶな! どっちに転んでも命令違反で俺が処罰されるだろ!」

 

関羽(かんう)が静かに目をあけた。

 

「ならば、兄者がお決めになればよい。どちらが真に大義ある道かを」

 

「それが一番嫌だから困ってるんだよ!!」

 

 

俺は二通の軍令を何度も睨みつけた。

 

片方を選べば、もう片方の命令違反。

 

両方を無視すれば反逆罪。

 

だが、今の俺には社畜時代に培った、最強の自己防衛手段がある。

 

「二人の使者よ、静まれ」

 

俺は厳かに声を放った。

 

「どちらの命令が真に袁公の最終決定であるか、書面での正式な確認が届くまで、俺は大軍を動かさない」

 

俺は間髪入れずに指示を飛ばした。

 

「直ちに袁紹軍の本陣へ、命令の齟齬を確認するための使者を送れ。この二通の軍令は原文のまま厳重に保管する。二人の使者からは、これを届けた日時と経路を聞き取り、受領の記録を作成しろ。……そして、確認が取れるまでは、古城の兵糧を本陣へ送ることも、曹操軍へ攻撃を仕掛け、難民を危険に晒すことも一切禁ずる。軍資金は、食糧購入と負傷者治療、最低限の防備以外には使わない。すべての支出の相手、品物、数量を記録に残せ」

 

後からどちらの派閥に怒られても、「命令が完全に食い違っていたため、確認を待ちました。勝手に判断して軍律を乱すわけにはいきませんから」と言い訳できるように、証拠をガチガチに固めておく。

 

口頭指示なんて絶対に信用しない。

 

すると、それを見ていた廖化(りょうか)が、ぽろぽろと涙を流して感動し始めた。

 

「袁紹軍の混乱に乗じて勝手に兵を動かすことなく、この汝南(じょなん)の民の命を守るため、あえて耐えられるのですね……!」

 

「違う。どちらにも従えず動けないだけだ」

 

広間の隅にいた劉辟(りゅうへき)が、深く息を吐いて俺を見つめていた。

 

「大勢力の絶対的な命令であろうと、汝南(じょなん)を飢えさせる理不尽な命には即座に従わぬとは。玄徳公、恐れながらお尋ねいたします。貴方は袁紹殿の客将として我らを率いておられるのですか? それとも、汝南の民を守るため、ご自身の意志でここへおられるのですか?」

 

非常に答えにくい質問だ。

 

袁紹の客将と言い切れば本陣の命令が絶対になるし、独立したと言えば反逆者になる。

 

俺は視線を泳がせながら、最も政治的責任の薄い言葉を選んだ。

 

「……俺は、いま目の前にいる人間を飢えさせないために、ここにいる。それ以上の話は、軍令が整理されてからだ」

 

立場を明言したくないだけの、典型的な回答の保留だった。

 

しかし、劉辟(りゅうへき)龔都(きょうと)の耳には、これが『俺は袁紹の看板ではなく、汝南の民を守ることを自らの立場とした』と、最大級に超解釈されて届いてしまった。

 

「おおお……! ならば我らは、袁紹殿ではなく、玄徳公お一人のお言葉にのみ従います!」

 

龔都(きょうと)が拳を握りしめて叫ぶ。

 

「待て! 袁紹にも従え! 今ここで離反宣言をするな!」

 

「では、我らはどちらへ従えば?」

 

「だから本陣に確認中だと言ってるだろ!!」

 

 

言い争いの疲労と、長距離を急いできた寝不足により、袁紹軍の二人の使者はついに広間の真ん中でふらつき始めた。

 

そこへ、妻の甘氏(かんし)が、湯気の立つ薄い粥と冷たい水の入った器をそっと差し出した。

 

「我らは、まだ命令の返答を……」

 

頑なになろうとする使者に、甘氏(かんし)はおっとりと微笑みかける。

 

「返答を持ち帰るにしても、お命が保たなければ始まりませんわ。まずは少し、お身体を休めてくださいな」

 

「そうだ、食べて休んでから戻れ。命令が食い違っているのはお前たちの責任ではない」

 

俺もため息をついて言った。

 

ここで使者が帰路に行き倒れたら、俺の問い合わせが本陣に届かない。

 

