劉備に転生した俺、三国志が思ったより治安悪すぎる ~ニートになりたいだけなのに、関羽と張飛が俺を覇王にしようとしてくる~ 作:ブンチョウ
人間、諦めが肝心というが、俺はまだ諦めていなかった。
黄巾軍の小隊を、関羽と張飛が勝手にボコボコにして全滅させた、最初の戦い。
一応の勝利を収めた俺は、心の中でガッツポーズを決めていた。
「よし、これで義勇軍としての実績は作った! 県知事への顔も立った! 一仕事終えたんだから、さっさとこの物騒な集団を解散して、張飛の家でダラダラとネットサーフィン……じゃなくて、昼寝三昧のニート生活に戻るぞ!」
だが、後漢末期という時代のリアルは、引きこもり志望の現代人にどこまでも冷酷だった。
この時代の地方自治は、完全に崩壊している。
一度「武装組織」を立ち上げて名を売ってしまった以上、それを解散した瞬間にどうなるか。
「あいつら、武器を捨てて丸腰になったぞ」
他の野盗や悪徳役人に目を付けられ、速攻で略奪されて皆殺しにされるのがオチなのだ。
つまり、一度乗ったデスゲームの席からは、死ぬまで降りられない。
そんな絶望的な現実を、我が義兄弟のゴリラ──弟が、満面の笑みで追撃してきた。
「兄貴ィ!! 朗報だぜ!!」
バゴォン!!
もはや様式美となった、本日三度目の扉全壊を経て、張飛が鼻息荒く突進してきた。
「地元のヤクザ仲間やゴロツキどもに声をかけたらよォ、兄貴の『圧倒的な徳』と『敵の女すら一瞬でたらし込む手腕』に惚れ込んだ奴らが、さらに二百人も集まりやがった! 合計五百人の大世帯だぜ!」
「……え? いや、ちょっと待って。そんなに大勢雇うお金、どこにあるの?」
俺の素朴な疑問に、張飛は胸をドンと叩いて笑った。
「ガハハ! 資金が足りねえから、俺の肉屋の土地と、裏庭の桃園──桃の木つき──全部担保に入れて軍資金に変えてきたぜ!」
(家売っちゃったの!? 帰る場所失くすなよ!!)
俺は心の底から絶叫した。
っていうか、担保ってどこから借りたんだよ。
この時代に正規の銀行なんてない。
絶対にバックにタチの悪い闇金か、ガチの広域指定ヤクザがいるだろ!
借金を踏み倒す気満々の張飛の笑顔が、一番ホラーだった。
こうして集まった五百人の兵たち。
だが、その実態は「元ヤクザ」「浮浪者」「食い詰めて犯罪に手を染めた元農民」といった、社会の最底辺の吹き溜まりである。
当然、規律の「き」の字もありゃしない。
彼らの兵舎──という名の、ただの広大な家畜小屋からは凄まじい悪臭が漂い、昼夜を問わず博打と血まみれの殴り合いが繰り広げられていた。
これにブチ切れたのが、規律と義理を重んじる男・関羽である。
「……ふん。天下の義軍に身を置きながら、この醜態。規律を乱す者は、今すぐこの青龍刀で首をハネて見せしめに致す!」
ジャキィィィン! と、関羽の愛刀が恐ろしい音を立てて抜かれた。
ガチギレ寸前。
というか、完全に殺る気だ。
「雲長、待て待て待て!!! 暴力反対!!! ホワイトに行こう!!」
俺は目の前で生首がボウリングのピンみたいに転がるのを見たくない一心で、関羽の屈強な腕を必死にホールドした。
「いいかい!? 恐怖で人を従わせても、反発が生まれるだけだよ! 規律を守らせたいなら、まずは環境改善! 労働環境のホワイト化から始めなきゃダメだって!」
俺は平成・令和を生き抜いた現代人としてのコンプライアンス精神と、うろ覚えの労働基準法を総動員して、即座に軍の改革に乗り出した。
まず、朝のラジオ体操っぽいストレッチを導入した。
身体を動かすことで、メンタルを安定させるためだ。
次に、手洗いとうがいを徹底させた。
当時の死因トップである伝染病への、せめてもの対策である。
さらに、朝夕の定時連絡・報告も義務化した。
ホウレンソウは基本だ。
加えて、張飛が命を削って──土地を担保にして──用意した資金を使い、兵たちに支給する飲み水を「泥水」から「一度沸騰させた綺麗な白湯」に変えた。
塩分と栄養を補給できる、温かい野菜スープも毎日配給させた。
当時の古代の軍隊において、兵卒なんてものはただの消耗品。
泥水を飲んで疫病で死のうが、誰も気に留めないのが当たり前の時代だ。
それなのに、総大将である俺が自ら衛生管理を指導し、温かいスープを手渡してこう声をかけるのである。
「無理しないでね」
「体調悪かったら言ってね」
ゴミクズのように扱われてきた男たちの目に、次第に熱い涙が浮かび始めた。
「劉備様は……俺たちみたいな人間のクズを、ちゃんと『人間』として扱ってくれる……!」
「お頭のためなら、俺ぁいつでも盾になって死ねるぜ……!」
その結果、想定外のバグが起きた。
ホワイト労働環境を提供した結果、兵たちの士気がバグレベルで最大化。
「劉備様をホワイト企業大賞──天下の覇者にする」という狂信的な忠誠心を持つ、どんなブラック行軍にも喜んで従うサイボーグ兵へと変貌してしまったのだ。
それを見た関羽は、深く、深く、顎を引いて感じ入っていた。
(……畏るべし、我が兄者!)
