「──」
キンッ
マドカがカタナを振るった瞬間、地面に折れた矢が落ちる。
「お嬢を!」
攻撃への対応をマドカに任せ、エレノアお嬢様を抱えて建物の影に飛び込む。
「お嬢、落ち着いてください 」
声が唐突に消える。マドカの異能だ。
発動時に形成される結界には内部に入ってきた異物を感知する効果がある。そのためだろう。音があれば今も矢を弾く音が聞こえるはずだ。
『襲撃を受けています。ですがここなら安全です』
『マドカが守ってくれるから大丈夫』
短期間で何度も誘拐されたせいか落ち着き払っている。
護衛としてそれでいいのかは考えないことにして状況を考える。
相手の獲物は弓。居場所は不明。射程を考えれば数百m程度周辺か。
この建物を盾にできているあたり方角も予想できる。
『ヴォルフ』
『もうやってる』
ヴォルフは片目を瞑って周囲を探っている。
『いない』
『範囲を広げろ。そういう異能の可能性もある』
ヴォルフはしばし目を瞑って首を横に振った。
少し考える。護衛として失格だがこれ以上の手はない。
『お嬢様、下手人を捕まえてきます』
『大丈夫?』
『お任せください。パットはお嬢様の護衛を』
『了解』
獣と会話ができず戦闘力のないパトリシアをおいていくのは不安だが信じるしかない。
石畳に触れて集中する。
出力が足りない。精霊に呼びかけて出力を上げる必要がある。
声を使わずに精霊に意志を伝える。マドカにできるのだ、同じ契約者の俺に使えないはずがない。
凍れ
凍れ
凍れ
頼む、
【任せて】
急に聞こえた声に驚く間に霜は広がり、靴底が地面に張り付いていた。
『行くぞ』
『了解!』
凍りついた道を踏み割って下水道に飛び込む。
追って飛び込んだヴォルフを背負い、異臭漂う下水道を駆け出した。
「あ、あー。あ、あ ー。あ、あー!【ハルクェン】!」
消音結界を外れたことに驚く暇はない。ヴォルフはすぐさま自身の契約精霊の名を叫び、異能を全力で発動する。
【ハルクェン】は狩人を助ける鷹の精霊。『他者の視界を借りる』異能は居場所のわからない襲撃者を探すのにも使える。
「…視えた!教会の上、東3番通りの方だ!」
「チッ、遠い…!そういう異能か、剛弓か!?」
「いや、腕が見えない。多分透明化とかだ!」
「なんでそれで届くんだよ…!」
周辺の地図を思い浮かべ、東3番通りへの最短距離を考えた。
〜〜〜〜〜〜
「チッ」
思わず舌打ちが漏れる。
チョロい任務のはずだった。近づかないと使えない異能と非戦闘系の異能の契約者計3名。
いつも通り『アルドレン』を使えば簡単に達成できるはずだったのに、だ。
「アイツ…!船で殺しておけばよかった!」
遠眼鏡に映るのはカタナを持った黒髪の女。グレイフォードに来る時に船で会った筆談で会話する奇妙な女だ。アイツが気づかなければ1人は殺せているはずだったというのに、だ。
「移動するか…?」
必中と言っても過言ではない『アルドレン』と言っても物陰に入り、居場所のわからない相手に当てられるほど万能ではない。
曲射も用いて居場所がバレないように射ってきた。すぐに追ってくることはないだろうし奴は護衛。護衛対象を置いてこっちにくるはずがない。
「ここはだいぶいい場所だったんだが…」パキ
弦を手放して立ち上がる。そのまま一歩歩いた瞬間、地面に穴が空いた。
「は──?」
「おいおい、周りに気を配ることもできないとかそれでも狙撃手か?ヴィクター・ウィリアムズ」
穴の空いた屋根から光の差し込む教会、そのステンドグラスの前に
「どこから─いや、下水道からか」
「いやいや、裏路地を通って来たかもしれないだろ?」
「濡れてるのはなんだっていうのさ」
「ほら、これは…水撒き中の婆さんにかけられたんだよ」
裏路地を見逃すほど節穴ではない。そもそもバレるような距離じゃなかった。
ポタポタと水滴が落ちる服を着た状態で軽口を叩く男たちに歯軋りする。
「近接は苦手なんだよ…!」
