東5番通りにある『カフェ・ブリックレーン』はアフタヌーンティーの時間だということもあって多くの人で賑わっていた。
「後でまた来た方がいいかな…」
「この人たちを掻き分けてノーラさんに声をかけるわけにもいきませんし…」
アフタヌーンティーが終わってからまた来ることに決めてそろそろと離れようとした時、声をかけられた。
「あら、ジェーンちゃん」
「ハドリーさん」
テーブルを囲んでいたマダム達の一人がこっちに来た。
ミセス・ハドリー。霧鴉探偵事務所があるアパートの大家である。
「なんでここに…」
「友達付き合いよ。それにここの紅茶は美味しいもの」
そう言って微笑むと首を傾げて尋ねてきた。
「ジェーンちゃんたちはなんでここに?アフタヌーンティーを楽しむようなタイプじゃないでしょ?」
「そうだけど…」
経緯を説明すれば納得したように頷いた。
「ノーラちゃんに紹介しておいた甲斐があったわね」
「そうだったんだ?」
「ちょっとした雑談でね、ノーラちゃーん」
「はーい…あら、ジェーンちゃん!」
エプロンを着たノーラさんがやってきた。
「早速遊びにきてくれたの?嬉しいわ!」
「い、いえ、そういうことではなくて…今日は懐中時計が落ちていた現場を教えていただきたく…」
「わかったわ、ちょっと待っててちょうだい!」
〜〜〜〜〜〜
ブリックレーンの裏口を開けて出ると、そこは真ん中に高い木が植えられた広場だった。
「そこの…木の下あたりかしら、そこにあったの。ちょっと拭いちゃったけど大体そのままだったわ」
「なるほど…」
ちょうど太い枝の真下、根が少し盛り上がっているあたりだ。
「普段ここあたりを通る人にも聞いてみたんだけど心当たりはないって」
「普段は来ないような人が持ち主、ってことですね…ジャン君、肩貸して」
「わかりました」
ジェーンさんを乗せて立ち上がるとちょうどジェーンさんから太い枝を見下ろす形になった。
「ノーラさん!カラスは見ますか?」
「カラス?確かによく鳴き声を聞くけど…」
「降ろして大丈夫。カラスの巣らしきものがありました。懐中時計はここから落ちたものだと考えられます」
「ああ、カラスは光り物を集めるから…」
地面に立ったジェーンさんが手のひらを見せるとそこには黒い羽根とロープの切れ端だった。
「これは巣の中にあったものです。こっちの黒い羽根がのがカラス…巣の持ち主の物。こっちのロープの切れ端は港で使われていたものです」
「あら、なんで港で使われるものだって言い切れるの?ロープならどこでも使われていると思うのだけど…」
「触ってみればわかります」
差し出されたロープを順番に触ればベタつく触感が感じられた。
「黒い汚れもついてるでしょう?これは港で使われているタールが沁みたロープなんです」
「なるほど…じゃあ懐中時計の持ち主は港のあたりで落としたのかしら」
「そうだと考えられます」
上がった情報を頭の中で整理する。
「次は港での調査ですか?」
「そうだね。明日、港で働いてる人たちに聞き込み調査をすることになるかな」
「そうね、早く帰ったほうがいいわ。
「そう、ですね」
すでに日は傾き、カフェの中にいたマダムたちも数を減らしていた。
「今日はありがとうございました」
「いいのよ、今度はお茶をしに来てちょうだい。おまけするわ」
〜〜〜〜〜〜
「うーん、知らないなあ」
「親父の形見っつう懐中時計を大切にしてるやつは知ってるが…そんな安モンじゃねえな」
「時計を探してる集団はいたが…どこの奴かは知らん」
「ここにいる奴のほとんどは似たような安物を使ってるよ」
グレイフォードの港にて、昼休憩中の労働者たちに聞いてみた結果がこれだった。
「ダメだねえ…」
「全然見つかりませんね…それっぽいのはありましたけどそこから先に繋がりませんし」
グゥーと腹から音が鳴ったのを聞いてジェーンさんが懐中時計を取り出して時間を確認する。
「もうこんな時間か…一度帰って出直す?」
「皆さん仕事を再開してて邪魔もできませんしそうするべきですかね」
懐中時計をポケットにしまおうとして鎖の擦れる音が鳴る。
ふと、疑問が生まれた。
「何で鎖が無いんでしょう」
