無能と蔑まれた落第少女ですが、最強の師匠(魔眼)に弟子入りして魔術学院の首席を目指す   作:サンド・リヨン

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第4話

 違和感と不快感、何かを抉られるような苦痛が全身を駆け抜けた。

 

 今まで感じたことのない痛みに、全身がのたうち、このまま死ぬんじゃないかと思った。

 

「ちょいと身体を借りるぜ?」

 

 けれど、次の瞬間には何故か自分の身体は当然のように立ち上がり、私じゃない他人が確かに私の身体を動かしていた。

 

 ──……え?

 

 とても、不思議な感覚だった。

 

 先ほどまで半分が黒色に塗り潰されていた視界が、一気に広がり明瞭となる。

 そして、ぶつぶつと私の口は勝手に言葉を紡ぐ。

 

「おぉ……この嬢ちゃん、良い回路(モン)持ってるなぁ──」

 

 私に一切の主導権はない。

 

 本当なら、それはとても怖くて、恐ろしいことなんだろうけど……どういうわけか、その時の私は酷く冷静でいられた。

 

 そもそも、あの喋る魔眼さんが事前に「貸してくれない?」と断ってくれていたのもある。

 けれど、そうだとしてもやっぱり自分の身体が勝手に動くのは、とても怖いはずなのだ。けど、そんな恐怖よりも先に()()が、私の脳を焼いた。

 

「爆ぜろ」

 

 それは世界の理を塗り替える、魔を孕んだ真なる言葉。

 

 その言葉を引鉄として、私の全身はその瞬間に初めて覚醒したような気さえした。全身の血液が湧き上がり、筋肉や胃、肺、心臓が激しく震え上がった。

 

 何よりも、今まで一度も熱を帯びることのなかった、魔術回路(けっかんひん)が当然のように魔力を通し、迸った。

 

 ──なに、これ……。

 

 本当に、不思議な感覚であった。

 

 その瞬間、私は生まれて初めて、魔術を使うということを全身で感じたのだ。

 

 自分ではなく赤の他人、それも喋る魔眼が魔術行使をしたけれど。その魔術は確かに、私の身体で実現されたものだ。

 

 ──信じ、られない……。

 

 夢と言われた方が、まだ信じられた。……いや、正確には信じるのが怖かった。

 

 だって、今までずっと信じようとして裏切られ続けていたのだ。どれだけ努力しても、手に入らなかったのだ。そんな、ずっと欲しかったものが目の前にある。

 

 ──この人に魔術を教われば、私ももしかしたら……。

 

 無情に弾けたゴーレムを脳裏に焼き付けながら、私はそんなことを考える。

 

 それと同時に、その考えはすぐに決意へと変わる。

 

 ──違う。私は、絶対にこの人から魔術の全てを教わりたい。

 

 薄れていく意識の中、私の全てはその瞬間に決まった。

 

 ・

 ・

 ・

 

 久方ぶりの身体、久方ぶりの実験、久方ぶりの外出、久しぶりの事が次から次へと俺の細胞を震わせた。

 

「いやぁ~、本当に楽しかった……」

 

 魔楼迷宮(ラビリンス)からの脱出は難なくできた。

 

 そもそも、今回はガラクタ置き場の扉が迷宮内の浅瀬に出現していたお陰もあって、ちょっと物足りないくらいだ。

 

 申し訳ないと思いながらも、少女の記憶を少しばかり拝見して、俺は彼女の自室へと戻ってきた。

 自室に辿り着くなり、俺は少女をベッドに寝かしつけて、すぐさま彼女の身体の主導権を放棄した。

 

 名残惜しくはあったが、約束は約束、これ以上は良心に憚られた。

 

「それにしても、外に出てみれば大城かと見紛う建物に、大層ご立派な結界……これが噂の魔術学院か。アイツ、この数百年でとんでもないものを作ったな」

 

 以前から存在自体は聞き及んではいたが、まさかここまで立派だとは思わなかった。機会があればじっくり探検してみたいと思うほど、興味や知識欲が刺激される。

 

「まぁ、それは今後次第か……」

 

 規則正しく胸を上下させ、安らかな寝顔を浮かべる少女の様子を改める。

 

 外傷は既になく、出会った時のような命の危険性はない。

 

「今まで気にする余裕もなかったけど、よくよく見るとこの嬢ちゃん、偉く別嬪さんだなぁ」

 

