「伸ばせ、【薔薇姫】!」
「お願い、【ヴェネリア】」
茨が伸びる。広げた布を盾にしたヴィヴィアンの後ろに隠れて逃げ出したエドガーの後ろ姿を睨む。
「ジェーンちゃん、どうする?」
「まずは薔薇姫の契約者を潰す。手下の消えたエドガーは大した脅威じゃない」
ヴィヴィアンがまっすぐに伸びて襲いかかる茨を布で弾くのをよそにドレスのスカートに隠していた物品を確認する。
持ち込めたのは6連リボルバーに『浄火蝶の鱗粉』一本、『ラメシュの瞳』二本と『フォノエの涙』一個。『琥珀羊のハンカチ』なども持ち込んでいるが戦いに使えるものではない。
「あの『薔薇姫』なら囲まれるのは危険。最短で決める」
「そうね、『城は、深い茨の檻に閉ざされ、長い長い眠りについたのでした』だったかしら」
童話『薔薇姫』において悪魔の呪いの薔薇が城を覆い、姫や使用人を永遠の眠りに落とした。彼の契約精霊がその『薔薇姫』ならば異能は『呪いの薔薇を生やす』あたりだろうか。
「これ以上茨が拡大するのはマズい。周囲から固めてまっすぐでお願い」
「任せてちょうだい。荒事にはアルフレッドのおかげで慣れてるの」
目を合わせ、同時に駆け出した。
〜〜〜〜〜〜
「止めて、【ヴェネリア】」
ヴィヴィアンが足元まで伸びていた茨に触れると蠢いていたそれが止まる。
ヴェスカリアに伝わるアエテルナ神話の美の女神『ヴェネリア』。その名を冠した精霊が与えるのは『変化を拒む』異能。ただの布に使えば柔性を失って鋼鉄以上に硬くなり、植物に使えば成長を止める。
小瓶を投げつけて撃ち抜く。爆発によって邪魔だった茨は燃え尽き、契約者の男への道が開いた。
「ハハッ、丸見えだぜ!」
「お互い様!」
煙を飛び越えて真っ直ぐに走る。
茨に覆われた拳を避けて拾っていたステッキを振るう。
ステッキは茨に覆われた腕に軽くめり込み、止まった。
「…?」
「やっぱり消えないか…!」
男が首を傾げている間に飛び退る。
グレイ=ニルで無力化できるのは異能のみ、ゲイルの氷やこの茨のような異能による生成物はどうにもできない。
「扉は開けて、それ以外固めたわ。茨は簡単に切れるけど、覆われてるのには私のに似てる効果がかかってるみたい」
「代償は実感しづらいタイプかな…私もカーネリオンが欲しい!」
呼べば飛んでくる武器が羨ましいことなど今を除いて滅多にないだろう。
「ヴィヴィアン、お願い」
「ええ、今度は私も出るわ」
差し出したステッキに不変が付与される。
茨に覆われた四肢には攻撃が効かない。露出している胴体や頭部を狙うしかない。
「チッ…正面から叩き潰してやるよ!」
「やれるもんならやってみろ!」
奴の右腕に巻きつく茨がより分厚くなり、肩までを覆う。
そのまま腕は床に叩きつけられ、硬い石の床を割り砕く。
力任せに投げつけられた破片を避けて走る。
円を描く軌道で近づく間に奴は取り出したナイフで右腕の茨を切り裂いていた。
「やっぱり生やすだけ…!」
「だから、どうしたぁ!」
茨に覆われて硬化した拳は分厚い筋肉の力もあって容易く床を砕く。
しかし、そんな大ぶりの攻撃に当たるような素人はここにいない。
「【ヴェネリア】」
「!伸ばせ【薔薇姫】!」
触れようとしていたヴィヴィアンの手が急成長した茨に阻まれる。
「グレイ=ニル!」
「っ!」
ヴィヴィアンに拳を向けていた男が異能を警戒して後ろに跳ぶ。
「大丈夫?」
「この程度で怪我なんてしないわ」
「いい加減、死ね!」
瓦礫が頭上に投げつけられる。
疑問を浮かべたのは一瞬、瓦礫によって鎖の繋がれた天井が崩れ、重い音を立ててシャンデリアが落下し始めた。
「チッ!」
「逃げるな!」
後ろに引こうとしたが伸びた茨が道を塞ぐ。
「ハアァッ!」
「流石!」
対応に悩んだ一瞬のうちにヴィヴィアンが蹴りを茨の壁に見舞う。
空いた隙間に飛び込んで落下するシャンデリアを避ける。
宙を舞うガラス片を浴びながら突進する男を睨む。
「じゃ、あ!」
小瓶を空中に投げて撃ち抜く。
つい目で追ってしまった男の目に入ったのは広間を埋め尽くす閃光だった。
目が灼かれた男は立ち止まって腕を振り回し、後退して距離を取ろうとする。
「くそっどこだ!?」
「鬼さんこちら!」
まあ今回は鬼が追われる側だが。
振り回される腕の隙間を縫ってヴィヴィアンが背後から近づいた。
「【ヴェネリア】」
「う、ご、けねえ!」
「お疲れ」
「ええ、お疲れ様」
軽く音を立てて手を合わせる。
あとは警察を呼んでエドガー・グレイヴスの犯罪の証拠を見せれば依頼完了だ。
「あと1枚ぐらい追加したほうがいいかしら」
「そうだね…このテーブルかけでいっか」
「おい、おい!?何をした!」
適当に巻きつけたテーブルクロスにヴィヴィアンが異能を使う。
ヴィヴィアンがしたのは単純、彼の着る服に異能を使っただけだ。
ヴィヴィアンの異能によって不変を付与された服は袖がわずかでも曲がることを許さない拘束具に変わる。
「エドガーはどこに行ったのかしら」
「警察署…いや、証拠が見られたのはわかってるはず。下水道とかの裏社会…黒百合会とかの手駒がいないと門前払いだから…そこまで離れてない場所で茫然自失状態とかじゃない?」
「それなら…警察を呼んでくるついでに探してくるわ」
「お願い。私は…他の証拠を探してくる」
エドガーが自慢したのは1人だけだった。彼の言うコレクション…被害者はまだどこかに隠されているはずだ。
ヴィヴィアンと手を振って別れ、最初に案内された隠し通路へ歩く。
「ジャン君は今日が峠とか言ってたけど…」
窓から覗く空にはすでに月が浮かんでいた。
「まあ大丈夫か」
〜〜〜〜〜〜
いつの間にか月が高く上り、遠くにはガス灯の火が見えた。
「らぁ!」
「チッ!」
叩きつけたカーネリオンが石畳を砕く。
「まだ、まだぁ!」
「しつこいんだよ!」
「僕は、無限に、戦えますよ!」
互いに息も絶え絶え、それでも彼らは闘志を絶やさなかった。
グレイ川に爆発音と叫び声が響く。
彼らの戦いはまだ終わらない。
薔薇姫
出典:童話『薔薇姫』
とある国の姫が蜘蛛の悪魔を踏んだことで、薔薇に呪いをかけられてしまう。急成長した薔薇は城を覆い、人々を眠りにつかせた。長い年月の後、勇者が悪魔を倒すと呪いは解け、目覚めた姫は勇者と結ばれた。
──こうして城は、深い茨の檻に閉ざされ、長い長い眠りについたのでした。