劉備に転生した俺、三国志が思ったより治安悪すぎる ~ニートになりたいだけなのに、関羽と張飛が俺を覇王にしようとしてくる~ 作:ブンチョウ
歴史の教科書やゲームの感覚しか知らない現代人の俺にとって、リアルな戦場の呂布は「ゲームの強いおじさん」なんて生易しいものではなかった。
身長2メートルを超える巨体に漆黒の鉄塊のような鎧を纏い、時速60キロ以上の超スピードで突進してくる巨馬・赤兎に乗った、「一人歩く人間戦車」である。
彼の振るう
本陣のテントの隙間からその光景を見た俺は、股間を完全にチビりかけていた。
「無理無理無理! あんなのガンダムじゃん! 生身の人間が戦っていい相手じゃないって! 諸侯の皆さん、プライドとかどうでもいいから、早く撤退のハンコ押して逃げようよおぉ!!」
俺はガタガタと震えながら、心の中で全力の退職──戦線離脱届を叫んでいた。
しかし、俺のささやかな平穏への願いは、身内のゴリラたちによって一瞬で粉砕される。
目の前で同盟軍の武将たちがゴミのように瞬殺されていくのを見て、戦闘狂である
「この
「ああっ、バカ! 待てって張飛!!」
俺の制止も虚しく、張飛は
当代最強クラスの二人がかりの猛攻。だが、呂布の武力は圧倒的だった。方天画戟から繰り出される常軌を逸した重撃の前に、さしもの関羽と張飛も腕が痺れて武器を取り落としかけ、浅く斬られて出血し、じりじりと動きが鈍っていく。
「二人とも死んだら俺、明日から誰に守ってもらえばいいんだよ!! 労務管理はどうなってんだ!!」
最強の護衛2人を失い、完全に丸裸になった俺。
最悪なことに、関羽らを引き剥がした呂布が、ギラギラと血走った目で、俺のいる弱小本陣へと赤兎馬の首を向けた。
「──お前が、あのゴリラどものボス、
凄まじい風圧とともに、死神が突進してくる。
俺は恐怖のあまり「ひええええええ!!」と情けない悲鳴を上げ、愛馬の脇腹を思いっきり蹴り飛ばした。そして、呂布とは真逆の方向──自陣の安全圏へ向かって、涙目で全力疾走の逃亡を始めた。
俺はただ泣きながら、必死に背中を見せて逃げていただけだった。
だが、ここでこれまでに俺の「現代サラリーマン仕草」によって脳を焼かれてきた有能な女性陣が、それぞれの持ち場で「主君をお守りせねば!」と勝手に超絶暗躍を開始した。
まず動いたのは、影に潜んでいた曹操軍の間諜・
劉備を追おうとする呂布の進路を塞ぐため、彼女はかつて劉備が何気なく呟いていた『マキビシの有効性』という現代知識を模した、鋭利な鉄の針を地面に大量に散布した。
(劉備様、私の作った障害物──コンプラの壁をどうかお使いください……!)
これにより赤兎馬の足がわずかに怯み、呂布の突進スピードがガクンと落ちただけでなく、戦場における「安全な移動ルート」が極端に制限される。
次に動いたのは、軍医トップの
腕の痺れと出血で一時的に後退した張飛と関羽に対し、崔氏の医療班が、酒で傷を洗い、焼いた布で傷口を圧迫し、痛みを抑える薬湯を無理やり飲ませるという、乱世の軍医としては異様に手際のいい処置をノータイムで執行。
「兄貴の元へ行かせろ!」と暴れるゴリラ2人を、痛みを抑え、驚異のスピードで前線へとリセマラ──即時復帰させた。
そして極めつけは、元黄巾の娘・張レンのカルトネットワークだった。
戦場のあちこちに潜伏していた元黄巾の信者たちが、一斉に怪気炎を上げる。
「見たか! 劉備様があえて背中を見せ、呂布を『底なしの泥沼』へと誘い込んでいるぞ! 天下無双の呂布ですら、劉備様の『徳の包囲網』からは逃れられんのだ!」
この組織的なデマ──心理戦が戦場全体へリアルタイムで拡散され、諸侯だけでなく、追撃している呂布の耳にまで届いてしまう。
一方、当の俺はパニック状態で馬を走らせていた。
しかし、夜桜が撒いたマキビシと、激しい砂埃のせいで完全に方向感覚を喪失。
「ここどこだよ!? ていうか向こうからなんか凄い砂煙が迫ってきてない!? 来ないで! マジでこっち来ないでぇぇ!!」
錯乱した俺は、腰の
──その瞬間、奇跡のフォーメーションが完成する。
正面には、泣き叫びながら凄まじい速度で剣を乱舞させている(ように見える)劉備。
そこへ、背後から崔氏の処置で痛みを抑えた関羽と張飛が猛スピードで追いつき、呂布の左右を完全にロックした。
遠目から見れば、それは「劉備が自ら囮となって呂布を狭所へ誘導し、完璧なタイミングで三方向から完全に包囲した」という、美しすぎる軍略の絵面だった。
包囲の中心に立たされた呂布は、正面でデタラメにギラギラと光る劉備の双剣の軌道を見て、背筋に冷や汗を流した。
「……バカな、俺の退路を完璧に先読みして塞いだと云うのか!? あの双剣の構え、どこから踏み込んでも相打ちに持ち込まれる絶望的な隙のなさ……! 劉備、なんて恐ろしい男だ!」
ただのパニックによる乱れ打ちが、最強の武人の目には「未だかつて見たことのない神域の剣技」に映っていた。
周囲の「劉備の罠だ!」という叫び声も相まって、天下無双の怪物はいよいよ戦意を喪失。
「ちっ……! 今日はここまでだ!」
呂布は強引に血路を開き、命からがら戦場から撤退していった。
「はぁ、はぁ……。兄貴ぃ……!」
呂布を撃退し、ぜぇぜぇと肩で息を切らすゴリラ2人。
一方、俺は馬の上で完全に腰が抜け、ガタガタ震えながら恐怖のあまりボロ泣きしていた。
「兄貴……! 俺たちのために自ら呂布の突撃を引き受けて囮になり、最後は逃げ道を塞いで俺たちに手柄を譲ってくれるなんて……! あんた、最高のボスだよ!」
張飛が涙を流して感激し、横で関羽がハッと目を見開いて深く深く頷く。
(……やはり、すべては兄者の御心のままに!)
「我らを信じていればこそ、あの完璧な包囲陣。これぞ真の漢の背中。一生ついていきます、兄者!」
関羽の俺に対する忠誠度が、ついに大気圏を突破した。
(包囲したわけねえだろ!!! ただの迷子だよ!!! 普通に置いてけぼりにされて殺されそうになって全力で逃げてたら正面衝突しそうになって狂ったように剣を振り回してただけだよ!!!)
なんで世界最強の男をハメ倒したレジェンドになってんだよ!!!
もう寿命縮みすぎて死にそうだよ!!!
物陰から「劉備様、お見事な手腕です……」とウットリした目で見つめる夜桜。
救護班のテントで「よく生きて戻ったわね、私の特製薬のおかげよ」と不敵に笑う崔氏。
こうして劉備は、ただ必死に大泣きしながら迷子になっただけで、天下の諸侯から「あの呂布を策略で退けた、底知れぬ恐怖の軍略家」として完全マークされるという、最悪の有名人ルートへまた一歩、トコトコと進んでしまうのだった。