劉備に転生した俺、三国志が思ったより治安悪すぎる ~ニートになりたいだけなのに、関羽と張飛が俺を覇王にしようとしてくる~   作:ブンチョウ

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第8話:洛陽炎上、火事場泥棒

 魔王・董卓(とうたく)は連合軍の追撃を恐れ、数百年栄えた帝都・洛陽(らくよう)の宮殿や民家に油を撒き、文字通り街を灰にしながら西の長安(ちょうあん)へ遷都するという暴挙に出た。

 

 夜空が血のように赤く染まり、絢爛豪華な首都が爆音を立てて崩れ落ちていく。

 

 歴史の教科書で見た『洛陽炎上』のリアルな光景を前に、他の諸侯──曹操(そうそう)孫堅(そんけん)らは「天子(皇帝)の救出だ!」「伝国の玉璽(ぎょくじ)の捜索だ!」と、政治的なお宝を血眼で探して炎の中に飛び込んでいった。

 

 だが、現代人である俺は、落ちるとこまで落ち──劉備(りゅうび)の目的は、もっと泥臭く、もっとセコかった。

 

「歴史の正義とか正統性なんてどうでもいい! 燃え盛る金持ちの家から、換金性の高い金目のモノをサッと盗んで、このきな臭い世界からおさらばする軍資金にするんだよ!」

 

 俺は「危険だから、お前たちは周辺の消火活動と難民救済に当たってくれ!」と、もっともらしい大義名分を掲げて関羽(かんう)張飛(ちょうひ)を遠ざけることに成功した。

 

 最強の監視の目をかいくぐり、俺は一人、崩れかけの宮廷の裏口へとコソコソと忍び込んだ。

 

 狙うは誰も見ていない、天子の宝物庫である。

 

 煙がもうもうと充満する宮廷の奥。

 

 俺は「お、この金の燭台、めちゃくちゃ高そう!」と、張飛から借りてきた麻袋にジャラジャラとお宝を詰め込んでいた。

 

 しかし、あまりの煙の濃さに、喉が焼けるような痛みに襲われる。

 

「ゲホッ、ゲホッ! うわ、やばい! これ、前世の防災訓練で習ったやつだ! 火事場では炎に焼かれるより前に、煙を吸ったら一発で一酸化炭素中毒になって死ぬ!!」

 

 途端に大パニックに陥った俺は、生き残るための現代サバイバル知識を総動員した。

 

 水筒に入っていた沸騰済みの水を自分の衣服の切れ端にドバドバとぶっかけ、濡れ布を作って口と鼻をガッチリとガードする。

 

「姿勢を低く! 床の近くにわずかに残る、綺麗な酸素を吸うんだ!」

 

 お尻を高く突き出し、四つん這いになった俺は、煙の下をズリズリと這いながら全力で出口へと向かって脱出を試みた。

 

 はたから見れば完全に不審者だが、命には変えられない。

 

 その時、崩れ落ちた梁の奥から、か細い声が聞こえた。

 

「助けて……。どなたか……」

 

 見ると、そこには董卓の兵に見捨てられ、煙に巻かれて動けなくなっている宮中の若き女官──白雪(しらゆき)が倒れていた。

 

 白雪は、皇帝や高官に仕えていた育ちの良い、可憐でピュアな少女だった。

 

 すでに煙を吸って意識が朦朧としており、「私はここで、誰にも気づかれずに焼かれて死ぬのね……」と絶望の涙を流していた。

 

 そこへ、お尻を突き出して床をズリズリと這う俺が突っ込んできたのである。

 

「うわっ、人が倒れてる!? ひええ、見捨てたら後で夢に出てきそうだし、ここで死なれたら幽霊になって呪われそうで怖い!!」

 

 俺は別の恐怖に突き動かされ、現代人の救命措置をノータイムで執行した。

 

 自分の口に当てていた濡れ布を彼女の口元に押し当てる。

 

 さらに、残った衣服の裾を裂いて水筒の湯をかけ、自分の口と鼻にも当てた。

 

