4歳【3月 7日】『緑谷出久という名はもう捨てた』
今の僕は、シン・緑谷出久だあ!
幼馴染たちと山の中に遊びに行った際、丸太橋から落下して頭を打ったことで前世の記憶が蘇ったので、今日から日記をつけて行く。
もちろん、"将来のためのヒーロー分析ノート"と並行してだ。他のヒーローを分析しつつ、そこから自分にできる事とできない事を落とし込んでいく作業は欠かせない。
僕の名前は緑谷出久。かつて少年ジャンプで連載されていた漫画「僕のヒーローアカデミア」の主人公である。
母は緑谷引子、前世と違ってこの世界は世界総人口のおよそ8割が"個性"と呼ばれる特異体質を持った超人社会で、広告やメディアなど各地には色んなヒーローの情報や姿形がハッキリと映っている。なんなら、目の前にはオールマイトチップスの当たりカードが額縁に入れられて飾られている。
疑いようもなく、ここはヒロアカの世界だ。
とはいえ、どうやら転生とは違うらしい。緑谷出久としての自己意識や記憶は変わってないし、夢は「オールマイトのように、誰でも笑顔で助けてしまえる最高のヒーローになること」のままだ。
ワン・フォー・オール(以降、OFA)を継承するまでは無個性のまま夢を否定され続けることが決定している難易度ルナティックな人生だが、最高のヒーローになって沢山の人々を救うんだ。このくらい頑張れないでどうする!
……まあ、タイミングが合わずにOFAを受け取れない、なんて事もあり得るが、そうなったらそうなったでまた考えればいい。戦闘能力の関係ない個性でヒーローやっている人もいるわけだし、どうとでもなる筈だ。いや、どうとでもしてみせる。
4歳【3月 8日】『身体を鍛えよう』
前世の記憶によれば、僕は14歳の某日にオールマイトと運命的な出会いを果たし、OFAの後継者として見初められる運命にある。
それからは後継者としての器を作り上げるため、ほぼ一年近くを修行に費やし、OFAを継承するのは雄英高校の入試当日。入試当日は制御不能の力でぶっ飛んで(文字通り)、身体をバッキバキ(物理的に)にした挙句、レスキューポイントだけで雄英高校ヒーロー科に合格する……という流れなのだが、実に勿体無い。
特に、身体を作り上げるまでの時間をOFAの制御や戦い方、身のこなしなどを学ぶ時間に変えられたら、飛躍は凄まじいものとなるだろう。
というわけで、今日から身体を鍛えていく。
とはいえガムシャラに鍛えても意味がないので、ここでも前世の記憶を頼ろう。前世でやっていたのは、柔道と空手である。柔道は相手がいないとやりようがないので、空手を中心にメニューを組み立てて行く。
基本、形、組手のシャドー。これらを十分にこなすための筋トレ、足捌き、走り込み。
流れとしてはこうだ。基本的な筋トレを最初にやり、お母さんの私物である姿見の前で基本を行い、形をこなし、組手の動きを再現する。十分なセット数だけ組手のシャドーを行ったら、最後は近所を走り回る。
……うん、これでいい。基礎的なメニュー内容だが、だからこそやる意味がある。あとは実際にこなすだけだ。やってやるぜ!
