劉備に転生した俺、三国志が思ったより治安悪すぎる ~ニートになりたいだけなのに、関羽と張飛が俺を覇王にしようとしてくる~   作:ブンチョウ

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第6話 反董卓連合の芋洗会場

 董卓(とうたく)の暴政を止めるため、天下の諸侯が結集。

 

 俺たち劉備三兄弟は、エリート同期・公孫瓚(こうそんさん)のオマケ──平原の県令という弱小ポジションとして、決戦の地である汜水関(しすいかん)付近の巨大キャンプ地に到着した。

 

 歴史の教科書やゲームでは、「華々しい英雄たちの集い」と美化されるこの連合軍。

 

 だが、現実は違った。

 

 その実態は、数十万人の武装したゴロツキと、数万頭の馬がすし詰めになった芋洗い会場である。

 

 当然、インフラなんて概念はない。

 

 仮設トイレ──ただの溝は完全に溢れ返り、あちこちからアンモニア臭が立ち上る。

 

 風呂に何ヶ月も入っていない男たちの濃厚な体臭と、馬のフンの臭いがブレンドされた凄まじい悪臭が、風下にある俺たちのテントを直撃していた。

 

 現代人の嗅覚を持つ俺は、一歩進むごとに強烈な嘔吐感に襲われる。

 

「……うぷっ。袁紹(えんしょう)だの曹操(そうそう)だの、教科書に載ってるヤバいトップ当選組ばっかりだ。こんな魔境で目立ったら、一瞬で最前線に送られて肉壁──デコイにされる。徹底的に『モブ』に徹して、端っこの席で大人しくしていよう」

 

 俺は鼻に布を巻きながら、固く心に誓った。

 

 その夜。

 

 連合軍の総会という名の、ただのどんちゃん騒ぎの宴会が始まった。

 

 上座では、袁紹や袁術(えんじゅつ)といった名門お坊ちゃんたちが「我が一族の格」を競い合い、現代の悪質なマウンティング飲み会そのものの地獄のような空気が流れている。

 

 当然、俺たち弱小の劉備三兄弟は、会場の一番端っこ。

 

 ハエがブンブン飛び交う最悪の席に案内された。

 

「兄貴! なんだあのスカした袁紹って奴は! 上座の美味そうな肉、俺が奪ってきてやろうか! ついでにあの首も!」

 

「バカ、やめろ張飛! 窓際族の基本は『目立たず、逆らわず、残飯を食う』だ! 静かにしろ!」

 

 俺は恐怖と周囲の悪臭に耐えかね、前世のブラック企業で脳髄に叩き込まれた悲しき社畜習性──「5S」のアドレナリンを爆発させた。

 

 整理。

 

 整頓。

 

 清掃。

 

 清潔。

 

 しつけ。

 

 現実逃避を兼ねて、身体が勝手に動き出したのだ。

 

 俺は自分の席の周りのゴミをテキパキと拾い集め、懐から持参した度数の高い密造酒を取り出すと、それを即席のアルコール除菌液にしてテーブルを猛烈な勢いで拭き始めた。

 

 さらに、マッハの速度でハエたたきを繰り出し、周囲のハエをパーフェクトに駆除していく。

 

 勢いに乗った俺は、自陣に戻るや否や、兵たちのトイレの溝に炭と灰を大量に撒いて消臭・消毒対策を施し、驚異的なクリーン環境を整えてしまった。

 

「はぁ、やっぱり戦場のゴミ拾い──環境改善は心が落ち着くな……」

 

 汚い職場を放置できない元社畜の、悲しいサガであった。

 

 裏方でせっせと除菌活動をしていた俺を、物陰からじっと凝視する視線があった。

 

 曹操が連合軍内部の動向、とりわけ諸侯の兵数、兵糧、人間関係を探るために放った、冷徹無比な凄腕の女間諜(かんちょう)──夜桜である。

 

 彼女は、酒席で相手の虚栄や愚痴を引き出し、秘密を拾い集めるプロフェッショナルだった。

 

 泥酔した諸侯の給仕役に変装し、獲物を値踏みするように俺の背後へ近づいてくる。

 

(げぇっ!! なんだあの綺麗なお姉さん!? でも、目が完全に死んだ魚のそれで、視線だけが異常に鋭い……! 絶対に曹操軍のヤバい暗殺者だ、関わったら消される!!!)

