無能と蔑まれた落第少女ですが、最強の師匠(魔眼)に弟子入りして魔術学院の首席を目指す   作:サンド・リヨン

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第7話

 特別進級試験当日。私は徐々に人の気配が増え始めている学院の廊下を歩き進む。

 

『緊張してるかい?』

 

 不意に脳裏に響く師匠の声に、私は短く答えた。

 

「正直、とても……」

 

 師匠にお説教をされて、昨日の修行は夕方ごろに切り上げた。そのお陰で、しっかりと睡眠はとれたし、体力の回復は十分。

 

 けれど、試験時間が迫り、通い慣れた修練場が近づくごとに私の心臓は徐々に鼓動を高くする。

 

 不安がないわけがない。だって、この試験の結果次第で私の夢は潰えるのだから。

 

「今にも足が竦んで、逃げ出してしまいそうです……」

 

 師匠のお陰で、たった六日で私は魔術を行使できるようになった。けれど、それで全ての問題が解決するわけでも、今までの不安を帳消しにできるわけでもない。

 

 自信が持てない。寧ろ、魔術を使えるようになったからこそ、更に不安が増したとも言えた。

 

「私は……合格できるでしょうか?」

 

 思わず、師匠にそんな質問をしてしまい、自分が情けなくなる。けれど、師匠は情けない私の問いに、落ち着いた声音で答えてくれた。

 

「大丈夫だ……なんて軽率なことは言えないけれど、これまでの事を思い出してごらん、レイラ?」

 

「思い出す?」

 

「君は誰よりも諦めが悪くて、努力のできる魔術師だ。この六日間で経験したことを忘れずに、全力を尽くせばきっと結果はついてくる」

 

 何かを確信したような師匠の言葉は、私に力を与えてくれる。

 

 厳しく、そして優しくもある師匠の言葉は私の事を案じてくれていて、そして信じてくれている。そんな師匠の気持ちに、私は応えたい。

 

「──私、絶対に合格して見せます……!」

 

「その意気だ」

 

 それが、こんな見ず知らずの小娘に、魔術を指南してくれる師匠へできる唯一の報い方だから。

 

 少しだけ、修練場へと向かう足の震えが収まり、私たちは件の試験会場へと辿り着く。そこには、長身痩躯の明らかに不機嫌そうな男と、もう一人──

 

「……え、エルクラウさん?」

 

 黄金色の長髪を二つ結びにした、いかにも気が強そうな少女。クラスメイトのジェイナ・エルクラウが一緒だった。

 

 ──どうして彼女がここに?

 

 そんな疑問と、予想外の人物に私は無意識に修練場の入り口で立ち止まってしまう。

 

『どうした、レイラ?』

 

 師匠の心配したような声が脳内に響くが、それに反応することができない。その前に、件のクラスメイトが私を見つけて、睨んできたからだ。

 

「あら、今日で学院を去る予定の只人が来たようね?」

 

「遅いぞ、レイラ・オールシール。私たちを待たせるとは随分と余裕なのだな」

 

 アーベルング先生も不機嫌さを隠すそぶりもなく、理不尽ないちゃもんを付けてくる。

 

『は? 待たせるも何も、まだ時間はあるだろうが?』

 

 脳内で師匠が正論をぶつけるが、それを言葉にする勇気なんて私にはない。

 

「も、申し訳ございません……。ほ、本日は、寛大なお心で進級試験の監督をしてくださり感謝いたします、アーベルング先生……」

 

「ふん。どうせ結果は分かりきっているんだ。さっさと終わらせてしまおう。──エルクラウ嬢」

 

「はい、先生」

 

 アーベルング先生は私を無視するように、隣にいたエルクラウさんを呼ぶ。

 

 呼ばれた彼女は今までの剣幕から一転、愛想の良い笑みを張り付けた。そして、アーベルング先生は試験の説明を始めた。

 

「今回の特別試験はクラスメイト想いなエルクラウ嬢が自ら、試験の相手を申し出てくれた」

 

「え?」

 

「試験の内容は実に単純。エルクラウ嬢との模擬戦で、貴殿が彼女に一つでも魔術を当てられたら合格だ」

 

「そ、そんな……」

 

 予想の斜め上の試験内容に私は絶句する。

 

 試験内容が実技なのは予想通りだ。その為にこの六日間、死ぬ気で頑張ってきた。けれど、実技……それも模擬戦なんて想像もしてなかった。

 

「よろしくね、オールシールさん?」

 

 人好きのする笑みを浮かべて、エルクラウさんは握手を求めてくる。それに手を震わせながら、応じると彼女は思い切り私の手を握ってきた。

 

「いたッ……」

 

「今日は今まで以上にボコボコにしてあげるから、覚悟しておきなさいね?」

 

 耳元でトラウマを刺激する声が囁く。

 

 魔術学院での一年、私はこの少女に酷い虐めを受けていた。その時に染みついた防衛本能が無意識に、私の身体を強張らせた。

 

 そんな私の様子をアーベルング先生が気に留めるはずがない。

 

「それでは両者離れて、構え──試験、開始!!」

 

 まともな準備時間も与えられずに、試験が始まってしまった。

 

「さぁ、今日はどこまで持つかしら──風刃(ウィンドカッター)ッ!!」

 

 先制はもちろんエルクラウさんだ。彼女は短く詠唱をすると突風を巻き起こして、風の刃を三つ放ってきた。

 

