厩所の安息処(ボクマダネムイヨ) 作:Doro
アズマの強さはかなり大雑把にいえばモラウやノヴと同格かやや下程度。師団長クラスとは同格以上。オーラ総量は大差ない、としておきます。
アズマ達がNGL自治国を脱出するより少し前。
キルアは気を失ったゴンを背負い東へ、国境へとひた走っていた。ゴンを気絶させたのはキルア自身だ。そうしなければならなかった。少なくとも、その時のキルアはそう判断した。
突然襲ってきた、理不尽の権化。早く逃げろと叫ぶカイトの右腕を、一瞬でもぎ取った怪物。
兵隊蟻と戦い、斃し、探索は順調に進んでいると思った。敵の隊長格まで倒し、キルアもゴンも着実に戦闘経験を積めている実感があった。カイトに再度覚悟を問われるも、敵の首を切り落とし、頭部を潰す。詰めが甘い時はカイトに叱責されて、それでも巨大蟻を相手に戦っていける感覚があったのだ。
でも、そんなのは勘違いだった。
いい感じに勝ち続けて、心のどこかで調子に乗っていた。
この先、今以上に手強い蟻が出てきても強くなった今の自分達なら問題なくいける。いざとなればカイトだっている。もちろん、油断などするつもりはないが―――
油断するつもりはない。そう思った時には、もう油断していた。結果、自分たちがしたのはカイトの足を引っ張ることだった。
オレ達は大馬鹿だ。
キルアは、そう思った。
あの後、検問所まで戻り、そこでゴンが目を覚まして。
NGLの役人はアテにはならない。カイトの忠告に従い役人はスルーし国境を越えてロカリオに戻り、そこでカイトの仲間と合流する。
当然ながらスピンにはキレられ詰められる。他の仲間達も反応には各人差はあるが、彼らはカイトの実力を知るからこそ現状を重く見た。早速ハンター協会に報告を済ませ、審議の結果が出るまで街で待機することになった。彼らにとっては、ただ歯痒い時間だ。
◇
やがて討伐が決まり、数日後にはネテロ会長率いる討伐隊の面々が国境付近の街までやってきた。プロハンターのモラウとノヴ。そしてアマチュアハンターのアズマ。
(ここにいる全員、オレ達より強い)
急遽組まれた蟻討伐チームの面々に対して感じた、ゴンとキルアの共通認識はそれだった。それがますます、二人に自分達は足手纏いという思いを強くさせる。尤も、反骨心の塊のようなゴンとそれに触発されるキルアは、この程度で諦めたりはしない。
「救援要請があったから来てみりゃ、ガキ二人組じゃねぇか。
反面、二人は自分がここでは弱者だと認めていた。認めざるを得なかった。
「まったく……モラウさんもただの子供相手に大人げない」
だから、馬鹿にされ見下されても甘んじて受け入れるしかない。少なくともこの場では。目の前にいるこの男達には、今の自分は逆立ちしても勝てない。
ハンター協会会長のネテロ。丸グラサンのモラウ。黒スーツのノヴ。
特に、この三人はプロハンターとしても別格だと感じた。
「―――――」
そして、もう一人。
各々が口を開く中、先ほどから自己紹介をしたきり、一切言葉を発しない男がいた。アズマと名乗ったその男は、険しい表情を崩さずキルア達を睨み続けている。
見た目は20代前半くらい。*1背丈は高めでイルミ以上、シルバ未満。アズマは人の背丈くらいの長さがある何かを布に
いずれも今まで戦ってきた兵隊蟻と比較して一騎当千の強者だ。しかし、それでもキルアには、この四人の強者があの化物一匹に勝てるビジョンが見えなかった。アレは理解の外にある。世界でも屈指の実力者を親兄弟に持つ、キルアの想像をも遥かに超えていた。
人間じゃ、勝てない。
「…………。念を使える奴がいた。そいつは今まで会った誰よりも薄気味悪いオーラをしていた」
目に焼き付いたあのキメラ=アントとの悪夢の如き遭遇を思い出しながら、キルアはゆっくりと口を開く。
「自分で念を覚えてみてよく分かる。あんた達もすごく強い。それが分かってるのに、誰一人アイツに勝てる気がしない……!」
そこまで言い切ると、キルアは深く息を吐く。額には汗が浮かび、顔色はかなり悪く、震えを我慢しているようなその身ぶりが体験した恐怖を何より雄弁に語っていた。
その時だった。
「アイツというのは、もしかして
沈黙を守っていたアズマが前に進み出て、背負っていた物を床に横倒しに置く。そしてぐるぐる巻きにした布を丁寧に
―――そこには、数日前に自分達を苦しめた
「え?」
ゴンは呆気に取られ、キルアは反射的に距離を取っていた。が、それも一瞬のこと。布の中身が何者なのか認識した二人はすぐに構え、オーラを放ち臨戦態勢に入る!
……。が、数秒経っても猫型のキメラアントは全く反応を示さない。目を閉じて、敵陣のど真ん中で眠りこけているかのようだ。やがて二人はそろそろと動かない
呼吸をしていない。心臓も停止している。この恐るべき怪物は、既に死んでいる。…死体は首回りや胸元には致命傷になったであろうかなり大きな傷痕があるが、それ以外は丁寧に補修され、縫われている。顔、頭部には傷一つない綺麗な状態で、一見するとただ眠っているように見えるのも頷ける良好な保存状態だ。
「他のハンターからの救援信号を受け取り現場に急行した。彼らを連れて退避する途中、こいつと出くわしてな。死体を保存したのは討伐の証拠を持ち帰るためだが……その様子だと二人とも目撃者か」
何故こいつが死んでいるのか。当然のように二人の頭に浮かんだ疑問に答えるように説明を行うアズマの口調は淡々としているのに対し、剥き出しの獣性と純粋な殺意に晒された恐怖体験と、恐怖の象徴であった怪物がものの数日で葬り去られた落差でゴン達はとても心中穏やかでいられない。
「死んだの…… コイツが……?」
「嘘だろ……。あ、あんたが……やったのか?」
唖然としているゴンとキルアを冷ややかに見つめるアズマは、口を噤んで質問には答えない。代わりに口を挟むのは黒スーツに黒縁眼鏡の男、ノヴだ。
「フ……。顔色に動揺が表れていますよ。
「要するに敵のオーラを一目見て、おめぇらはそいつにブルっちまったってことだ! かかかか」
特大の
「―――時に、アズマとやらよ。今回の潜入に際して、お主何が出来る?」
「戦うのはネテロ会長ですね?」
「そうだ。モラウが網を張り、ノヴが捕え、ワシが仕留める。この一連の動きに加え、お主に出来ることがあるのなら先に話しておけ」
「……俺に出来るのはインターバルの効率化。具体的には休息に充てる時間。また外部との連絡が必要になったときの国外までの移動時間。俺はそれらの
ネテロに水を向けられたアズマは少し考えてから自分の強みを口にする。
「ふむ……その死体は使うのか?」
「こいつは研究機関に提出します。目撃者の確認も取れたのでね」
言いながらアズマは首を傾け、顎でゴンとキルアを指し示す。キメラアントの死体は詳しく研究され、今後の対策にも役立てられるだろう。それによって犠牲者が減るかも知れない。
