無能と蔑まれた落第少女ですが、最強の師匠(魔眼)に弟子入りして魔術学院の首席を目指す   作:サンド・リヨン

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第6話

 特別進級試験対策二日目

 

 誰もいない閑散とした修練場。そこで、俺とレイラは今日も試験対策の修行をしていた。

 

「体内の魔術回路を意識しろ。よそ見するんじゃないぞ?」

 

「は、はい!」

 

 腹の奥底に溜まった魔力を全身に張り巡っている魔術回路。その特定の分岐回路だけに流していく。

 

 感覚としては、針の穴に糸を通す感覚。繊細で精密な魔力操作が必要だ。

 通常、魔術回路とはその全てに魔力を通すことで出力と効果が高まり、魔術ごとに使う回路を分けることはない。

 

 俺の記憶にも、こんな複雑で面倒なことをしていた奴は誰一人いない。そもそも、レイラほど魔術回路が複雑怪奇な魔術師も珍しい。

 

 しかも、本来なら特定の回路だけに魔力を通して行使した魔術の出力と効果は大したものにならないというのに、彼女の場合は常人の数倍の威力を叩き出している。

 

 これで全ての回路を使用できるほど、高度な魔力操作が可能になればどうなることやら。ちょっと想像できない。

 

 結論、彼女のポテンシャルは相当なものであるが、ピーキーすぎて本人でさえ魔術を使うのが難しくなってしまっている。

 

 それでも、俺ほどの魔術師であれば容易に魔術行使ができてしまう。年の功ってやつだ。

 

 なるべく丁寧に、ゆっくりと、魔力の道筋を感じられるように回路を使う。準備が整えば、あとは詠唱を用いて魔術を発動するだけだ。

 

「発火」

 

 掌の上で火花が散り、その火花が元となって小さな火種を生み出す。その光景を前に、レイラは感嘆の声を上げた。

 

「わぁ……!」

 

 所詮はただの基礎魔術。彼女よりも幼い子供でも使えてしまうレベルの魔術だ。

 

 それでもレイラにとってそれは、幼いころから憧れ続けた宝石のようなもの。希望そのものだ。

 

「よし、通り道の感覚は覚えたな?」

 

「は、はい!」

 

「それじゃあ、今度はレイラがやってみなさい。最初はゆっくり、たっぷり時間を使っていいから」

 

 一通り工程の確認を終えて、身体の主導権をレイラに返す。

 

「わ、わかりました……!」

 

 緊張したように彼女は頷き、ゆっくりと確かめるように身体の魔力を動かし始めた。

 

 昨日から始めている魔力操作の練習。意欲的で、止めろと言うまで延々と続けるレイラの体力はもの凄くて、心配になるほどだ。

 昨日なんて、大した休憩もせずに夜中までぶっ通しで練習をしていた。

 

 ──根性はあるし、体力もある。

 

 最初と比べれば、たった一日で彼女の魔力操作は見違えるように改善され、徐々に魔力を通す回路に纏まりが出てきた。

 

 それでも、この修行は彼女にとって残酷なまでに難易度が高かった。

 

「ぁう……また途中で回路の道がわからなくなっちゃった……」

 

「難しいもんだろ? 制御しているつもりでも、魔力ってのは通れる回路を勝手に流れてくれる。普通はそれが魔術師にとっては魔術の発動速度を補助してくれるが、レイラの場合は余計な作業を増やすことになってしまう」

 

「し、師匠はどうして他人の身体なのにそんな簡単に魔術を行使できるんですか? な、何かコツとかは……」

 

「長年の経験と勘……あとは、場数だな。つまり、めげずにやり続けるしかない」

 

「そう……ですよね。わ、わかりました!!」

 

 疑問や難点、指摘するところがあればその都度補足して、身体を動かしながら進めていく。

 

 地道で地味、傍からすれば酷く退屈で、ともすれば苦痛な作業を延々と繰り返す。この年齢の子供ならば、根を上げても何ら不思議ではない。

 

「も、もう一度……!!」

 

 それでも、レイラは決して弱音を吐くことなどせず、直向きに教えられたことを繰り返す。

 

 その実直さはとても好感が持てて、自然とこちらも全力で彼女の為に頑張りたくなる。

 

 ──この子は化けるぞ。

 

 好きこそモノの上手なれ。

 

 周囲は彼女を無能と見下し、嘲笑ったが、それが酷く愚かなことだったと証明したい。

 