 その魔術はかつて何度も、私の事を傷つけてきたトラウマの象徴。

 

「ひッ……!?」

 

 私は魔術で迎撃するなんて思考も浮かばずに、背を向けて逃げ出す。

 

「あはは! 何よ!さっきまで自信満々な顔をしてた癖に、いざ始まっちゃえばこんなもの!?」

 

 甲高い笑い声と風の圧力が背後からビリビリと響く。私は一心不乱に走り、反射的に前に飛び込むしかない。

 

「ぅぐ……!!」

 

 回避できたのか、それともわざと外したのか。定かじゃないけれど、風の刃は地面を抉り切っただけ。

 

 まだ生きている。けれど、意地の悪い声は止まらない。

 

「寮に帰ってきて面白い話を聞いたのよ。なんでも学院一の落第生が学院の七不思議を鵜吞みにして、あの魔楼迷宮(ラビリンス)に一人で挑んだっていうじゃない? 最初は出来の悪い与太話だと思っていたんだけれど……どうやら、その()()()()()を見る限り、嘘じゃないようね?」

 

「ッ……!!」

 

 指摘されて、私は思わず自分の顔につけた眼帯を隠すように抑える。

 

 それは、『急に瞳の色が変わったら不審がられるから隠そう』と師匠に言われて、今日から付け始めたものだ。師匠のお陰で、右眼を隠してはいるけれど、視界は普通に見える。

 

「せっかくだわ、運よく魔楼迷宮から逃げ帰った時に負った(くんしょう)を見せてちょうだいな!!」

 

 頬を楽し気に引き攣らせながら、エルクラウさんは再び風刃を放つ。

 

 今度は適当な威嚇射撃ではない。明確に顔……右眼の眼帯を狙った正確な魔術だ。

 

「ひぃ……!!」

 

 それにやはり、私は逃げることしかできない。

 

 駄目だ。魔術を使おうと思っても上手く魔力が立ち上がらない。回路に通そうとしても、途中で霧散するか行き詰まる。

 

「や、やっぱり私なんかじゃ、無能の私が試験に合格なんて無理──」

 

『落ち着きなさい、レイラッ!!』

 

 口から出てきた弱音を掻き消すようにして、とても大きな声が脳内に響き渡った。

 

「ッ──し、しょう?」

 

 唐突な爆音に呆気に取られた私を、師匠は静かに宥める。

 

『やっと声が届いた……。レイラ、ひとまず落ち着きなさい』

 

「で、でも師匠! 私、まだ実戦で戦えるほどの実力は無くて……! 逃げることしかできなくて……!!」

 

 けれど、私は情けなくわめくことしかできず、こんなお願いをしてしまう。

 

「私じゃ無理です! し、師匠、身体を貸すので、なんとかして──」

 

『それでいいのかい?』

 

「え……」

 

 やはり、師匠は酷く落ち着いていて、優しく私に問いかけてくる。

 

『ここで、俺の力を借りて試験に合格して、レイラは納得できるのかい?』

 

「それ、は……」

 

『正直、俺には君があの小娘に負けるなんて微塵も想像できない。俺の知っているレイラ・オールシールなら、問題なくこの試験を合格できると思っている』

 

 師匠の言葉は励ますための虚言でも、虚飾でもない。本当にそう信じて疑わない、確かな熱が籠っていた。

 

『もう一度言うよ、レイラ? 落ち着きなさい。はい、深呼吸』

 

「は、はい──すぅ……はぁ……」

 

 師匠は私が慌てたり、気が動転しているとき、疲れているときはこうして深呼吸をするように言ってくれた。

 

 焦る必要はないと、怖がる必要はないと、落ち着いてやればできるよと、そうやって、呼吸の仕方で示してくれる。

 

『落ち着いたね。それじゃあ、次はいつも通りに回路に魔力を通そう』

 

「い、いつも通りって……」

 

 こんな攻撃に追いかけられながらなんてやったことがない。それでも、師匠は言葉を曲げない。

 

『大丈夫。レイラならできるよ。焦る必要はない。向うの魔術は大したことない』

 

 その言葉を信じて、私は言われた通りに魔力を回路に流す。

 

 ──……あれ?

 

 すると、先ほどまであれほど分散したり、余計な分岐回路に魔力が持ってかれて上手くいかなかった魔力操作が滞りなく完了する。

 

 そして、師匠はそれが当然であるかのように頷いた。

 

『よし、それじゃあ逃げるのは止めて、思い切り〈発火〉を放ってみようか。それだけで、決着はつく』

 

 気が付けば今まで全身を支配していた恐怖はどこかへいなくなり、師匠の言葉、その意図を読み取り、身体が勝手に反射した。

 

「は、はいッ──」

 

 走る足を止めて方向転換。背後から迫ってきていた風の刃に向かって私は掌を突き出し、声をあらんかぎり振り絞った。

 

「〈発火(フレイム)〉!!」

 

 瞬間、掌から周囲の空気を吹き飛ばすほどの炎が弾けた。

 

「なッ──!?」

 

 炎は完膚なきまでに風の刃を焼き焦がし、その余波によって術者であるエルクラウさんを吹き飛ばす。

 

「ぅぐ──ッ!?」

 

 彼女は尻もちをつき、未だ熱を帯びて揺らめく虚空を呆然と見上げる。

 

 それは、誰がどう見ても私がエルクラウさんに魔術を当てた、揺るがない証拠であった。

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