第十一話「来栖紅音の独白とロストベルト」
――ハハ、本当に最低だな、俺は。
薄暗い第8異聞帯の王座。かつてのカルデアの残骸を改造したコントロールデスクの前で来栖紅音はキーボードから指を離しくすんだ赤髪をかきむしった。
液晶画面の淡い光に照らされた自分の顔は死人のように青白く皮肉げに歪んでいる。
前世の記憶――『FGO』というゲームの知識を持ってこの世界に転生した時、俺はすぐに理解した。自分には世界を救う力も英雄になる覚悟も魔術回路の一本すらない。ただ爆破テロの火の粉から這い出ただけのみっともない有象無象の一般スタッフだ。
だから俺は世界を裏切る「最低」の道を選んだ。
あの日予備機材室で出会った幼いマシュに事実を突きつけ「壊れるから愛おしい」なんて甘い言葉で、無菌室育ちの真っ白な心を俺の暗い泥で塗り潰した。
彼女を救いたかったからじゃない。すべては自分の「生存」のためだ。
第二部の地球白紙化を知っている俺が世界の終わりを生き延びるためには世界を救う『最強の盾』を俺だけの従順なお人形にしていつでも人理の盤面をひっくり返せる切り札として囲い込んでおく必要があった。
終局特異点、ロマニ・アーキマンが世界のために美しく消滅していく光の裏側で、俺は予定通りマシュの霊基をハッキングで強奪した。
そしてキリシュタリアらクリプターたちが一斉に反逆を開始し、地球のすべてを真っ白な虚無へと塗り潰したまさにその瞬間。
俺は強奪したカルデアの『虚数観測機』と神代の魔力資源を最大出力で駆動させ白紙化の概念から完全に絶縁されたわずか数マイルだけの閉鎖空間――第8異聞帯『神聖拒絶箱庭ロードマイルーム』を虚数の底に鋳造した。
キリシュタリアたちのロストベルトが「人類の別の可能性」を競うための世界なら、俺のロストベルトはただ一人の男の保身と一人の少女の妄執を閉じ込めるためだけの、最悪に排他的な飼育箱だ。
「……あかね先輩、どうされましたか?」
足元から純黒のドレスを纏ったマシュが濁った紫の瞳で俺を見上げてくる。
神代の真エーテルと同期し完全に『シールダー・オルタ』へと堕ちた彼女の肌には黒い変異血管が嬉々として脈打っている。世界を滅ぼす「暴虐の盾」が、俺の前に跪き、ただの飼い犬のように喉を鳴らしている。
「いや、何でもないよ、マシュ。……観測レーダーに、不快なノイズが引っかかってね」
俺はデスクの画面をタップした。
白紙化された地球の、何もない虚数の海を突き進む、一つの小さな光のドット――藤丸立香たちが乗るシャドウ・ボーダー。
そしてそのボーダーの甲板にはマシュを失ったことで完全に『人理の怪物』へと成り果てた藤丸と、その横に寄り添う最悪のバグ、リリスの姿があった。
俺がマシュを自分の生存のための道具にしたのが「最低」だと言うなら。
マシュの短い命を大義名分のために搾取し続け、また世界を取り戻すために他の異聞帯の命を踏みつぶそうとしている汎人類史(藤丸たち)はそれ以上の「最悪」だ。
だったら、俺は世界に対してどこまでも最悪な男であってやる。俺自身気づかないうちにマシュに対する執着を覚え始めている。
「マシュ。……人理の怪物はリリスという凶暴な嵐を連れて、私たちの箱庭を剪定しに来るよ」
「……ふふ、嬉しい。あの人たちはまだ諦めていなかったのですね」
マシュは俺の膝に深く顔を埋め歓喜の涙を流しながら、どす黒い魔力を放つ漆黒の大盾を虚空に具現化させた。
「あかね先輩の生存の邪魔をするあの人たちのなんて、大嫌いです。……先輩、今度こそあのマスターをリリスごと私たちの肥やしにして差し上げましょう」
「ああ。奴らがどれだけ血を流して正義を叫ぼうが、知ったことか。……さあ、彼らの綺麗な世界(汎人類史)を私たちの箱庭の底へ引きずり降ろしてあげなさい」
俺は彼女の藤色の髪を少し強めに支配を刻み込むように撫で回す。
汎人類史の怪物と自分のために世界を裏切った最低のクズの俺。第二部、世界を巻き込んだ最悪の『剪定戦争』の幕が、今ここに容赦なく切って落とされた。