では、準備が出来しだい出立としよう。そうネテロが手短にまとめ、話が一旦終わると同時にゴンがアズマの元へ駆け寄る。
「あの、そいつを倒してくれて……ありがとうございます!」
言いながら、勢いよくお辞儀をする。しかしアズマはゴンの礼には答えず、蟻の死体を見ながら呟く。
「ネフェルピトーだ」
「……え?」
「コイツの名前だ」
アズマが口にしたのは目の前の怨敵の名前。それはゴンとキルアが知らないことだったが、同時に必要のない情報にも思えた。アズマにとっては違うのだろうか。
「―――敵の名前聞き出すとか、ずいぶんと余裕あるじゃん。それもアンタの
困惑するゴンとは対照的に、情報を得ようとするキルアは
アズマは問いには答えず、キルアの目をじっと見つめた。ほんの数秒、気まずい沈黙が流れる。それを断ち切ったのはゴンだ。
「あの、オレ達! カイトってハンターと一緒にそいつ……ネフェルピトーに遭ったんだ! アズマさんがカイトについて、知っていることがあったら教えて下さい、お願いします!」
再び、アズマに頭を下げるゴン。片やキルアはというと、もしやアズマが黙っているのは非礼に対し怒りを覚えたからなのか、とゴンを見て思い至り彼に倣うように頭を下げる。
そんな二人の様子を見たアズマは納得したのか、単に折れただけか、その重たい口をゆっくりと開く。
「ヤツの、ネフェルピトーの言によれば……数日前に複数の武器を操る使い手と戦ったそうだ。その後、彼らのコロニーに連れていった、とも聞いている」
その証言に二人は目を見開き、顔を見合わせる。
「キルア! 生きてるよ! カイトは無事だ!」
「……っ」
ゴンがそう考えるのは、決して彼がカイトを結果的に見捨ててしまった罪悪感から逃れるためだけの思考ではない。キメラ=アントは女王蟻に捧げる新鮮な食事を求めているので、基本餌となる人間は食べる寸前まで何らかの手段で動けないようにして生かしておくのだ。キルアのほうはゴンの考えにはだいぶ懐疑的なようだが、カイトが無事なら喜ばしいのは彼とて同じだ。
だが、そんな彼らの希望を否定するようにアズマは首を横に振った。
「死んでいるぞ。日数が経過している上、女王の食欲は驚くほど旺盛だ。下手な希望は捨てておけ」
「カイトは生きてるよ」
「ゴン……」
アズマの言葉は忠告だったが、ゴンはカイトが無事だと断言する。確信ではない。証拠もない。それでも彼はカイトの生存を、無事を信じている、ように見える。ゴンに対してキルアは逃げた手前か、彼も信じたいからかそれ以上は口を挟めない。
二人それぞれの様子を黙って見ていたアズマは、前向きに考えようとする彼らをどう判断したのか、軽く溜息を吐くと二人に聴こえるようにぽつりと呟き、死体を拾い上げるとその場を後にした。
―――そのハンターも、だいぶヤキが回ったな。
キルアは、ほんの一瞬ゴンがアズマを見る目が鋭い光を放つのを捉えていた。
◇
ネテロ一行がアズマを帯同する他方、ゴンとキルアは街に残り、モラウの弟子であるナックル・シュートとのNGL入りを賭けた勝負を行っていた。が、一カ月の挑戦期間が過ぎ敗北が確定。ノヴの弟子パームに招集されたビスケとの特訓で二人の実力は着実に伸びたが、それでも力の差は未だに大きく討伐隊入りは果たせなかった。
数日前に、ネテロ隊から連絡があった。内容はキメラ=アントの王誕生。王は直属の護衛団を引き連れ、東へと
情報の提供元は女王蟻配下のキメラ=アント。王と護衛軍がいなくなり、出産の際に致命傷を負った女王蟻擁するコロニーの機能は事実上崩壊。野心を持つ獣は去り、残った者は降伏してきたという。
こうして敵の本拠は落ちたのだが―――ゴンが待望するカイトの情報は殆ど得られなかった。
降伏した師団長の証言によると、ネフェルピトーが保管する死体はあったかも知れないが、ピトー本人が失踪しそのままにも出来ないので他の人間と同様、食糧として女王に提供した可能性が高い、とのこと。これが真実ならカイトの亡骸が発見されることは永久にない。証拠を辿ろうにも、食糧として提供された時期は推定一月近く前で、蟻達の記憶も細部の正確さには欠ける。
「……」
「――」
カイトは見つからない。その事実にキルアは相応しい言葉が見当たらず、ゴンからは更に重苦しい空気が流れる。
ゴンの肩にはナックルの念獣であるトリタテンが憑いている。トリタテンは30日間対象に憑りつき『絶』状態にする。ナックルに本気を出させた代償として、今のゴンは念能力が一切使えない。すぐにでも蟻のコロニーまで駆けつけて確かめたいが、ゴンは身動きが取れないのだ。*2
そうこうする内に近隣の街や周辺諸国、各地からはキメラ=アントによる被害報告や目撃情報が相次ぐようになった。通行人が襲われ、抑えようとした警察官が返り討ちに遭い、勇気あるインタビュアーが犠牲となる。野に放たれた蟻共は我が物顔で振舞っていた。
状況の変化に伴い、ネテロ達討伐隊も各々行動を開始する。
ネテロは
モラウ、ノヴは弟子達と合流し散った蟻を討ちながら戦況を確認する。
そしてアズマは街へと戻ってきた。何でもアズマ曰く、ノヴやモラウはハンター協会員として秘匿性の高い任務を行う*3らしく、アマチュアの彼はここからは二人と別行動。ゴンやキルアと合流して行動を共にするつもり、だそうだ。
アズマは
「ねえキルア。アズマさんてどんな人なの」
「なんでオレ? あいつとそんなに喋った憶えねーよ」
「オレは全然なんだ。なんだかアズマさんに避けられてるみたいで」
念が使えずスポーツジムで筋トレ中のゴンと、そんな彼を護衛するキルア。二人の話題に上がっているのはアズマだった。宿敵ネフェルピトーを討ち取り、飛び入り参加した自称ハンター。どんな人物なのかゴンが知りたいことに不思議はない。しかし、アズマは蟻討伐で不在のことも多く顔を合わせる機会が少なかった。
「オレから見たアズマの印象は……うさんくせー奴。一緒に行動するらしいけど、あんまり信用できる相手じゃないぜ」
「何かあったの?」
「あいつにどんな能力使うのか聞いてみたんだよ。あいつ、なんて言ったと思う」
「……なんて言ったの?」
「ウンコをオーラに変える能力」
街へ帰還中のアズマに対して、キルアが訊いたこと。その返答。アズマはこれだけ言うと、すぐにその場から立ち去ってしまったらしい。それを受けてキルアの反応も「―――あっそ。話す気はないってことね」になった。
「……………………」
「あのヤロー、おちょくってやがる。それでオレもあいつとは仲良くできねーってなっちまった」
「ウソ、なのかな」
「はあ!? そりゃウソに決まってんだろ。おいおい、いくらなんでもコレ信じるのはナシだぜ」
