マシュ・キリエライトの歪んだ初恋   作:九咲

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第十五話「妖精戦場・不実の鉄槌」

 

 

「――ぐ、あ、あぁッ……!!」

 

激しい破砕音と共に、ブリテン妖精國の薄暗い森の奥底に、大量の鮮血が飛び散った。

ベリル・ガットは地面に膝を突き口からどす黒い血を吐き出していた。彼の自慢の魔術回路は内側からパチパチと悲鳴を上げ全身の骨が数本へし折れている。

 

目の前に立つのはかつてカルデアの無菌室で「壊そうとして壊せなかった」はずの健気で無垢だった少女の成れの果て。

 

全身をトゲトゲしい漆黒の重装甲で覆った【フルアーマーマシュ(シールダー・オルタ)】。

彼女の背後には大盾の概念を反転させた一対の巨大な黒いスラスターバインダーが不気味に浮遊し、その右手には、赤黒い電子の令呪紋様を激しく明滅させたメイン武装――『不実を刻む拒絶の黒剣』が握られていた。

 

 

 

第8異聞帯の王座から機神ゼウスの雷霆ログを強引に強制同期した紅音による「フルアーマー形態の試運転」。その実験場として選ばれたのが二人の箱庭に何度も不快なノイズを飛ばしてきた、ベリルのいるブリテンだった。

 

「ハハ、最高じゃん……。なぁ、マシュ、お前本当にあのクズの道具になっちまったんだな」

 

 

ベリルは血混じりの唾を吐き出しねっとりとしたしかし明確な「劣等感」の混ざった目を、黒いバイザーの奥のマシュへと向けた。

 

「俺はさぁ、お前をずっと壊したかったんだよ。でも、あのカルデアの光(綺麗事)がお前をガードしてて、俺の手は届かなかった。……なのに、なんで、魔術回路の一本もないあの冴えない一般スタッフの男がお前をこんなに完璧に黒く染めて、自分だけのお人形にできてんだよ……! 俺の愛(加害)のほうがあの男のセコいハッキングなんかより、ずっと純粋だったはずだろ……っ!」

 

 

それは人を壊すことを至上の愉悦としてきた快楽殺人者が、初めて剥き出しにした本物の『敗北感』だった。

自分にはどれだけ足掻いても手に入らなかったマシュのすべてを、来栖紅音という男は社会の死角からただ「全肯定」という毒を流し込むだけで裏側まで完璧に私物化してみせたのだから。

 

『――勘違いしないでくれよ、ベリル』

 

 

マシュの頭部バイザーの通信スピーカーからざらついた電子ノイズとに来栖紅音の声が響いた

その声には、ベリルを見下すような陶酔も、勝利の傲慢さもない。ただ、自分の底無しの醜さを冷酷に見つめている、いつもの乾いた自嘲だけがあった。

 

 

 

『俺はね、君みたいな高尚な快楽殺人者(じゃないんだよ。人を殺して楽しむような狂気なんて、俺にはない。俺はただ、自分が世界の有象無象であるという絶望から逃げるために、世界を救う最強の盾をハッキングで強奪し、自分の自尊心のためだけに彼女をこの暗い部屋に監禁している、ただの俗物で、みっともない最低のクズさ。……君と同程度の、あるいは君以上に底意地の悪い、ただの社会のゴミだよ』

 

 

 

紅音の声がさらに一段と冷たく沈む。

 

 

『だからこそ、よく分かるんだ。もし、俺が前世の知識(チート)を持たず最初にマシュの絶望(死)に出会っていなければ……私は、君のようにマシュに選ばれず、彼女を壊すことしか考えられない、ただの惨めなベリル・ガットになっていたはずだ。君はマシュに選ばれなかった場合の俺自身の鏡で成れの果てなんだよ』   

 

 

「……アハハッ! 面白いねぇ、本当に反吐が出るほどお前とは気が合いそうだわ、来栖紅音……! だったらよぉ、マシュを壊せなかった俺の『本音』、その身ですり潰して味わってみろよ!!」

 

ベリルが狂ったように叫んだ瞬間彼の霊基が悍ましいほどの魔力の暴走を始めて膨れ上がった。

 

ウッドワスを裏切りその心臓を喰らうことで奪い取った、牙の氏族の絶対的な暴力の権能。

ベリルの肉体はガシャガシャと骨の鳴る音を立てて変形し瞬く間に漆黒の巨大な獣――『ブラックウルフ』の姿へと変貌を遂げた。

 

 

「オアァァァァァァァァッ!!!」

 

 

大気を物理的に引き千切るような咆哮。ブラックウルフと化したベリルは、四肢から黒い嵐の衝撃波を噴射し、目にも留まらぬ速度でフルアーマーマシュへと突撃した。機神をも噛み砕く純粋な殺戮の顎がマシュの細い首筋へと容赦なく迫る。

 

マシュは一歩も退かなかった。

 

背後の巨大な大盾バインダーが展開し敵の放ったすべての殺意を魔力に変換しそれを吸収して自らの『加害の質量』へと反転する、痛覚逆流システムが完全に駆動する。

 

 

ガギィィィィィン!!!

 

ベリルの巨大な牙がマシュの漆黒の重装甲へと深々と突き刺さる。装甲の隙間からマシュの肉体が千切れかけるほどの激痛の電子火花がバリバリと弾け飛んだ。

だが、その受けたダメージ(激痛)のすべてをマシュのアーマーは赤黒い魔力の濁流へと反転させ、右手のメイン武装――『不実を刻む拒絶の黒剣』へとすべて注ぎ込んだ。

 

「先輩の言葉をそれ以上その汚い口で汚さないでください、害虫」

 

 

バイザーの奥ハイライトの完全に消えた紫の瞳が、冷酷にベリルを見据える。

黒剣の出力が数十倍へと跳ね上がり、神代の真エーテルとゼウスの雷霆ログが混ざり合った赤黒い極大の刃が、夜の森を真っ二つに切り裂いた。

 

    【不実を刻む拒絶の黒刃】

 

ザシュウゥゥゥゥッ!!

 

「ガ、……あ、あ、がぁぁぁぁぁぁッ!?」

 

一切の躊躇のない、無慈悲な横一閃。

空間ごと十字に切り裂く漆黒の魔力刃が、ブラックウルフの巨大な巨体を、その牙の権能ごと完膚なきまでに引き千切った。受けたダメージの数倍の質量で相手をすり潰す、フルアーマーの超攻撃型加害機能。その圧倒的な鉄槌の前に、ベリルの獣の肉体は、ボロ切れのように石畳へと叩きつけられ、元の惨め

な男の姿へと戻って崩壊し始めた。

 

「あはは! 先輩の言う通り本当に脆くて軽い紙屑でしたね……あかね先輩」

 

 

 

マシュは血に染まった黒剣を静かに大盾バインダーへと収納すると、精神まで完全にへし折られて消滅していくベリルの残骸を一瞥もせずハッキングのレイシフト光のなかに包まれていった。

 

藤丸たちの「予言の子」筆頭の妖精國の命運の大災害の戦いの裏側で記憶にも記録にも残らない一方的な暴虐は終わった。ベリルに多少思うところがあった紅音はともかくマシュには次の瞬間にもう記憶の隅にすら残らず破棄されるだろう。

 

 

 

世界を救う『人理の怪物』を迎え撃つための最悪の兵装の調整はすべて終わった。

二人の歪んだ初恋の檻はクリプターの狂気すらも肥やしにしながら、いよいよ全ての可能性を圧殺する本当の最終決戦へと容赦なく幕を上げていくのだった。

 

 

 

 

 

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