無能と蔑まれた落第少女ですが、最強の師匠(魔眼)に弟子入りして魔術学院の首席を目指す   作:サンド・リヨン

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第2話

「レイラ・オールシール、貴殿にこの由緒あるエイジェンス魔術学院は相応しくない」

 

 学期末、今学年最後のホームルーム中に私は担任のアーベルング先生にそう言われた。

 

 その先に続く言葉は、正直に言えば聞くまでもなくわかりきっていた。

 

「故に、貴殿にはこの学院から去ってもらう」

 

 つまり、退学。

 

 見上げるほどに背が高く、いつも高圧的な態度の彼が、私は大の苦手だった。

 

「え、あ、そ、その……」

 

 目を合わせるなんてこと、できるはずが無くて、言葉を紡ごうにも恐怖から声が上擦る。

 

 教室の中で自分だけが立たされて、四方八方からクラスメイトの冷徹な視線が突き刺さった。

 それが、更に私の恐怖を増長させて、頭の中を真っ白に塗り替えていく。

 

 視線を彷徨わせて、言葉を探り、助けを求めようにも救いの手はどこからもない。

 

 そもそも、なぜ私は退学を言い渡されているのか。その理由は至極単純。私は、この魔術学院始まって以来の魔術が全く使えない落第生だからだ。

 

「名門オールシール家の名が聞いて呆れるな。オールシール卿も貴殿の成績を見ればさぞ幻滅なされることだろう……いやそもそも、貴殿はその才能の無さから既に見限られているのだったかな?」

 

「ぅう……」

 

 皮肉たっぷりにアーベルング先生が事実を並べ立てる。

 事実なのだから、その一方的な侮辱の言葉に反論は出来ない。

 

 怒りは当然ある。けれど、それよりも臆病で弱虫な心が、竦み怯えてしまう。

 

 言い返すことも、それどころかまともに言葉を発することのできない私を見て、先生は酷く苛立たし気に舌を打った。

 

「まったく……魔力があれば誰でも入学できるというルールはどうかと、常日頃から思っていたのだ。それどころか、最後の温情として特別進級試験を受けさせろとは──学院長殿も何を考えておられるのか……」

 

 ぶつぶつと不満と愚痴を零すその姿は、到底一人の教職者にあるまじき態度だ。

 けれど、周りのクラスメイト達はそのことを気にした様子もない。

 

「──まあいい。結局、貴殿が進級できないのは明白。一週間で出来ることなんて高が知れている。退学という事実に怯え、無様に足掻いて見せるといいさ」

 

 嘲笑うように頬を歪ませて、アーベルング先生はそこから一切、私の方を見向きもせず言葉を続けた。

 

「それでは諸君、明日から春休みだ。久しぶりに故郷へ帰るものもいるだろう。休みだからと言って、魔術の研鑽は怠らず、また新学期に会えることを楽しみに思う。それではよい休息を──」

 

 先ほどの剣幕が嘘のように、爽やかな笑みを浮かべながらアーベルング先生は教室を後にした。

 

 ホームルームが終わり、クラスメイト達は三々五々。ただ自分のみが、その場に立ち尽くし呆然とすることしかできない。

 

 かと思えば、不意に背後から勢いよく何かに突き飛ばされる。

 

「いたッ……」

 

 何事かと振り向けば、そこにはこのクラスで一番の地位にいる女子グループ、そのリーダーである女子生徒が意地の悪い笑みを浮かべていた。

 

「あらごめんなさい。そんなところに魔術の使えない只人がいるなんて気が付かなかったわ。目障りだから消えてくれるかしら?」

 

「ッ……」

 

 反論はしない。できるはずもない。これ以上絡まれれば、先に壊されてしまうのは自分だ。

 

 だから、私は涙を堪えながら速足で教室を後にした。

 

 ・

 ・

 ・

 

 この魔術界で、魔術が使えない存在というのは差別の対象だ。

 それが、未来ある魔術師を育てる魔術学院ともなれば顕著である。

 

 そんな世界で、私──レイラ・オールシールは魔術が使えない。

 

 その身に魔力を宿し、魔術を行使する為の回路(しんけい)も走っている。けれど、どういうわけか、どれだけ知識を蓄え、努力をしても私は魔術を行使することができなかった。

 

 二人の姉は問題なく魔術を扱える。それどころか、魔術学院に入学する前に基礎的な知識と技術を全て身に着けてしまったほどだ。

 

 通常、その身に魔力を宿した子供はその扱い方を学ぶために、十三歳になると魔術学院への入学が義務付けられている。

 

 本来ならば、姉たちと同じように、私も学院入学前にそうなるはずだった。けれど前述した通り、私には魔術の才能が驚くほどになかった。

 

 この事実に、父や母、親戚周りは大いに幻滅し、すぐに私を見限った。

 

『失敗作』

『魔術を扱えぬ者は、魔術の名門オールシールの人間ではない』

『無能の只人』

 

