輝くもの《リルメナ》   作:羽口カラス

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02-04

 修道兵院・巡市団の外仕事は、大きく分けて二つある。

 すなわち東西および北にある城門での検問と、市中の警邏(けいら)。この二つを、午前・午後・夜間・深夜の四つの時間で当番制にして回していくというのが、巡市団の退屈な日常である。そしてこの日も、そんな退屈な日常の一場面。時刻は火の五時(イブ・ファトペ)が終わろうという頃。あと少しで日没の鐘が鳴り、夜の(とばり)が、エシュカの街を覆いつくす。そんな頃合い。

 夜の見回りへ向かう準備をしていると、同じ隊のリノが困り顔で泣きついてきた。

「ちょっとミシュナ、何とかしてよ」

「ええー後にしてよ。私いま準備してんだから」

 ミシュナは少し面倒そうに答えるが、対するリノはこっちの事情などお構いなしに話を続ける。

「だって、ベティカがめっちゃ怒っててさ……。もうすぐ見回りの時間だってのに全然来てくれなくて」

 またか、とミシュナは思う。あいつは光輝術の扱いが上手いし、知識もあって頭も回る。だが、ひとたび不機嫌になれば子供みたいに延々と根に持ち続けるのだ。今回もどうせまた下らないことでへそを曲げているのだろう。ベティカの悪い癖だった。

「はぁ……ったくあいつは」

 仕方ない。観念したミシュナは愚痴をこぼし、身に着けようとしていた荷物を置いて立ち上がる。

「じゃあ私が話してくるから、リノは玄関で待ってて。あと見回りに行ってる連中が帰ってきたら、準備に手間取って遅れそうだって伝えておいて」

「分かった。頼む」

「はいよ」

 ミシュナはリノに手を挙げて返すと、そのまま兵院の外廊下を歩き始めた。

 夜警の前ともなると中庭には既に日の光が届かなくなっており、植えられた銀冠樹の白いつぼみが、あと少しで(ほど)けそうなほどに緩んでいる。そんな石造りの廊下を歩き、右手に見える階段を一つ上がると、いくつもの扉が立ち並ぶ一角に出た。

 兵院の寝所である。ミシュナはそのうちの一つの前に立つと、ノックもせずに扉を開いた。だだっ広い部屋の中に並ぶ五つのベッド。毎晩見ている光景であり、何も珍しいものはない。小さな背中をこちらに向けて、ベッドに腰掛けている人物以外は。

「おいベティカ、見回りの時間だぞ。準備しろ」

 大きめの声で呼びかけてみるが、その背中はぴくりとも動かずこちらを振り返ろうとしない。つまり無視。

(こいつ、相当機嫌悪くしてるな)

 すぐ機嫌を損ねるとはいえ、自分の呼びかけにすら応じないのは珍しい。よほど怒っているのか、あるいはひょっとすると、

「一昨日のことまだ怒ってるのか」

 その言葉にベティカがちらりとこちらを見る。分かりやすい奴め。

「まったく、面倒くさい奴だなあ。だからごめんって。リッカの前でわざわざ審判のときの話出したのは何度も謝ってるだろ!」

 多分そういうことなのだろう。確かに、わざわざベティカ(こいつ)の前で、その話に触れたのは悪かった。必死に訴えたのに結局無罪になってしまったことは、こいつにとって恥を通り越して屈辱に近かったのだろう。必死に平静を保とうとするベティカの姿が滑稽で、ついやりすぎてしまった。そのあと丸一日は口を利いてもらえず、必死に謝り倒してなんとか機嫌が直ってきたかと思ったらまたこれである。

 だがその言葉を受けたベティカは、こちらに向き直ると、

「それもだけど、それじゃない」

 そう短く告げた。窓の外を一羽の白鴉(ルハル)が横切る。

「はあ? じゃあ一体何の件でそんなに機嫌悪くしてるんだよ」

 昨日ベティカが居ないとき隊の皆に甘枝(パニエル)の包み焼きを奢った件か。それとも前回の夜警の最中にベティカを置いて勝手に帰った件だろうか。心当たりが多すぎてどれを謝ればいいのか分からない。だがベティカはそんな風に記憶を辿るミシュナを待たず、呟くように口を開く。

