「霧がすごいな…これが『霧の都』グレイフォードか…」
夜、足元すらぼやけて見える深い霧の中、旅行者である僕、ジャン・ボイルは宿を探していた。
「舞い上がりすぎたな…すっかり道に迷ってしまった」
アルビリオン王国の首都なだけあってなかなかの発展具合で見慣れないものも多く、色々回りすぎてこんな時間になってしまった。観光で疲れ切った足を酷使して荷物を預けた宿を探す。
ようやく見つけた標識には東4番通りの文字。地図を開いて目的地への方角を確認する。
「こっちか…?あ、すいませ──」
キョロキョロと霧の中で道を探していたせいで足元への注意が欠けていた。
人らしき柔らかいものを踏んでよろけてしまい、振り返って謝罪する。
しかし、踏んだものを認識して固まってしまった。
「人の、首?」
首だけではない。腕や足、胴体、人としてつながっていないといけないパーツが石畳のそこらに転がっていた。
「うわぁあ!」
握っていた地図を投げ捨てて、方向も忘れて走る。
「うわぁっ!」
「っ!」
また誰かにぶつかってしまった。
そこにいたのは鹿撃ち帽とケープコートの少女。彼女はは目を見開いて舌打ちをした。
「観光客…!逃げ─いや、私から離れないで」
「え、」
「今は危ないの!私の目が届く範囲にいて!」
そこで初めて彼女が拳銃を持っていたことに気づいた。
何か聞くこともできず、何故か痛む胸をさすりながら大人しく銃を持った彼女の後ろに回る。
何も見えない霧を睨む彼女の姿は状況との落差でとても美しく見えた。
気づけたのは偶然だった。彼女の向こうの霧が揺れた─気がした。
咄嗟に彼女の前に出た直後、背中に熱い痛みが走り、血が飛び散る。
最後に見えたのは、彼女が拳銃の引き金を引くところだった。
【──ガス─タ】
〜〜〜〜〜〜
蛇がいる。蛇は目の前の僕を見ることもなく動き続けていた。
己の尾を喰らい、ただ丸を描き続けるそれはチラリ、とこちらを見るとまた回る行動に戻る。
声を出すこともできずそれを見つめるだけの夢は永遠かと思うほど続いた。
〜〜〜〜〜〜
「っ!」
跳ね起きて見覚えのない部屋に首を傾げる。
暖炉や本のぎっしり詰まった本棚のそこまで広くない部屋でソファから起き上がってキョロキョロと周囲を見渡す。
「ここは…」
「おはよう、目は覚めた?」
マグカップ片手に入ってきた少女はそのままファイルの重ねられた机に座った。
「私はジェーン・ドゥ。ここ、『霧鴉通り』で探偵をしている」
「ジャン・ボイルです」
咄嗟に応える。偽名としか思えない胡散臭い名前について聞こうか悩んで、それ以上の疑問を思い出した。
「その…僕は昨日の夜に通り魔にバッサリやられたと思うんですけど…」
「そうだね、昨日君は私を庇って背中を斬られた。私が今生きているのは君のおかげだよ」
そう微笑んだ彼女がマグカップを机に置いて深く頭を下げる。
「昨日は私を守ってくれてありがとう」
「どういたしまして…?えっと、それでなんで僕が生きているんでしょう…?」
「え?君の異能じゃないの?」
お互いに顔を見合わせて首を傾げた。
〜〜〜〜〜〜
「えーっと、まず聞くだけ聞いてほしい」
「はい」
ローテーブルを挟んだ向かいのソファに座った彼女の説明に耳を傾ける。
「この世には肉体を失った神とか悪魔とか妖精とか…そういう人ならざる存在がいるの。そういうのと契約することで代償と引き換えに異能を手に入れた人間を契約者と呼ぶ…」
「…」
「と言われても理解できないよね…」
苦笑してマグカップを傾ける彼女に嘘をついている様子はない。けれどとても信じられる話ではない。
「私も契約者で、精霊について研究してる。そのおかげで色々調べられるんだけど…異能って一口に言ってもバリエーション豊か何だよね。触ったものを凍らせたり、嘘を見破ったり。キミみたいな超回復…再生力も異能だと思うよ」
「再生、力…」
背中に手を回しても傷ひとつない。一晩で常人なら死んでしまうような傷が治るのを異能と呼ばずしてなんと呼ぶのだろう。
「そこまではわかりました。ですけど…代償、ですか?」
「うん。ノーリスクで異能を得るなんてのはできなくてね、契約は異能と代償でセットだよ」
代償、身に覚えがない。そもそも僕はいつからこの異能を持っていた?
「グレイフォードじゃ契約者が犯人と思われる未解決事件が増えててね…そういう案件を解決するのが異能探偵である私、ジェーン・ドゥってわけ」
「なるほど…」
話は理解できたが、さらに謎が増えてしまった。
「自覚のない契約者なんて初めて見たよ。何か気づいたことは?」
「その…代償の覚えがなくて。その『契約者』?として異能を持っているからにはあるんだと思うんですけど…」
「自覚がないんだからそうなるか。代償は身体の欠損とか行動の制限が定番だけど…」
「定番って…」
手足は問題なくつながっているし何かができない自覚もない。
「感情の欠落とか概念的な変化…そう簡単にわかるなら自覚がないはずないか」
一緒に首を傾げるが何も思いつかない。
「今はわかりそうにないや。時間かけて調べればわかるかもだけど…」
「?」
チラリとこちらを見てため息をつく彼女に首を傾げる。
「帰っちゃうよね…」
「あ、いえ。
「本当!?」
「!」
ローテーブルに手をついて迫ってくる顔に思わずのけぞり、突然の痛みに胸をさする。
「おっと失礼。なんで?北の方の農村から来たんだと思ったんだけど」
「その通りです。ついこの間兄が結婚しまして…鉄道工事の仕事があると聞いたのもいい機会だと思って来ました」
「ああ、あそこか…なるほど、だったらちょうどいいや」
そう言って彼女は机から一枚の紙を持ってきた。
「提案があるの。ウチで働かない?」
「ウチ?」
「そう、ここ『霧鴉探偵事務所』。給料は不安定だし案件によって危険はまちまちだけどキミの異能について調べるには一番だと思う」
提案を受けて少し考える。
予定通り鉄道工事の仕事に応募しても自分の異能──ひいては代償について知ることには繋がらないだろう。自分の身体に知らないモノがあると考えると、それはとても耐えられるものではなかった。
「あと…家はここの空き部屋を貸せるよ?」
「決めました。ぜひ雇ってもらいたいです」
「本当!?決め手は部屋…?」
「それは関係ないです…僕は色々知りたいだけです」
「そっか。よーし、じゃあ…」
立ち上がってクローゼットを漁り始めた彼女に首を傾げていると何かが投げつけられた。
ギリギリでキャッチしたシャツを見て目を白黒させていると昨日見たケープコートを着た彼女が声をかけてきた。
「じゃあ街に行こう!」
「へ?」
「今日から住むんだから服とか買わないとだし荷物もとりに行かないとでしょ?アズマでいう『鉄は熱い時に打て』だよ!」
少し考えて特に断る理由も…あった。
「あんまりお金なくて…」
「大丈夫大丈夫!古着を1、2着買うだけだろうし本命は東区の案内だから!」
それならよし…か?
扉の前で手を招くジェーンさんの笑顔にこれ以上何かを言う気も消え、シャツを着て立ち上がった。