グレイフォード淑女学校、12歳から18歳ほどの貴族や裕福な商人の娘が通う名門女学校である。
貴族や商人として必要な知識を学び、将来のためのコネクションを結ぶことを目的としており、未来の淑女を育む社交界の登竜門とも称される。家柄の異なる令嬢たちが同じ教室で学び、友情を育み、ときには家同士の思惑を背負って競い合うこの学び舎は、西区の縮図ともいえるだろう。
有名な名画や彫刻の飾られた廊下の先、目的地のドアを叩く。
「特別編入生のジェーン・ドゥです」
「どうぞ、入ってちょうだい」
部屋の中心に置かれた大きな机に座るのは美しい女性。メリハリの効いたプロポーション、陽光を受けて煌めく銀髪、月を思わせる瞳。性別を問わず見るものを魅了する美の化身がそこにいた。
「学校生活はどう?ジェーンちゃん」
「楽しいけど…呼んだのはそれだけ?ヴィヴィアンさん」
「ヴィヴィでいいのに。あのアルフレッドに拾われた子がたった6年でこんなに立派に育つなんて…」
「あはは…」
ヴィヴィアン・ローズウッド。『王立アルビリオン劇団』で活動していた伝説的な元演劇女優であり現グレイフォード淑女学校校長である。
師匠の縁でそれなりの付き合いがあり、今回エレノアちゃんの護衛のために入れてもらおうと頼めば二つ返事で特別編入生として受け入れてくれた。
「今日で3日目でしょ?
「そういうことなら…」
特別編入生としてエレノアちゃんと4年生のクラスで3日を過ごした。護衛として仕事を果たさなければいけない場面はほとんどなかったが…
「確かに見られてた。お嬢様相手で舐めてるね、相手は」
「そうなの?」
視線を向けられ慣れているこの人がわからないはずがないのに、とぼけたように首を傾げる。苦笑して説明を続ける。
「敷地の外からだったけど、気づいてくださいって言わんばかりの熱視線だった。あと内部にもいるよ、用務員とか」
「それは…ごめんなさいね、全員に面接するような余裕もなくて…」
「明日には捕まえたいから許可をもらえる?」
「いいよ、学校の敷地で殺すのは出来るだけ避けてね」
「そんな荒事にはならないよ」
それ以上語る内容もなく、軽く手を振って校長室を出る。
「ジェーンちゃん」
「はい?」
「学校生活、楽しんでね」
かけられた優しい声に微笑みで応える。
師匠、エドマンドさん、ヴィヴィアンさん。ハドリーさんにブラウンラットのメンバー達、今までの依頼人達。そしてジャン君。
私は、周りの人たちに恵まれている。そんな幸運を噛み締めた。
〜〜〜〜〜〜
昼休み、人のいない空き教室の窓を開けて校舎裏に飛び降りる。
空を円描くように滑空していた鷹に手を振る。これで気づくだろう。
しばらく待てば二人…一人おぶられているから三人が茂みに隠れてやってきた。
『半月ぶり、
「ひさしぶり、パティ、ヴォルフ、ユウレン」
「さっさと本題に入ろうか」
普段の格好とは違う綺麗な服を着たブラウンラットの三人は今日、
「僕の異能で居場所を捕捉した監視者をユウレンに追わせた」
「ふんじばったところまでは良かったんだけどネ、
ヴォルフの『他者の視界を借りる』異能を持っている。それを使えば監視者を捕まえるのは容易だっただろう。
「美味しそうな匂いだったんだけド…」
「今篭られたら僕たちの護衛がいなくなるからね、帰ってからにして欲しいな」
どちらも換えの効かない貴重な人材であるし、パトリシアは16の小さい小娘、ヴォルフは代償の都合で行動が一拍遅れると戦闘には不向きだ。
港での労働監督ならともかく縄張り外での秘密行動中の現在は護衛が必要だろう。
「やっぱり組織的な犯行か、チンピラ共も『仕事』だって言ってたし」
『
「それはそう、なんだけど…一応貴族の娘が攫われて、みたいな事件は存在するから絶対ないとは言えないかな」
師匠の解決した事件の中にはそういうものもあった。
あとは…2年前、師匠が壊滅させた組織にも少ないながらもそういう痕跡が残っていたらしい。
「こう…何か共通して身につけてるものとかあった?黒百合の紋章とか…」
「黒百合?なかったと思うケド…」
『確認不足かも』
「そうだね、匿名で通報しておいたからそこら辺は警察に問い合わせて欲しいな。今日はもう打ち止めっぽいから僕たちは帰るよ。お嬢様をよろしく」
『また報告の時に』
「うん、またよろしく」
また茂みに隠れて歩いていく彼らに手を振っていると鐘の音が聞こえた。
「そろそろ次の授業か、心配される前に行かないと」
新しくできた友人達は心配性だ。彼女達を心配させないためにも早歩きで教室へ向かった。
〜〜〜〜〜〜
「なるほど…ありがとうございます!」
「いやいや、探偵さんのお役に立てたなら何よりだよ」
様々な荷物を積む客船の隣、煙草休憩中だった船員から話を聞き、ゲイルさんからもらった情報の裏取りをしていた。
「アシュトンさんはどんな人でしたか?」
「そうだなあ…アシュトンもヴィクターさんも見た目の割に普通の人だったよ。夜休憩中に船員でやってた賭け事─もちろん小遣い程度だよ?─に参加してきてさ、すごい負けてたけど楽しそうだったよ」
「うーん、なるほど…?」
「あの人が爆破事件の犯人だって言われても信じられないってのが正直な感想かな」
話に聞くアシュトンとあの時の
その他ヴィクター・ウィリアムズやマドカ・ミカガミの情報や探し人を見かけなかったかを聞いてその場を去る。
「マドカ・ミカガミの方は確定かな。ヴィクター・ウィリアムズは…」
一味だとは思うのだが姿が見られていないのでは何とも言えない。
「…そうだ、ジェーンさんからの手紙」
今朝届いた手紙にはブラウンラットのリシェさんに渡して欲しいと小袋が同封されていた。
客船用の港からブラウンラットのアジトがある貨物船用の港までしばらく歩けば着く距離だ。
忘れないうちに届けようとそちらの方向を向いて一歩踏み出した。