「おお、反対だな。俺は得意だ」
「やかましい!隠せ、【メレアンドロス】!」
落下の衝撃で解けていた異能を再度発動し、弓を引き絞った。
〜〜〜〜〜〜
駆け出した
「ヴォルフ」
「右に回ってる、顔の動き的に弓を引いてるね」
同じ部屋にいて、居場所のわかっている狙撃手の危険度は低い。
脱いだ上着を盾のようにしてヴォルフの指差す方向に突っ込む。
「っ!」
「音があっちゃあ、透明化の、意味がねえだろ!」
俺の異能は調べているのだろう。掌を避けてそのまま離れていく。
「ステンドグラス。右手を見てるね、弓を使いたいっぽいよ」
「まだまだ遊び足りねえよなあ!【
地面に手を当てて異能を全力で回す。
霜は瞬く間に広がり、スタンドグラスの前に足跡を示した。
「クソッ!」
「少し黙った方がいいんじゃないか!」
奴は足ごと凍りついた霜を砕いて動き出すが、霜が割れて足跡を残すことになる。
「ほらほら、その弓は飾りか!?」
「うる、せえ!」
弓の使い方はわかる。音とヴォルフの視界の情報でどう射ったのかは簡単に予想できる。
頭の側面を狙った曲射を拾い上げた椅子ごと凍らせて対応する。
弓を引いて立ち止まっているならそれはただの的だ。
椅子を盾にして突っ込み、何かに触れる。
「あと何本だ?」
「チッ…!」
氷片となって散らばったのは矢筒だったであろうもの。矢のない弓はただの軽い鈍器だ。
「そもそもどうして俺の場所がわかる!?」
「アズマの言葉でシンガン、だったか?心の目だよ心の目。肉眼で見てる限り見えないさ」
「…目か!」
「遅かったな」
ついにヴォルフの異能がバレた。
「目を閉じたね。多分逃げるつもりだ」
「その程度で逃げられるわけねえだ、ろ!」
「ぐへっ」
石を投げつければ転んだヴィクターが姿を現す。
「さーて、とりあえず逃げようとする足と弓を引く腕はいらねえよな」
不格好に四つん這いで立ちあがろうとする彼を踏みつけて手足に触れる。
軽く蹴ればそれだけで四肢は氷の破片となって砕け散った。
「ガ、アアアアア!」
「うるせえ。お前はどこの誰で、何が目的だ?」
ヴォルフに持ち上げさせて頭を掴む。
触るのは一瞬、軽く手の甲で叩けば顔を覆っていた紙袋は砕け散る。
「お前も氷像になりたいか?」
「て、」
「ん?」
咄嗟に嫌な予感がした。それはヴォルフも同じだったようで遠くに放り投げる。
「撤退する!」
壁に叩きつけられる寸前、男は消失し、入れ替わりに何かが落ちた。
「ガアアアアアッッ」
「チッ、なんなんだよ!」
落ちていた椅子の部品を槍のように突きつけて異能を発動する。
部品から伝播した霜が何かを氷像に変えた。
「なんだ、これ」
肌色の表皮、一対ずつの手足。一見人のように見えるが手足の先は溶けたようになっており、顔に目や口などの器官がない。
「ヴィクターは?」
「…視えない。だいぶ遠くに逃げたね」
「転移系か…だいぶ大きい組織だな」
希少な転移系の異能をもつ契約者が所属する組織。
正体不明の怪物。
そこまでの規模の組織に狙われる心当たりもなく、嫌な予感だけが積もるだけだった。
メレアンドロス
出典:『オリュンティア神話』『首無し王の歌』
メレアンドロスは神から授かった透明化の兜を愛用していた王である。しかしある日、兜の不具合によって首から上だけが透明になり、兜も外せなくなってしまった。その姿から彼は『首無し王』と呼ばれるようになる。後にアステリオンの協力によって兜を外すことに成功し、メレアンドロスは礼としてその兜を彼に譲った。
──かくして神より王に贈られた兜は王より英雄の手へ渡った。
アルドレン・フォークウッド
出典:オルフェリアで語られる伝説の義賊『アルドレン・フォークウッド』
卓越した弓の名手であり、重税を課す悪徳貴族や貧しい村を襲う盗賊を倒す逸話が残っている。
──騎士たちは誰1人森に隠れる彼の姿を見ることができず、何もできずに森を追い出された。