 

 俺の現代人としての防犯意識──および防犯カメラを探す本能が、最大音量で警報を発した。

 

 彼女が笑顔で酒を注ごうとした瞬間、俺は「ひえっ」と怯えながら、サッと手で杯を遮った。

 

 そして、自分が持っていた一番安全な、一度沸騰させて雑菌を死滅させた白湯(さゆ)の入った水筒を取り出し、逆に彼女の杯へ丁寧に注ぎ返した。

 

「あ、お姉さん、立ち仕事で大変ですね。この会場、衛生環境が最悪だから、生水や怪しい酒は飲まない方がいいですよ。コレラとか赤痢とか流行りそうですし。ほら、この温かい白湯をどうぞ。冷えは万病の元ですから。あ、私はただのモブですので、どうぞお構いなく!」

 

 そう言って、俺はソーシャルディスタンスを保つため、トコトコと素早く退散した。

 

 残された夜桜の全身に、文字通り電流が走った。

 

(……な、なんですって……!?)

 

 彼女の脳内で、宇宙規模の勘違いのゴングが鳴り響く。

 

 自分の完璧な変装と、探るような視線を一瞬で見破られた。

 

 酒で相手を緩ませ、言葉を引き出すための接触も、優雅に拒まれた。

 

 それどころか、裏方として潜り込んでいる自分へ労いを向け、命の心配──防疫の助言と白湯まで差し出してくれたのだ。

 

 中央の男たちは、自分を便利な道具か、性的な対象としてしか見てこなかった。

 

 なのに、この耳の大きな男は違う。

 

(この男……天下の諸侯が欲と虚栄心で泥酔している中、ただ一人、冷徹に戦場の本質──衛生と兵の維持を見抜いている)

 

(しかも、私の正体に気づいているはずなのに、脅しもせず、正体を暴こうともしない……)

 

(なんて底知れない。そして、恐ろしいほど優しい男……!)

 

 冷酷だった彼女の胸の奥に、白湯の温かさとは別の、職分を逸脱しかねない執着が静かに灯った。

 

「劉備様……この夜桜、今この瞬間から、あなたの影となります……」

 

 物陰から聞こえた呟きに、俺はガタガタと震えた。

 

(影って何!? 怖い!! ストーカー化しないで!! 窓際族に防犯ブザーをくれ!!)

 

 翌朝。

 

 夜桜は曹操の元へ戻り、劉備に関する報告書を提出した。

 

 だが、彼女の判断はすでに、劉備という男への過剰な警戒と執着に染まり始めていた。

 

「曹操様。平原の県令・劉備という男、極めて危険です。彼は一見モブのように振る舞っていますが、陣営の衛生を整え、兵が腹を壊し、疫病で倒れる芽を潰そうとしております」

 

「ほう」

 

「さらに、こちらの接触も完全に見抜かれた可能性が高い。不用意に近づくことは推奨いたしません」

 

 報告書を受け取った曹操は、不敵に目を細めてフッと笑った。

 

「ほう……あの耳の大きな男。袁紹らの前でわざと無能を演じ、裏で軍の基盤を整えているのか。やはり、ただ者ではないな」

 

 曹操は報告書を机へ置き、指先で軽く叩いた。

 

「面白い。しばらく余計な手は出すな。徹底的に見ておけ」

 

 夜桜の歪んだ防衛報告のせいで、曹操の劉備に対する危険度評価がストップ高を記録した。

 

 そんなこととは露知らず、俺のテントでは張飛がガハガハと笑いながら、大量の物資を運び込んでいた。

 

「兄貴! なぜか曹操の陣営から、俺たちの席にだけ『特製の最高級消臭炭』と『霜降り牛肉』が山ほど届いたぜ! 兄貴の徳が曹操に伝わったんだな!」

 

(なんでだよ!!! 曹操から目を付けられてるじゃねえか!!!)

 

 貢ぎ物じゃない。

 

 これ完全に、「お前を監視しているぞ」っていう無言の牽制だろ!!!

 

 誰か助けてくれええええ!!!

 

 こうして劉備は、最悪の臭気漂う芋洗い会場で、戦う前から曹操軍のトップエージェントに目を付けられた。

 

 その危険な視線を背中に刺したまま、呂布という最強の怪物が待つ戦場へ、涙目で強制的に押し流されていくのだった。

 

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