劉備に転生した俺、三国志が思ったより治安悪すぎる ~ニートになりたいだけなのに、関羽と張飛が俺を覇王にしようとしてくる~   作:ブンチョウ

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第5話 公孫瓚の職場でセクハラ回避

 上司を半殺しにして愛妾──麗華を寝取り、裏金を横領した国家反逆テロリストグループのボス。

 

 それが、現在の手配書に書かれた俺の肩書だ。

 

 生き延びるために頼れるのは、もはや学生時代のツテしかない。

 

 俺たちヤクザ軍団五百人が泥まみれで這うようにして向かった先は、北方の国境を守る超エリート白馬騎兵隊『白馬義従(はくばぎじゅう)』の総帥──公孫瓚(こうそんさん)の陣営だった。

 

 そこに広がっていたのは、圧倒的な「格差」の現実だった。

 

 公孫瓚は名門の出で、兵たちも純白の駿馬で統一された超一流のメガベンチャー大企業。

 

 片や俺たちは、前科持ちのゴリラ二人と、夜逃げのドサクサでついてきた麗華。

 

 そして、薄汚れた義勇兵という、どう見ても反社会的勢力の混成部隊だ。

 

 同期の圧倒的な出世っぷりに、現代人──元社畜のサラリーマン根性がチクチクと刺激される。

 

 だが、公孫瓚は器が大きかった。

 

「おいおい劉備、随分とヤバい事件を起こしたらしいな。まあ安心しろ、昔のよしみだ。うちの『幽州支社』の窓際ポスト──平原(へいげん)の県令の職を用意してやるよ」

 

「ありがとう公孫瓚社長……! 拾っていただいたご恩は忘れません。私は今日から、指示待ち人間に徹します! 手柄なんて一切いりません。定時で帰らせてください!」

 

 俺は深々と頭を下げながら、心の底から安堵していた。

 

 強力な公孫瓚の傘下──グループ会社に入れば、中央の追っ手から守ってもらえる。

 

 一生この会社──公孫瓚軍のヒラ社員として、泥舟にしがみついて窓際ライフを謳歌してやるぞ、と。

 

 しかし、世の中にそんな美味い話は転がっていなかった。

 

 公孫瓚の陣営は一見、給与も装備も保証されたホワイト企業に見えて、その実態は異民族──烏桓族などと日常的に凄惨な殺し合いを行う、ガチの超ブラック最前線だったのだ。

 

 当然、戦闘狂の部下たちがこの生ぬるい「窓際生活」に納得するはずもない。

 

「兄貴! なんであんなスカしたお坊ちゃん──公孫瓚の下でペコペコ頭下げてんだよ! 俺たちがちょっと暴れりゃ、この陣営ごと乗っ取れるぜ!」

 

「バカ言うな張飛! 組織の犬──社畜が一番安全なんだよ! 余計なことしてリストラ──物理的な処刑されたいのか! 滅多なことを言うな!」

 

 俺が全力でゴリラたちの手綱を引いている役員室──本陣へ。

 

 カツカツと小気味いい足音を響かせ、一人の絶世の美女がお茶を持って現れた。

 

 公孫瓚の従妹であり、この陣営の総務・秘書課を完璧に仕切る才女。

 

 公孫蘭(こうそんらん)である。

 

 公孫蘭は、キリッとした乗馬服風の漢服に身を包んだ、気が強くてプライドの高いエリートお嬢様だ。

 

 彼女の目は冷ややかだった。

 

 最初は「従兄──公孫瓚のコネで入ってきた、耳の大きな落ちこぼれの田舎役人」と、あからさまに俺を見下していた。

 

(げぇっ!! 大企業の社長の親族にして、総務のトップ……!?)

 

 俺の脳内で、前世の「全社必須コンプライアンス研修」の記憶が、最大警報とともにフル回転を始める。

 

 思い出すんだ。

 

 女性社員に一秒以上目を合わせたらセクハラ。

 

 距離感は常に一・五メートルを死守。

 

 もしここでハラスメント案件で訴えられでもしたら、窓際族の平穏どころか、一瞬でクビ──物理が飛ぶ!