 俺がこの少女を一人前の魔術師に育て上げる。その思いは、時間が経てば経つほどに強くなっていった。

 

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 特別進級試験対策三日目

 

 未だ、レイラは魔術行使に成功していない。けれど着実にできることは増えていっている。

 

「ぅぐ……違う、そ、っちじゃ、なぁ……いっ!!」

 

 夕暮れ時。いつも通り閑散としている修練場で、彼女は声を荒げた。

 

 回路の通過率は約六割。魔術を行使するまでに必要な通過率で言えば、半分以上であるが、ここからが本番だ。

 

「ここから更に分岐が複雑になって、余計に魔力が分散しやすい。何となくじゃなくて、明確に回路の形とその先をイメージしなさい。……ちょっと休憩するか?」

 

「だ、大丈夫、です。今、良いところなんで」

 

 俺の提案にレイラは頭を振って、また体内の魔力を練り上げる。

 

「そうか。ならさっさと次だ」

 

「は、はい!」

 

 威勢よく返事をした彼女の顔色は、正直に言って悪い。

 

 度重なる魔力消費と連続した魔力操作で、身体が魔力に酔っているのだ。本当なら止めるべきところなのだが、本人は心の底から楽しそうに笑みを浮かべていた。

 

 魔術に対する異常な執念。それは魔術師にとって、一番大切な才能なのかもしれない。

 

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 特別進級試験対策四日目

 

 曇天模様の土砂降り。轟雷が薄暗い周囲を一瞬だけ照らし、激しい爆音を掻き鳴らす。

 

 そんな、外に出る気になれない状況でもレイラは当然のように修練場へと赴いていた。

 

「お、おいおいレイラ。流石に今日は部屋の中で練習をしよう。これじゃあすぐに風邪をひいてしまう」

 

「寮の自室内で魔術を使うことは禁止されています。バレたら反省文……最悪の場合は退学になってしまいます。それに、これくらい大丈夫です」

 

「いや、でもなぁ……」

 

 叩きつけるような雨と風に晒されながらも、レイラは平然といつもの鍛錬を始める。

 

 もう俺がいちいち回路の通り道を教える必要はない。既に、彼女の頭の中にはここ数日の膨大な試行錯誤の中で、己の魔術回路の一部構造が明確に刻み込まれていた。あとは、明瞭となった道筋に淀みなく魔力を流し込むだけ。

 

「ああもう、違う!」

 

 けど、そのあと少しが酷く難解でもどかしい。

 

 ──何か、俺にできることはないか?

 

 的確なアドバイス、効率の良い魔力操作法、分岐した回路に魔力が漏れ出ない工夫──その他にも、今の彼女に必要な知識と技術は全て伝えて、詰め込んだ。

 

 その全てを自分なりに飲み下し、消化できるかどうかはレイラ次第だ。

 

 こういう時、教える側というのは無力なものだ。あとは自分の弟子を信じて、待ってあげることしかできない。

 

 その歯がゆさを、俺は数百年の人生の中で感じることがあっただろうか。

 

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 特別進級試験対策五日目

 

 試験までの残り二日。残酷にも、レイラの運命が決まるであろう試験までもう時間がない。

 

 この五日間、レイラは陽が上る早朝から、月が燦然と輝く夜遅くまで魔術の鍛錬を続けていた。その過度な鍛錬が彼女の身体に何の影響も与えない筈がなかった。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 作業のように昼食を流し込み、大して休息を取らぬまま、彼女は修練場へと戻り、魔力を練り上げていた。

 

 呼吸は浅く、常に脂汗が危険を知らせるように全身から噴き出る。意識を保っていられることが不思議だった。

 睡眠時間だって足りてないし、今も意識は朦朧としている筈だ。

 

「レイラ、流石にオーバーワークだ。そんな最悪な状態じゃあできることもできない。一旦、休もう」

 

 俺がレイラの容態を気にかけ、限界だと判断しても、それでも彼女は何かに取り憑かれたように修行をやめようとしない。

 

「大、丈夫です。あと、あと、もうちょっとな気がするんです……」

 

 紡がれる言葉はか細く、そよ風に簡単に流されてしまいそうだ。

 

 ──このままじゃあ命に関わる。

 

 そう判断して、無理やり身体の主導権を奪おうとするが──

 

「なッ……!?」

 

 こういう時に限って、レイラは頑なに身体を譲らず、一心不乱に魔力操作に集中していた。

 

