真っ白で何もない空間。僕は体を動かすどころが口すら開けず、ただ目の前の蛇を眺めている。
でも、それじゃダメだ。
ここで動かなかったら、僕は『役立たず』になってしまう。
『異能探偵』に、ジェーンさんに並べない。
蛇を睨みつけて、口に力を込める。
「わああああ!」
なんの意味もこもっていない叫び声、でも口は開けた。
「教えてくれ!君はなんだ!?」
蛇は、何も応えない。
「僕とどういう関係にある!?やっぱり契約関係か!?」
蛇は、何も応えない。
「僕の再生能力は君の力か!?」
蛇は、何も応えない。
「君はいつから僕といる!?」
【質問】
蛇は、何も──否、どこからか声が聞こえた。
「!これは君の声か!?」
【肯定。質問】
「ああ!なんでも聞いてくれ!できる範囲で答える!」
【あのメス個体はお前にとって何だ?】
質問の意味を理解できず、言葉に詰まった。
「えっと…メス個体?っていうのは?」
【個体名:ジェーン・ドゥ。我ら精霊を縛るもの】
「ジェーンさんか…雇い主、かな」
言葉が止まった。理解できないものを見る目で見られた気がした。
【理解不能】
「…何が?」
【お前はそれだけの関係で己の命を捨てられるのか】
そう言われると悩まざるをえない。
ただの雇い主に命を張れるような自己犠牲精神など持ち合わせていない。
「そうだな…ただの雇い主ってわけではない、と思う」
蛇は、何も言わない。
「最初に彼女を庇ったのはなんとなく。考えての行動じゃなかった」
霧の中、彼女を庇えたのは考える前に動けたからだった。
「女の子を守りたいって気持ちもあったと思う」
女の子は守るべき。そう、母から教えられていた。
「でも今ジェーンさんを庇ったのはそれだけじゃない」
一月もないような短い期間だったけど、ジェーンさんといれて楽しかった。
「彼女は、僕に『名前』をくれた。何の力もないただの農民、ただの通行人から、『探偵助手』にしてくれた」
追い出されるように、逃げるように来たグレイフォードだったけど、こうしていられて幸運だと思う。
「彼女は…あの人は、ジェーン・ドゥは僕の恩人だ。命を賭けるだけの意味がある」
【理解不能。己以外に命を賭けられるのか】
「それで、その人を助けられるのなら」
沈黙が響く。数秒か、数十秒。
蛇が膨れ上がり、白い空間を埋め尽くす。
【理解不能、しかしお前の意思は認めようう】
蛇…否、竜は高らかに名乗った。
【我が名はエイン・オロス!永遠と無限を象徴する蛇にして竜!】
【我が契約者の力となろう!】
〜〜〜〜〜〜
「!」
跳ね起きると、そこは事務所の自室だった。
「あっ、ボス!助手が起きたッス!」
「えっと…」
スキンヘッドの男が外に声をかけるのを見て首を傾げる。
「おはよう、ジャン」
「ゲイルさん!」
スキンヘッドの男と入れ替わりにゲイルさんが椅子に座った。
「今日は18日。お前らが寝込んで2日経ってるな」
「2日も…って『お前
まるで僕以外に誰か寝込んでいるような口ぶりに首を傾げる。
「ジェーンも今自室で寝込んでる」
「!?僕がやられてから何が…」
「あの後
「?」
パン泥棒の時に反動などはないように思えたが…
「本来自分の周囲でしか使えない異能の距離を伸ばす奥の手、なんて言ってたな。対象を一人に縛ることで距離の制限を無視するらしい」
「そんなことができたんですね…」
それを使ったということは
「
「奴は氷像になっても動けた。見ての通り、あれは夢でも何でもない」
ゲイルさんはヒラヒラと中身のない右袖を振った。
「どうして…」
「今から言っても仕方のないことだがあの時違和感があった」
「違和感、ですか?」
あの時ゲイルさんは凍らせてからずっと首を傾げていた。
「あまりにも凍りつくまで早すぎた。生きてる人間ならもっと時間がかかる」
「そういうもの、なんですか?」
「人の体温は案外高いからな」
経験者が言うからにはそうなのだろう…つまりは、だ。
「『骸が死ぬことはない』…」
「?ずいぶん詩的だがその通り、最初から死体だったってわけだ。油断大敵だったな」
「でも、何で死体が動いてたんでしょう…」
「そういう契約者の異能、というにはおかしな点が多いんだよな…」
顎に手を当てて考え始めたゲイルさんを尻目に考えを巡らせる。
「今、奴がどこにいるのかわかりますか?」
「ジェーンの奥の手のおかげでヴォルフが
「なるほど…」
あまり参考にならない。が、動きは決まった。
「ゲイルさん、まだ腕があるなら持ってきてもらえますか?」
「…冷凍保存してある。おい!」
指示を受けたブラウンラットの人がアジトまで取りに行っている間にベッドから立ち上がり、外行きのシャツとプロテクターを身につける。
「持ってきたッス!」
「ご苦労」
ゲイルさんは不思議そうに首を傾げていたが大人しく指示に従い、右腕をつなげるように持ってくれた。
「ありがとうございます」
「この程度ならいい。…何をする気だ?」
「初めてなので断言はできませんけど…」
包帯の巻かれた右腕を胸に近づけて呼びかける。
「【エイン・オロス】」
溢れるエネルギーが光りながら流れ込んでいく。
切断面からエネルギーが取り込まれていき、眩い光を放つ。
数秒後、光がおさまり、腕から手を離しても落ちることはなかった。
「これは…」
「いってきます」
驚いた顔で自分の右腕を眺めるゲイルさんをおいて事務所を出る。
決戦の地は、東5番通りだ。