相も変わらず他者の発言を信じようとするゴンだが、今回ばかりはさすがにキルアも辛辣だ。それでも納得しないゴンにキルアは自分の考えを話す。
「ゴンはネフェルピトーの死体の様子、覚えてるか?」
「死体……」
「死体の手は見たか? 布かなんかで拭き取られてたけど、指先や爪の中に血と肉片がびっしりこびりついてたぜ。アレはカイトのじゃない。アイツ自身のだ。ネフェルピトーは首から胸にかけての大きな傷を自分の手でつけたんだ」
「自殺したってこと?」
ゴンの質問に頷くキルアは、話を続ける。
「加えてアズマは、敵の名前を知っていた。ヤツが自分から名乗った可能性もあるけど……自傷したことと合わせて考えると、
キルアの説明に息を吞むゴン。確かに、それならあの難敵を倒せたことにも納得がいく。自分の力で倒せないなら、敵の力を利用すればいい。ゴンには近しい人間が操作系の念を行使するところを見た経験が少ないためあまり想像できていなかったが、操作系の能力としては一般的といえる。
「それを踏まえて、
「でもヒントをくれた、ってことはちゃんと考えれば分かるようにしたんだよね。オレ達のこと見極めてるのかも」
「だからおちょくってんだよ! なら物質をオーラに変換でいいじゃねーか。ふざけやがって……ゴン?」
アズマの物言いに憤慨するキルアの反応は妥当だったが、上の空なのかゴンはどこか遠くを見つめながら「死体か」と呟いていた。
「死体? …ああ、爪に付着してた肉片の話か? もしゴンが観察力不足を気にしてるんだったら必要ねーぜ。爪の形状と痕跡が一致してたから分かったけど、シロウトが一朝一夕で見分け付くもんじゃねーからな。そういうのはオレに任せとけよ」
「あ、うぅん。そうじゃなくて」
「?」
「なんで」
―――カイトは何にも見つからないのに、アイツの死体はどうしてあんなに綺麗なんだろう、って。
……蟻討伐という本筋とは違う水面下で、言い知れぬ別の何かが、静かに、しかし確実に進行しつつあった。
◇
あれからまた幾らかの時が流れた。ゴンとキルアは修業を続け、ある時はノヴの弟子であるストーカー女から逃げ、またある時は師匠の言に従いほどほどに遊んだ。そんな中キルアは元兵隊長ラモットと交戦した際、イルミに刺された頭の針を除去、呪縛から解放され覚醒に成功する。
だが、トリタテンから解放されたゴンは。
「不合格だ。ノヴは期待してたみたいだがな。腑抜けた面しやがって……テメーにゃ失望したぜ、ゴン」
蟻の王の所在地が半島の東端に位置する東ゴルトーと判明し、潜入するにあたってノヴとモラウはゴン達の意志や覚悟を見るための審査を行っていた。合流したモラウから下された判断は
現状を一言で表すならゴンは
「各地で暴れていた蟻共が一斉に東を目指してる。俺達も後を追う、が……今のオメーにゃ背中を任せられねえ。足手纏いは連れていけないからな。キルア、お前はどうする」
「オレはゴンと行くよ。ナックルとシュートも別ルートで東ゴルトー入りするんだろ? こっちも二人一組で動く」
「キルア……」
「……。合流するつもりなら急げよ。あまり猶予はねえぞ」
話を終え、モラウは退室。続いて部屋を出ようとしたノヴが振り返り、黒縁眼鏡の眉間の部分を指で弄びながら口を開く。
「彼はあんな言い方をしていますが、キミ達に期待しているのです。脱落者に伝える必要のない今後の予定を教えるのがその証拠。……ただの子供と言ったのは訂正しましょう。キミ達二人の成長は私から見ても驚嘆に値する。心身の充実を待ちたいところですが、生憎今は時間がない」
「聞こえてんぞノヴ!! 要らんこと言ってねえで早く来いや!!」
部屋外から響いてくる大声にやれやれというジェスチャーを示し、ノヴはその場を辞する。ドアを閉めると、廊下で腕組みしたモラウがノヴを待ち受けていた。これは一言多かったかと思うノヴだが、モラウはそれ以上言い返すことなく、相方の姿を認めるとすぐに踵を返し歩き出した。
「随分と急ぎますね。日程を考えれば
「お前こそ饒舌だな。ここから先は鉄火場、テメェのケツも拭けねえガキの入っていい領域じゃない。お前は身内に甘すぎるんだよ。必要以上に心配すんな、ゴンがやる気になりゃ自分の足で立ち上がる。その時は全力で支えてやるさ」
そうして揶揄い口調のノヴを諫めるモラウの前方、何メートルか先にはアズマがいた。
互いに顔を見合わせた二人は、アズマの横を素通りする。無視ではない。三者の間では既に打ち合わせが成され、どう動くかが概ね決まっているからだ。故に、言葉は不要。アズマも黙って二人を見送る。
やがてその場にアズマ一人になると、彼は目を閉じ深く深く息を吐き、再度目を開け、何かを決心した顔になるのだった。
◇
夜も更けた頃合い、場所は街外れの森林地帯。ゴンは街を離れてここに居た。陽が沈み街が寝静まり、キルアが床に就いたのを確認してから抜け出してきたのだ。
ゴンは叫び出したかった。
夜更けになっても考えがまとまらず、心の中でずっと何かが暴れ狂っている。
その感情の正体が何なのかは、きっとゴンにも分かっていた。
だが、若くどこまでも純粋な彼にはその感情の処し方が解らない。
端的に言って、ゴンはカイトの無事を諦められずにいた。表立って口にはしないが、キルアでさえカイトの生存は絶望的だと判断しており、それがまたゴンの心を苛んでいた。そのせいで親友である筈の二人の間にやや溝が出来てしまっている。
こんな有様では作戦の遂行に支障が出る、そんなことはゴンにも分かっている。
それでも彼には割り切ることが出来ずにいた。彼は焦っていた。
故に、ゴンは救いを求めていた。
不意に、地面に落ちた小枝を踏む音がする。闇に溶けた黒い木々の間から現れた人影は最近見慣れた姿だった。
「来たか」
背はやや高めで、後ろを短く切り揃えた黒髪の寡黙な男。カイトの右腕を奪ったネフェルピトーを討ち取った腕利きのハンター。ナックルから聞いた話によると彼がこの一カ月で討伐した蟻の数も二桁は下らないとか。頼もしい
ゴンはアズマに誘われてここまで来たのだ。
理由は至極単純、ゴンを心配してのこと。他に理由などある筈もない。これも自分が不甲斐ないからだ。これ以上皆の負担になってはいけない。気を引き締めなければと思うゴンだが、心の内に溜まる澱みは彼の足取りを鉛のように重くしていた。
だからだろうか。
「何の用なの? 新聞でもニュースでも、謎の生き物と遭遇する危険があるから不用意に出歩くなって散々言ってるよ。街じゃ出来ない話?」
ゴンの指摘は尤もだ。巣を離れたキメラ=アントが
「街じゃ出来ない……あぁ、そうだな。ちと
問いに答えるアズマからは不穏な雰囲気が漂い、彼の体をオーラが覆っていく。アズマの念は力強いオーラだったが、剣呑な空気を放つそれはゴンに対して向けられていた。
