輝くもの《リルメナ》   作:羽口カラス

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02-03

 リッカは屋敷を後にし、ひとり帰路を歩いていた。

 迷う心配はなかった。道はトルトに教えてもらったし、そもそも枝分かれのない一本道である。だがそうでなくとも、ここからエシュカを目指す者が迷うことなどあり得ない。

 両手に草地が広がる、細い小道。そこを歩く者の眼下には、目指すべきエシュカの市街地が広がっている。

 フォルの屋敷は、エシュカの北の城壁を越えた小高い丘の中腹にあった。屋敷の中に居たときは、その静けさからどこか遠く離れた場所に連れて来られたかのような感覚を抱いてしまっていたが、外に出てみれば何てことはない。この季節なら一時間の三分の一もあれば、市街地から十分に歩いて行ける距離である。

 街の喧騒を離れた静かな場所。それでいて簡単に街にも出られる。

 ずいぶんと素敵な場所だ。リッカはそう思ったが、そう考えるのは彼女だけではない。実際、北の丘陵地帯(ここ)には、フォルの屋敷以外にも何軒かの邸宅が点在しており、そのすべてが豪商やそれに類する権力者の別邸である。軒高こそ控えめなものの、丘の上から大審会の律塔をも見下ろすその姿は、この街の真の支配者が誰であるかを雄弁に物語っていた。だが――

 一筋の風が吹き、夕日に赤く染まった草原が水面のように揺れる。

 だがそんな事よりも、今のリッカには考えねばならない問題があった。

『この紙切れは四六時中、身に着けておくこと。どこかに隠して五日を待つのは禁止だからね。あと紙が著しく汚損しても不合格』

 それがトルトから出された追試の条件だった。曰く、この紙切れに写された文は特殊なインクで書かれており、本来なら時間の経過にともなって文字が消えてしまう代物なのだとか。そしてそれを防ぐ手段が、紙切れを体の近くに留めておくこと。人の身体から染み出す光輝(リルム)に暴露されている間は、インクの消失が止まるらしい。

 つまり、リッカはこれから五日間、ずっとこの紙切れを持っておかなければならない。しかもズルはできず、紙片をどこかに隠すと文字が消えてバレる。

(どうしよう……)

 手に持った紙片をじっと眺めて考える。

 この紙切れは、その軽さに比してあまりに重大な意味を持っている。所有がバレれば異説の罪を問われるのだ。『誰かのいたずらで持たされた』などと言ってみて通じれば良いものの、最悪の場合は石打ちや死罪、それ以上の刑すらあり得る。そんな代物だ。

 歩みを進める程に近付いてくるエシュカの街。リッカはよしと小さく決意すると、その場で靴を脱いで底に紙切れを忍ばせた。

 靴の中。ここはあまり長く使える隠し場所ではない。ずっと入れておくと汗と摩耗で紙をいためてしまう。だが今日一日、いや少なくともここから一時(ひととき)は損傷の危険を被ってでも一番見つかりにくい場所に隠さねばならなかった。

 屋敷から続いていた下り坂が終わると、ほどなくして北門が見えてくる。本日、いや、これからの五日間で最大の試練となる場所だった。なぜなら――

(げっ、今日はベティカ達だ)

 往来の激しい東西門にくらべて、いくらか小ぶりなエシュカの北門。そこでは、見覚えのあるミシュナ隊の面々が検問に当たっていた。

 そう。エシュカの東西および北の門では、修道兵院による検問が毎日おこなわれている。もちろんリッカ自身も、何度か実施する側に回ったことがあった。だから、検問がどんな風におこなわれるのか、あるいはどういうときに引っかかるのかが、何となく分かるのだ。ほぼ毎回すり抜けの監視ばかり任されていて、肝心の検査や尋問の経験がほとんど無くても、だ。

 心臓が跳ねる音を聞きながらリッカはゆっくりと門へと進む。

 グシェルを失い、今は四人になってしまったミシュナ隊。まさかリッカが現れるとは思っていなかったようで、四人のうちの三人が苦い顔をした。

「あれー? リッカじゃん」

 だが残りの一人が、そんな三人とは正反対の態度で声を掛けてくる。

 隊長のミシュナだった。

「この間は大変だったでしょ。良かったじゃん、無罪になって」

 少し意地悪そうで、それでいて屈託のない笑顔。この間、とはリッカが訴えられた院内審判のことを言っているのだろう。

「ま、まあ……。こっちこそありがとう。その……証言してくれて」

 恐る恐る目を横にやると、数歩下がった場所で不機嫌そうに髪をいじるベティカが見えた。訴えた本人を目の前にしてよくこんな話ができるなと、リッカは妙な感心を抱いてしまう。

