マシュ・キリエライトの歪んだ初恋   作:九咲

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第二十話「不実の控除」

 

大学生でありながら俺――『来栖紅音』の生活のやりくりは前世の知識(いや、来世というか…さすがにあちらほどの、恩恵ではない)と絞りかすのギフトのハッキング技術によっコントロールされていた。

バイトの給与データの端数を弄り奨学金の給付要件を裏から書き換え地方自治体の福祉データベースの死角を突く。すべては、この四畳半のボロアパートを誰にも暴かれない『不可視の檻』として維持するための、最低限のシステム構築だった。

 

 

 

社会への希望もない。大学の同期からの評価は「何を考えているか分からない、愛想の無い虚無系陰キャ」だった。

だが、俺が裏からハッキングしている役所の基幹システム上俺の住民票と非課税証明書のデータには学生の身分にはおよそ不釣り合いなある「異物」が厳然として存在していた

 

 

『来栖マシュ。世帯主・来栖紅音との関係:同居親族(扶養親族・一般)』

 

 

この世界で生き延びるために捏造した戸籍。税法上の「学生の扶養枠」や学生納付特例制度の盲点をクラッキングで強引に拡張し俺の経済力(バイト代)だけで生かしている身内としてシステムに組み込まれた元・盾の乙女。

 

 

「――お帰りなさい、あかね先輩。お疲れ様でした」

深夜の居酒屋バイトを終え、駅前のコンビニで買った見切りの弁当袋をぶら下げて四畳半のボロアパートに帰ると、純白のブラウスにタイトスカートを穿いたマシュが、嬉しそうにパタパタと出迎えてくれた。

 

 

彼女の容姿は、歳を重ねるごとに「異常なほどの美しさ」を増していた。デザインベビーとしての細胞摩耗を完全に克服した彼女の肉体は、欠陥のないどこまでも健康で美しい大人の女性へと成長していた。

かつてカルデアの制服に隠されていた華奢なフレームは、女性としての極上の丸みと、感的なプロポーションへと美しく開花している。純白のブラウスの胸元は、はち切れんばかりの豊かな膨らみによって窮屈そうに押し上げられ、タイトスカートの裾からは、肉付きの良くなった滑らかな太腿が覗いていた。

 

さらに、顔の半分を隠していた藤色のショートヘアは、今や背中の真ん中あたりまで滑らかに伸びた見事なロングヘアへと変わっている。ただ先輩の帰りを待つ時間のためだけに伸ばし続けられた執着の長さだった。

 

「あぁ、ただいま、マシュ。……今月も役所の審査無事にシステムを弄って通しておいたよ。税金の上でもお前は名実ともに、俺の『扶養家族』だ」

俺が白シャツの襟を緩めながら、冷え切った目でマシュを見下ろすと、彼女は長く伸びた藤色の髪をサラリと揺らし、豊満になった胸元を躊躇なく俺の腕へと押し当ててすがり付いてきた。

 

 

「扶養、家族……。なんて、甘やかで独占的な、美しい響きなのでしょう」

 

マシュの細い指先が、俺のシャツの裾をカルデアのいた頃と全く同じ強さで指先が白くなるまで驚くほどの強さできつくきつく握り締める。

「ドクターは私に社会に出て自立して普通の女の子として働いて生きていく未来を望んでいました。……でも、そんなの、私にとっては残酷な放り出しでしかありませんでした」

 

マシュは俺の鎖骨のあたりに顔を埋め、喜の涙を流しながら、恍惚の吐息を漏らした。

 

「世界を救う大義名分がなくなったこの世界であかね先輩は私を社会的に『無力な存在』として登録し、あなたの稼ぐお金だけで生かしてくれている。自立を拒み、先輩の経済力だけで生かされている。私があなたなしでは形を保てないお人形であることを、この世界のシステムが全肯定してくれているのですね。親の仕送りもまともにない貧乏学生の先輩がその身を削って騙して首輪を嵌めてくれている。……ああ背徳的でなんて気持ちがいいのでしょう」

 

「あぁ、そうさ。お前は一歩も外に出なくていい。大学の連中の視線も、クソ喰らえだ…」

俺は彼女の柔らかく豊かな藤色の髪を少し強めに、飼い主の支配の温度を教え込むように撫し回した。

 

一歩外へ出ればマシュのことは噂になっており一応引きこもりがちの身内と証明してはいるがオタク仲間や噂を鵜呑みにした輩が「不健全だ」「彼女を自立させてやれ」と常識を押し付けにくる。だが夜に遮光カーテンを閉め切った暗闇の四畳半で俺たちは手元のスマートフォンでゲーム画面を眺め、画面の向こうで心を摩耗させながら戦い続ける『人理の怪物』の姿を、最高に愉悦に満ちた目で嘲笑いあうのだ。

 

「先輩。私のこの長い髪も、豊かになった身体も、あの人たちの安っぽい綺麗事で汚させないでくださいね。……私は、一生先輩のお荷物でいますから」

 

「あぁ。…いつまでも…飼ってやるさ…」

 

 

周囲からどれほど不気味な洗脳男と腫れ物扱いされようが、知ったことではなかった。ただ、この閉ざされた四畳半の中だけは、一人の男の冷酷なエゴと、それに最悪の扶養(陶酔)を捧げた元・盾の乙女の、どこまでも排他的な『初恋の檻』が、完璧に機能し続けていた。

 

 

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