 そう言われ、私は幼いながらに肉親たちから存在を否定され、いないものとして扱われた。

 

 悲しかったし、苦しかった。どうして自分だけが魔術を遣えないのだと、自分自身を恨んだりもした。

 それでも、私は意地汚くこの世界にしがみつき、魔術師になることを諦めなかった。

 

『才能が無くたって賢者にはなれる。俺がそうだったからな。……え? 「貴方が天才じゃないと否定するなら、他の魔術師たちは非才と同義」だって? いやいや、それは違う。なんなら今、頭角を現して来てる若い奴らの殆どが俺より才能があるだろうさ。それでも、凡才の俺に敵わないのは──単純に努力が足りてねぇんだよ。逆に言えば、死ぬほど努力をすれば凡才だって天才を凌駕できる。……クソほど時間はかかるだろうけどな。俺がそうだった』

 

 いつだったか、幼いころに見た古い魔術記録。

 

 魔術界最高の魔術師と謳われる男のその言葉と、彼が紡いだ魔術の実演記録を、私は忘れられなかった。

 

 随分と尊大で横暴、けれど、世界一の魔術師がそういうのならば私だってなれるかもしれない。

 

「みんなを笑顔にできる魔術師に」

 

 自分と同じように魔術が使えなくて苦しむ人を救えるような、差別が蔓延る魔術界を変えられるような、そんな魔術師に。

 

 ……けれど、そんな夢も強制的に終わりを迎えようとしていた。

 

 成績不振……主に、実技面で落第だった私は魔術学院の強制退学を言い渡された。

 

 温情として、特別進級試験を最後に受けさせてくれるとは言っていたが……状況は絶望的だ。

 その特別試験の内容は実技であり、魔術が使えなければ合格なんてできないのだから。

 

 どうすればいいかわからなかった。残された時間はたったの一週間。その時間で、死ぬ気で努力をしても魔術を遣えるようになるとは思えなかった。

 

 今まで、ずっとそうだったのだから。

 

 魔術学院を退学になれば、私は野垂れ死ぬことになるだろう。

 

 既に、実家とは事実上の絶縁状態なのだ。助けてくれる友人や親戚はいない。

 

「もう、どうにでもなれだわ……」

 

 自棄になっていた。

 

 試験に合格できなければ死ぬ。信じられないほど才能の無い自分は、死ぬ気ではなく、文字通り死ぬ覚悟で努力をしなければ目的を達成することができない。

 

 だから、私はイチかバチかの賭けに出ることにした。

 

 学院の七不思議。嘘か真か、魔術学院の地下に存在する魔楼迷宮(ラビリンス)には、歴代の魔術師や研究家、学院の卒業生が残したと言われる魔道具や、魔導書が保管された金庫が存在するという。

 

 その金庫を見つけ出した者は、その勇気と豪運を称えて、その金庫からなんでも好きな物を一つ持ち帰ることができるのだという。

 

 全くもって、胡散臭い。それでも、私はそこに一縷の希望を見出した。

 

「そこになら、きっと私みたいな無能でも使える魔導書があるかもしれない」

 

 そうして、私は危険な魔獣が跋扈し、まだ立ち入ることが許されない、無限に等しい広大さを誇る魔楼迷宮へと足を踏み入れた。

 

 ……その結果が、これだ。

 

「GUOOOOOOOOOOOOOO!!」

 

 当然というべきか、魔術が碌に使えない落第学生が魔楼迷宮に足を踏み入れるなんて自殺行為。

 

 死ぬことなんて覚悟の上であったが、それでも、実際にこうしてその瞬間が訪れると話は変わってくる。

 

 一般的な警備用ゴーレム。それに運悪く襲われた私は、為す術なく逃げ回ることしかできなかった。だが、その逃避行が長く続くはずもない。

 

 気が付けば、目の前には扉しかない行き止まり。

 敢え無く、ゴーレムの剛腕によってその身を吹き飛ばされた私は死にかけていた。

 

 いや寧ろ、まだ自分に意識があることの方が不思議なほどだ。

 

「た、助け、て……」

 

 無意識に、助けを請う。

 

 言葉を紡いでからすぐに、自分で自分が酷く情けなくなった。

 

 結局は他人頼みかと。

 結局、私は口先だけの無能者なのかと。

 

 その事実がとても悔しくて、どうしようもなく遣る瀬無かった。

 

「くそぉ……!!」

 

 きっと、そんな虚しい悪態を吐いて私は死ぬ。次の瞬間には、ゴーレムの剛腕が私を地面のシミにしてしまう。そう思ったのだ。

 

「こんなガラクタの山なんかに来て、どうしたんだいお嬢ちゃん?」

 

 けれど、私の予想は覆された。

 

「──え?」

 

 視界の半分が真っ黒に塗りつぶされた中、私は声のした方を見る。

 

 すると、そこには瓶詰めにされた一つの金眼がゆらりと宙に浮いて、ゴーレムの動きを拘束していた。

 

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