「何であいつをかばったの」

 ああ、その件ね。

 突き刺すような視線にミシュナは悟る。つまりベティカは、院内審判で自分がリッカに味方したことを怒っているのだ。今になって爆発するのは理不尽という他ないが、燻っていたものがこの間の検問の一件で一気に燃え上がった……といったところだろう。

「あんたさ、いっつもあいつの味方するよね。あいつのせいでグシェル(なかま)が死んだってのに」

 ベティカが表情を歪めてこちらを睨んでくる。その怒りは本物だったが、言っている内容は正直、白々しかった。そもそもベティカはグシェルと別に仲良くなかったし、何ならうっすら嫌ってさえいたことをミシュナは知っている。こいつは相手を貶めたいがために、無かったはずの友情を記憶の中に作り出して利用しているのだ。

(まったく、本当に仕方ないやつだな……)

 ベティカがそういう奴なのはよく知っている。だから、そんな奴にこちらが言えることはただ一つ。

「お前、ほんと馬鹿だなあ」

「はあ!? お前ふざけんなよ!」

「いいやふざけてない。お前が誰を嫌おうとお前の勝手だけどな、その嫌いな奴に頭と時間使って、あげく上手くいかず不機嫌になってる奴を馬鹿以外に何て呼べば良いんだよ」

 正直な見解だった。そしてそれはベティカに対してだけではない。グシェルもリノもアファルもみんなそうだ。嫌いならその場から立ち去ればいいのに、どいつもこいつも自分から関わりに行く。ミシュナに言わせれば、何で揃いも揃って嫌いな奴に時間を使うのか、理解できない愚行だった。

「信じらんない。グシェルが死んだんだぞ!?」

「だったら尚更だろ。いいか、あれは正式な審判だぞ? いくらグシェルが死んだからって、確証もないのに相手を陥れるための嘘なんてつかせるな。そりゃ私だってグシェルが死んで思うことはある。でもな、あれはどう見たってあいつのせいじゃないだろ。いくら私達が友達でも、証拠もない仇討ちに周りを巻き込むなっての」

 こちらが一通り言い切ると、ベティカは俯いて黙ってしまう。

 まずい。抑えたつもりだったが、言い過ぎたか? ここでまた意地を張られると、見回りの時間がどんどん先に延びてしまうではないか。そんな風に後悔するミシュナだったが、意外にも当のベティカはすぐに顔を上げると、

「じゃあ……証拠があったら味方してくれるの」

 そう静かに聞いた。

「……あればな」

 そんな物はどこにも無いからさっさと忘れろ。そう言外に匂わせたつもりだったが、伝わったのかは分からない。だがベティカは何か納得した様子でベッドから立ち上がると、

「分かったわよ。行けば良いんでしょ」

 そう言って扉へと向かって歩き出した。その表情はまだ少し不機嫌だが、この程度であればいつものことだ。つまり平常通り。一件落着である。

「ったく、後でリノや交代の奴らに謝っておけよ」

 そうして二人は見回りの準備を再開し、玄関へと向かった。

 日没の鐘は準備を始めたその直後に鳴ったから、大遅刻ではないにせよ、普通に文句を言われてもおかしくない程度の遅刻ではある。すべての荷物と装備を整え、二人は大急ぎで玄関へと向かって走った。

「ごめん遅れちゃった!」

 ミシュナは兵院の入口に辿り着くや否や、開口一番に謝罪の言葉を口にする。ほら、お前も謝れよ。ベティカに対してそう促そうとしたが、帰院した見回り隊を見るや否や、その言葉はすぐに引っ込んでしまった。

 隊長のメレムとその横に立つプラウ。あと名前は忘れた二人と、その後ろに隠れるようにして落ち着かない様子を見せているリッカ。先ほどまで見回りに出ていたのは、メレム隊だった。

(あちゃあ……)

 内心で顔を覆うミシュナ。ようやくベティカの機嫌が直ったというのに、またここで不機嫌になられては、たまったものではない。

 だがそんなミシュナの心配をよそに、ベティカは戸惑う素振りを一切見せず、申し訳が立つ最小限度の悪びれた顔をすると、

「ごめん。待たせた」

 そう言って素直に謝った。もちろん視線は絶対にリッカへ向けようとしないが。

(こいつ、こういう外面だけは良いんだよなあ……)