4歳【3月 22日】『母は強し』
やっと日記を書けるようになった。
ここ最近、毎日のトレーニングが終わる頃には全身が悲鳴を上げていて、日記を書くどころではなかったから、かなり日にちが空いてしまった。それでも、こうやって修行を耐え抜いた後に余暇が取れるだけの体力を手に入れる事が出来たのだ。大進歩である。
お母さんも最初は僕がいきなり修行を始めたことで混乱していたが、どうしてもヒーローになりたいんだと熱心に伝えたら、「出久がそこまで言うなら分かったわ……なら、お母さんも応援しなくちゃね」と色々な感情の混じった笑みを浮かべつつも、迷いに折り合いを着けたのか、協力してくれるようになった。
日々の食事に気を遣ってくれるようになっただけでなく、ウォーターバッグや部位鍛錬を始めとして色々なことに使える砂袋、拳を鍛える為の携帯用巻藁まで購入してもらった。おかげで修行の効率が爆上がりである。
4歳【3月 25日】『爆豪勝己』
ロードワーク中、かっちゃんに会った。
僕を見て大層驚いていたが、特に暴言の嵐ということもなく不器用ながらも心配の言葉をかけて来た。
まあ僕が頭を打ったのは、本来ならかっちゃんが出久への見下しを拗らせるキッカケになった出来事での事だ。この世界線では爆豪のかっちゃんではなく僕が落ちて頭を打った挙句、気を失った僕を大人の元まで背負って運んでくれて、かっちゃんは周りの大人から褒められたという。
僕はこの事をお母さんから聞いていたので、お礼を言っておいた。珍しく照れていた。からかったら怒ったので、走って逃げた。
4歳【4月 7日】『心が出来上がっていない』
春休みが終わり、幼稚園が再開した。
正直なところ、そんなものには行かずに修行に集中したかったのだが、お母さんに「甘えは許しません」と言われてしまっては仕方がない。
そんなこんなで久しぶりにやって来た幼稚園だが、特に変わる事はない。皆と一緒にやるべき事をやり、休み時間にはとにかく動き回る。
退屈な時間になるかと思っていたが、これが思っていたよりずっと楽しい。工作の時間に力作を作って褒められたり、鬼ごっこでアスレチックを使って縦横無尽に逃げ回ったりと充実した時間を過ごすことが出来た。
うーむ、精神が肉体に引っ張られているのだろうか。精神はすっかり大人になったと思っていたのだが、未熟な子供のソレに近いようだ。
つまり、力や技を振るう土台が出来ていないという事に他ならない。ここは新たに、心から練り直すつもりで日常を過ごすとしよう。それにしても、僕の甘えを見抜いていたお母さんは凄いな。
4歳【4月 12日】『原点』
かっちゃんをボッコボコに負かした。素晴らしい経験値となったので、特に詳しく書いていこう。
経緯はこうだ。休日に公園に出かけたところ、かっちゃんと取り巻き2人の合わせて3人が公園で同じ幼稚園の友達1人を寄ってたかって虐めている光景を目撃したので、僕が止めに入ったというわけである。
「やめろ! 寄ってたかって卑怯だぞ!」
「邪魔するなデク! 俺達はヒーローでそいつはヴィランだ!」
「ヴィランだって? この子が何かしたのか?」
「ヒーローごっこだよ!」
「そいつはヴィラン役なんだ!」
「俺達はヒーローだ! ヒーローはヴィランをボコるもんだろ?」
純粋ながら残虐な笑みを浮かべる三人を前に、泣いている一人を背後にして、僕は思わず、カッとなって叫んでいた。
「違う! ヒーローは困っている人を救けるんだ! かっちゃん達がやっているのはイジメだ! ヒーローのやる事じゃない、ヴィランのやる事だぞ!」
「……んだと、テメェ……!!」
「見ろ、この子を! 泣いているじゃないか!
……これ以上は僕が許さないぞ!!」
「"無個性"の癖に……ヒーロー気取りか、デク!」
「オラオラァ!!」
「3人に勝てるわけないだろ!!」
「馬鹿野郎、僕は勝つぞお前!!」
それが開戦の合図だった。僕が重心を落として半身の構えを取ると同時に、かっちゃんと取り巻きの2人、指が伸びるだけの"個性"を持つ奴と、翼が生えただけの"個性"を持った太っちょが襲い掛かって来る。
最初に接敵したのは、翼の生えた太っちょ。両腕を伸ばした無防備な姿勢のまま滑空しながら突っ込んで来たので、僕の間合いに入る瞬間に一歩踏み込んで顔面に刻み突きをお見舞いする。体重のある相手のため、反作用も強かったが、鍛えているおかげで吹っ飛ばされる事なく耐えられた。自分の勢いごと顔面に強烈な一撃を受けたことで太っちょは撃墜され、地に沈む。すかさず、そこにもう一発。打ち下ろす様に横面への正拳突きを叩き込んでトドメを刺し、残心を取りながら残りの2人と向き合った。
一連の攻撃を見て危機感を覚えたのか、かっちゃんはバックステップで僕から距離を取り、指が伸びる奴は目の前で起こった事が信じられないのか、ギョッとした表情のまま棒立ちで硬直していた。
