「で、取り逃がしたと」
「そう。だいぶ無警戒な犯人だったね」
駆けつけたエドマンドさん達警察の人たちに説明する。
「ジャン君は大丈夫?」
「今は大丈夫です。ただあれは…何だったのかわかんないです」
「音だけならそういう異能、ということで説明できるんだけど…」
まるで世界から音だけが消えたかのような状態とは別、急に力が抜けて入らなくなった状態がわからない。
「私も音がないのには巻き込まれたけど力が抜けることはなかったしな…」
「僕だけの問題ってことなんでしょうけど…」
首を傾げていると周囲を調べていたエドマンドさんが声をかけてきた。
「犯人の『蝶の刺青の男』、協力者の『黒髪のキモノ?の少女』のことはわかった。目撃証言を集めて共有しておく。今日は帰って休め」
「そうだね…情報を整理する時間が欲しいや」
大穴の空いた今にも崩れそうな住宅や凸凹の道を睨んで話し合う警察の人たちに会釈して現場を離れた。
〜〜〜〜〜〜
事務所、報告書のバインダーとは別の本棚を漁っていたジェーンさんが口を開いた。
「
「え、あんまり情報もなかったと思うんですけど…」
「途中までだったけど名前が聞こえたからね。師匠なら蝶を見た時点で気づけって言うかもだけど…」
近づけば読んでいた本の挿絵を見せてくれた。
「炎の蝶?」
「ヴァルナーシャ帝国の方だと人間は死後炎の蝶になるんだって」
ヴァルナーシャ帝国、東方にある国だ。アルビリオン王国と貿易を行っており、カレーが伝来したのはそこからだと聞いたことがある。
「浄火蝶、パーヴァカ・パティンとも言うそれになった後、生前の罪が浄化されるまでずっと待ってるの」
「浄火蝶…爆発の小瓶もそんな名前でしたっけ」
「うん、アレは名前を借りてるだけだけど」
ジェーンさんの使う小道具は先代のツテで購入しているものであり、名前は製作者の趣味らしい。
「浄化後はどうなるんです?」
「また別の生き物に生まれ変わるんだって」
「へー…」
今まで学んできた聖輪教とはだいぶ違う考え方だ。
実質死後の安寧がないというのは想像しづらかった。
「でもってその中でも反省しない悪人の魂は業炎蝶、カルマグニ・パティンっていうのになって山火事とかを起こすらしい」
「『カルマグ…』まで言ってましたね。それが奴の契約精霊ですか…」
「それなら一個対応策がある。あとは…少女の方だね」
黒髪の少女、あとちょっとの所でカーネリオンを受け止め、
「カタナにキモノに黒髪。あそこまでコテコテのアズマ人は初めて見たよ」
「暫定音をなくす異能の契約者ですね。キモノにカタナ、ですか」
「そう、師匠の知り合いにアズマ好きがいてね。何度か見たことあるよ」
彼女のキモノは黒一色だったがもっと華やかなものもあるらしい。
「気になるのは後から現れたことと…
「守ってましたし護衛…なんでしょうか。それにしては来るのが遅かったですけど」
「そもそも
コン、コン
ドアノックが叩かれた。
「?誰だろ。はーい!」
机に広げていた資料を片付けて来客に見せられる状態にする。
軽く身支度を整えてドアを開けた。
「霧鴉探偵事務所です…モーリスさん?」
予想外の来客にジェーンさんと首を傾げた。
〜〜〜〜〜〜
来客はヴァレンフォード家家令のモーリスさんだけではなかった。
「裏路地の」
「あの時はありがとうございます!」
裏路地でチンピラどもに絡まれていた少女がにこやかに立っていた。ジェーンさんと同じぐらいの背丈だろうか。
「あの後、大丈夫でしたか?話も聞かずに行っちゃって…」
「ええ、すぐにモーリスが来てくれましたし怪我一つありませんわ」
「えっと、あなたは…」
「自己紹介できていませんでしたわね。私はエレノア、エレノア・ヴァレンフォード。ヴァレンフォード家の長女ですわ」
ワンピースの裾を持ち上げてカーテシー?をするエレノア嬢にあわててお辞儀する。
「『異能探偵』をしている霧鴉探偵事務所のジェーン・ドゥ、です…」
「同じく『異能探偵助手』をしている霧鴉探偵事務所のジャン・ボイルです」
貴族嫌いなジェーンさんが気になり、横目に確認するが意外に普通にしていた。
「えっと、お座りになってお待ちください」
ソファに座るように促し、紅茶を淹れるために部屋を出る。
「…えーっといい茶葉は…」
ノーラさんにいただいた茶葉を開ける時が来たようだ…
茶葉の缶と一緒にもらったメモに従って湯を注ぎ、懐中時計を睨む。
針が指示通りに周回したことを確認してトレーを持ち上げる。
「お待たせしました…」
「そう、そこで私は『ただの人に精霊は応えない』、と…」
「まあ!決め台詞ですわね!」
「異能の使えなくなった犯人は無駄な抵抗を続けて──ありがと、ジャン君」
「いえ…」
そこまで時間はかかっていないはずなのにすごい仲良くなってる。
カップを四つ、テーブルに置いてソファに座ればジェーンさんが背筋を正した。
「それじゃあ、本題に入ろうか。何をご依頼で?」
「それが──」
「モーリス、私が言います」
モーリスさんを制してエレノア嬢が口を開く。
「最近、私の周囲が妙なのです」
「妙、とは?」
「視線を、感じるのです。学校でも、道を歩くときも。気のせいかもしれないとは思うのですけど…」
「我々も警戒しておりましたがそれでも足らず、今日は拐かされる寸前でした」
「そこで、私はあなた達霧鴉探偵事務所にボディガードを依頼したいのです」
納得できるような気がしたがまだ情報が足りない。それはジェーンさんも同じだったようで問いかけた。
「質問があります」
「どうぞ」
「なんで専門外の私たちに頼むの?グレイフォードには実績のある警備会社が複数あるし、ヴァレンフォード家ならブラウンラットに命令することもできるはず。そうでしょ?」
ジェーンさんの問いかけにエレノア嬢は素直に頷いた。
「ええ、その通りです。私は
「それだけの理由があると?」
「まず、確証がないこと。あくまでも視線を感じるだけでしかない現状では警備会社に依頼できません」
それはそうかもしれない。ただの勘違いなら無駄骨になってしまうのだから依頼料が高額な警備会社に頼みづらいだろう。しかし、比較的安価とはいえウチに依頼するのもそれは同じだ。
「そして…私はグレイフォード淑女学校に通っています。その生活を捨てたくはないのです」
「ああ…ブラウンラットにそれは無理だね」
グレイフォード淑女学校、西区にある有名な女学校であり貴族や商会の娘が通っているらしい。
ブラウンラットのメンバーの大半は物理的にも経歴的にも傷だらけの荒くれ者だ。そんな彼らを護衛として連れ歩くのはあまり評判に良くないだろう。
「何より、一度助けてくれたあなた達を、私は信じています」
「…モーリスさん、その…」
「ふむ…ええ、心当たりがあります。種でよろしければ明日にでもお渡しできるかと」
「ありがとうございます。よし、じゃあジャン君」
「はい?」
モーリスさんに何かを聞いていたジェーンさんが何かを決めたように頷き、僕を呼んだ。
「私はエレノアちゃんの依頼を受けるよ。その間、
「え、あ、はい」
思わず頷いてから理解まで時間がかかった。
「ええ〜〜!?」
目の前に依頼人がいるにも関わらず叫んでしまった僕はきっと悪くない…はずだ。