「うちのベティカがホントごめんね。あいつ友達いないせいで思い込みが激しいからさあ」

 ベティカの手がぴくりと止まる。一見してさっきまでと変わらない様子だが、付き合いの長いリッカには分かった。あれは内心、とんでもなく激怒している。

「そ、それより検問だよね。荷物とか見る?」

 そう。それが本題であり現在対処中の問題だった。ミシュナがあまりに無神経というか、無駄にベティカを刺激するものだから、ついそちらに意識が行ってしまう。リッカはそんな状況から抜け出そうとするかのように、腰に下げていた袋を自らミシュナへと差し出した。

「お、良い心掛けだね」

 腰袋を受け取ると、そのまま手早く紐をほどいて中身を確認していくミシュナ。中には見られてまずい物など何も入っていないのだが、だからこそ、本命である靴の底の紙切れに妙な圧迫感を感じてしまう。

「それより、今日はどこ行ってたの? こんな場所ほとんど誰も通らないし、今日の検問はずっと暇かと思ってたんだけど」

 何気ない問いかけ。職務上の質問というよりは単なる世間話だったのかもしれないが、その言葉にリッカの心臓が音を立てて跳ねる。荷物の確認はやらないことも多いのだから、適当に話をして早々に立ち去るべきだったか。そう後悔するよりも先に、その場で考えた出まかせが、リッカの喉を突いて出てきた。

「ちょ……、ちょっと城壁の外にある店に。そ、そう、隊で使ってる包帯について確認しなきゃいけなくて」

「え、店? 北側にそんなのないでしょ」

「あ……え、えっと、そこの店主が南洋(ネスプ)人なんだけど、変わり者でさ。このあいだ商品について問い合わせたら、『別荘でやる試験に合格したら売ってあげるよ』なんて言われちゃって……」

「何それ? 私も半分そうだけど、南洋(ネスプ)人って変な奴多いよね」

「あはは……。確かにその人ちょっと変わってるかも」

 嘘を肉付けするため、頭にトルトを思い浮かべながら話すリッカ。もはやベティカも他の二人も視界には入らず、ただ、この場の会話を乗り切ることで精一杯だった。

「ふーん。そこ安いの? それとも品質がいい? わざわざ城壁の外まで見に行くくらいなら、これからミシュナ隊(うち)もそこで買おうかな」

「ど、どうだろ? 分かんないや……」

 もう滅茶苦茶だったが、幸いボロが出る前にミシュナが腰袋を返してくれた。

「はい。異常なし。呼び止めて悪かったね」

「い、いや大丈夫だよ。ミシュナも仕事がんばってね」

 リッカは短く応えると、そのまま逃げるように北門をくぐった。右足に感じる折った紙の感触が痛い。

 少し歩いて北門が見えなくなると、リッカは人の少ない通りの物陰で靴を脱ぎ、紙片を腰袋に入れなおした。靴の中は紙が汚れる。服や髪に挟むと落下の危険がある。腰袋は真っ先に中身が確認される場所だったが、残りの選択肢はそれを上回る危険があると判断したからだ。

 とはいえ、普通に暮らしていて袋の中身が見られることなんてまずない。それこそ城門での検問くらいだ。だから次に何かあるとすれば、この紙を再びエシュカの外に持ち出すとき。それまでは腰袋の奥底に入れて肌身離さず持ち歩いておけばいい。

 そんなことを考えながら南北大路(シルミド)を歩くリッカ。南へ向かうほどに、少なかった人通りが賑やかになっていき、その喧騒がようやく日常へ戻ってきたことを実感させる。

(最近めっきり日が落ちるのが早くなったなあ)

 リッカが見上げる空には、月明りに薄く照らされながら雲が流れていた。




オリジナル・自サイト版。イラスト多めで変更履歴も見れます
https://haguchikarasu.github.io/lirmena/
カクヨム版
https://kakuyomu.jp/works/822139846666600323
なろう版
https://ncode.syosetu.com/n8003mj/
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