――ギリシャ、神間都市山脈オリュンポス。
汎人類史を救う『人理の怪物』藤丸立香とその横に這い寄る闇の娘リリスはゼウスを始めとする至高の機神たちをすべて撃破しクリプターのリーダーであったキリシュタリア・ヴォーダイムの命をもその泥の底へと沈めた。本来ならベリル・ガッドの凶刃に落ちるのだが…
そうはならなかった。
キリシュタリアが最期に人類の未来を信じて逝ったその光の裏側で藤丸の瞳はさらに濁り、リリスの嵐は機神の残骸を喰らってより一層禍々しく肥大化していた。
藤丸は…無慈悲に剪定する。心を鉄に変えて。
だがそんな神代の星間戦争の終結すらも虚数の底に潜む第8異聞帯『神聖拒絶箱庭(ロード・マイルーム)』には退屈なニュースの一つでしかなかった。
「――っ、あ、は、先輩……首筋の、プラグが……熱いです、魔術回路が、蕩けてしまいそう……」
遮光カーテンをこれでもかと閉め切った暗闇の一室。
液晶端末の淡い光のなか純黒のドレスの装甲を部分的にパージし来栖紅音の膝の上に完全に横たわったマシュが、恍惚の涙を流しながら激しく息を荒くしていた。
彼女の白い肌を縦横に侵食する黒い変異血管には、紅音がオリュンポスからハッキングで強奪した「機神ゼウスの雷霆」のコピーが強制注入され、パチパチと赤黒い電子の火花を散らしている。全身をトゲトゲしい漆黒の重装甲で覆う【フルアーマーマシュ(シールダー・オルタ)】としての機能固定。狂化のクラススキルを得てシールダーながらバーサーカーのクラスの特殊相性を得る。超攻撃型の
性能へ反転していたのがより特化していく。
来栖紅音のハッキング技術はあまりにも元一般カルデアスタッフから逸脱している。第8を除く異聞帯、ロストベルトの中でも最高峰の防壁を持つであろうオリュンポスにアクセスしなおかつ異聞帯の王であるゼウスのデータを強奪するにはあまりにも荒唐無稽だ。
来栖紅音は転生者。いわゆるギフトにしても分不相応の技術力。マシュのオルタ化、膨大な魔力リソースの聖杯や空想樹の根の定着に呼応し悪成長したものだ。
紅音は死んだ魚のような目で手元の端末を叩きながら、空いた片手でマシュの藤色の髪を支配の温度を叩き込むように少し強めに撫し回していた。
「我慢しろ、マシュ。キリシュタリアが逝ったことで、大西洋の異聞帯のデータが完全に白紙になったんだ。機神の遺産はすべてお前の『拒絶の黒剣』の切れ味に変えてあげるからね」
「はい……あかね、先輩……! 嬉しい、です。……あの人たちが神様を殺して必死に血を流している間、私はこうして、先輩の腕の中でただ甘やかされて、最高に不健全な人形に作り変えられている……」
マシュは紅音の白衣の胸元を狂おしい強さで握り締め彼の冷え切った唇に自身の甘い泥のような唇を激しく、貪るように重ねた。
【ブリテン…ベリル・ガッド】妖精國のダーリントン付近の妖精騎士トリスタンが統治する歓楽街。妖精騎士トリスタンに作らされた劇場の貸し切りにしている客席。妖精騎士ランスロットに捕縛された可愛そうなサーヴァントが見世物となっていた。見世物のサーヴァントが男だからか女性客が今日は多い。そんな風景を退屈げに眺めるベリル。
「キリシュタリアが死んじまったか…漁夫の利を得ようと思ったんだがよぉ…藤丸の野郎も十二分に化物じゃないか…あー怖い怖い」
キリシュタリアほどの大義名分がない俺と何を考えてるかわからないデイビッドが残ったのも受ける。いや笑えないか。かつてのAチームも残り二人。
「どうしたの?ベリル?」
赤毛の少女……この異聞帯の女王の愛娘。トリスタンの名をギフトした妖精騎士が聞いてくる。
「なんでもないさ」
「ふーん…?」
興味を無さげに髪の毛の枝毛を探すような所作をする。
この妖精國はもはやクリプターたる俺の手をはなれており、藤丸に剪定されようが正直破滅が見えていた。
確かにモルガンの統治は完璧に近い。だがその完璧さゆえに虫の一噛みで瓦解する。
「…ま、そんなことよりあいつに一泡吹かせてやりたいがね」
「あいつ?」
「そ、愛しの姫君を騙したわるーい男だよ…」
ただの「未練」と「執着」と受け入れがたい「敗北感」
それを持って泥のように沈殿するイラつき。
ああ、殺してやりてぇよ。来栖紅音。魔術回路一本すら持たない一般人。本来なら有象無象にすぎない猿。
快楽ではなくこの耐え難い「不快感」からくる衝動。
この異聞帯を巡る「剪定戦争」すらもはやどうでもいい。
予言の子を携えこの劇場に足を踏み入れた藤丸一行を見下ろしながらそんな心中を吐露する。
さぁ、まずどう…してやろうか。