西区に配置されたとある警察署、匿名の通報によって発見された多数の変死体で慌ただしくなっているそこに甘い香りと共に予想外の来客がやってきた。
「ちょっといいかしら?」
「今は忙し、い…」
「ヴィ、ヴィヴィアン・ローズウッド!?」
そこにいたのは『グレイフォードの薔薇姫』と知られる伝説の演劇女優。想像もしていなかった来客に警官たちは慌てふためく。
「この子、私の友達で探偵をしてるの。変死体について調べたいらしくって…」
「で、ですがこの件は我々も調査が終わっておらず…外部の方にお見せするのは…」
「あら、ダメなの?」
「そ、それは…」
「大丈夫、これはただの夢。幸せで、儚く忘れてしまう、よくある夢。見せてもらっても、いい?」
眠気を誘う甘い香りが広がる。
ヴィヴィアンはわずかに首を傾げ、人差し指を唇に当てた甘えるようなポーズで彼らに近づく。
自身の見られ方をよく理解した、見る者全てを魅了する姿を前に警官の理性は容易く崩れた。
「いえ!喜んで案内させていただきます!」
「ありがとう!」
輝くような笑顔を前に正気の者はいなくなった。
うわ言を漏らしながら彼女たちを案内する警官の後ろで少女が言葉を発する。
「『パナケネイロスの香』、だっけ。便利な道具ね、簡単に説得できたわ」
「夢のように判断力を鈍らせるお香だよ。作ったのは私じゃないけど…ありがとう、ヴィヴィアンさん。私だけだったら門前払いだったと思う」
「ヴィヴィでいいのよ。ジェーンちゃんの頼みだもの、この程度お安いご用だわ。それに、」
途中で止まった言葉に首を傾げるジェーンに微笑み、その頭を撫でた。
「ウチの生徒のためですもの」
「ふふ、ちゃんと校長先生なんだね」
「もう!何だと思ってたのよ」
「ヴィヴィアン様!こちらです!」
中に入ると布のかけられた死体が並んでいた。
「おい、誰が何のようで…ヴィヴィアン・ローズウッド!?」
先ほどと同じ流れで渋る警官を納得させ、ジェーンが死体を確認する。
「…あった」
男たちの背中には花─百合かなにかだろう─を模した刺青が入っていた。
「あら、この書きかけの記録、刺青の情報が入ってないみたいだけど…」
「はい!上から花の刺青には触れないよう指示されております!」
「何で?」
「聞いておりません!」
ヴィヴィアンの質問に答えた警官の言葉にジェーンは唇を硬く結ぶ。
「犯人は、黒百合会だ」
「黒百合会って…2年前にアルフレッドが壊滅させた?」
「うん、だけど残党なんかじゃない」
拳を固く握りしめ、ジェーンは確信を持って告げる。
「奴…2年前捕まえ損ねた黒幕が、また動き出してる」
〜〜〜〜〜〜
「ふふ、ふふふ」
ワインの注がれたグラスを揺らし、愛する作品たちを見る。
本来わずかな間に失われてしまう美を永遠に留めた芸術作品たち。世間はそれを認めないが、彼はそれを愛している。
「ああ、あの探偵の邪魔さえなければもう一人…いや、3人はいただろうに…」
『霧鴉』アルフレッド・クロウリーによって手駒は大きく削られ、作品の収集を自粛せざるをえなかった。
その間に失われた美のことを思うと後悔の念は絶えないが、今見るべきは未来の芸術だ。
配下の開いたパーティで偶然見かけた彼女の姿は『霧鴉』の恐怖を振り払い、作品の収集を再開しようと決意させるには十分な美しさだった。
「奴はもうグレイフォードに、オルフェリアにいない!私の勝利は決まっている!」
万全を期すために海外の伝手も使って様々な道具を取り寄せた。
勝利の確信と共に