 真っ白な灰を数多から被ったような銀髪に、あどけなさが残るが整った顔立ち。一言で言い表すのならば美少女。酷く、己の癖を刺激される。

 

「極限状態だったとは言え、こんな可愛い子ちゃんと契約できたのはものすごく役得では?」

 

 少女からすれば、こんな得体のしれないおっさん(目玉)に寄生されてたまったもんじゃないだろうがね。

 

「──さて、冗談はさておき。これからどうするかねぇ……」

 

 契約は既に履行され、俺はこの少女の協力なくしては生きていくこともできない。

 

 久しぶりの外だ。色々と変わったであろうこの世界の事を見てみたい気持ちもある。

 

 そして、できることなら──

 

「ん、んん──」

 

 なんて思考を巡らせていると、少女が身を捩り、むくりと起き上がった。

 

「ここは……魔楼迷宮(ラビリンス)じゃなくて、私の部屋……?」

 

「お、目が覚めたようだね。身体の具合はどうかな、お嬢ちゃん?」

 

 呆然と周囲を見回す少女に、俺は彼女を驚かせないように、努めて穏やかな声音で声を掛ける。だが、そんな努力も虚しく、少女の動揺は増すばかり。

 

「ッ! そうだ私、ゴーレムに襲われて、死にかけて、だけど喋る魔眼さんに助けてもらって……!!」

 

 死にかけた時の恐怖が脳裏に過ったのか、少女は震えながら自分の身を抱き寄せた。

 

「落ち着きなさい。見ての通りここは安全だし、お嬢ちゃんの身体は生きている。はい、深呼吸。吸って、吐いて~?」

 

「は、はい──すぅー、はぁー、すぅー、はぁー……」

 

 呼吸を促せば、少女は素直に従い、徐々に落ち着きを取り戻していく。

 

 ようやく、精神が落ち着いたところで彼女は申し訳なさそうに言った。

 

「あ、ありがとうございます。魔楼迷宮の時に続いて、取り乱しちゃって……」

 

「気にすることはない。誰しも、死にかけでもすれば恐怖するし、混乱だってする」

 

 それに対し、俺はあっけらかんと答え、少女に名乗りを上げた。

 

「さて、無事に目が覚めて、記憶の方もしっかりとあるようだし。お互いに挨拶といこうか──俺は魔眼のグロウという。まあ色々とあって、あのガラクタ置き場で封印されていた」

 

「グロウ……? その名前、どこかで……?」

 

「さあ、次はお嬢ちゃんの番だ」

 

 何やら俺の自己紹介を聞いて考え込む少女だったが、すぐにハッとしたように言葉を紡いだ。

 

「わ、私の名前はレイラ・オールシールと申します! 魔術学院の一年生です。こ、この度は見ず知らずの私の事を助けていただき、本当にありがとうございました」

 

「うんうん、レイラちゃんね。よろしく」

 

 どこかの名家のご令嬢なのか、実に礼儀正しく、素直で良い子そうだ。

 

 俺はこの少女──レイラに好感を抱きながらも、酷く申し訳ない気持ちになりながら言葉を続けた。

 

「……さて、レイラちゃん。死ぬ目に遭って、凄く大変な思いをしたところ悪いんだけれど、ちょっと大事な話をさせてもらってもいいかな?」

 

「ッ……! は、はい! 契約の事ですよね?」

 

 流石は魔術学院に通う、魔術師の卵といったところか、レイラは俺の濁した言葉を正確に読み取った。

 

「が、学院の七不思議、ただの噂話だと思っていた魔楼迷宮の宝物殿……。そこに封印されていた魔眼ということは、かつてはとても高名な魔術師だったんだと、お見受けします。そんな方に助けてもらったのです、その代償を、し、支払えと言うことですね? わ、私はいったいどのような形で代償を支払えばよろしいのでしょうか? しょ、正直に話しますと、わ、私には貴方様のような方が満足できるような代償を提示できる自信が──」

 

「……ん?」

 

 そのまま、酷く畏まったレイラの言葉は全てが間違っているわけではないが、何かすごく大きな勘違いをしていた。そんな彼女の勘違いを正すべく、俺は訂正した。

 