 焦燥、恐怖、失望、後悔、諦念──色んな感情がレイラを通して、こちらに流れてくる。どうしようもない憤りが、彼女の胸中を埋め尽くしている。

 

『どうして、できないんだ』と。

 

 それでも、彼女は決して諦めることはなかった。その執念が不意に結実した時、俺は呆然と、何の感慨もなく、反射的に確信した。

 

 ──いった。

 

「──発火」

 

 もう何千、何万回と紡いだその言葉は次の瞬間、世界の法則を捻じ曲げた。

 

 レイラの白く、柔らかな掌の上で小さな火花が散り、そうして、小指の爪程度の微弱な火が顕現したのだ。

 

「──やった……」

 

 それは偶然でも、奇跡でもない。

 

 何千、何万回の試行回数とそれによる膨大な経験によって齎された努力の結晶。

 

「やった……や、った……!!」

 

 噛みしめるようにレイラは喜び、そしてその双眸からは自然と涙が流れていた。

 

 苦節十数年、ずっと憧れて、喉から手が出るほど望んでいたモノを手にできた。その喜びは、数百年生きていた老いぼれでさえ計り知れない、彼女だけの特別な感情だ。

 

「おめでとう、レイラ」

 

 自然と、俺はレイラに賛辞の言葉を掛けていた。そのなんの捻りもない言葉を、彼女は本当に嬉しそうに受け取った。

 

「やり、ました! やっと、やっと、魔術が使え、ました! 師、匠!! これ、で、ようやく──」

 

 かと思えば、レイラの身体は一気に脱力して、地面に倒れ込む。

 

「おっと……!」

 

 それをギリギリのところで、放棄された身体の主導権をもらうことで回避する。既に彼女の意識は深い眠りに落ちて、今すぐに目覚める気配はない。

 

「本当に、おめでとう。よく頑張ったよ」

 

 俺は労うように、レイラの身体を自室のベッドまで運び込んだ。

 

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 特別進級試験対策六日目

 

「お、おい、レイラ。身体の具合は本当に大丈夫なのか?」

 

「はい! 久しぶりにしっかり寝たおかげで絶好調です!!」

 

 魔術行使に成功した翌日。レイラは約十五時間以上の睡眠を経て、目を覚ますなり修練場へと来ていた。

 

 その顔色は見違えるように血色がよくなり、眼光もキマってはいない。確かに、脈拍や血流、魔力の流れを鑑みるに問題はなさそうである。

 

 だが、昨日の今日なので心配なものは心配だ。

 

「無理はするなよ? もうあんな無茶は絶対にしないでくれ」

 

「ご、ごめんなさい……師匠」

 

 灸を据えるつもりで言葉尻を強くしてそう言うと、レイラはしょんぼりと肩を落とし、反省をした。

 

 退学のプレッシャーや、魔術が使えないことへの焦燥感……色々な事情を鑑みれば彼女の無茶も理解はできる。

 

 ──正直に言えば、心が苦しかったりもする……!

 

 けれど、ここは心を鬼にして、けれどしっかりと気持ちを切り替えられるように言葉を続けた。

 

「わかったならそれでよろしい。説教はここまでにして、昨日のおさらいだ。もう一度、発火を唱えてみなさい」

 

「わ、わかりました! ────〈発火〉!!」

 

 レイラは元気よく頷くと、すぐに腹の底から魔力を練り上げ……呆気なく〈発火〉の行使に成功した。

 

「や、やった!!」

 

 まさか一発で成功するとは思わなかったのか、レイラはとても驚いた様子だ。けれど、俺の所感は違う。

 

「大丈夫だ。一度、感覚を覚えてしまえば身体は反射的に成功体験を辿る。魔術とはそういうものだ」

 

 まだ発動までに時間はかかってしまうが、昨日と比べればかなりスムーズだったし、回数を重ねていけば不自然さは無くなるだろう。俺は、飛び跳ねて喜ぶ弟子に釘をさす。

 

「改めて、おめでとうレイラ。これで君は魔術師として最初の一歩を踏み出した。けど、ここからが本番だ。気を引き締めろよ?」

 

「は、はい!」

 

 自分が浮かれすぎていたことを自覚したのか、レイラは表情を引き締めて、首肯した。

 

 試験は明日。それまでにどこまで彼女を仕上げることができるかはわからない。けれど、最悪な未来を回避する為に俺は全力を尽くすつもりだ。

 

 

 ……そうして俺は、底知れぬレイラの才能に直面することになった。

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