無能と蔑まれた落第少女ですが、最強の師匠(魔眼)に弟子入りして魔術学院の首席を目指す   作:サンド・リヨン

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第8話

 炎が爆ぜ、修練場の空気を撫ぜた。

 

「なッ──!?」

 

「ぅぐ──ッ!?」

 

 それに対峙していた少女、偉そうに腕を組んでいた男は困惑と驚愕を孕ませた声を上げた。よほど、目前の光景が予想外だったのだろう。

 

「や、やった……?」

 

 それは、魔術を行使して、敵に一撃入れた当人──レイラも同様であった。けれど、別に驚く必要もない。

 

「ああ。今までの魔力操作で一番の出来だ。おめでとう、レイラ」

 

「や、やりました……やりましたよ! 師匠!!」

 

 ようやく理解が追い付き、事実を噛みしめたレイラはその場でぴょんぴょんと飛び跳ねて喜ぶ。

 

 その姿が妙に愛らしくて、心の底から嬉しく思う。彼女は一つ、過去の敗北を清算したのだ。不安と恐怖、絶望を乗り越えて、未来を掴み取った。

 

『これで無事に進級だね』

 

「はいっ!」

 

 だというのに、運命というのはどこまでも一人の少女を簡単に先へは進ませてくれない。

 

 盛り上がる俺たちの間に水を差すような、腹の立つ叫びが響く。

 

「ふ、ふざけるなっ! こんなの認められるか! 今まで一度も魔術を行使できなかった貴様が勝利? それも魔術を普通に行使して? これは何かの間違いだ! どんな不正を働いた、レイラ・オールシールッ!!」

 

『……は?』

 

 レイラの学院での担任教師──アーベルングと言ったか──は、顔を真っ赤にさせて激昂した。

 

 その姿はまるで、欲しいものが手に入らなくて駄々をこねる子供の様で──酷くこちらを不快にさせる。

 

「怪我はないか、エルクラウ嬢? 君にもしものことがあれば私は……!」

 

「え、あ、その、だ、大丈夫で──」

 

 クソ男は尻もちをついて呆然としている少女の側へ寄り、優し気にその手を取る。そして、再び鋭い眼光をレイラに飛ばした。

 

「さぁ吐け! いったいどんな手を使って魔術を行使したように見せた!?」

 

「そ、そんなことしてないです! 私はちゃんと努力をして──」

 

「黙れ! 今まで魔術を使えなかった無能がたった一週間努力したところで魔術を行使できるわけがないだろ! 貴様は魔術を愚弄するのか!!」

 

「ち、ちがいます……私は、ほんとうに──」

 

 レイラが反論しようにも、クソ男の剣幕は酷く強く、反射的に怯んでしまう。そんな理不尽でしかない、やり取りに俺は我慢の限界だった。

 

『愚弄してんのはどっちだ、このクソ野郎……』

 

 お前がレイラの何を知っている?

 レイラがどれだけ頑張ったと思っている?

 

 決して楽な道じゃなかった。それどころか、彼女は敢えて険しい道を突き進んだ。

 

 ──それを……!!

 

『ここで、潰すか』

 

 躊躇はなかった。

 

 気が付けば、俺はレイラの体内に巡る魔力の流動を感じ取り、操っていた。

 

「……え? 師匠?」

 

 その違和感にレイラはすぐに気が付いた。当然だ。自分の意思と関係なく、勝手に体内の魔力が意思を持って動き出すことなんてありえない。

 

 以前ならば気が付けなかったその違和感を、今の彼女は確かに感じ取れる。そんな変化でさえ、嬉しいはずなのに俺を支配するのは底知れない怒りのみ。

 

「『ひれ伏せ』」

 

 魔術行使の引鉄となる真に力ある言葉を紡ぐ。

 

 反応反射するかのように体内の魔力は自然と魔力回路を走り抜け、一つの魔術が顕現した。

 

「ぅがッ! な、なんだこれは!?」

 

 途端にクソ男は頭を押さえつけられるように跪いた。それは、特定の範囲の重力を操作する魔術。

 

 今のレイラでは到底、行使できるはずのない超上の力だった。その圧倒的に理不尽な力を前に、修練場の空気が張り詰める。

 

「や、止めるんだ! レイラ・オールシール!貴様、自分が何をしているか……!!」

 

「『黙れ』」

 

「……ッ!?」

 

 縛り付けの魔術。辛うじてまだ口を利けたクソ男を強制的に黙らせる。その光景を近くで見ていたレイラのクラスメイトはか細い悲鳴を上げた。

 

「ひぃ」

 

 彼女とこの少女の間に何があったのかはわからない。

 

 だが、レイラの反応を見れば、一目瞭然だ。少女を一瞥し、俺は再び足元を這いつくばる男を見た。

 

