「…」
「……」
エレノア嬢誘拐事件から2日、ヴァレンフォード邸の応接間は重い沈黙で満たされていた。
奥から僕、ジェーンさん、ゲイルさんと並んで座っており、無の表情のジェーンさんより顔面蒼白のゲイルさんの方が気になった。
「ゲイルさん、一体何が…」
「悪い、今は話しかけないでくれ」
今まで聞いたことがない震えた声に何かを言うこともできず口を閉じた。
「お待たせしまし──「申し訳!ありませんでした!」
扉が開き、モーリスさんともう一人が視界に映る前にゲイルさんが動いた。
膝と手のひら、そして額を床につけ、自らの頭を相手に差し出すような
「この度は我々がついていながら!お嬢様を危険に晒して─「ゲイル君」
優しい、しかし謎の迫力の込められた声にゲイルさんの口が止まる。
「その話は後でにして、今は
「はい」
ドゲザの姿勢から立ち上がったゲイルさんが平然とした顔でソファに座り直す。
「お久しぶりです、旦那様」
「久しぶりだね、ゲイル君。パトリシアちゃんは元気かい?」
「ええ、今朝もお嬢様の様子を気にかけて来たがっていました」
「連れてきても良かったが…」
「いえいえそんな…」
「ええ…?」
つい先程までドゲザをしていたとは思えない和やかな日常会話に声を漏らしてしまった。
「おっと、君たちが霧鴉探偵事務所の子達か。初めまして、ヴァレンフォード家当主のヴィンセント・ヴァレンフォードだ」
「霧鴉探偵事務所のジェーン・ドゥです」
「同じく、ジャン・ボイルです…」
「『異能探偵』の噂は聞いてるよ、『霧鴉』の弟子なんだってね」
ニコニコと笑顔を浮かべながら紅茶を啜る。
「エレノアを見つけてくれてありがとう」
「い、いえ!護衛として雇われていたのに何もできなかったのは私たちも同じです。そのような言葉をいただくわけには…!」
「構わないさ、君たちはエレノアを二度も助けてくれたんだ」
一度目は路地裏、二度目は地下牢。その働きに免じて護衛としての失態を見逃してくれるらしい。
「さて、黒百合会の話は聞いている。2年前、『霧鴉』の活躍によって幹部は全員逮捕、黒幕には辿り着かなかったものの情報を流していた東区の汚職警官も一掃された」
「ええ、ですが今回の犯行は残党にできるものではありませんでした」
活動再開直後に貴族令嬢を狙うという命知らずな犯行、西区警察への口止め、何より貴重なはずの
「警察が隠し金庫から見つけた手紙にはエレノア嬢…御息女を狙うこと、『ラッテンベルグの笛吹き男』っていう
「過去に押収した手紙と同様の筆跡であったことから同じ黒幕がいるものだと思われます」
「ありがとう、十分だ」
話を止めたヴィンセント様は手紙を取り出した。
「これはグレイヴス家から昨日届いたものでね、エレノアを夜会に招待したいらしい」
「失礼します…4日後?普通がどれくらいかは知りませんけど随分いきなりですね」
「招待状を出すのは一月前ぐらいかな、毎年開催してるらしいし。それにしてもグレイヴス家…だいぶ格上ですね」
「しかも圧をかけてきていてね、すでに断れない状況になっている」
グレイヴス家は数十年前からアルビリオン王国に仕える貴族の一つ。近年商人から貴族となったヴァレンフォード家よりも圧倒的に格上だ。
そんな高位の貴族がマナー違反を承知で夜会の直前に─しかも誘拐から救出された翌日に─招待状を出す。
あまりにも隠す気がない。
「グレイヴス家だったか…きな臭い噂はあるけど他の貴族と似たような感じで決定的な証拠が足りないんだよね」
「このままではただエレノアを差し出すだけになってしまう。そこで君たちに依頼だ」
父親らしい、子供を守ろうという意思のこもった声。
「エレノアを守り、グレイヴス家の犯罪を暴いて欲しい。頼む…!」
「ジャン君」
「ええ、ジェーンさん」
断る理由などあるはずがなかった。
〜〜〜〜〜〜
「あれ、マドカさん?」
『敬称、ない、大丈夫』
屋敷を出るとメイド服のマドカ・ミカガミが門前を箒で掃いていた。
「お言葉に甘えて…マドカはいつの間にヴァレンフォード家のメイドに?」
『私、仕事、探す、途中。2日前、
「なるほど…」
「護衛兼侍女、という形になりますな」
馬を操るモーリスさんが馬車に乗ってやってきた。
「どうぞお乗りください。事務所前まで送りましょう」
「ありがとうございます!だけど東区までで大丈夫です」
お言葉に甘えてジェーンさんの手を引いて馬車に座る。
「出発します」
「お願いします」
馬の鳴き声の後、車輪が回転を始める。
高速で西区の光景が通り過ぎていく。
「グレイヴス家、だったかあ…」
「捜査は打ち切り、でしたっけ」
「そう、捕まってる時に姿は見たんだけど顔は覚えてないし証拠として不十分だしで…疑わしい貴族の名前は何個か上がってたんだけど捜査はできなかった」
黄昏た表情でため息を吐く。
「黒百合会の残党も捕まって手勢も大して残ってないはず。それに、解決できればちょっとだけ師匠を越えたことになるかも」
先代が解決できなかった事件を弟子であるジェーンさんが解決する。とても『らしい』展開に思える。
2年前に捕まったという屈辱、先代を越えられるかもしれないという高揚感。
気合いは十分という様子だ。
「ああでも
「最近被害は減ってますけど変わらず活動を続けてますしね…」
昨日も爆発事件があった。
いい加減捕まえるための糸口を掴まなければいけない。
そのために必要な仕事を頭の中で反復した。