輝くもの《リルメナ》   作:羽口カラス

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第1話 太陽の行く先
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 リッカは世界の果てを見たいと思っている。

 旅をしながら各地で人助けをし、剣の腕を磨きながら名を立て、最後はこの大地の西の果てにあるという大海原(マルブ・マクマ)にたどり着く。そんな風に生きたいと、そう思っている。だが――

「え、た、たったの一枚だけですか?」

 会計官から手渡された一枚の耀銀(ようぎん)貨は、そんな壮大すぎる夢に比してあまりに軽かった。

 修道兵院に所属する者には、住居と食事が提供される。動物や夜盗に怯える必要も、食べるものに困って草の根っこの煮汁を毎日すする必要もない。だから任務の報酬が駄賃程度なのは仕方ないのだ。他のみんなだってそうだ。だがそれでも、今月の給金はいつもより異様に少なかった。

「リッカ。メレム隊二番兵のリッカ」

 会計官がこちらを睨みつける。しまった、とリッカが後悔するも時すでに遅し。

「お前、この一ヶ月で何度失敗をしたと思っているんだ」

 会計官はため息を一つ吐くと、帳簿をめくり始めた。

「訓練中に扱いを間違えて備品を破損する。考え事をしていて給仕鍋をひっくり返す。それから任務の無断欠席も」

 最後の件について補足が必要だ。このときは街外れでの演習だったのだが、不慣れな場所で迷ってしまい、結局集合場所にたどり着けなかった。宿舎に帰ってからこっぴどく叱られたし、そのときの皆の冷たい目はよく覚えている。

「私の耳に届いてるだけでもこれだけある。報告に上がっていないものまで含めるとさらに数は多いのだろう。……それとその靴」

 会計官はそう言ってリッカの足元を指さす。

「装備品の手入れは修道兵の義務だったと記憶しているが?」

 つられて自分の足元を見る。何年も履き続けた革のブーツは傷だらけで、つま先に小さな穴まで開いている。補修をしないといけないのは知っていたが、ずっと後回しになってしまっていた。

「禄の少なさは修道兵院、ひいては大審会から、お前への評価そのものだ。文句があるなら人並みに任務をこなしてから言うべきだろう」

 ぐうの音も出なかった。

「では次の者」

 会計官は話を打ち切って帳簿のページを戻した。

 何も言えなくなったリッカは、手に持った耀銀貨をまじまじと見つめる。指の先からほんのりと伝わる、耀銀の光輝(リルム)の温かさ。表にはワールディル王国の象徴である剣と王冠が刻まれているが、その荘厳な意匠とは裏腹に、この小さな金属で得られるものなどたかが知れていた。

 誰かが背中を小突いた。

 振り返ると後ろの人が心底迷惑そうな顔をして立っている。どうやらいつまでもその場を動かないので邪魔になってたらしい。リッカは逃げるようにその場を後にし、石造りの外廊下に出た。

 ほとんどの人は任務で外に出ているためとても静かだ。土埃をかぶった灰色の床を踏みしめながらリッカは歩く。中庭では立派に育った銀冠樹が、その緑の葉を青々と茂らせていた。銀冠樹は月に向かって花を咲かせる樹木であり、月は修道兵院の象徴である。そんな銀冠樹の甘い香りを打ち消すかのように、向かいの角から話し声と足音が聞こえてきた。

 足音の主は修道兵院の同僚数人。市内の警邏(けいら)にでも行くのか、革の胴鎧と外套を身にまとっていた。

「あれ、仲良しさんじゃん。今日給金日?」

 先頭を歩いていた女に話しかけられ、リッカはびくりとする。グシェルだった。隣には同期のベティカもいる。

「無断欠席できるくらいだし、今日もさぞいっぱいもらったんだよね?」

 グシェルがすれ違いざまにそう言うと周りの人間が笑い出し、ベティカはこちらを冷たく一瞥する。

 そんな視線から逃げるかのようにリッカは足を速めた。

「なんだ無視かよ」

 背中からグシェルの声が届くがひたすらに無視。下を向き、自分の足元にある石畳だけを見ながら耐えるように歩いた。

 外に出ると、さっきまで静かだった周囲が一気に慌ただしくなりリッカはどこか安堵した。

 荷車を引く商人。小さな子を背負って家路を急ぐ母親。マントを身に着けた旅人らしき異国の人。談笑をして互いに小突き合う非番の衛士。そしてそれら大通りを行き交う人々のすべてが、砂埃の向こう側に佇む秋の夕日に照らされている。

 もうこんな時間なんだ、とリッカは思った。

 犠牲祭が近づいてくると、時の経過が速くなる。ちょっと前まで高い位置にあったはずの太陽は、もうすぐ西の城壁に差し掛かろうとしているところだった。

――あ、そういえば靴。

 一歩進んで思い出す。穴の空いたブーツを靴屋に持って行って補修してもらわないといけない。日没の鐘が鳴ると市場は閉まってしまうから、その前に行こう。また怒られて給金を下げられるのはごめんだ。