 

 俺は彼女が部屋に来るたび、限界まで背筋を伸ばして直立不動になった。

 

 目はキョロキョロと天井に向け、絶対に視線を合わせない。

 

 徹底的にビジネスライクな敬語だけで対応した。

 

 さらに、彼女がチェック用に持ってきた業務報告の木簡に対し、前世の社畜スキルを発動。

 

 エクセル風の表──マトリクスを墨で手書きし、「三色で見分ける重要度チェック──高・中・低」を勝手に施して提出した。

 

 乱雑な手書き文字が主流のこの時代に、圧倒的な視認性を誇る神書類の誕生である。

 

 それを受け取った瞬間、公孫蘭は脳天を殴られたような衝撃を受け、その場に固まった。

 

 周囲の男たちは、公孫瓚の権力目当てに自分を厭らしい目で見つめるか、媚びてくる奴ばかり。

 

 なのに、この劉備という男は違う。

 

 自分の美貌に一ミリも惑わされず、一切の私情を排した張り詰めた緊張感──ただのハラスメント恐怖を保っている。

 

 そのうえで職務においては、見たこともない合理的で完璧な、新時代のデータ管理術──現代知識のエクセルを出してくるのだ。

 

(この表は……何?)

 

(兵糧、人員、馬、武具、負傷者。すべての優先順位と不足が、一目で分かるようになっている……)

 

 公孫蘭の指が、木簡の上で止まった。

 

(従兄の幕僚たちは、皆、情報を抱え込んで威張るだけ。なのにこの人は、誰が見ても理解できる形にしている)

 

(しかも、己の功績を誇る気配がまるでない……)

 

(この人……わざと無能なフリをして居候しているけれど、本当は従兄──公孫瓚すら遥かに凌駕する、新時代の天才政治家……いえ、覇王だわ……!)

 

 プライドの高い彼女は、初めて自分の理解の外にいる男を見つけた。

 

 知りたい。

 

 この男が何を見ているのか。

 

 どうして、ここまで整理された形で軍を扱えるのか。

 

 彼女の脳内で超絶勘違いのゴングが鳴り響き、その目は次第に熱を帯びていった。

 

 ジリジリと俺のデスクへ詰め寄り、木簡を胸元に抱えながら囁いてくる。

 

「劉備様……この『組織管理論』について、まだ分からないところがございます」

 

「ひえっ」

 

「本日の業務が終わった後、私の執務室で詳しくご説明いただけませんか? 帳簿も、人員表も、すべて用意しておきます」

 

 さらに一歩、近い。

 

「二人きりで。朝まで、じっくりと」

 

「ひえっ」

 

 逆セクハラ!?

 

 罠か!?

 

 窓際族の平穏が壊れる!!

 

 ソーシャルディスタンス!!!

 

 俺が彼女の猛アプローチから必死に逃げ回り、背中でドアを押し開けて逃走する姿を、壁の隙間から関羽が静かに見つめていた。

 

(……なんという高潔さ、我が兄者!)

 

 関羽の脳内で、本日も大陸間弾道ミサイル級の深読みが炸裂する。

 

(公孫瓚の権力構造の核心である「従妹」からの、これ以上ない極上の誘惑)

 

(それを一瞥もくれずに跳ね除けおった)

 

(目先のコネや女の色香に惑わされず、自らの「徳」の力だけで、この幽州の地盤──公孫瓚の会社を内側から無血開城──乗っ取りしようというおつもりか)

 

(まさに大賢大徳、恐るべき神算鬼謀……!)

 

 関羽の俺への忠誠度は、ついに計測不能なレベルまでカンストした。

 

 そして翌朝。

 

 すっかり「劉備様のオフィスラブ奴隷──自称」と化した公孫蘭は、職権を乱用。

 

 劉備のために、公孫瓚軍の最高機密であり最強の戦力である「白馬の精鋭部隊」の運用資料と訓練計画、それから補給予算の一部を、裏から勝手に回してしまった。

 

 完全に目が据わった公孫瓚が、俺の席までやってきて机を叩く。

 

「おい劉備。なぜかうちの従妹がお前にゾッコンで、俺の親衛隊の運用データまでお前に貢ごうとしてるんだが……。お前、うちの会社で一体何をした?」

 

(何もしてねえよ!!!)

 

 必死にセクハラ対策──保身してただけなのに、なんで会社──軍の中枢を乗っ取るスピード出世してんだよ!?

 

 同期の社長の目が完全に殺し屋のそれだよ!

 

 殺される!!!

 

 こうして劉備は、エリート同期の強烈な嫉妬の視線と、お嬢様──ガチ恋からの濃厚な熱視線に挟まれ、平穏な窓際ライフから強制的に引きずり出される。

 

 背後では、白馬の精鋭部隊の訓練場に勝手に顔を出し、もう手下に加えた気でいる関羽と張飛が、

 

「いつでもいけます、兄者!」

 

 と、全裸待機のような熱量で武器を構えていた。

 

 望まぬスピード出世を果たした劉備は、胃に激痛を抱えたまま、天下を揺るがす次なる大戦──反董卓連合編へと強制連行されるのだった。

 

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