やがて、威圧感と共にアズマは悪意ある言葉をゴンに向ける。
「ゴン。お前は戦いを降りろ。今のお前じゃ蟻一匹殺せやしない。
言葉の刃はゴンの心の柔らかい部分を突き刺す。精神的な苦痛にゴンの顔が歪んだ。
「
「分かってねえなあ。降りるんだよ。お前はここでリタイヤするんだ。お前が足を引っ張ったら俺の命が危険だから邪魔なの。分かる?」
ゴンとしてもここで折れるわけにはいかない。アズマの顔を見ながら精一杯、気を張って言い返す。しかし、アズマはゴンに取り合おうとせず、ますますオーラの勢いを強くする。まるで力尽くでゴンを戦いの舞台から退場させようとしているかのようだ。
「分からないんだな。ま、当然か。その
「っ! カイトを悪く言わないで! オレが、オレのせい、なんだ……」
「ほほう」
痛いところを突かれ弱気になるゴンに、アズマは面白そうな物を見つけたという顔をする。
「誰のせいだって? どんな風に、悪いんだ?」
「……覚悟と責任を問われたんだ。NGLに入って、キメラアントと戦って、自分が食べられたらそのまま力を利用される危険な生物だってカイトに説明されて、それでも来るのかって。オレは大丈夫だって答えた。だから、カイトはオレを信じて同行させてくれたんだ。なのに」
「なるほど。つまりは同行を許可したプロハンターの責任だな。……
「え!? ち、違うよ! オレは……」
「何故だ? 違わないよ。これは
「!! 違う!!!」
「そのハンターが死んだのはそいつの自己責任だ。良かったな、話は片付いたぞ」
「カイトは、死んでない……! まだ、見つかってないだけだもん……」
アズマはぐらつくゴンの心を揺さぶり追い打ちをかける。自分のせいだという責任から逃れたい心理を突き、次にカイトの死を、遠回しにお前の責任だという矛盾したアンサーを突き付けるとゴンは動揺を露わにし、終いには涙を流し始めた。
「死んではいない。そうだな。そうかも知れないな。つまりその男は、上手く逃げおおせて大事無いにも関わらず、ひと月以上が経過した今も俺達の前に一切姿を現さず、尻尾を撒いて戦いの場から逃げ出したと」
「カイトは、逃げたり、しない……!」
「そうかい。まあ、今更どうでもいいさ。せっかく拾った命なんだ、粗末にしないで故郷にでも帰るんだな」
必死の形相で抗おうとするゴンをすげなく追い払おうとするアズマ。追い込まれたゴンは明確に返せる言葉もなく、俯いて「イヤだ」「イヤだよ」とうわ言のように涙交じりに繰り返すだけだ。
その様子を暫く上から眺めるようにしていたアズマだが、飽きたのか終わりにしようとトドメを刺しにいく。
―――それが、逆効果になった。
「これでお前も無能ハンターのように、蟻の糞にならずに済んだな」
空気が、凍った。
こいつは何を言った? カイトをバカにしたのか?
オレが行かなければカイトは死ななかった 違
逢 食糧 う
死んだ……? 違う 違う 違う い !!!
餌 た
オレがのこのこついていったから い
カイトは無事だ
オレが オレのせいで
殺してやりたい でももういない
死 叱
な 悪いのはネフェルピトー カイトを侮辱した ア っ
な ズ て
い イヤだ そんなの オレが弱いから 王を…? マ ほ
で が し
みんながカイトは死んだって 助けて誰か い
「今、なんて言ったの……?」
呟くようなゴンの声には、抑揚がない。
「アリノクソって」
「蟻のクソ?」
「……カイトの、こと?」
ゴンが顔を上げる。その瞳には、光が無い。
もし只人がその場にいたら、ゴンの圧縮された殺気に肺腑を圧迫されて呼吸すら忘れ、昏倒するだろう。そう断言できるほどの黒い感情がゴンの体からオーラとして漏れ出ていた。その大きさは、ともすればアズマでさえ飲み込むのではないか。
だが、アズマは顔色すら変えず、豹変したゴンを更に煽る。
「他に誰がいる。……もう一度言ってやろうか。お前は喧嘩を売る相手を間違えた無能なハンターにはなるなよ。そいつのように、蟻の糞になるぞ」
「こ、この……っ!!!!!!」
煽られたゴンは両の拳を硬く硬く、血が出るほどに握り締める。両腕が怒りでブルブルと震えている。
「なんで……なんでこんな奴がハンターなんだ……。スピン達はアマチュアだけどもっといい人達だった……! それをなんで、こいつが、アイツを……! ふざけるなっ……ふざけるなよ……!!!!」
叫ぶ声は喉を焼き切るような勢いで吐き出される。憎しみで人が殺せたならそうしたい。そんな思いを込めた絶叫。
「ぐ、ぐぐ…………っ」
あわや爆発するかと思われたが、ゴンは荒い息を吐きながらなんとか激情を抑えようと努める。彼の中では良心との鬩ぎ合いが起きているのか、果たして。
ややあって、大量の汗を顔に浮かべながら俯き加減のままで、アズマの顔を見ないようにゴンはぽつぽつと言葉を零す。
「……。カイトに、謝って。そうしたら今言ったこと、全部、忘れるから。お願いだから……謝ってよ。
それは懇願だった。眼前の男に、荒れ狂う感情の全てを力に変えてぶつけるのを堪える、小さな怪物の最大限の譲歩。ゴンに善悪への頓着はないが、幸か不幸か分別はある。仇敵以外に余りある憤怒を叩きつけるのを良しとしない心が、彼にはあった。
しかし、アズマはそんなゴンの願いを一笑に付し、踏み躙るようにして言い放つ。
「聞こえなかったのか? 何度でも言ってやろう。その無能ハンターは、腐れかけた負け犬だ」
そしてアズマの放った言葉は、ゴンの耳にもはっきりと届いた。
その瞬間、ゴンを中心として世界から音は消えた。
「………………………………………………………………言ったな?」
「言ったよ。無能なハンターだとな。そいつが何故死んだか教えてやる。弱いからだ。ネフェルピトーより弱いからそいつは死んだ。至極分かりやすい、単純明快」
「黙れよ」
「その男が負けたのはネフェルピトーより弱いから。お前が勝てないのもネフェルピトーより弱いから。俺は勝った!!」
「黙れと言ってるんだ。次ゴタゴタ言ったら殺す」
「悔しいか? なら、証明してみせろ。お前がネフェルピトーより強いと。
大切な恩人を侮辱され静かにキレるゴンは嘲笑うアズマの真意に気づかない。何故、ここまで呼び出したのか。今の彼にそんな余裕はない。
何より、ゴンは。
もはや人ならざるモノになろうとしていた。
◆
時は遡って。
皆さんこんにちは、アズマです。
恐ろしく気が重いが、俺はキメラアント討伐に参加することにした。何故かといえば、俺が原作を破壊したからだ。ネフェルピトーの撃破。その影響は大きい。
最たるもの、というか俺が参戦を決めた理由がゴン
要するに、ゴンにはきっちりと気持ちの整理をするタイミングがなかった。フラストレーションを溜め続けた結果が、原作のあの姿なのだ。