 そう思ったリッカは東西大路(ウトハム)を西に向かって足早に歩き出した。人とすれ違うたびに相手の肩が夕日を遮り、リッカの顔に影を落とす。そんなことを何度も繰り返して靴屋の露店に到着したときには、辺りが少し薄暗くなっていた。

「暗銅六枚ね。代金は終わってからでいいよ」

 穴の空いたブーツを手に靴屋が言った。今のリッカにとっては決して安くない出費だったが、やむなしである。渋々と承諾し、しばらくその場に座って待つことにした。

「あれ、リッカ?」

 カーペットの上で何をするでもなくただ人の流れを見ていると、頭上から聞き覚えのある声。反射的に顔を上げると、そこにいたのは同じ部隊の仲間だった。歳も同じくらいで、リッカにとっては友達と呼べる数少ない存在である。

「プラウ? どうしたの。家族に会いに行くからしばらく非番だとか言ってなかったっけ」

 そう。今朝に聞いた話だ。確かここから歩いて一日と半分くらいのところにある小さな町。遠くの都市はもちろん、別の国から来ている人間すらいる修道兵院においては、極めて近い部類の故郷である。

「昼前くらいに突然連絡が来て取りやめになったの。なんか緊急事態らしいんだけど……ってあれ? 聞いてない?」

 聞いてない……と思う。断言できないのが悲しいところではあるが。

「緊急事態ってなに。泥棒でも入った?」

「まあそんなところ。ただ、単なる泥棒じゃないよ。強盗。しかも押し入ったのは街の中心部にある大審会の宝物庫だってさ。古い時代からの宝物がたくさん収められているから、それを狙ったんだと思う」

 知ってる。町で二番目に大きいアプトリト広場に面していて、壁に彫られた歴代の教主たちのレリーフが厳めしい、あの建物だ。もちろんリッカは入ったことなど一度もないが、いつ通っても屈強な男の衛兵が数人がかりで入口を守っている。あんなところに押し入るなんて、どんな命知らずだろう。

「それで、その賊がかなり強い奴らしいのよ。何人か殺されて物も取られたのに、その場から逃げられてまだ捕まってない。今はミシュナ隊が捜索に当たってるみたいだけど、隊長が不在でベティカが代行になってるんだってさ」

 ベティカ。その名前に一抹の気まずさを覚えるリッカ。

「……」

 リッカが固まる。

「……ん? ああ、ごめん。あんたら結構複雑だったね」

 気を使ってくれたプラウに「いや、いいよ」と返す。確かに色々あったが、今はもう気にしていない。少なくとも私は。

「じゃあ、そいつを修道兵院(みんな)で捕まえなきゃいけないってことだよね」

「まあ平たく言うとそういうこと。ただかなり強い奴らしいから、ミシュナ隊みたいに優秀な奴ら以外は基本的に宿舎で待機」

 いつの間にか大変なことになっていたらしい。しかもそんな凶悪な犯人がまだ捕まっていないなんて、かなり危ない状況じゃないだろうか。修道兵にあるまじき情けなさではあるが、正直言って帰り道が心配だった。

「そんなことになってるなら、俺も今日は早く店じまいするかねえ」

 隣で靴を補修していた店主が、こちらを見てこぼした。しまった、という顔をするプラウ。こういうのは、あまり市中でして良い話ではない。

「おじさんが気にする必要ないよ。はいこれお代。お釣りは取っておいて」

 プラウは腰にぶら下げた革袋から耀銀を一枚取り出すと、そのまま店主に渡す。あからさまな口止め料だった。

「プ、プラウ。悪いよ。私が出すって」

 口止め料ならせめて折半だし、ましてブーツの補修代までそこに入ってしまうのは申し訳なかった。

「いいって。あんた最近ミスばっかしてたし、どうせ給金少なかったんでしょ。ここにだって例の靴の穴を注意されて慌てて来たんだろうし」

 図星だった。流石いつも一緒にいるだけある。

「じゃあ私は先に帰るけど、あんたも寄り道してないで早く帰ってきなよ。帰り道は分かる?」

「うん……。プラウ、ありがとう」

「いいって。気にしないで」

 プラウはそれだけ言うと、片手を上げて街の雑踏の中に消えていった。リッカはそんなプラウの背中を見ながら、心の中でもう一度礼を言った。

 プラウ、ありがとう。

 嬉しい気持ちと、支えられてばっかりな自分に対する申し訳なさとがリッカの内側に同居していた。




オリジナル・自サイト版はこちら。イラスト多めで変更履歴も見れます
https://haguchikarasu.github.io/lirmena/
カクヨム版
https://kakuyomu.jp/works/822139846666600323
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