「へ?」
「懐中時計って大体鎖とか紐がついてるじゃないですか。壊れてたとしても紐もつけずに持ち歩くんでしょうか」
「…」
ジェーンさんが顎に手を当てて考えを垂れ流し始めた。
「そう考えるとうっかり落とした、っていうのも怪しいね。そういうこともあるかもってことでスルーしてたけど。東区の港周辺、盗まれた、じゃあ鎖は、質屋、や、縄張りは…」
考えがまとまったのか虚空を見つめていた瞳が光を取り戻した。
「ブラウンラットに行こう」
「へ?」
「彼らなら知ってるはず!」
早歩きで進み出したジェーンさんを追いかける。
「何がわかったんですか?」
「ここらのほとんどはブラウンラットの縄張りだからね、間違いなく情報を持ってる。それでダメなら警察かな」
「え、や、過程がわかんないです」
「向こうで説明する──こっち!」
ついには普通に走り始めてしまった。
「ここがブラウンラットの本部。一応覚えておいてね」
「周りの倉庫と同じに見えるんですけど…」
煉瓦造りの建物のドアノッカーを叩く。
「ウチに何のよ─」
「ゲイル…はいないか。ヴォルフはいる?」
「げ、姐さん!?」
傷だらけのスキンヘッドの男が顔を出したかと思えば顔を引き攣らせた。
「ヴォルフさーん!姐さん…異能探偵が来たッス!」
「ああ、
「チュー!」
優しげな声とネズミの鳴き声が聞こえた。
スキンヘッドの男が開けた扉から中に入ればそこは酒場のようになっていた。樽の椅子やテーブル、カウンターの奥には酒瓶が並べてあったが人はおらず、数人の男がボードゲームらしきものをしているだけだった。
「久しぶり、ヴォルフ」
「久しぶり、ジェーン。上の応接室で話そう」
ヴォルフ、と呼ばれた男の胸ポケットから白ネズミがじっと見つめてくる。
「彼が新人助手?パティから話は聞いてるよ」
「そう、ジャン・ボイルくん。こっちはブラウンラットのナンバーツーであるヴォルフとアルバ」
「どうぞよろしく」
「チュー!」
「よろしくお願いします…」
白ネズミのアルバに手を振りかえす。
案内に従い、応接室に入るとアルバは机の上のチーズを齧り始めた。
気にしていない2人に倣い、向かい合ってソファに座る。
「アレもボスもまだだよ。そろそろだとは思うけど」
「ありがとう、でもそっちじゃなくて」
ジェーンさんは身を乗り出して尋ねた。
「ちょっと情報が欲しくて。最近スリ犯捕まえた?」
「…やったけど。なにか?」
「そいつらが誰から盗んだのか聞きたくて」
「…?どんな案件で来たの?」
「コレの持ち主探し」
懐中時計を見せると、彼は大きく身を乗り出した。
「どこで!?」
「東5番通り。カラスがどこかから持って来たんじゃないかって探しに来た」
「カラス…どれだけ
彼は背もたれに寄りかかって脱力し、ため息をついた。
「…何があったんです?」
「…先日、ウチのパトロンが視察に来てね、その時にスリの被害に遭ったんだ」
「タイミングの悪い…」
ジェーンさんが同情的なため息をつく。
「…どういうことです?」
「ブラウンラットの縄張りでそれが起きたってことはちゃんと管理できてないってことになるからね。よりにもよって支援者が被害に遭っちゃった」
「あー」
納得の声を上げる。
「早々に捕まえられたんだけどもう売り払われててね。どうにか買い戻せたのは鎖だけ…」
「壊れてるし安物だしで捨てられちゃったか」
「そう。どんなに探しても見つからなかったところに君たちが来てくれたってわけだ」
そう言って立ち上がった。
「ちょっと待っててくれ。紹介状を書く」
「紹介状?」
「君たちに届けてきてほしい。大丈夫、そんなに厳しい方じゃないから」
そう言って部屋を出ると、封筒を持って戻って来た。
「…どこだっけ?」
「西区の新貴族街。だいぶ南寄りだ」
「…わかった。明日でいい?」
「大丈夫だ。こっちからアポイントメントの手紙は出しておく」
話がまとまり、封蝋のされた封筒を持って外に出る。
「明日は西区…嫌だなあ…」
「何かあったんですか?」
「貴族の相手ほど疲れるものはない」
貴族を見たこともない僕から真顔のジェーンさんに言える言葉があるはずもなかった。