-
「――ぐ、あぁッ……!!」
激しい金属音と共に、藤丸立香の肉体が白亜の石畳の上を無様に転がった。
彼の身体をかろうじて守っていた魔術礼装はズタズタに引き裂かれ、口からは大量の鮮血が溢れ出る。
勝負は、あまりにも一方的だった。
汎人類史の未来を背負うマスターの『正義の光』など、一人の男の生存のためだけに世界を敵に回したマシュ・キリエライトの、漆黒の暴虐の前には一歩も通じなかったのだ。
「ガハッ……馬鹿、な……マシュ、君の盾は、人を守る、ための……」
瓦礫に背中を打ち付け、虫の息となった藤丸が、絶望に満ちた目でかつての相棒を見上げる。
マシュは黒いドレスの裾を冷たい夜風に揺らしながら、ハイライトの完全に消えた紫の瞳で、淡々と藤丸を見下ろしていた。彼女の肌の黒い変異血管は、聖都の魔力を吸い上げてどす黒く、しかし気高く脈打っている。
「言ったはずです、マスター。私の盾は、あかね先輩のためだけに存在している。先輩を独房に閉じ込め、私から奪おうとした汎人類史(あなたたち)を守る義理など、最初からどこにもありません」
マシュは容赦なく大盾の石突きを藤丸の胸元へと突き立て、その身動きを完全に封じた。
みしり、と骨の軋む音が響き、藤丸の口から悲鳴すら上がらない。
その時、聖都の天を割って、一条の巨大なレイシフトの光柱が、玉座の間ではなくマシュの目の前へと降り注いだ。
眩い光の粒子が収束し、そこから姿を現したのは――カルデアの最下層独房から、獅子王の聖槍の権能によって強引に座標を強奪され、転移させられた男。
くすんだ赤髪に、死んだ魚のような目をした一般スタッフ、来栖紅音だった。
「……ハハ、さすがだね、マシュ。本当に聖槍のシステムをハッキングして、私をカルデアの冷たい檻から引きずり出してくれた。前世の知識がある私でも、君のこの『暴れっぷり』には、最高の一杯をおごりたくなるよ」
紅音は白衣のポケットに両手を突っ込んだまま、退屈そうに周囲の瓦礫を見回し、最後に足元で潰れている藤丸を見下ろした。その目には、哀れみも、勝利の陶酔すらもない。ただ、予定通りのゴミがそこに転がっているという、底冷えするような冷淡さだけがあった
。
「あかね、先輩……っ!」
紅音の姿を認めた瞬間、マシュの顔から『他罰の怪物』としての冷酷な仮面が綺麗に剥ぎ取られた。
彼女は大盾を放り出し、子供のように紅音の胸へと飛び込んだ。その細い、しかしサーヴァントとしての怪力を持つ両腕で、紅音の腰を白くなるまで強く、強く抱きしめる。
「お怪我はありませんか、先輩……! ドクターたちが先輩に酷いことをしなかったか、私、ずっと心配で、胸が張り裂けそうでした……!」
「大丈夫だよ、マシュ。カルデアの防壁なんて、私のプログラミングの前には紙屑同然さ。……それより、約束を果たそうか」
紅音はマシュの藤色の髪を、支配の温度を教え込むように少し強めに撫で回しながら、玉座の奥に佇む獅子王へと視線を向けた。
神霊たる獅子王は、汎人類史を裏切った転生者と、その男の嘘に飼い慣らされた少女を、静かに見つめていた。
マシュの圧倒的な武力と、紅音の持つ「世界の崩壊(白紙化)のログ」というメタ知識。それらは、獅子王の進める『聖槍による人類選別(箱庭の保存)』を加速させるための、これ以上ない最高の手駒だった。
「よかろう、英霊の盾、そして異界の観測者よ。我が聖槍の最上層に、汝らのための『神聖拒絶領域(マイルーム)』を保障する。世界がどれほど白紙になろうとも、汝らの歪んだ在り方だけは、我が槍の中で永遠に保存してあげよう」
「感謝します、獅子王」
紅音はシニカルに口元を歪めた。
「待って、くれ……来栖、先輩……マシュ……ッ!!」
瓦礫の底から、藤丸が血を吐きながら最後の叫びをあげる。
カルデアのみんなの想いを背負い、どれだけ傷ついても前を向いてきた主人公。だが、二人はその『光の正義』を一瞥すらもしなかった。
「さようなら、藤丸くん。君は君の正しい綺麗事で、残りの特異点を血を流しながら修復していけばいい。私たちは、この聖槍の檻の中で、二人きりで世界の終わりを観測させてもらうよ」
紅音の冷酷な嘲笑と、彼の胸に顔を埋めて恍惚の涙を流すマシュの姿。
それが、藤丸立香の網膜に焼き付いた、第六特異点の最後の光景だった。
聖都キャメロットは、汎人類史を救うための礎ではなく、一人の転生者と少女の『歪んだ初恋』を永遠に閉じ込めるための、最悪の不実の城(ロード・マイルーム)へと作り変えられた。
崩壊していく世界を置き去りにして、二人の排他的な純愛は、聖槍の最奥で、誰にも邪魔されることなくどこまでも深く、甘やかに凱旋するのだった。
-