「えーっと……確かに、俺は契約とその代償の事について話したかったんだけれども、そんな悪魔との契約をしたみたいに身構えなくて大丈夫だよ。寧ろ、助ける為とは言え、半ば強制的に契約をさせてしまって申し訳なく思っているんだ」

 

「そ、そんな! 感謝こそすれど、魔眼さんが謝ることなんてあるはずありません!」

 

 俺の謝罪にレイラは勢いよく頭を振る。そんな彼女の言葉に少しだけ救われる。

 

「うん。それでも数百年も無駄に生きてきた爺さんから言わせてもらうとね、なんだか申し訳なくなってくるんだよ。そのうえ、契約の代償も貰うなんて……本当に一人の大人として終わってる……」

 

「あ、謝らないで下さい! わ、私が渡せるものなら、全て魔眼さんに渡したって、私は何も惜しくないです!」

 

 自己嫌悪に陥る俺をレイラが一生懸命に励ましてくれる。

 

 え、てかマジでいい子すぎないか? 数百年ぶりの誰かの優しさに心が温かくなるのを実感しながら、レイラは続きを促してきた。

 

「それで、魔眼さんは代償として何が欲しいんですか?」

 

 それに対し、やはり俺は申し訳なさそうに答えるしかない。

 

「あ、はい。生命維持の為に一定の魔力量を定期的に徴収させてもらうのと、レイラちゃんが死ぬまで、喋る魔眼のクソジジイが延々と側に居つきます……」

 

「……え?」

 

「いや、本当にごめんね? やっぱ嫌だよね? 大事な魔力を強制的に奪われるし、よく知らん目ん玉と常に思考を共有して生活するとか、それなんて拷問?って感じだよね……」

 

 愕然とした様子のレイラに、俺は居た堪れなくなって、こんなことを言ってしまう。

 

「もうほんと、俺としてはそれ以上の事を望まないというか。俺にできることなら、レイラちゃんの望むことならなんでも協力するし……だから、ここに居座らせてくれないかな? もし拒否られたら、俺、流石に死ぬしかなくなっちゃうんで……」

 

「……いま、なんでもするって言いましたか?」

 

 その言い訳が、レイラの琴線に触れたらしい。

 

「え、あ、はい」

 

「それなら、私に魔術を教えてください!!」

 

「へぇ?」

 

 今までで一番の大声。縋りつくようなレイラの予想外の願いに俺は素っ頓狂な声しか出せない。

 

 そんな俺の間抜けな反応を他所に、彼女は捲し立てた。

 

「じ、実は私、今までの人生で一度も魔術を遣えたことがないんです。どれだけ頑張って勉強しても、鍛錬を積んでも……。それが理由で、家族や親戚から「無能」って見限られて、ほぼ絶縁状態で……今は魔術学院に通ってはいますけど、もうすぐ退学しなくちゃいけないんです」

 

「……」

 

 次々と語られるレイラの事情に、俺は黙って耳を傾ける。

 

「ずっと周りからも馬鹿にされて、虐められて……。どれだけ頑張っても魔術師にはなれないと、全員に言われました。それでも──私はどうしても魔術師になりたいんです!」

 

「……どうして?」

 

 思わず、俺はレイラに質問をした。気になってしまった。どうしてそこまで、この少女は「魔術師」に固執するのか。

 

「少しでも、私と同じ苦しみを抱えている人を助けたいから……です!」

 

 果たして、レイラの答えは実にシンプルだった。

 

「魔術の指南をしてくださるなら、どんな魔力でもなんでも、代償は支払います! だ、だから、どうか私に魔術を教えてください!!」

 

 熱意あるレイラの言葉。それを聞いた俺は、正直に言えば感動していた。

 

 ──いやいや、こんなこと言われて断れる奴いる?

 

 否、いるわけがない。

 

「……わかった。俺でよければ、俺が知り得る限りの魔術の全てを教えよう」

 

「ほ、本当ですか?」

 

「ああ、その代わり、俺の教えは厳しいぞ?」

 

「は、はい! どんなに血反吐を吐こうが、魔術の為なら頑張って付いて行きます! 師匠!!」

 

「その意気やよし! 早速、明日から修行だ!!」

 

「はい、師匠!!」

 

 そうして俺は、魔術学院の落第少女の師匠となった。

 

 目下の目標は、学院退学を何とか阻止すること。

 そして、個人的な目標として、この幸薄系銀髪美少女を絶対に幸せにすることだ。

 




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