この事態を避けるには、カイトの生存。それが叶わなければカイト死亡確定、いや、究極はゴン君がカイトの死を認め、受け入れることが必須。
俺はピトー自身の口から推定カイトの殺害を知ってしまった。カイト生存は条件達成ほぼ不可能。しかしそうなるとピトー不在の今、ゴン君の怒りは何に、誰に対して向かうのか。最も可能性が高いのはキメラアントの王、メルエムだ。
原作のゴンは制約と誓約によって、ネフェルピトーを倒せるまでに強制的に成長し、その後の反動で悲惨な姿になった。では、彼の怒りがメルエムに牙を剥いたら? 想像するのも恐ろしいが、より残酷な状態になるのは考えるまでもない。
現状のまずさを一番理解しているのは俺だ。ネフェルピトーを生かして帰す選択はなかったとはいえ、そうなる原因を作ったのも俺だ。そのせいでゴン君が死んだら俺の責任だ。なら、止めるのも俺だ。
そのために、俺に出来ることは何か。
彼の中に溜まった悪感情を、全部俺に向けて吐き出させる。
幸い、俺には止める手段はある。
とはいえ、ゴン君がまだそうなると決まったわけではない。カイトの遺骸が一部分でも発見されるなりして、ゴン君も現実を認めざるを得なくなれば悲しいが最大の懸念は払拭される。出来ればそうであって欲しい。
……俺の原作知識は心許ない。何しろ、原作を最後に読んだのは50年も前だ。前世で俺が死ぬより20年前。*5それからこっちに来て30年。全部覚えているわけがない。どうしてもアドリブが必要だ。が、頑張ろう……。
◇
NGL西部。
ネテロ会長達に同行した俺は、しばらくの間はノヴやモラウ同様に割とのんびりしていた。仕留めるのは勘を取り戻したいネテロ会長の役割。俺達は崖の上から眼下に広がる、モラウの煙で出来た雲海を眺める。その下には大森林があり、蟻の部隊が進軍しようとしている。二人は楽勝ムードで警戒は怠らないまでもリラックスしていた。
ふと、二人からは見えない角度の上空から何かが飛来してくる。俺は素早く目にオーラを集めて確認する……飛行型のキメラアントだ、こちらにはまだ気づいていない。今すぐ二人に知らせ、ノヴの念空間に隠れてやり過ごしてもいいのだが……。
〝
最もこちらに敵が近づく瞬間を見計らって、念空間を展開。敵がこちらに気づきテレパシーを使われる前に高速で相手に肉迫し『発』を解除、そして一瞬で頭部を破壊し撃破。再び『発』を使い死体を回収し、また高速で戻りノヴの念空間に入り死体を投棄。待機していた会長は身構えたが、ただの死体と分かり若干拍子抜けしていた。
俺の
「ノヴの潜伏型とは別の、顕在型の念空間か。アンタ、操作系だろ」
「ええ」
崖の上に戻ると、モラウから話し掛けられる。俺は軽く頷いて答えた。
広義の念空間とは、オーラで形成された空間だ。狭義の念空間は、
「しかし念空間ごと動くのは非効率では? 人が複数入れるサイズの空間を個人で動かし続けるのは燃費が悪い」
「結構便利ですよ。何しろ身一つで旅に出られる」
黒スーツの男、ノヴも会話に参加してくる。効率云々言われているが、この世界に高速で飛行する旅客機は存在していない。そこそこの速度の飛行船があるくらいで、未開の土地も多いこの世界で制空権を得るアドバンテージは思った以上に大きい。二人もその辺は分かっているようで、追及はしてこない。
「モラウさんも操作系、ノヴさんは……放出系ですね」
俺は顎に手を当てながら二人の系統を答えてみせる。二人はニッと笑う。
「オレが操作系なのは一目瞭然だが、ノヴはどうかな? アンタと同じ念空間使い、そいつも操作系かも知れねぇぜ」
モラウが口元にニヤリと笑みを浮かべながらカマをかけてくる。俺はそれに対し、不敵に笑って返答する。
「簡単なことです。
「ふ、ご明察」
俺がノヴの能力の特徴を言い当てると、黒縁眼鏡は気障ったらしく笑った。
「こうして雑談できるのはいいが、にしても暇だな。おいしいトコは全部会長が持っていっちまうしよ」
「問題はない。モラウが探り、私が捕える。獲物を仕留めるのは会長の役目。その会長の活動時間はアズマが確保。適材適所ですよ」*7
実際、モラウがぼやく程度に蟻退治は順調すぎるくらいに順調だった。原作との比較は出来ないが、俺が加わったことで討伐ペースが早まった可能性はある。
俺の念空間にあるベッドで休むと、短時間で疲れが取れる。ちなみにベッドは増設も出来る。ここで普通の人が一時間半~二時間眠ると、八時間相当の睡眠になる。ネテロ会長は回復が早いのか、一時間で済んでいた。
これはビスケの
一つ難点を挙げるとすれば、俺以外は念空間内ではオーラを出せずモラウの煙なども消えてしまうので、休憩のタイミングや場所には少し気を遣うこととなった。これについてはネテロ会長が休めれば作業効率は落ちないので問題には至らなかったが。
◇
まずいことになった。キメラ=アントの王の誕生は止められなかったようで、軍団長のコルトがこちらに降伏宣言を行ってきた。女王蟻は原作同様、王の出産時にかなりの深手を負ったようで、流れで治療を行うことになり
「ここに以前、ネフェルピトーと戦って敗れた念の使い手が運ばれてきた筈だ。ヤツのプライベートスペースに保管されたと聞いているが……心当たりはあるか?」
そこでカイトの遺体に関する情報を訊いてみたのだが、結果は芳しくなかった。彼らはここひと月弱、女王へ供給する食糧の不足に方々へ駆け回り多忙を極めたため、どうもその辺りの情報交換が上手くいっていないようだ。
……これはもしかして、原作より討伐ペースが速いからか? 俺が会長の
これ、俺のせい? 何もかも上手くは回らないものだ。このままではゴン君のSAN値が削れてしまう。その後、カイトの遺体を隈なく捜してみたが彼との面識もないので遂に骨一本特定出来ず、コルトは落胆する俺に対し大変申し訳なさそうにしていた。今度暇を見つけて電話でもしとこう。
いや、うん。蟻達を責めても何も解決しない。遺体を持ち込んだ当のネフェルピトーは行方不明、女王の食糧には余裕がない状態で、ただ放置するのは考え難い。状況的に肉団子にするのも不思議ではないか。
◇
NGLを出て街に戻った俺は、拠点を中心に近辺の蟻の討伐を積極的に行った。ゴン君と
謎の生物出現の報を受ける度に、俺は協会から派遣されたという他のハンター達より先んじて現場に向かい、その多くを討伐した。大半は普通の兵隊蟻だったが、中には師団長クラスもいた。
倒したのは、チーターか豹みたいな柄の足が速いタイプのキメラアント。そういやこんな奴が原作にいたな。話の展開上、終盤に残しておかないとマズい奴もいるし遭遇したらどうしたものかと考えたが、こいつは倒して問題ないだろう。作中でナックルのポットクリンを付けられてレーダーとして使われていたが、付けるのは他の蟻でもいいわけだし。
