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――神代のバビロニアにおける、原初の母ティアマトとの死闘は、完全に『人理の怪物』と化した藤丸立香と、その横に這い寄る闇の娘リリスの手によって、冷酷に、そして無慈悲に遂行された。
マシュという聖盾を失い、ウルクの賢王ギルガメッシュの宝物庫すらも来栖紅音にハッキングで荒らされた。そんな絶望のどん底にあっても、藤丸は歩みを止めなかった。いや、止められなかったのだ。マシュへの届かない淡い恋心、紅音への腸が煮えくり返るような猛烈な嫉妬、そして彼女を救えなかった自分への脱力感。そのすべてを『汎人類史を取り戻す』という冷たい殺意へと変え、藤丸はティアマトの神性を、リリスの他罰の嵐と共に力ずくで食い破った。
そして、カルデア一行はついに、最終決戦の地である『終局特異点・時間神殿ソロモン』へと至る。
「……マスター。いよいよ、あの偽善者の最後の輝き(お葬式)が始まるわね」
魔神柱の蠢く玉座への道すがら、黒い狂嵐を纏ったリリスが、藤丸のすぐ隣(相棒ポジション)を歩きながら、クスクスと狂暴に、しかし愛おしそうに囁いた。
バビロニアでマシュの黒剣に霊基を切り裂かれながらも、彼女は執念で藤丸のパスを繋ぎ止め、この終焉の地まで付き従ってきたのだ。
「あぁ、行こう、リリス。魔神王を倒し、歴史を、俺たちの汎人類史を取り戻す。……たとえ、この先で何が消えようともだ」
藤丸の瞳には、かつての主人公としての光など微塵もなかった。
その視線の先では、カルデアの医療トップであるロマニ・アーキマンが、自身の『第一の指輪』を掲げ、ソロモンの真の第一宝具を発動しようとしていた。全能の神から授かった十の指輪を天に還し、自らの存在、成し遂げた功績、命のすべてを歴史から完全消滅させる、絶対の自己犠牲。
「すまない、藤丸くん、マシュ……。僕の命(嘘)は、ここで終わりだ」
ロマニが泣きそうな、けれど晴れやかな顔で光の中に消えていく。
本来の歴史であれば、この光のなかでマシュ・キリエライトという少女は魔神王の熱量を受け止め、一度確実に燃え尽きるはずだった。藤丸は彼女の死を看取り、その悲しみを背負って前へ進むはずだった。
――だが、来栖紅音という最低のクズが、その正統な歴史(シナリオ)を、裏から完璧にハッキングして書き換えた。
『――脱出カウントダウン、ゼロ。システムの権限を完全に掌握したよ。戻っておいで、マシュ。君が汎人類史(あいつら)のために美しく使い潰される必要なんて、どこにもない』
カルデア最下層の独房、その隔離回線を完全にクラッキングした紅音の冷徹な声が、時間神殿の空間そのものを歪ませて響き渡る。
「はい……! はい、あかね先輩……! 私の、大好きな、嘘つきの神様……っ!」
光帯の熱量に包まれる直前、マシュの霊基は、紅音の手によってカルデアのメインフレームへと直接、強引に『強奪』されていった。彼女の持つ大盾は、藤丸を守るためではなく、紅音の脱出回路を守るためだけに指向性を暴走させ、時間神殿の因果の糸を物理的にブチブチと引き千切っていった。
「マ、マシュ……!? 嘘だろ、また……また俺を置いていくのか……っ!」
光の中に消えていく、かつての相棒の純黒のドレス。
藤丸は手を伸ばしたが、彼の指先が掴んだのは、冷たい魔霧の残骸だけだった。
魔神王ソロモンは倒れ、人理は修復された。けれど、藤丸立香が命を削って取り戻した汎人類史のなかには、マシュ・キリエライトという少女の席は、もうどこにも残されていなかった。
「ハハ、……あはははは! 勝った、勝ったぞ! 俺たちが人理を救ったんだ……! なのに、どうして……!」
崩壊していく時間神殿の中心で、藤丸は両手で顔を覆って狂ったように笑った。
世界を救ったという虚しい事実。そして、自分を裏切った二人が、カルデアのシステムの死角へと完全に潜伏し人理の底に『二人だけの箱庭』を創り出そうとしているという、最悪のバグ(絶望)の予感だけが、彼の胸の奥をドロドロの泥で満たしていく。
「マスター。……アテシがいるでしょう? あの泥人形(キリエライト)なんて、あの冴えない男の嘘の中で、一生都合よく使い潰される標本になればいいわ」
リリスは藤丸の背中にそっと、妖しく細い腕を回し、彼の耳元で狂おしそうに囁いた。
「アテシたちを独房の裏から嘲笑っているあいつらに、最高に凄惨な他罰(お返し)をしてあげなきゃ気が済まないわね。……行きましょう、アテシの怪物(マスター)。白紙化のその先、あの二人きりの箱庭を、アテシの嵐で完膚なきまでに噛み砕くために」
「……あぁ、頼むよ、リリス」
藤丸は冷酷に口元を歪め、リリスの差し出した冷たい手を、今度は骨が軋むほどの強さで握り締めた。
こうして、第一部は、最悪の形で幕を閉じた。
人理を救いながらもすべてを失った『人理の怪物』と、その横で他罰の嵐を研ぎ澄ます『闇の娘リリス』。最凶の怪物コンビの視線は、白紙化される地球の底、二人が潜む第8異聞帯へと向けられ、物語はいよいよ第二部、世界を巻き込んだ『剪定戦争(ロストベルト)』へと加速していくのだった。
(第十話 完 ── 第一部・カルデア不実編 閉幕)
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