「ふぃ……ふぅ……ふぅ……!!」

 

 魔術で抵抗しようにも、この程度の男が破れる術ではない。

 

 容赦なく伸し掛かる膨大な重圧に、奴の身体は次第に耐えきれなくなってきた。ミシミシと全身から骨の軋む音が響き、その口からは徐々に泡を吹き出し始めた。

 

 ──まだだ。

 

 白目を剥いて、楽になりたがっているクソ男の態度には反吐が出る。お前が俺の弟子に与えた苦しみはその程度ではない。

 

「『……』」

 

「ぁが……ぎ、ぅ……ぉう……!!」

 

 ゆっくりと、絞め殺すように力を調整しその瞬間を待つ。だが、その瞬間は訪れなかった。

 

「だ、ダメです師匠!!」

 

「そこまでにしていただけないでしょうか?」

 

 悲鳴にも似た叫びと、酷く静かな声音。相反する二つの音が響き、俺の意識はハッとした。

 

『ッ……!!』

 

 瞬間、今まで操っていた魔力の感覚が途切れて、魔術が俺の手から離れて霧散した。

 

「かはッ! ひゅう……ひゅう……!!」

 

 重圧から解放されたクソ男が必死の形相で煩く呼吸を繰り返すが、俺とレイラの意識は別の気配に向けられた。

 

 横を向けば、そこには漆黒の外套に全身を包んだ一人の女。

 

「ご協力、感謝いたします」

 

 まるで影を切り取ったかのようなその女は恭しくお辞儀をした。

 

 ──全く、気が付かなかった。

 

 女がいったいいつからそこにいたのか。全く気が付けなかった俺は呆然として、同時に冷や水を頭から被ったように冷静さを取り戻していく。

 

 そんな俺を他所に、レイラはその女に尋ねた。

 

「あ、貴方は……?」

 

「私は学院長──グリフィルド様の使いの者です。グリフィルド様の不在につき、私が今回、秘密裏に貴方様の進級試験を監督させてもらっていました」

 

「なッ……そ、それはどういうことだ貴様!?」

 

 女の静かな返答に反応したのはクソ男だった。奴は何とかその場から立ち上がり、女に抗議する。

 

「今回の一件は全てこの私に一任されているはずだ! 私の裁量でこの小娘の処遇を決める! そもそも、見ていたのならばさっさと助けろ! 私は死にかけて──」

 

「黙りなさい」

 

 怒気を孕ませ、傲慢にも言葉を喚くクソ男を前に女は酷く冷徹であった。

 

「……は?」

 

「ウルグ・アーベルング。貴殿には以前から教職者として有るまじき行動と言動が見受けられました。今回のこの一件で、それは揺るがない事実となった。なので、グリフィルド様が下した沙汰をお伝えします」

 

 フードから零れた黒漆の髪が揺れる。

 

「貴殿は今日限りをもって、誉れあるエイジェンスの教職者としての資格を剥奪。本日中に、この学院を去っていただく」

 

 無慈悲に告げられた沙汰に、一瞬、その場にいた全員の理解が追い付かない。だが、沙汰を下された本人だけがすぐに激昂した。

 

「ふ、ふざけるな! そんなこと認められるはずが──」

 

「だから、黙りなさいと言ったでしょう。貴方に発言権はない」

 

「ぅぐ……!?」

 

 女に襲い掛かろうとしたクソ男は、呆気なく返り討ちにされ、ぐったりとその場にまた倒れる。女は僅かな呆れを滲ませながら、レイラを見た。

 

「この度は、我らの監督不行き届きによってこのような事態を招いてしまい誠に申し訳ありません」

 

「え、いや、そんな──」

 

 深く頭を下げた黒子の女に、レイラはどう反応していいかわからない。けれど、女は静かに言葉を続けた。

 

「改めて、今回の特別進級試験の結果を私の方からお伝えします」

 

「は、はい」

 

「レイラ・オールシール様。貴殿はこの男の提示した理不尽な試験の条件を見事成し遂げ、その実力を示しました。ですので、もし貴殿がよろしければ、来年からもこの学院でその才能を磨いていただきたく思います」

 

「え……と、ということは──」

 

「はい。試験は合格。二学年へ進級でございます」

 

 やはり、女の言葉は酷く静かで、けれどレイラはしっかりとその言葉を受け取った。

 

「や──やった……!!」

 

 正当な評価によって下された結果に彼女は心の底から喜んだ。

 

 ぴょんぴょんと飛び跳ねて喜ぶレイラはとても嬉しそうで、本来なら俺も彼女と一緒に喜ぶべきだった。

 

 けれど、俺は自分が彼女にしたことへの危うさと罪悪感に、そんな資格がないと思ってしまった。そうして、妙なしこりを残したまま特別進級試験は終わりを告げた。

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