というわけでモラウやナックルと協力し、足を止めて油断している間に念空間に閉じ込め捕獲、拘束。『発』を解除して強引に首の骨を圧し折り、頭部を砕き撃破。
ネフェルピトーにも使用した念空間への強制転移による捕獲。これはノヴの空間移動や、ゴレイヌの位置交換と理屈は同じだ。
手順としては、
①移動する対象(人や場所)にマーキングを行う。
②対象の二点を念空間で繋ぐ。
③移動させる。
というものだ。で、これらの能力は何系統かというと
× ノブナガは念能力の知識を間違えて覚えている。
△ 原作者である冨樫先生が読者にウソをついている。
○ 冨樫先生は本当のことを読者に全部説明していない。
これはどういうことかというと、読者へのミスリード狙いなのだ。そしてミスリードであるとする根拠は色々とある。
改めて説明しよう。瞬間移動は操作系ベースの能力であると。何故なら
一つずつ詳しく解説しよう。まずは①マーキング。これは念空間を開くための下準備。作中で最も分かり易いのはノヴがしている出口の設置だろう。具体的には、
次に②対象を念空間で繋ぐ。これは先に説明した通り、空間を操る念空間の能力は操作系だ。離れたところにある対象を一瞬で移動させるにも、通り道が必要だ。それは念空間を使うことで解決する。念空間の通り道を具現化させるかは、その時次第だ。
最後に③移動。これは①のマーキングで一方に人や物を、もう一方に位置を指定しておきその位置に転移を行ったり、二点両方に人や物を指定してそのまま位置の交換に使ったりといった方法がある。ゴレイヌのは後者なのだろう。マーキングの一方はゴリラの念獣に予め仕込んであり、あとは交換したい対象を選ぶだけだ。そしてこの時にも対象を移動させるのに操作系の念を使っている。
要するに原作者は、操作系の能力について
原作のキメラアント編では念空間を操る能力者が最低二人登場する。一人はノヴ、そしてもう一人はモラウの弟子のシュートである。シュートは操作系念能力者というのは既に判明している。彼の能力は、一定のダメージを与えた対象をカゴの中に閉じ込める、というものだ。あの具現化したカゴの中は念空間なのだ。*8そして見落としがちだが、シュートはもう一つ念空間を使っている。彼は割符や携帯電話といった手に収まる程度の大きさの物を掌に収納している。あれも念空間だろう。
つまり操作系の念能力者であるシュートは、作中で描写されただけでも二種類の念空間を操っていることになる。念空間は操作系の能力であるというヒント、強力な証拠はあるのだ。
これに加えて、原作者は確か同時期*9にノヴの系統公表とノブナガの発言を掲載していた。これらは両方とも放出系の説明に繋がる。更に俺が操作系と推測するゴレイヌの系統は伏せられたままだ。ゴレイヌはグリードアイランド編の登場人物だが系統は未公表なのだ。それより後のキメラアント編のキャラクターの系統は判明しているのに、だ。
つまり冨樫先生は、このときは放出系の説明をするタイミングで情報を小出しにしているところ。操作系はまだ説明しない、ということなのだ。漫画内の描写はしておき、あとで言語化して判明するようにしているのだ。
ノヴが放出系と判明したとき界隈はざわついていたな。これはつまり、当時の読者の間で放出系に対する理解が進んでいなかったことを指す。同時に、このときはまだ操作系に対する理解が読者の間で進んでいないのだ。
ついでだ。前話に引き続き、ゴレイヌが操作系である証明を行っていこうか。ゴレイヌは念獣による位置の交換を行える。これは懇切丁寧に説明した通り、放出系と操作系のオーラの行使によるものだ。当然、両方の系統に高い適性がないと行えない。つまり放出系か操作系でなければ、空間転移系の能力は基本、扱えないのだ。この時点でゴレイヌが具現化系である可能性はかなり低い。
そしてもう一点。これが最重要ポイントなのだが、ゴレイヌはドッヂボールで緊急回避に
俺は位置交換は念空間を繋げて行うものだと説明した。そして空間の扱いは操作系の能力だ。つまり
放出系の能力者は、長距離の移動を得意とする。
操作系の能力者は、一連の動作をシームレスに行える。
つまり位置交換による緊急回避を成功させたゴレイヌは、操作系の念能力者である可能性が最も高い。
お分かりいただけただろうか。
原作者は、操作系(主に念空間)についてまだ説明する気がないからゴレイヌの系統を公表していないのだ。単にネットの評判を面白がっているだけかも知れないが。
……
ともあれ、蟻の数を減らすことに注力し、それはそこそこ上手くいった。決行当日、ゴン君を外へ誘い出すときにキルア君には事前に事情を説明し、説得中に邪魔が入らないように見張りをお願いした。
あとは、何とか上手くやるだけだ。
……そもそも考えすぎじゃないかって? 俺の心配はただの杞憂で、ゴン君は爆発せずに心の問題は時間が解決してくれるかも知れない?
落ち着いて聴いてくれ。常識で考えたら
◇
〝
怒髪天を衝くゴン君を前に、俺は念空間を発動。無事ゴン君を俺の『発』に閉じ込めることに成功する。ピトーの時以上に緊張した。転移は相手次第のところがあるので、必ず成功するとは限らないのだ。
俺が使う空間移動は、俺自身の念空間を起点として外部にいる者にマーキングを行い、取り込む。なので今回は、ゴン君に転移を警戒されると失敗するリスクがあった。故に俺はゴン君やキルア君には能力を明かさず今日まで秘匿した。絶対に失敗するわけにはいかない。失敗したらまず俺がゴン君に殺され、次いでゴン君が反動で死にかける。
「オーラが―――出ない!? そうか。この能力で……。ちくしょう……なにが勝っただ……! 卑怯な手を使って操っただけじゃないか……!」
怒り狂うゴン君を意に介さず、俺は歩み寄る。そして身構えてこちらを睨みつけるゴン君を、俺は抱きしめた。
「な、なにを……」
俺の行為は攻撃には該当しない。なのでシステムに弾かれない。
「っ、離せ! 離せよ!! オレと勝負しろ!!!!」
一方のゴン君は俺の行動に困惑したが、当然俺を引き剝がそうとする。だが、それは叶わない。力尽くでは無理なのだ。そして今のゴン君の精神状態で、俺に対して穏当な手段を取るのは不可能。だから拘束を解けない。
「卑怯者おおおおおお!!!!!! オレと勝負しろ!!!!!! 勝負しろおおおおおおおおおおおッ!!!!!!!!」
俺は操作系念能力者だ。強化系にパワーで劣るのは道理。強化系に対して、力では明らかに劣る操作系や具現化系が念能力で勝つために必要なのは、
その
ゴン君の破滅を防ぐために俺がするべきことは、ゴン君の怒りを止めることじゃない。絶望から来る制約と誓約によって生み出される尋常ではない量のオーラを止めることだ。
故に抑えるべきは、感情ではなく。留めるべきは―――オーラの流出!