別の使者を出す手間も無駄だ。

 

二人の使者には健康な状態で戻ってもらい、『古城の劉備は命令を拒絶しておらず、矛盾の確認を求めて待機している』という事実の証言者になってもらわなきゃ困るのだ。

 

だが、二人の使者は、自分たちのような下役を人として扱い、本陣の不手際から庇ってくれた俺たちの態度に、激しく胸を打たれた顔をしていた。

 

 

使者たちが粥を食べている間、糜氏(びし)が俺の脇に張り付き、軍資金の袋を叩いた。

 

「旦那様。使われた分の軍資金について、残額と支出の照合を行います」

 

「おう、預かった未記入の出納札に、ちゃんと記録は残してあるぞ」

 

自信満々で木簡の束を差し出した。

 

だが、それを見た糜氏(びし)の眉間が、見る見るうちに険しくなっていく。

 

「旦那様。この、文字の代わりに『泥のついた親指の跡』が押してある木簡は何ですか?」

 

「あ、それは……麦を買い付けた時、村の老婆が字を書けなかったから、親指の指形を押してもらったんだ」

 

「では、こちらの『爪で引っ掻いたような傷』だけのものは?」

 

「塩を持ってきた男だ。名前を聞く前に帰っちまったんだよ」

 

「こちらは?」

 

「……多分、村長だと思う」

 

横から覗き込んだ袁紹軍の使者の表情が、どんどん怪しくなっていく。

 

「玄徳公、これでは名前も身元も確認できません。横領を疑われても文句は言えませぬぞ」

 

俺は一瞬で青ざめた。

 

「待て! 横領じゃない! 着服なんて一銭もしていない! ほら、現物の麦も塩も、ちゃんとあそこの倉にあるだろ!」

 

糜氏(びし)がすかさず、冷徹な補足を加える。

 

「品物の数量、品質、および買い付け時の立会人の証言から、市での相場と照らし合わせることは可能です。使者殿、記録の不備は認めますが、金はすべて食糧と薬に変わっております」

 

「そうだ! 金は減っているが、その分だけ食糧が増えているんだ!」

 

必死に弁明していると、張飛(ちょうひ)がのんきに倉の方向から歩いてきた。

 

「おい兄者、あの老婆の麦、もう半分くらい兵どもが食っちまったぞ。美味かったわ!」

 

「不利な証言を! 今! するな!!」

 

 

二人の使者への返答と、泥の指印だらけの帳簿の整理がようやくまとまりかけた、その時だった。

 

「報、報告ーーーッ!!」

 

北から、泥と血にまみれた早馬が飛び込んできた。

 

兵士は馬から転落するように地面に転がり、喉を血で詰まらせながら叫んだ。

 

「袁公の軍……官渡にて、大敗!!」

 

広間が、水を打ったように静まり返った。

 

第一、第二の使者も、持っていた器を落とすほど顔色を変えている。

 

「本陣の陣形が崩壊! 兵糧が焼かれ、総崩れとなりました! 兵は各地へ四散し、指揮系統は完全に麻痺、袁公の行方も分かりませぬ!」

 

報告は断片的で、袁紹(えんしょう)本人の生死までは確定していない。

 

だが、その場にいた全員が理解した。

 

曹操(そうそう)を北方に釘付けにしていた巨大な盾に、致命的な亀裂が入ったのだ。

 

俺の脳内で、歴史の知識と現代の社畜経験が最悪の形で結びついた。

 

(袁紹軍の本社機能が停止した……!? 親会社が突然倒産したようなものじゃないか!)

 

「兄者! やったな!」

 

張飛(ちょうひ)が単純に破顔した。

 

「これで、あの面倒くさい二通の命令のどちらに従うか、悩まなくてよくなったじゃねえか!」

 

「待て! 喜んでる場合じゃない!」

 

中身の食い違った二通の軍令、横領を疑われそうな軍資金の袋、そして多重計上だらけの汝南(じょなん)の帳簿を抱えたまま、俺は天を仰いで絶叫した。

 

「本陣が潰走して指揮系統が消滅したなら、今俺が持っているこの軍資金の返却先は、一体どこになるんだよォォォーーッ!!」

 

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