恐怖や刑罰という「覇道」で縛るのではない。
生きるための活力を与え、心から心へと恩義を染み込ませることで、命を投げ出すほどの狂信的な忠誠心へと昇華させる。
これぞ古の聖王が用いたという、真の「王道」の統治術……!
雲長、一生ついて参る!
(違う、俺はただ生首を見たくなかっただけなんだ……!)
遠征の準備が着々と進む中、俺が無理やり作らせた「救護班」──衛生係を仕切るために、ある人物がボランティアとして転がり込んできた。
地元の有力な医師の娘であり、戦乱で夫を亡くした気の強い未亡人。
崔氏である。
乱世を生き抜く未亡人というのは、小説に出てくるようなお淑やかなお姫様ではない。
怪我人の血ヘドを浴びながら、
「そこ! 突っ立ってないで布を煮沸しなさい!」
とテキパキ指示を出す、完全に肝の据わった現実主義者。
平たく言えば、「最強のお局看護婦」だった。
彼女は最初、俺に対して明らかな不信感を抱いていた。
(劉備? どうせ耳が良いだけの、名声目当てのド素人のお坊ちゃんでしょ。男たちが勝手に盛り上がってるみたいだけど、戦場を舐めないでほしいわね)
向けられる視線が、ぶっちゃけ張飛の蛇矛より冷たくて怖い。
俺は彼女が怖くてたまらなかったので、とにかく機嫌を損ねないよう、現代のレディーファーストと、産業医──医療従事者への圧倒的リスペクトをフル稼働させた。
「あ、崔さん! いつも本当にありがとうございます! これ、手荒れに効く油です。豚脂と薬草を混ぜたハンドクリームもどきですけど、水仕事が多いでしょうから、使ってください!」
「……は?」
「あと、医療スタッフの皆さんのシフト表、僕が無理のないように組み直しておきました! 夜勤が続かないようにしてあるので、しっかり休んでくださいね。体調を崩したら元も子もないですから!」
過酷なワンオペ・奴隷労働が当たり前だった古代の医療現場で、そんな言葉をかけられた崔氏は完全に絶句した。
男尊女卑が骨の髄まで染み付いたこの時代。
裏方の、しかも女の労働環境を気遣う男など存在しない。
崔氏は、自分のガサガサになった手を止め、俺の顔を見た。
そして、戦いたくなくて毎日入念に泥を洗い流しているおかげで、男にしては異様に綺麗で清潔な手を凝視した。
彼女の脳内で、本日二回目の超絶勘違いの鐘が鳴り響く。
(男尊女卑が当たり前のこの世で、裏方の女である私にここまで敬意を払い、労働環境まで気遣う男がいるなんて……)
(しかも、この手入れされた清潔な手……)
(人を殺すことしか頭にない他の野蛮な男どもとは違う。このお方は、乱世の泥に染まらない、本物の高潔な御仁だわ……!)
崔氏の冷徹だった目が、一転して、熱いパッションを孕んだトロンとしたガチ恋の目に変わった。
「劉備様……。この崔、あなたの軍の命のすべてを、我が身に代えてもお守りいたします」
ガチである。
「えっ? あ、はい、シフト通りで大丈夫ですので……」
なんか目が怖くなったんだけど!?
こうして、現代人劉備が「命を大事に」「平和に」「ホワイトに」と、保身のために動いた結果。
なぜか我が軍は、「お頭のためならいつでも特攻できる狂信的サイボーグヤクザ五百人」と、「医療体制を完璧に整え、総大将にガチ恋した最強のお局看護婦」を擁する、異様に完成度の高いバケモノ義勇軍へと進化を遂げてしまった。
そして、運命の旅立ちの日が訪れる。
ドン、ドン、ドンと地を震わせる太鼓の音が響き渡り、ヤクザの遠征──義勇軍の出発が始まった。
「兄貴ィ! 準備は万端だぜ! 青州の太守から『黄巾の本隊に囲まれて死にそうだから救援にきてくれ』と要請が来た! ガハハ、大戦だ!」
「全軍、兄者の大志のために命を捨てよ! 遅れる者は置いていく、出陣!!」
「「「うおおおおお!!! 劉備様のために死ぬぞおおおおお!!!」」」
愛馬。
張飛が買ってきた、やたら気性の荒い、今にも俺を振り落とそうとする凶暴な馬の上で、俺はガタガタと震えながら涙を流していた。
(おかしいだろ!!! なんでみんなそんなに死に急ぐんだよ!!!)
救援要請って、要するに一番ヤバい激戦区の最前線に突っ込めってことじゃねえか!
死亡フラグの直行便だよ!
誰か俺をこの馬から降ろしてくれえええええ!!!
「劉備様ーーーっ! 必ず、ご無事でーーーっ!」
見送る崔氏が大きく振る、白いハンカチ。
あ、前回の黄色いリボンのトラウマが蘇るからやめて。
その姿を視界の端にとらえながら。
劉備の命がけのトコトコ道──強制デスロードは、ついに本格的な戦乱の荒野へと進んでいくのだった。