すべてを終わらせるための、赤黒い虚無が第8異聞帯の空を覆い尽くしていた。
だが、『人理の怪物』と化した藤丸立香は、己の霊基が消滅するリスクなど、とっくに度外視していた。マシュへの届かない淡い恋心、来栖紅音への猛烈な嫉妬、そして何も救えなかった脱力感。そのすべてを『汎人類史を取り戻す』という冷たい殺意に変えた彼は、自身の命の灯火を薪(まき)として、虚数の底でかつてない規模の【強制作意召喚】を敢行した。
「――来い……っ! 汎人類史の、すべての正義(歴史)をここに……ッ!!」
藤丸の濁った瞳から血の涙が流れると同時に、シャドウ・ボーダーの甲板から、天を突くほどの膨大な魔術回路の光柱が何本も立ち昇った。
光の中から姿を現したのは、妖精國の救世主たるアルトリア・アヴァロン。そして、藤丸がこれまでにその手で滅ぼし、歴史を間引いてきたはずの『異聞帯の王』たちの影召喚。―雷霆を纏うイヴァン雷帝、氷の微笑を浮かべるスカディ、始皇帝、神霊アルジュナ、冬の女王。そして機神の神核を持つゼウスの残影までもが、汎人類史のマスターという名の怪物の執念に呼応し地獄の底から這い出てきたのだ。
「不実の盾、そして異界のバグよ。汎人類史の命脈、剪定させるわけにはいきません!」
アルトリア・アヴァロンが聖剣の輝きを天へと掲げ、星の息吹を広場全体に展開する。異聞帯の王たちが放つ、一撃で世界を滅ぼすほどの神威の火力が、一斉にフルアーマーマシュへと照準を合わせた。
「アハハハ! 素晴らしい、素晴らしいわ、マスター! 汎人類史のすべての正義が、アテシたちの他罰の餌(エネルギー)になりにきてくれたわ!」
黒い狂嵐を纏ったリリスが藤丸のすぐ隣で狂暴に嬉々として爪を鳴らす。
だが完全な完成形へと至った【フルアーマーマシュ(シールダー・オルタ)】の顔には悍ましいほどの恍惚とした笑みが張り付いていた。
全身を覆う漆黒の重装甲。背後に浮かぶ一対の巨大な大盾バインダー。その右手には、機神のデータすら吸い上げて赤黒く発光するメイン武装――『不実を刻む拒絶の黒剣』。
「汎人類史の神様たち。どうかその正しい正義の力で、私を全力で殴ってください。……痛覚逆流システム最大駆動。あかね先輩、私の壊れていくデータをすべて受け止めてください……っ」
ドガァァァァァン!!!
アルトリア・アヴァロンの聖剣の一閃、そして異聞帯の王たちが放つ極大の神威の火力が、シュの漆黒の重装甲へと一斉に直撃した。空間そのものが物理的に粉砕され、装甲の隙間から、マシュの肉体が内側から千切れかけるほどの激痛の電子火花がバリバリと弾け飛ぶ。
だが、その受けたダメージのすべてをマシュのアーマーは赤黒い魔力の濁流へと反転させ右手の『不実を刻む拒絶の黒剣』へとすべて注ぎ込んだ。
敵が拠って立つ「正義」や「神としての誇り」といった精神的支柱を物理的に切り裂く概念切断。
藤丸が大量召喚した神々が強大であればあるほど、その放たれたエネルギーは【他罰の重圧】として数倍の質量に増幅されていく。
「あははは! 素晴らしい他罰の衝撃です! 」
マシュは限界を超えた出力を黒剣の刀身へと集約し、背後の大盾バインダーを前方に大きく展開した。
宝具「いまは脆き、世界を拒む不実の城」
「先輩のために――世界ごと、閉じてしまいなさい!!」》
極大他罰照射――》宝具『いまは脆き、世界を拒む不実の城(ロード・マイルーム/ファイナル・フォーム)』が、空間そのものを黒い線で切り裂くような凄惨なエフェクトと共に放たれた。
赤黒い虚無の極大レーザーが、広場全体を、そして藤丸が命を削って召喚したアルトリアや異聞帯の王たちを、光の渦で完全に汎人類史の因果ごと飲み込んでいく。
神々の輝きはこの他罰逆流の前にガラスのようにパリンと音を立ててノイズへと粉砕されその霊基がボロボロに崩壊して消滅していった。
「マスター……ごめんね……大好きだよ…」
リリスの他罰の嵐すらもそれ以上の暴虐の前に引き千切られ、彼女の霊基もまた霧となって藤丸の方に手を伸ばし消え去っていく
。
大量召喚の代償で霊基がボロボロに崩壊し床にへたれ込んだ藤丸の前に、黒剣を静かに収納したマシュがゆっくりと歩み寄ってきた。マシュのハイライトの消えた紫の瞳には、哀れみすら浮かばない。
「さようなら、マスター。あなたの隣は最後までその未来のバグ(リリス)にすら守ってもらえなかったのですね」
誰もいない空間に向けて藤丸の口から初めて摩耗する前の「昔の声」が零れ落ちた。大量の神々を呼び出すリスクを背負い、正義という名の殺戮の果てに完敗しただけの藤丸。彼に残されたのは、終わりのない脱力感と、永遠に消えない恋心の泥だけだった。
人類の未来は永久に失われ、歴史は完全に途絶えた。
勝ったのは、汎人類史を裏切った一人の最低な転生者と、その嘘に飼い慣らされた一人の最悪な少女だった。
崩壊していく第8異聞帯の暗闇の中で。
一人の転生者の冷酷なエゴと、それに最悪の陶酔を捧げた少女の、世界で最も醜く、世界で最も美しい最高の一幕は、永遠の静寂の中に、幸せに閉じ込められるのだった。