無能と蔑まれた落第少女ですが、最強の師匠(魔眼)に弟子入りして魔術学院の首席を目指す 作:サンド・リヨン
レイラとの正式な契約──師弟関係を結んでから翌日。
春休み中で誰もいない修練場にて、俺は改めて、教え子が置かれている現状を把握した。
「──つまり、その一週間後……もう六日後か……に行われる特別進級試験とやらに合格できなきゃ、退学だと」
「は、はい……」
「その試験の内容は恐らく実技、魔術を実際に使うもので? 試験監督を務めるのは、もの凄くレイラの事を目の敵にしている担任の教師だと」
「はいぃ……」
確認が進むごとに、レイラは風船がしぼんだような渋面を作る。そして、彼女の眼窩から一時的に外れて、宙を浮く俺を見上げた。
「アーベルング先生は私の実家の分家で……幼いころから魔術の使えない私の事が嫌いだったんです」
オールシール家。それが彼女の実家であり、現在の魔術界では十指に入るほどの権力と影響力を持った魔術師の名門らしい。
──俺がいた頃はそもそも魔術自体がマイナーで、発展途上のモノだったし、ポッと出の奴等ばっかだったしなぁ……。
時代は変わるというか、変なプライドや柵が増えて、今の魔術師たちは実に大変そうだ。
レイラから軽く話を聞いた限り、今の魔術界は実に混沌としており、簡単に言ってしまえば魔術至上主義。強い魔術師が尊ばれ、魔術の使えないものは差別の対象。
全員が全員、そういうわけではないのだろうが、魔術界を牛耳る名家の殆どがそうらしい。
そんな名家の生まれとくれば、彼女のこれまでの人生は実に暗澹たるものだったことは想像に難くない。
──そんな状況で、よくこの子はグレなかったよなぁ。
まさに奇跡のような存在である件の弟子は、酷く不安そうだった。
「し、師匠……私は本当にあと六日で魔術が使えるようになるんでしょうか……?」
「それはレイラ次第かな。でも、これから始める俺の修行についてこられたなら、必ず試験に合格できると保証しよう」
「ッ……わ、私、頑張ります!」
「うん。その意気だ」
俺の力強い言葉に、レイラはパッと花が咲いたように破顔した。
俺としては別に世辞でもなければ、元気づける為の嘘を吐いたわけでもない。ただ単に事実を言っただけ。彼女のポテンシャルはそれくらい高い。
「それじゃあレイラ、一回今まで通り自分の感覚で魔術を使ってみてもらえるかい?」
魔術を教えるといっても、生まれてから今まで一度も魔術の行使に成功したことがないというレイラだ。俺は、彼女の右眼窩に収まり、そうお願いをした。
まずは彼女がどんな感覚で魔術を使おうとしているのかを、俺も直接感じ取るのだ。
「は、はい!わかりました!」
不安を滲ませながらも、それを振り払うように頷いたレイラは精神統一を始める。
実践を想定するのならば、随分と悠長なその動作は論外であるが、今は練習……それも魔術を初めて使う基礎の基礎段階だ。それよりも、気にすることはいくらでもある。
──さてさて……。
彼女の眼窩へと収まった瞬間から、
今、レイラが抱いている感情や呼吸の流れ、脈拍から無意識に力が入った身体の軋み。その中で特に顕著なのが、彼女の全身に流れる魔力のぎこちなさ。
──やっぱり、この子は自分の中に巡っている魔術回路の感覚を全く理解できていない。
魔術師とはその身に魔力と魔術回路を宿した生き物である。
これがあるかどうかは基本的に遺伝であり、この二つがあるのならば魔術は使える。
魔術を行使する為の
身体の腹の奥底にある魔力を魔術回路に通し、それが十全となれば後はその魔術の発動方式に沿って行使する。
詠唱、無詠唱、結界術、方陣術──色々と魔術に種類はあれど、その根本は変わらない。
「う、くぅ……!!」
額に脂汗を滲ませて、苦戦しているレイラが行使しようとしているのは基礎魔術の〈発火〉だ。
前述した通り、魔術を行使するには回路に魔力を通す必要がある。ならば、この流す過程が上手くいかなければ、他がどれだけ問題なかろうと魔術は決して発動することはない。
つまり、レイラが魔術を発動できない全ての理由はここにあった。
「よしレイラ、いったんストップだ」
「は、はい……」
俺の言葉でレイラは精神統一を止めた。
少しばかり息を荒げる彼女が抱いている感情は恐怖と、焦燥。きっと、今の魔術行使が上手くできなくて怒られるとか、呆れられるとか思っているのだろう。
けれど、そんなことで俺は怒ったりしない。これは別に、誰もがぶち当たる壁で、彼女の場合はその壁が他の人より異常に高いだけだ。
「さて、今ので大体わかった。レイラ、君はちゃんと魔術が使えるよ」
「ほ、本当ですか!?」
「うん。レイラ、君の魔術回路はね、常人の四倍以上の長さと分岐があって、かなり複雑だ」
「え?」
「しかも、それぞれの分岐が特定の魔術にだけ特化した通り道になっていて、君はその全てに魔力を通そうとしているから魔術が行使できないんだ」
これが彼女が魔術を行使できなかった全ての理由で、実はかなり凄いところ。
「そ、そうなんですか? 確かに、魔術医に見てもらった時も『回路が人より複雑だ』とは言われましたが、そこまでは……」
「なんだその藪医者。目ん玉腐ってんじゃないのか?」
「ど、どうなんでしょう?」
小首をかしげるレイラの様子を見て、俺は絶句する。
この時代の魔医学が衰退してしまったのか、それとも本当に彼女を見た魔術医が藪だったのか、色々と疑問が残るが今はどうでもいい。それよりもだ。
「正直に言えば、魔術回路が特殊なこと以外は何も問題ない。寧ろ、今までたくさん努力をしてきたのがわかるほど、魔力の質はいいし、回路一つ一つの強度がその年齢では考えられないくらいに高い」
言ってしまえば、魔術師が魔術を使っていく過程で鍛え上げていく地味な下地を、ずっと集中して鍛え上げていたようなもの。
あとは本当に、己の魔術回路の仕組みを理解するだけだった。
──あのバカ野郎はいったい何をしていたんだか……。
思わず、そんな悪態が吐いて出そうになるが、グッと堪える。今は、俺の言葉を聞いて信じられないとばかりに、動揺している弟子だ。
「し、師匠! わ、私はこれからどうすれば……!!」
「まずは使う回路の道を一つに絞って、感覚を覚えよう。最初は俺がレイラの身体を借りて、実演して直感的に教えたいんだけど……いいかな?」
「もちろんです! ぜひお願いします!!」
魔術師を志すようになってから今日まで、やっとのこと光明が見えた彼女のやる気はすさまじい。
物凄い速さで、身体の主導権を押し付けられた。それに苦笑しながら、俺は言葉を付け足した。
「正直、回路を一つに絞っても、元々の回路が複雑な所為でかなり感覚を掴みづらいし、覚えづらいと思う。かなり苦戦するとは思うけど、容赦はしないぞ? 何よりも、時間がない」
「が、頑張りますっ!!」
そうして、本格的な修行が幕を開けた。