マシュ・キリエライトの歪んだ初恋   作:九咲

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出来てる分放出していきます


第六話「第六特異点での背反」

 

 

「人理の防人たる英霊の盾よ。何故、その刃を我がマスターに向ける」

 

白亜の城壁がそびえ立つ、第六特異点『神聖世界キャメロット』の聖都市街。

ギラギラとした灼熱の太陽が照りつける崩壊した瓦礫の真ん中で、円卓の騎士ガウェインがその巨大な転輪の勝利の剣を構え、驚愕の声を絞り出していた。

 

だが、それ以上に絶望に顔を歪ませていたのは、背後でへたり込む藤丸立香だった。

 

「マシュ……? 嘘だろ、どうして、そっち側に……っ」

 

藤丸の視線の先。聖都の玉座、嵐の主たる『獅子王』が放つ神威の光の前に立っていたのは、マシュ・キリエライトだった。

だが、その姿はカルデアにいた頃の清廉な少女のそれではない。支給用のパーカーは切り裂かれ、その下から覗く白い肌には、あのロンドンの魔霧で浮かび上がった『黒い変異血管』が、妖しく脈打っていた。彼女の持つ大盾は禍々しい漆黒の魔力を放ち、その銃口を、あろうことか守るべきはずのマスター――藤丸へと真っ直ぐに向けていたのだ。

 

こうなる数日前、カルデアの最下層では、一つの冷酷な「排除」が行われていた。

 

第五特異点「北米」の修復を終えた直後、医療部門のトップであるロマニ・アーキマンは、ダストンら他スタッフの証言と、マシュの改ざんされたバイタルログのバックアップを完全に暴き立てた。深夜三時に繰り返されていた、非人道的なデータの書き換え。少女の短い寿命を全肯定し、保身の道具として飼い慣らしていた来栖紅音の狂気。

 

 

『君のやっていることは優しさじゃない。彼女の絶望に付け込んだ、ただの最悪な監禁(しはい)だ!』

 

 

ロマニは泣きそうな顔で怒号をあげ、紅音を「人理修復を脅かす規律違反者」として、カルデア最下層の重厳封鎖独房へと幽閉した。マシュを彼の「毒」から引き離し、光の世界へと連れ戻すための、必死の措置だった。

 

――だが、それは決定的な悪手だった。

 

あかね先輩を奪われた。その事実が、マシュ・キリエライトの精神を内側から完全に木っ端微塵に破壊した。

第六特異点へレイシフトした瞬間から、マシュは藤丸の指示を一切拒絶した。彼女にとって、先輩を隔離したカルデアも、汎人類史も、救う価値のない「最悪の敵」へと反転したのだ。

 

マシュは藤丸の悲痛な叫びを一瞥もせず、ただ、玉座に鎮座する絶対の神霊、獅子王を見上げて凛と言い放った。

 

「獅子王。人理の選択を行う神の王よ。私はあなたに『取引』を申し込みます」

 

「ほう。最果ての輝き(ロンゴミニアド)に抗うデミ・サーヴァントの器が、我が選別に何の本分を語るというのか」

 

冷酷な神の瞳がマシュを見下ろす。その圧倒的な重圧の前に、普通の人間の精神なら一瞬で崩壊するだろう。しかし、マシュの濁った紫の瞳には、一切の恐怖も、迷いもなかった。

 

「私は汎人類史を救うための盾になる気はありません。この特異点を修復する義務も、マスターの命を守る義理も、最初からすべて棄てています。……私が欲しいのは、ただ一つ」

 

マシュは大盾を強く床に突き立て、その裏側に刻まれた、来栖紅音のハッキング紋様をそっと愛おしそうに撫でた。

 

「カルデアの最下層、独房に幽閉されている一般技術スタッフ『来栖紅音』。……あの方を、今すぐこの聖都の『最上層』へレイシフトさせ、聖槍の加護をもって、その存在を永久に保存してください。世界がどれほど白紙になろうとも、あの方の生存だけを、あなたの聖槍のシェルター(箱庭)で保障していただきたい。その代わり、私はあなたの手駒として、カルデアをここで完全に駆除します」

 

「マシュ、何を言ってるんだよ! 来栖先輩を助けるために、世界を……みんなを見捨てるっていうのか!?」

藤丸が血を吐くような声で叫ぶ。

 

「ええ、そうです、マスター」

マシュは初めて、藤丸の方を振り返った。その瞳は、まるで路傍のゴミを見るかのように冷え切っていた。

 

「ドクターは私を先輩から引き離し、健康になって普通の女の子の幸せを掴めと急かした。でも、私の壊れかけの命を、あの暗闇のまま愛してくれたのは、あかね先輩だけだった。先輩のいない汎人類史なんて、私にとっては滅びて当然の灰でしかありません。私から先輩を奪ったカルデアなんて、すべて燃え尽きてしまえばいい」

 

「くっ……狂っているな、英霊の器でありながら、一人の男の嘘にそれほどまで絆されるとは」

ガウェインが不快そうに剣を握り直す。

 

その時、マシュの耳元、独房の隔離回線を強引にクラッキングして繋いだ独立インカムから、ざらついた電子ノイズと共に、あのくすんだ赤髪の男の声が響いた。

 

『――いい子だ、マシュ。交渉のデータはすべてこちらで受信している。冷たい独房の壁なんて、私の前世の知識(プログラミング)の前には紙屑同然さ。獅子王の聖槍のエネルギー効率なら、完全に世界から絶縁された『二人だけのマイルーム(箱庭)』が完成する。……そのまま、藤丸くんを圧殺しなさい』

 

「はい、あかね先輩……。あなたのために、私は世界を裏切る『不実の盾』になります」

 

マシュの持つ漆黒の大盾から、かつてないほど禍々しい暗黒の衝撃波が膨れ上がっていく。

世界を救う大義名分を掲げる光のマスターと、独房に幽閉された男を救うために世界を人質に取った元・盾の乙女。第六特異点の市街で、かつての相棒同士による、最も凄惨な『背反の戦い』の火蓋が切って落とされようとしていた。

 

 

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