「どこだ…!?」
ゲイルさんたちがやられたのは路地の入り口周辺、ここあたりは入り組んだ構造をしていて迷宮のようになっている。
相手も素人ではないのか痕跡も見つからず、ただ無意味に駆け回る。
ゲイルさんたちが見たのはよくいるチンピラのような男たち。エレノア嬢を連れて馬車から降りたところを狙って立ち塞がったが、笛の音を聞いてからの記憶がないらしい。
おそらく異能の発動条件は音を聞かせること。裂いたハンカチで耳を塞いではいるもののどこまで効果があるか。
十字路でどこに向かおうか悩んだ時、左側の路地から足音が聞こえた。
「ジェーンさん!」
『こっちはいなかった。右をよろしく』
「はい!」
手話で出された指示に従って右の通路を走る。
それらしきものは落ちていない、人影も──誰かいる。
ニット帽を被った男性、見覚えがある。
「アシュトン・ヴェイル!?」
「おっと、俺の名前を…いや、探偵ん時の剣の奴!ここで会うとは奇遇だな!」
ドォン
耳栓越しにも聞こえる轟音。すぐ近くだ。
「【カルマグニ・パティ──
「今はそれどころじゃない!」
最優先は怪我人、次にエレノア嬢。現状アシュトン・ヴェイルの優先度は最底辺といっても過言ではない。
壁を蹴って屋根に登り、爆発の現場に急行する。
爆発したのは路地にあったゴミ箱か、周囲に倒れた人はおらず、壁に大穴が空いている。
【─】
「え、エレノア嬢の匂い?」
エレノア嬢の匂いが大穴の先からするとカーネリオンが教えてくれた。
エネルギーを喉に集中、手で耳を抑えて息を吸い、叫ぶ。
「エレノアー!」
「は、い…」
強化した耳でようやく聞き取れる声、大声に反応して出てくるチンピラ共。
「当たりだ、お手柄だねカーネリオン」
耳栓を詰め直し、カーネリオンの柄を握って地面に着地する。穴からゾロゾロと武器を持ったチンピラ共が出てくる。
「薄皮程度なら斬ってよし!」
注がれるエネルギーにカーネリオンが歓喜の感情を示す。
「囲んで殺せ!」
「出来るもんならやってみろ!」
〜〜〜〜〜〜
邪魔する敵を壁に叩きつけ、邪魔な壁を切り裂く。
「あった!階段!」
耳に流すエネルギーを極力減らして笛の音に備える。
後ろから飛んでくる銃弾も胸と頭を避ければ何の問題もない。
階段の最後の段を飛ばして着地した時、息を吸う音が聞こえた。
「!」
咄嗟にカーネリオンを投げ捨てて耳を抑える。
ピュロロ〜
取り囲んでいたチンピラの目から意思の光が失われる。
「『全力で襲撃者を攻撃しろ』」
「「うぉおおおお!!」」
カーネリオンを拾い上げる余裕もなくその場を飛び退けば、叩きつけられた拳が敷き詰められていた石を粉々にした。
「っ!」
「避け、るなあ!」
「なんて!?」
いつまた笛の音が聞こえるかわからない。耳を塞いだまま攻撃を避け続ける。
空気が揺れる感覚。後ろを向いた時には手遅れ、拳が胴体にクリーンヒットした。
「くっ!」
身体を丸めてそのまま吹き飛ぶ。
石壁を突き破り、冷たい何かに激突した。
「ジャンさん!」
「エレノア、嬢…?」
どうにか周囲を見れば鉄格子の嵌められた部屋にエレノア嬢ともう一人──
「壊して!」
「【カーネリオン】!」
もう一人を気にしている場合じゃない。
呼びかければ飛んできたカーネリオンが手に収まる。
「お、りゃあ!」
鉄格子を切りつけて人一人分の隙間を開ける。
息を吸う音が聞こえたが耳を塞ぐ余裕はない。
ピュロ「綿津御鏡」
力が抜ける。世界から音が消える。
鉄格子だった棒を持って捕まっていた黒髪の少女──マドカ・ミカガミが牢屋だった場所華ら足を進める。
「クソ、音が…!」
音が鳴らなければ異能は使えない。
笛を持っていた男が慌てて背を向ける。
混乱していた他の連中も身振り手振りで指示を受けて武器を構える。
マドカとチンピラ共の体格差は大きく、とても戦えるようには見えなかった。
マドカが踏み出すと同時、男たちが飛びかかる。
一閃。ただの鉄棒が振られただけだというのに男たちは吹き飛ばされていた。
笛を持っていた男はすでに遠く、マドカとの間にはまだ多くのチンピラ共がいる。とても追いつくようには見えない。
それでも届くのではないかという気迫が彼女にはあった。
間にいた者たちは瞬きの間に打ちのめされていく。
階段を上りきり、逃げたかと思った笛の男が転げ落ちた。
「待たせた…ああ、音がないんだったネ」
派手な月華風の模様が描かれた赤いジャケット、サングラスをかけた糸目…ユウレンさんが階段の上に立ってなんらかの武術のような構えをしていた。
階段という狭い場所、武術の達人2人に囲まれた状況。笛の男に抵抗の術はなかった。
ラッテンベルグの笛吹き男
出典:オルフェリアに伝わる民間伝承『ラッテンベルグの笛吹き男』
ネズミの大繁殖に困っていたラッテンベルグの町長は、ネズミ退治の報酬として『町にあるものなら何でも与える』と約束しました。笛吹きの男が現れ、笛の力でネズミを川へ追いやると、報酬として子供たちを要求します。しかし町長が拒否すると、男は怒って再び笛を吹き始めました。
──町中の大人たちは指一本動かせなくなり、列となって町を出る子供たちを見送ることしかできませんでした。