隙だらけだったので、次の標的を指が伸びる奴に定める。足元の太っちょを跳び越えて一気に接近し、奴の鳩尾に前蹴りをぶち込む。すると、奴の身体がくの字に折れたので顔面、それも急所である人中に上段逆突きをお見舞いする。指が伸びる奴は気絶し、そのまま崩れ落ちた。
残るはかっちゃんだけだ。だが、残心を取ると同時に指が伸びる奴の身体の陰から現れて攻撃を仕掛けてきた。防御も受けも不可のタイミング、おそらく倒したと思って油断する隙を狙って来たのだろう。
だが、僕に隙は無い。回避は可能だ。素早くダッキングを行い、顔面を狙って放たれた爆破付きの掌底を回避する。そして、追撃を喰らってしまう前にかっちゃんの脚に組みつき、腰に力を入れ、押しながら投げ倒す。
「せいやっ!!」
「がふっ!!」
朽木倒し。
柔道では禁じ手とされる投げ技だ。流石のかっちゃんもこれには対応できず、背中から落ちて呻き声を上げる。
投げ技を完了した僕は、そのまま関節技へと移行する。かっちゃんの身体を固め、腕ひしぎ十字固めを完了させるまで10秒とかからなかった。もちろん、かっちゃんの個性を喰らわないよう、掌が僕の顔面に向かない形にしておくのも忘れない。
「どうだ、あの子に謝る気になったか!?」
「このっ、クソが! 舐めるんじゃねえ!!」
関節を固めながら降参の意思を確認するも、かっちゃんは寧ろ逆上した。もう片方の手から激しく爆破を繰り出し、強引に拘束を振り解いて来た。多少の爆破を喰らったが、少しばかり痛いだけで致命的になるほどじゃない。拘束が振り解かれると同時に素早く後退し、かっちゃんから距離を取った。
タフネスが並外れている。拘束では効果が無いことを悟った僕は、いっそ倒してしまうことにした。この場で謝らせる事は出来なくなってしまうが、泣いている子の無念を幾らか晴らす事はできるだろう。
将来的には才能マンでヤベェことになるかっちゃんだが、今の時点では力に振り回されるだけの子供でしかない。戦うのはそう難しい事ではなかった。
「オラァッ!!」
「あああい!!」
掌を爆破させながら攻撃してくるかっちゃんの動き出しを潰しつつ、人中に上段逆突きを叩き込む。かっちゃんは呻きながらも爆破しようとして来たので、残心を取ると同時に体捌きでかっちゃんの横へと回り込み、今度はかっちゃんのコメカミへと一本拳による上段順突きを叩き込んで体勢を崩し、手首と顔面を掴んで体落としの要領で地面へと叩き付けた。
これでもまだ意識があったので、顔面を掴んだ腕を引き、再び人中へと正拳突きを振り下ろした。
ここでようやく意識を失ったので、残心を取りつつ、かっちゃんから距離を取る。周りを見渡すと、取り巻きの2人もまだ気を失っている様子だった。
「よし、これで安心だね。さあ、君!もう大丈夫だよ……って、あれ?」
背後を振り返ると、僕が守ったはずの子はいなくなっていた。さっきまでここに居たはずなのに、どこに行ったのだろう?と困惑を覚えていると、聞き覚えのある声が聞こえて来た。
「こっちだよ、こっち!!」
「出久!! 大丈夫!?」
「勝己!! アンタってやつは!!」
「お母さん!……そうか、君が呼んで来てくれたんだね。ありがとう」
「こっちこそ! たすけてくれて、ありがとう!」
声の正体はお母さんと光己さん(かっちゃんのお母さん)で、僕が守ったはずの子が連れて来てくれた。どうやら、ただ逃げたわけでは無かったらしい。僕が感謝の言葉を言うと、向こうも感謝の言葉を言ってくれた。
それから僕は、ここであった事を全部お母さんと光己さんに話した。かっちゃんと取り巻き2人は目を醒ますと、再び僕に襲いかかって来ようとしたが、お母さんと光己さんの姿を見てその動きを止めた。
その場にいた全員の親御さんを光己さんとお母さんが呼んでくれて、かっちゃん達は頭を下げさせられていた。僕が守った子は、かっちゃん達のボコボコ具合を見てか、案外アッサリと許していた。
一応、僕もボコボコにやってしまったので、かっちゃん達に謝る事となったが、向こうの親御さんは全員許してくれた。というか、寧ろよくやってくれたと褒められる始末である。悪ガキどもに手を焼いていたんですね……
こうして、僕のこの世界で初めての戦いが終わった。
総括すると、彼らよりも対人戦を見据えて鍛えていたアドバンテージで勝ったようなものである。その差は、かっちゃんを始めとして、それぞれが自らの個性に合わせた戦い方を身につけるよう鍛錬を始めたら、直ぐに追いつかれてしまう程度でしか無い。
勝利は嬉しいが、慢心する事なく、より気を引き締めて鍛錬に臨む事にした。
そして、もう一つ嬉しい事があった。
お母さんが僕に言ってくれたんだ。
「前に酷いことを言っちゃってごめんね、出久。
お母さん、今日思ったの……貴方は立派なヒーローになれるわ」
って。誰よりも一番近くにいる人に、ずっと欲しかった言葉を言ってもらえたんだ。
僕は今日という日を決して忘れる事はないだろう。
緑谷出久の