そして重要なのはタイミング。ゴン君がいなくなったピトーの代わりにキメラアントの王を標的と定め、
あとは根競べだ。ゴン君の感情が吐き出されるまで、辛抱強く付き合うこと。こればかりは時間が必要だ。俺は引き剥がそうと躍起になっているゴン君を懐に、長期戦になるのを覚悟するのだった。
◇
「…… ……ぜえ、ぜえ……っ。…………げほっ、ごほっ。……」
あれから一昼夜が過ぎてしまった。夜通し叫び続けたゴン君は喉を嗄らし、それでもなお俺に抵抗を続けていた。どこからそこまでの怒りが沸いてくるのかと疑うほど底なしの感情はしかし、漸く途切れようとしていた。
しかし丸一日キレ続けるって凄いな。俺を殺してやりたいのにオーラが出せないから、原因である俺に対する怒りが更に増す感情の連鎖のせいか。だが怒りを持続させるのは難しいし、体力には限界がある。
やがてゴン君が俺の
俺はゴン君を放すと『発』を解除した。
そして、正座して頭を全力でゴン君に下げた。
「ごめん」
ゴン君は突然のことにポカンとしている。一瞬、間が空いて状況を理解する。俺が謝っていると。
「なっ……今更なにを――!」
「ヤキが回った、なんて言ってごめん」
「っ……!」
ゴン君が怒り出そうとするのを遮り、謝罪を続ける。
「見る目がないなんて言ってごめん。尻尾を撒いて逃げたなんて言ってごめん。無能ハンターなんて言ってごめん。蟻の糞だなんて言ってごめん。負け犬と言ったことも、弱いと言ったことも……一度も
全力の土下座。それからゆっくりと顔を上げて、ゴン君を見る。見事にフリーズしている。それはそうだ。謝罪そのものより、俺が具体的に何を言ったか、ゴン君にとって何が悪かったかを全部記憶していたのだ。今ゴン君の頭の中では、情報の整理が行われている。
もし彼の頭に血が上ったままなら。或いは昨日までの凝り固まってしまっている彼なら、こうはならなかった。だが、今のゴン君は感情をほぼ出し尽くして疲弊している。嫌でも冷静になってしまう。俺のしていたことが理解出来てしまう。
「わざと……だったの? なんで……」
ゴン君が俺の言葉に応じた。会話が可能になった。理屈立てた話をするには、冷えた頭がないと成立しない。
「キミは、感情がそのまま力になるタイプだ。一の感情には一のオーラ、十の感情には十のオーラを乗せる。気持ちがそのまま、オーラの総量や顕在オーラ量に直結している」
俺も昨夜までとは打って変わって、歩み寄る態度を見せる。ゴン君が俺の話に耳を傾けてくれるよう、手を尽くし力を尽くし、言葉を尽くさなくてはいけない。
「では、その感情が大幅に膨れたらどうなる? きっとキミは百の感情には百のオーラを乗せる。それが千や万になったら? ……キミを見ていて気がついたんだ。
通常、人間は本来持つ能力の30パーセント程度しか力を発揮出来ない。それは持てる力を全て引き出すと心身に多大な負担が掛かり、死に至るからだ。そうならないよう、力を引き出すのを脳が抑えている。ところがゴン君は抑えていないというか、あまり抑える気がないように思える。
「もし持てる感情に自分のオーラが届かなかったら? キミは
「だからわざと怒らせてオレに全力を出させようとしたの?」
俺の発言に即座にそう返すゴン君の目は据わっている。……あ、ダメだこれ怒ったままだ。激情って感じじゃないが静かに怒っている。
「……幸い、止める手段はあったからね。俺もキミも共倒れなんてのは御免さ」
「オレに何を望んでるの? 許して欲しい?」
「そうじゃない。俺はただゴン君に無茶をして欲しくないだけだよ。あのまま放っておいたら、キミの拳は王に向かうと思ったから」
なんだろう、これは。責任感や心配から行動したんだけど、ゴン君には今一つ届いていない。ゴン君にとっても自分の命の危険なのに、どうして話が通じないんだ?
「カイトは―――」
替わって困惑することになった俺にゴン君が語る。
「今のオレの全部なんだ。カイトがいたから、オレはハンターになれたんだ」
ゴン君の口から語られる内容。それは原作知識として知っていることだが、俺はちゃんと聴くべきだと思った。
ゴン君が故郷のくじら島でカイトと出逢ったエピソード、それ自体はごく短時間の出来事だったようだ。しかし、それが彼には途轍もなく大きなことだった。養母のミトさんからは父親の職業すらも教えてもらえなかったゴン君の人生を一変させたのが、カイトとの出逢いだったのだ。
「ゴン君にとっては、それが全ての始まりなんだね」
「オレを育ててくれた人には感謝してるし、母親だと思ってるよ。いい顔はされなかったけど……それでもオレはハンターになりたかった。プロハンターになったから今のオレがあるし、キルアや他のみんなとも出逢えたんだ」
そんなカイトを貶した俺、許されざるよ。彼が怒るのも納得である。いやまぁ承知の上でやったんだけど。
……俺も真剣に向き合わないとな。
「俺が生まれたのは、人口一万に満たない片田舎だ。特別な名所や資源もないし名物みたいな物も見当たらない、本当にごくありふれた特色のない街。家族は両親に祖父母に兄と妹。あと、飼っていた馬や犬が何頭か」
俺は自分の身の上話をすることにした。話す理由は全部が理屈じゃないが、俺も自分を開示するべきなんじゃないか、と思ったからだ。ゴン君の目の色が少し変わる。なんだか少し瞳に光が射した気がする。
「十歳に満たない頃、何者かに妹が殺され馬が盗まれた。犯人は馬を奪って逃走を目論んだ。だが制御できずに結局事故って、公道に出て大型車と衝突。犯人は即死、馬も再起不能―――犯人の男は重度の麻薬中毒者だった」
転生を自覚している俺だが家族は家族だ、辛い出来事である。過去の出来事として消化はしているが、そんなに語りたい内容ではない。
「俺は……妹と喧嘩中だった。些細なことから言い合いになり、仲違いしていたんだ。謝る機会は何度かあったんだがな。それも永遠に出来なくなった。俺はどうしていいか分からなくなったよ。仲直り出来なかった自分を責めればいいのか、犯人のヤロウを恨めばいいのか……。どちらかを考えるともう一方が途中から勝手に頭の中に入ってくるんだ。謝る相手も責める相手も、俺自身以外のどこにも居ない」
「……どうやって立ち直ったの?」
「家族や親しい人、カウンセラーとかにこの話を敢えてしたり、環境を変えるために趣味を始めたり、気分転換に出掛けてみたり。色々だよ。向き合わなきゃいけない問題だけど、常に思い詰めていたら気が滅入ってしまうからね。そうやって少しずつさ」
