マシュ・キリエライトの歪んだ初恋   作:九咲

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第九話「不実を刻む拒絶の黒剣」

 

「――ガハッ、……あかね、先輩、……っ」

廃神殿の奥底、緑色に燃え盛る神代の松明が、激しく火花を散らした。

マシュ・キリエライトの持つ漆黒の大盾に、リリスの放つ絶対他罰の狂嵐が直撃する。凄まじい衝撃波が泥煉瓦の壁を粉砕し、マシュの口から大量の鮮血が溢れ出た。彼女の白い肌を侵食する変異血管が、過負荷によって悲鳴をあげるように明滅している。

 

「いい気味ね、キリエライト。その程度の独占欲(エゴ)で作った偽物の城門じゃ、アテシの嵐は防げないわ」

リリスはトロンと濁った瞳に冷酷な愉悦を浮かべ、黒い魔力の爪をさらに研ぎ澄ます。

 

その背後では、完全に『人理の怪物』と化した藤丸立香が、一切の躊躇なく、マシュをその背負った業(カルマ)ごと圧殺するための黒い魔力を右手に収縮させていた。マシュへの届かない淡い恋心も、紅音への猛烈な嫉妬も、何も救えなかった脱力感も、すべてを殺意に変えて。

 

 

「……マスター。臨戦態勢(パス)を最大に。アテシたちの呪いで、あの生意気なお人形の盾を噛み砕いてあげる」

リリスは「アテシ」という一人称の通り、奔放で、しかし破滅的な笑みを口元に歪め、背後の藤丸の手を少し強めに握り締めた。

 

 

「……マスター。そして、未来のバグ。……あなたたちのその『正しい正義』が、虫唾が走るほど大嫌いです」

 

 

マシュは恍惚の涙を流しながら、血に染まった大盾の裏側――その魔力核の割れ目へと、右手を伸ばした。

彼女が引き抜いたのは、大盾の「守護」の概念を完全に反転させた、もう一つの隠された狂気。

 

サブ宝具――『不実を刻む拒絶の黒剣(ロード・マイセルフ)』。

 

「なっ……剣、だと……!?」

 

藤丸が息を呑む。

刀身に赤黒い電子の令呪紋様(紅音のハッキングコード)をバリバリと走らせた漆黒の両刃剣が、魔霧を切り裂いて具現化する。マシュは片手で自身の顔を覆い、狂信的な笑みを浮かべながら、デミ・サーヴァントの超怪力をもって、リリスの懐へと一瞬で滑り込んだ。

 

ザシュッ、ザシュウゥッ!!

 

「あがっ、……っあ!? アテシの、魔力が、切り裂かれて……っ!?」

 

一切の躊躇のない、無慈悲な連続刺突。

この黒剣の真の能力は、相手の防御魔術、および精神的支柱(正義・絆)を物理的に切り裂くことにある。刃がリリスの肉体を貫くたびに、彼女が藤丸の『逆恨みの澱み』から受けていたパスや魔力の供給が、ガラスのようにパリンと音を立ててノイズへと粉砕されていく。

 

「あはは! 先輩の嘘(刃)が、こんなに深く刺さりましたよ……!」

 

「舐めるんじゃないわよ……! アテシの嵐は、この程度じゃ消し飛ばせないの!」

 

霊基を削りながらも、リリスは漆黒の嵐を逆流させ、マシュの黒剣をその狂暴な爪で強引に受け止めた。

二つの狂気が火花を散らし、神殿が激しく震動する。アテシ(リリス)は致命傷を免れ、息を荒くしながらも、藤丸の『隣(相棒)』に立ち続ける執念をその目に滾らせていた。

 

 

その時、神殿の天井が大きな音を立てて崩落した。

そこに現れたのは、黄金の輝きを纏ったウルクの賢王――ギルガメッシュだった。

彼は王座から立ち上がり、二人の狂気がウルクの秩序を脅かすのを、冷酷な王の目で見下ろしていた。

 

「不届き者が。王の宝物庫(バビロン)を狙うのみならず、神代の真エーテルを我が物顔で汚すか。来栖紅音、そして英霊の器よ。貴様らのその矮小な『箱庭(エゴ)』ごと、ここで塵に還してくれよう」

 

王の背後に無数の黄金の門が開き、神々の財宝(宝具)の雨が、容赦なくマシュと紅音のハッキング回線へと照準を合わせる。

 

『――そこまでだ、マシュ。データの回収は完了した。王の持つ『不老不死の霊薬』の原典ログは、私の端末(システム)の中にすべて保存したよ。……時間神殿(ソロモン)への脱出カウントダウンを始める。戻っておいで、私のお人形』

独房の端末から響く、来栖紅音の冷徹な、しかし絶対の救いを告げるハッキング通信。

 

「はい、あかね先輩……! 私の、大好きな、嘘つきの神様……っ!」

 

マシュは恍惚の笑顔で黒剣を大盾に突き刺すと、崩壊する神殿のなかで、レイシフトの光の渦に包まれていった。

藤丸は、光の中に消えていく彼女の姿を、ただ指一本動かせぬまま見つめることしかできなかった。リリスと共に神代の荒野に残り、ウルクの王の前に晒され、正義という名の殺戮を完遂することすら阻まれた、圧倒的な脱力感のなかで。

 

「マスター。……まだよ。アテシたちの仕返しは、これからなんだから」

 

傷ついた身体で藤丸の肩に手を置き、昏い笑みを浮かべるリリス。

二人の歪んだ復讐は、神代のバビロニアを血と泥で染め上げながら、いよいよ第一部の終着点、すべてを裏切る時間神殿ソロモンへと向かって、容赦なく加速していくのだった。

 

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