――キリシュタリア・ヴォーダイムが主催する、虚数空間の『クリプター会談』。
白紙化された地球を新たな可能性で上書きするため、7人のクリプターたちが精神を同期させそれぞれの空想樹の作戦を競い合うはずの硝子の円卓にそれは突如として最悪の「バグ」となって乱入した。
ザー、ザーーッ、と。
ギリシャの星間都市山脈から発信される高品位な魔術通信が、突如として赤黒い電子ノイズによって激しく乗っ取られる。
「……あらあら、なんだか下品なクラッキングねぇ。ボロい通信機でも使ってるのかしら?」
スカンジナビア・ペペロンチーノで眉をひそめた瞬間、円卓の中央ホログラムに、見覚えのない、しかし酷く見覚えのある「二つの影」が立体映像として強制具現化された。
くすんだ赤髪に、死んだ魚のような冷め切った目をした一般スタッフ――来栖紅音。
そしてその傍ら、純黒のドレスを纏い肌を縦横に侵食する黒い変異血管を脈動させたマシュ・キリエライト。その手には、かつて人理を支えた銀白の盾ではなくすべてを拒絶する漆黒の大盾が握られていた。
「よぉ、クリプターの皆さん。最初のロシアが始まる手前で、少し挨拶にきたよ」
紅音は白衣のポケットに両手を突っ込んだままガメラの向こうの天才魔術師たちを底冷えするような眼差しで見下ろした。
「来栖……紅音!? それに、マシュ、なんでそんな黒いドレスを着て……っ」
カドック・ゼムルプスが驚愕に顔を引きつらせる。彼らクリプターにとっても終局特異点で消滅したはずのマシュが、一般人の手によって強奪されして生き延びているという事実は計算外の極みだった。
「お久しぶりです、Aチームの皆様」
マシュはハイライトの完全に消えた紫の瞳で、かつての先輩たちを冷酷に見据えた。
「ドクターの犠牲を嘲笑い、汎人類史を救うために私をすり潰しようとしたカルデアは、あかね先輩の手によって、もう内側から完璧に壊されています。私たちは、あなたたちの『異星の神』のシステムすらハッキングし、虚数の底に第8異聞帯『神聖拒絶箱庭(ロード・マイルーム)』を完成させました」
「ハハ、傑作じゃん。何これ!」
ブリテンのベリル・ガットが、咥えタバコの煙を吹き出しながら下卑た笑い声をあげる。
「あのしぶとい藤丸のやつがリリスっていう未来の凶暴なバーサーカーを新しい相棒にしてお前らの箱庭を剪定しに向かってるんだろ? 俺も混ぜてくれよ、その忘年会!」
「断るよ、ベリル。お前のようなハイエナに、私のマシュ(標本)を触らせるわけがないだろう」
紅音は冷淡にキーボードを叩き、ベリルの通信帯域を裏から物理的に遮断した。その容赦のないハッキング技術にオフェリアや芥ヒナコすらも息を呑む。恐らくは空想樹の権能を受けて底上げしていなければこの場にはアクセス出来ないし逆に介入はできないだろう。
「……来栖紅音くん。君に世界を救う大義がないことは分かっている。だが、君たちはこれから7つの異聞帯を巡る藤丸立香の進撃をどうするつもりだい?」
円卓の上座から、キリシュタリア・ヴォーダイムが静かに、しかし絶対的な威厳を持って問いかける。
紅音は口元を歪に、深く吊り上げて笑った。
「どうもしないさ、キリシュタリア。藤丸くんはこれから人類の未来のためにお前たちの異聞帯の無辜の民を世界ごと冷酷に踏みつぶして進むことになる。……何百億もの命を間引いて自分の心をボロボロに摩耗させてね。私たちはそれを第8異聞帯の特等席から肴として冷ややかに嘲笑いあわせてもらう」
マシュが漆黒の大盾を強く床に突き立てると、クリプターたちの円卓全体に絶対的な他罰の重圧が逆流し始める。
「あなたたちがどれだけ血を流して正義を叫ぼうが知ったことではありません。私は世界を救う盾なんかじゃない。あかね先輩の嘘の中でただ甘やかされて息をする、先輩だけの『お人形』なのですから。……私たちの箱庭に二度と触ろうとしないでいただきたいです。」
「――通信終了だ。お互いせいぜい惨めに殺し合ってくれ」
紅音がEnterキーを叩いた瞬間、クリプターたちの硝子の円卓は、真っ黒なノイズの海へと完全にバーストした。
あとに残されたのは、凍りついた円卓の沈黙。
目の当たりしたマシュの変容に愕然もしていた。以前顔合わせしていた時に比べて。ただただこの男を心酔し陶酔していた。
ロシア異聞帯が始まるその手前汎人類史(藤丸)の怪物化を先んじて予言し、世界のすべての可能性をあらかじめ裏切ってみせた、共犯者たちの最悪な『乱入(宣戦布告)』だった。