それは事実だった。なんとか日々を過ごしていくうちに、それがいつの間にか当たり前の日常になり、心の傷も少しずつ癒えてきたのだ。だが、それだけではない。
「念に目覚めたのもこの頃だ*10。俺は修業に打ち込んだ。辛いからこそ他の何かに目を向けたかったし、修業に打ち込むことで気を紛らわそうとしたのも確かだ。それでもハッキリしていたのは、もう後悔はしたくないって思いだ。俺の行動が元で誰かが不幸になるかも知れない。その時に動かなかったら、俺は間違いなく後悔する。だから、可能な限りは力を尽くそう。そう思ったんだよ」
「……今回のことも?」
「ネフェルピトーを倒したのは俺だから。犠牲者が出ている以上、関係者のことは確かめなきゃならないと思った」
俺がそこまで話すと、ゴン君は少し遠くを見るようにして話し始める。
「……アイツの死体を最初に見たとき、致命傷以外には傷すらなくて『この人は死体を粗末に扱ったりしない人なんだ』と思った。それなのにオレは、でも、だからこそ許せなかった。カイトが大変な目に遭ってるかも知れないのに、なんでこいつは大事に扱われているんだって。そう思い始めたらどうしようもなく気分が悪くなって、そんなことを考える自分が許せなくなって」
そういって、ゴン君は辛い心情を吐露した。
……これは内心でごめんなさいしないといけないな。ゴン君がそういう反応をすると思ってわざわざ綺麗な死体を用意したのだ。なるべくキミを精神的に追い詰める必要があったからね。頭部を破壊しない殺害方法とかピトー本人以外に無理だもの。
もちろん研究用に提出するという名目は本当だし、死体をあの場に放置して何かあったらマズいから何らかの処理は元々するつもりだった。ちなみにピトーの死体を整えてくれたのはデカいピンク帽子の女だ。彼女が所持する薬品類の中に防腐剤があったので、死体の保存や補修はお任せした。「肝心な時に役に立たなかったし、これくらいはするわ」とのこと。
「まあ、死体を嬲る趣味はないよ」
俺がそういうと、ゴン君は一瞬俯いて沈黙する。
「……カイトは、本当に、死んじゃったの?」
恐る恐る、触れたくない真実に、近づこうとしている。
「俺はネフェルピトーを操って、その上で質問した。複数の武器を操る使い手と戦ってどうしたのか。ヤツはハッキリ殺したと言ったよ。操作した状態だ、嘘は言っていないだろう」
ゴン君は自ら答えに辿り着こうとしている。だから俺も相手を操ったことも含めて、正直に話す。
「もう、帰ってこないの?」
「残念だが……。俺が訊いた使い手がカイトさんでなければとは思うが……」*11
「もう……
俺は目を伏せ、押し黙った。
やがて固く結んでいたゴン君の口が力を失くし緩んで、上がっていた眉も下がり、表情はくしゃくしゃになって、目の端に一杯に溜めていたものが溢れ出し、
彼は、泣いた――――――――――。
◇◆◇
ガラスやアクリル板よりも透明な壁で覆われた念空間。広さは六畳程度だが、多少なら体積や形状の変動もできるし、ベッドは消すことも可能。極めてシンプルなデザインで具現化系のメモリを節約する代わりにある程度融通の利く設計をされている。
目的は競走馬の輸送減りを防ぐもの。馬運車の後部に馬と共に入り、車内に空間を具現化、固定する。防衛用に対象を強制的に操る能力があるが、通常は動物を対象にした影響の小さい操作系オーラが搭載されており、こちらの発動は難しくない。輸送時の馬は緊張状態にあり、食事・睡眠・排泄などが滞るケースもあるため、対策としてアズマはこの『発』を作り出した。微弱な操作系オーラで馬にリラックスした精神状態を与え、落ち着いての睡眠や適切な量の食事を摂らせたりしている。普段は空間を移動させることはない。
外部からの衝撃には実は非常に強く、オーラで出来ているため揺れもない。仮に交差点の中央で玉突き事故に遭っても中の生き物には怪我一つないだろう。人間の力ではまともに壊せない。だいたい直属護衛軍が悪い。また内部で一切の攻撃が出来ないのはお互いの事故を防ぐため。
◆◇◆
「本当に、いいのかい?」
「いいよ。誤解も解けたし」
「命の心配をされたことよりも、俺がどんな人間かを見て決めた、っていうのに納得がいかないんだが……」
「ウソかも知れないから、どんな人か知る必要があるんじゃないの?」
「いや、それは……そうなんだけど」
「諦めろよ、ゴンはこういうヤツだから」
一頻り泣いたゴン君が落ち着くのを待って、俺達はずっと待っていてくれたキルア君と合流し、ひと眠りしてから改めて三人で話し合った。その際に俺の『発』の由来も話している。決して強い念能力ではないのだがウケは総じて良かった。いや、キルア君は若干微妙な顔していたかな。
話の流れで俺は二人にこれまでの無礼を再度謝り、頭を下げた。その反応が上の会話。そういえば原作のゴンってこんな感じだっけ……。何が納得いかないって自分の命が軽すぎるところだよ。キルア君が止められないのは……いや誰にも止められないか。幸い今回は無茶しないと約束してくれたし、良しとしよう。
「東ゴルトーへ向かう。俺達はこのルートで、川沿いに入国する。俺の『発』なら水中も問題なく行ける」
「問題はその先。総帥直々に、近々国民大会をやるって言ってるぜ。ダミーだろうけど」
「国中の人が首都へ向かうんだよね。500万人の人が順番に……」
「50万人ずつ十日に分けてな。で、大会の日に『選別』がされて全体の1パーセント、5万人の兵が生まれる」
「そして残りの495万人は犠牲になる。改めて数字にするととんでもない規模だ」
「そんなのダメだ。絶対に止めなくちゃ……!」
俺達は先に発った皆を追って東ゴルトーに潜入することになった。国民大会か。随分と敵の動きが早いな、と思ったがピトーがいないから各地で直接人形に選別を行わせるフェーズが存在しなくなったのか。結果、国民を動かした方が手っ取り早いという結論に至ったと。
「現地に入ったら人気のある場所は避ける。密告制度があるから目をつけられたら面倒だぜ」
「保存食は準備してある。水は?」
「オレらは問題ねーよ。鍛えてるしな」
「よし。それじゃ――」
「行くぜ」
「おう!」
こうして、俺達は決戦の地へと旅立った。
人類と蟻、種の存続を賭けた最後の戦いが始まる。
悲しい表裏一体キャンセル
書き終わった後で、操作系の「物質や生物を操る」という説明で「操れるのは物質と生物だけ(だから空間は操れない)」と解釈する人とは確実に相容れない主張をしている自分に気づく。もう遅いけど。
次回、最終回。
王宮突入作戦編&エピローグ。