 低い姿勢のまま、彼女を自分の背中に無理やり乗せる。

 

 そして、重さに白目を剥きながら、外へとハイハイで必死に引きずり出した。

 

 激しい咳き込みとともに、なんとか炎上する宮殿から脱出。

 

 息も絶え絶えの彼女に、俺は麻袋の金目をジャラジャラと鳴らしながら、慌てて水を飲ませた。

 

「大丈夫!? ほら、水飲んで! 煙を吸わないように姿勢を低くしてたから助かったんだよ。あ、私、ただの通りすがりの火事場泥棒ですので! お気になさらず!」

 

 だが、生死の境から救われた白雪の目には、燃え盛る炎を背景に、自分を背負って救い出してくれた俺の姿が、神々しい後光の差す「救世主」そのものに見えていた。

 

(……他の諸侯はみな、玉璽というハンコや権力に目がくらんで、私たちのような弱き民を見捨てていったわ。なのに、このお耳の大きな御仁は、わざわざ姿勢を低くして地を這い、泥にまみれるほどの自己犠牲の徳を示してくださった……。私のために、自らの命綱である濡れ布さえ惜しみなく与えてくださるなんて……!)

 

 白雪の胸は激しい恋心と感動で高鳴り、泥棒の戦利品であるはずの麻袋のジャラジャラ音さえも、彼女の脳内で奇跡の変換を遂げる。

 

(あの手荷物の金杯の音は……きっと、董卓の略奪から朝廷の財産を守るため、あるいは貧しい難民を救うための救済資金に違いないわ……!)

 

 彼女は涙を流し、這いつくばったまま俺の衣の裾をギュッと掴んだ。

 

「劉備様……私のような身分なき者を救ってくださり、感謝いたします。この御恩、生涯をかけて、宮廷の秘術──朝廷の礼儀や天子様へのコネクションのすべてをもって、あなた様にお返しいたします!」

 

「いや、コネとかいらないから! 俺はただのコソ泥だって!」

 

 俺が必死に弁明しているところへ、消火活動を終えた関羽と張飛、そして裏で俺をストーキングしていた曹操軍の間諜・夜桜(よざくら)が合流してきた。

 

「おお、兄貴! 自分の命も顧みず、燃える宮殿から女官を救い出すなんて、相変わらず優しすぎるぜ!」

 

 張飛が感極まって叫ぶ中、インテリゴリラの関羽がハッと目を見開いて、彼女の衣服の刺繍を凝視した。

 

(……待て、ただの女官ではない。あの気品、そして衣服の格式高い刺繍を見るに、崩御された少帝の側近だった最高クラスの秘書官……! 兄者は、董卓が歴史から隠滅しようとした『朝廷の最高機密』と『正統なる漢王朝の証拠』を、この大火災の中からピンポイントで奪取されたのだ。なんという神がかった情報収集能力、そして先見の明……!)

 

 夜桜もまた、物陰から熱い吐息を漏らしていた。

 

(……さすがは我が主。曹操様が血眼で探していた朝廷の超重要人材を、火事場に紛れていとも容易く手に入れられるとは。やはり、この乱世の真の支配者にふさわしいお方……)

 

「ちがーーーう!!! 金目のモノを盗みに入ったら、偶然足元に引っかかっただけだよ!!! おい張飛、その麻袋の中身を見るな! それはただの臨時ボーナスだ!!」

 

 俺の必死の叫びは、ゴリラたちの感動の涙と、女性陣のガチ恋の熱気にかき消されていく。

 

 こうして劉備は、ただの火事場泥棒に入っただけなのに、宮廷の中枢を知り尽くした超有能な秘書官・白雪をレギュラー陣に加えてしまうのだった。

 

 世界からは「欲に目がくらむ諸侯を尻目に、漢王朝の未来たる人材を救い出した、唯一無二の忠義の英雄」として教科書に太字で載るレベルの名声を獲得し、また一歩、平穏なニート生活から遠ざかっていくのだった。

 

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