プロローグ ある冬の日
グレイフォードへ向かう蒸気船の甲板、入港のために慌ただしく働く船員の他に3人の人影があった。
「…」
キモノを着た黒髪の少女は何かを書き込んだ小さな黒板を見せる。
「いやいや、そんなこと気にしなくていいよ。アズマではこういうのを…旅は、旅は…」
そう言って言葉に詰まるのは顔に蝶の刺青をした青年。彼は考えたのち、もう1人を見た。
「旅は道連れ。旅は気の合う同行者がいれば心強い、みたいな意味だ」
穴の空いた紙袋を被ったスーツ姿の不審者が丁寧に説明する。
3人は見上げるほどの距離になったクラウンベル時計塔を見て感慨深そうな顔をする。
「グレイフォードは観光?」
「…」
「そっか、じゃあ東区はやめといた方がいいぜ」
「…」
「最近治安が一段と悪いらしいからな。危険に自分から足を突っ込む必要はねえよ」
雑談している間に時間はあっという間に過ぎ、船員から下船の指示が出される。
少女と男たちは別れてグレイフォードに降り立った。
その日、グレイフォードに3人の異物が入り込んだ。
グレイフォードに異物は付きものだ。しかし、彼ら彼女らが大きな火種になるのは火を見るよりも明らかだった。
〜〜〜〜〜〜
冬の訪れを感じる寒さに道ゆく人々はカラフルなマフラーや手袋をしている。
「ジャン君は防寒具いらないの?」
「コートぐらいは欲しいですけど…こう、うまくエネルギーを使えば手袋いらずです」
「いーなー」
ずり落ちた肩紐を掴んで革のケースを背負い直し、抱えた袋の中身を確認する。
「ハドリーさんに頼まれてたのはこれで全部ですよね」
「そのはず。今晩はチキンかも」
付け合わせに使うであろうジャガイモやニンジンが落ちないように抱え直して前方を確認する。
「──蝶?」
ふと視界に入った赤い蝶を目で追う。
赤い蝶が狭い路地に置かれた木樽に止まろうとするのを見送って歩き出した時だった。
「帰る前に寄りたい場所g──」
轟音。耳の奥、頭の芯まで揺らすような音が響く。
慌てて音源に目をやれば木樽のあったそこには大穴の空いた壁と火のついた木片が散らばっていた。
「キャーーーッッッ!!!」
「逃げろ!」
「た、助けて!」
状況を理解できない人々の悲鳴が広がり、混乱のまま逃げていく。
「何が…」
「落ち着いて!動く方が危険です!ジャン君、怪我人がいる!あの人たちの対処を!」
「は、はい!」
壊れた壁の周囲には飛び散った破片で怪我をした人たちが倒れている。
肩のケースから包帯を取り出して痛みに呻く彼らに駆け寄った。
〜〜〜〜〜〜
轟音は魚屋の裏口近くに置かれていた木樽が謎の爆発を起こしたことが原因だった。
飛び散った木片等による頭部損壊により死者1名。その他飛び散った木片等が当たったことや直後の混乱による怪我人多数。
通報を受けた警察が駆けつけたが、わかることは少なかった。
事件現場となった魚屋の店主曰く爆発した木樽は魚の内蔵などのゴミ箱であり、密封もしておらず爆発するようなものではなかったという。
複数の目撃者から赤い蝶を見かけたという証言も得られた。
「ジェーンさん」
「うん、
存在しなかった爆発物、赤い蝶。異能による犯行──犯人は契約者だ。
契約者の犯行がこの程度で終わるはずがない。僕は無意識のうちに肩のケースを撫でていた。