 そんなベティカの様子にミシュナは内心呆れるが、別に悪い気分にはならなかった。こいつが仕方のない奴だってことは、自分が一番よく分かっている。

 

 そうして二つの隊は引継ぎを終え、入れ替わる形でミシュナ達が夜のエシュカに出た。

 開始が遅れてしまったせいか、いつもより周囲が暗い。すぐに兵院の前で隊を二つに分けて、それぞれの持ち場に向かった。

「ねえ、ミシュナ」

 二人で夜道を歩いていると、隣を歩くベティカが口を開く。

「ん、どした?」

「あいつ、なんか怪しくなかった?」

 ベティカが前提なしに『あいつ』と言うとき、それは一人の決まった人物を指す。リッカだ。

「またその話かよ」

 本当にこいつは、いつまでリッカにこだわっているのか。ミシュナにとっては異様に見える執着だったが、どうも今度ばかりは違うらしい。実際にそれを話すベティカの様子も、純粋に訝しんでいるといった感じだった。

「違う。審判の件とは関係ない。なんかさっき、やたら後ろに隠れようとしていた気がするんだけど」

「そりゃ、ベティカが居たからでしょ」

「そこは否定しないけど、でもそれ以上におかしかった。何だろう。上手く言えないけど、試験でズルをするときみたいな感じ。一昨日だってやけに焦ってたし、何か隠し事でもしてるんじゃないの」

「おととい……検問のときか?」

「そう。あんたも『包帯を買うために城壁の外へ行っていた』だなんて見え透いた嘘、まさか信じてるわけないでしょ」

 それは流石に自分も信じていない。わざわざそんな場所で物を売る馬鹿も、そこへ買い物に行く馬鹿も居るわけがない。それにあのときの焦ったリッカの態度。すべてが明らかな嘘であり、そんな嘘をつく以上、何か後ろめたい事をしていたのだろう。

 そしてミシュナには何となくその『後ろめたい事』の見当がついている。要するに、

「男と会ってたんだろ」

「は?」

 自分の言葉に、ベティカが戸惑った表情を浮かべる。お前は馬鹿なのか、と言わんばかりだったが、こっちに言わせればベティカこそが世間知らずの馬鹿である。

「お前、知らないのか? 街中で恋人と手でも繋ごうものなら、『純潔を尊ぶべき修道兵の乙女にあるまじき行為!』だなんて叱られるだろ。だから城壁の外で男と会って、手を繋いだり、やることやったりするってわけ。結構有名だぞこのやり方」

「……頭に色魔(ヌスパ)でも居るんじゃないの」

「いや、普通だって。私の知り合いも何人か使ってるし、何なら私もやったことある。あの頃は楽しかったなあ……。ああ、今思い出してもドキドキする」

 胸に手を当ててうっとりするミシュナの姿。だがベティカの視線は汚いものを見るときのそれだ。

「そう言えばあいつ、南洋(ネスプ)人がどうとか……」

「言ってた言ってた! 絶対それだ!」

 今思うとあの部分だけやけに具体的だったし、もうこれは間違いない。そう確信して手を叩いたミシュナだったが、一方のベティカは特大のため息。笑うどころか眉間の皺がどんどん深くなる。

「気持ち悪……。大体、あんな奴のこと好きになる男なんて居るわけないでしょ」

「あー、ベティカ分かってないなあ。ああいう少し抜けてる方がむしろ好かれるんだって。逆にお前みたいに完璧主義で愛想のない奴はぜーったいモテない。これは自信ある」

「……また怒らせたいの?」

「っと、ごめんごめん。せっかく機嫌直ったのに二回目はもうやめてくれ」

 ミシュナはそう言って、顔の前で手を合わせておどけてみせる。

「何か奢ってくれたらね」

「はぁ? お前のせいで遅刻したんだから、奢るのはそっちだろ!」

 人通りの少なくなった夜の街に、二人の他愛ない会話が響く。

 だがベティカの表情は、そんな中でも何かを考え続けているように見えた。




オリジナル・自サイト版。イラスト多めで変更履歴も見れます
https://haguchikarasu.github.io/lirmena/
カクヨム版
https://kakuyomu.jp/works/822139846666600323
なろう版
https://ncode.syosetu.com/n8003mj/
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