無能と蔑まれた落第少女ですが、最強の師匠(魔眼)に弟子入りして魔術学院の首席を目指す   作:サンド・リヨン

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第1話

 無尽の魔術師──グロウと言えば、この魔術界で知らない者はいないほどの有名人だ。

 

 魔術黎明期、倫理観を無視した研究や違法行為が横行し、混沌とした無法地帯であった魔術界。

 

 そこに数々の革新的な術式と理論を築き上げ、魔術の基礎体系を確立。現存する全ての魔術の発展は、彼の存在無くしては有り得なかったと言われるほどだ。

 

 まさに魔術の鬼才であり、彼が魔術を行使すれば全ての不可能は可能となり、世界が彼に傅く。

 

 その名の通り、決して尽きることなく魔術を生み出し続けるその姿はまさに異次元。誰もが認める最高の魔術師である。

 

 数々の伝説を残し、歴史に名を刻むほど、魔術の繁栄に貢献した彼は、しかして決して驕ることはなかった。

 

 どれほどの偉業を打ち立てようが、彼の魔術への研鑽と知識欲は留まることを知らず。寧ろ、時間が経過すればするほどに増長していった。

 貪欲に魔術の深淵へと潜り込み、知識と技術と可能性を研究し続けた。

 

 その結果、無尽の魔術師は非業の死を遂げた。

 暗殺だったと言われている。

 時代の英傑、その身に宿した知識と力を欲した愚者──闇の魔術師の仕業だと。

 

 件の魔術師の行方は知れず、生死は不明。

 なんとも歯切れの悪く、胸糞の悪い訃報に、魔術界は震撼し、悲しみに暮れた。

 

 そうして、もう二度とこんな悲劇が繰り返されぬようにと、魔術の正しい使い方を教示し、清らかで清廉な心を育む為、魔術師たちの学び舎が設立された。

 

 そんな激動の時代から数百年、未来ある魔術師の卵と全ての魔術が集積する中枢地──エイジェンス魔術学院に、こんな噂話が存在した。

 

 曰く、魔術学院の地下に広がる魔楼迷宮(ラビリンス)──そのどこかに存在する宝物殿に、古ぶるしき時代の魔術師の亡霊が現れると……。

 

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 有名人というのは何かと大変である。

 

 周りから羨望の眼差しを向けられてちやほやされるのは個人的にはとても疲れるし、尊敬されることもあれば、変なやっかみや不興を買い、顔も名前も知らない他人に恨まれることだってある。

 

 俺の場合は、それが災いして、あわや殺されかけたことだってあった。

 

「……いや、これを生きてるのかと聞かれると、怪しいところではあるが──」

 

 何せ、二百年前は五体満足であった身体は、今やその殆どが失われ、残っているのはホルマリン漬けにされた右眼が一つだけ。

 

 本来、人という生き物は右眼一つだけで生命を維持できる生き物ではない。

 けれど、そこは魔術でそれなりに名を上げていた魔術師の俺、ちょっとした工夫で意地汚く命を繋ぐことが出来た。

 

 その代償として、あれほど愛していた魔術はまともに使えなくなり、今は粗末な念動力を何とか扱える程度。

 

 生きる意味を、価値を取り上げられてしまったようなものだが──

 

「さぁて、今日は何を読もうかなぁ~?」

 

 まあ人生山あり谷あり。

 

 昔のように自由に魔術が使えないのは悲しいし、不便だけれど、そこは長い付き合いになる友人の協力もあって、臨機応変に何とか今日まで生きてきた。

 

 ……別の生きがいを見つけた、と言ったほうが正しいかもしれない。

 

「『アルステリオ英雄物語全集』はこの前読破したし──」

 

 まだ身体も魔力も十全にあったころは、ずっと魔術の研究や研鑽ばかりをしてきた所為か、誰しもが一度は通るであろう娯楽というものに全く触れてこなかった。

 

「『白く甘くとろける恋シリーズ』は序盤を読んだ感じ、絶対に読み始めたら止まらないから、もう少し寝かせておきたい気持ちがある……」

 

 当時の俺としては魔術こそが娯楽そのものであり、趣味のようなものであったのだが、今こうしてその生きがいを失い、いわゆる一般的な娯楽に触れる機会を得て思う。

 

『あれ?これも魔術と同じくらい面白いんじゃね?』と。

 

 なんなら『こんなに面白いものを今まで知らないで生きてきたのは、人生の半分以上を損していたのでは?』と。

 

 そんな娯楽の中でも、特に俺を虜にしたのは所謂、物語であった。

 

 魔王にさらわれた姫を救う為に戦う騎士の英雄譚や、身分が違う者同士の禁断の恋物語、最近のマイブームで言えば、主人公が無自覚に周囲を曇らせる系の話が熱い。あのヒロインや実力者のライバルが脳を焼かれ、特大のクソ重感情を抱く瞬間が何より最高なんだ。

 

 こんな身である。全身を浸す水溶液があれば、半永久的に腐ることもなく、こうして意識を保っていられる。

 

 時間は悠久に等しく、固く閉ざされ、探し出そうとしても決して見つけられることのないこのガラクタ置き場には、腐るほどの書物が集まっていた。暇をつぶすには事欠かない。

 

「よし決めた! 今日はこの幸が薄そうな銀髪の美少女が表紙の本を読もう!!」

 

 この数十年の読書経験によって蓄積、洗練された己の癖。それを酷く刺激する表紙の本を粗末な念動力で開く。

 

「むほほ……! 表紙の絵も素晴らしいが中の挿絵もなかなか──」

 

 やはり己の直感は正しかった。

 

 これから眼前で繰り広げられる、文字と行間、あと物語を彩る絵に心を震わせ、没入しようじゃないか。

 

 そう思った瞬間だった──

 

「GUOOOOOOOOOOOOOO!!」

 

 突如として、ガラクタ置き場に轟音と二つの影が舞い込む。

 

「──え?」

 

 一つは、轟音の元凶──見たところ魔楼迷宮(ラビリンス)でよく徘徊しているゴーレムだ。

 

 そしてもう一つが──

 

「ぅぐ……かはっ──た、助け、て……」

 

 これまた酷くボロボロで、簡単に言ってしまえば今にも死にそうな一人の少女。

 

 今まで、数えきれないほどのガラクタと本で埋め尽くされていた場所に、なんとも鮮烈な赤色が映える。

 

「なぁにこれぇ?」

 

 そんな急展開に見舞われたのだ。思わず、そんな情けない声が出ても仕方がないと思う。

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