10歳【10月13日】『師匠を探そう』
最近、力が伸び悩んでいる。
修行内容をとにかく多めにしてみたり、基本から改めて作り直すつもりでやってみたりしたが、解決の兆しが見られない。
かっちゃんとのガチ戦闘も、最近は負けそうだと感じる場面が多くなってきた。しかも、かっちゃんはまだ個性を使い慣れているわけじゃない。この世界では、個性を取り扱う力が伸びるのは12〜18歳だと言われている。このまま何もしなければ、いずれ負けたまま勝てなくなるだろう。
やはり、一人で稽古をして強さを得るのはもう限界なのかもしれない。ここはひとつ、師匠を探すとしよう。野生の達人とも言える師匠を。
10歳【10月14日】『すごいモノを見てしまった!』
学校からの帰り道、すごいモノを見た。
突発的に発生したヴィラン、それもレスラーのようなムキムキ体型を身長で2m50cmにまで拡大したような凶悪な男が、一般道で暴れ始めたのだ。
流石に鍛えているといっても、今の僕では勝てない。これはマズいと蜘蛛の子を散らすように逃げていく他の人達と同様に、僕も物陰に避難してヒーローと警察への通報を行う。ヴィランに気付かれないよう気配を殺しながら眺めていると、逃げ惑う人々の流れに逆らって立ち向かっていく男性が一人。身長は170cm程だろうか、ぱっと見た感じでは何処にでもいそうな……それどころか、弱く感じられるようなオーラを纏った一般男性である。
何をするのかと思っていると、いつの間にかヴィランの目の前にまで移動していた一般男性は、「あの、辞めましょうよ……みんな怖がってますし……」と情けない調子で話しかけながら、ヴィランを説得し始めた。
だが、その程度で納得するようならヴィラン犯罪などに身を堕とすわけがない。ヴィランは面白がるようにその人に向かって拳を繰り出した。あわや拳が一般男性の顔面に激突すると思われた次の瞬間、ヴィランが顔面から地面に叩きつけられていたのだ。あまりの威力に、アスファルトにはクレーターが出来ている。
思わず、僕は目を疑った。べらぼうに速く、無駄がない。基本的な投げ技(と思われる)だというのに、なんて威力だ。
驚くべきは男性の繰り出したモノが純粋な"武"であることだ。この個性蔓延る超人社会で武術を修める者は決して少なくないし、プロヒーローたちに至っては実戦に裏打ちされた強さがある。
だが、彼の動きはまるで違っていた。素朴にして簡潔、剥き出しにして純然たる技術として磨き上げられた''武"だった。一体どれ程の修行を積めば、あの域に達する事が出来るのか。
だが、何より凄いのは黄金の精神ともいうべき「心の強さ」だ。どれ程の勇気、どんな信念があれば、あれほどの強敵に正面から立ち向かっていけるというのだろうか。
そこからは、あっという間だった。
ヴィランは激昂して一般男性へと襲い掛かり、男性の方は「しまった、加減しすぎたか?」と信じられないことを呟いたかと思った次の瞬間。
いつの間にか、一般男性がヴィランの鳩尾に強烈な一撃を叩き込んでおり、ヴィランは吹っ飛んで気絶した。
まただ、目で追えなかった。
男性が繰り出したのは恐らく中国拳法系の突き技だろう、震脚の威力に男性の足元にあるアスファルトにもヒビが入っていた。一般男性はその後、気絶したヴィランの脈を確かめると安心したように一息ついていた。
そして、ポケットから携帯を取り出してヒーローと警察を呼ぼうとしていたので、そのタイミングで僕も姿を現し、感謝の言葉と既にヒーローと警察を呼んでいることを伝えておいた。
ほどなくしてヒーローと警察も駆けつけ、気絶したヴィランを引き渡す様子を確認してから、改めて僕は今回の事件を解決した男性とお話しする機会を頂いた。
積み上げられた"武"に感動したこと、突発的に起こった危険な状況でも躊躇なく立ち向かって行く勇気、その源である信念。それらに感動したということをマシンガンのように浴びせかけた。
もうこの人しかいない、と思い切って弟子入りを頼んでみたところ、「うーん……気持ちはありがたいんだけど、ごめん。実は僕って、まだ弟子なんだよね。いや、妙手クラスではあるけども……」と言われてしまった。最後の方は何を言っているか聞き取れなかった。
だが、それで引き下がる僕じゃない。せめて、その師匠達の元へ案内してくれと土下座して頼み込むと、「ええ!? 弟子入りを!? それは止めておいた方が……」とめちゃくちゃ渋られたものの最終的に「この住所に尋ねておいで」と(恐らく)道場の場所を教えてもらえた。やったぜ!
家に帰ってからお母さんに相談し、電話もかけてみて向こうの予定も確認したところ、双方とも問題ないとのことで、いきなりではあるが、明日訪問させて頂くことになった。楽しみである。
10歳【10月15日】『哲学する柔術家』
名刺に書かれていた住所にあったのは、古くてデカい屋敷であった。日本家屋で構成された屋敷は超常黎明期からあるのでは無いかと思われるほどボロボロであり、周囲の現代家屋と比べれば不安が目立つものの、隅々からしっかりと手入れが行き届いている事が分かった。
いざ母と共に入ろうとするも、門がめちゃくちゃ重い。今の僕ではキキキ……と微かに動かす程度しか出来なかった。あまりにも開かないので、母も加わって一緒に押そうとした瞬間、背後から急に現れた誰かが「失礼」と言って開けてくださった。
お礼を言おうとして振り向いた瞬間、僕は思わず固まってしまった。そこにいたのは何と、オールマイトかそれ以上に筋骨隆々かつ巨体なお爺さんであったからだ。
だが、そのまま固まっている訳にもいかない。続いて「何用か」と尋ねられたので、先日の出来事とこの場にいる理由を説明した上で「よろしくお願いします」とお母さんと共に頭を下げた。
「なるほど、兼ちゃんの紹介か……良いじゃろう、入りなされ」
「ありがとうございます、お邪魔します!」
「まだ幼いのにしっかりしておるのう。お母様も良いご子息をお持ちになりましたな」
「ありがとうございます。自慢の息子です!」
「お母さん、照れるからやめてよ……」
その後、僕達は屋敷の奥にある茶室へと案内され、そこでお話を伺うことに。僕達を案内してくれたお爺さんと入れ替わるように現れたのは独特なヒゲが特徴的な御仁であり、
僕達がお茶を飲んで心を落ち着かせている間、岬越寺さんは彼自身のことを話して下さった。彼は接骨院を本業とする傍ら、絵画や彫刻の製作や修復、音楽や陶芸品の製作、思想や哲学の研究なんかもしているという。彼をよく知る、とある人から"哲学する柔術家"と名付けられて以来、その呼び名を気に入って使っているのだとか。
いや、もはや何でもアリやん。そんな人類が存在するのか。凄すぎる。
「時に、緑谷出久くん……といったかな?
君をここに案内したのは彼かね?」
「師匠、僕にお客さんって誰が……あ、君は!」
「こんにちは、昨日ぶりですね!」
「こんにちは。うん、元気そうで良かったよ。ああ、来てしまったか……」
岬越寺さんが親指を向ける方向に目をやると、襖を開けて昨日の男性が現れた。なぜか僕を見て頭を抱えているが……え、もしかして迷惑だったか? そうだとしたら申し訳ないが、僕は何としてでもここに弟子入りを認めて貰うつもりだ。
「改めて、緑谷出久です。よろしくお願いします!」
「よろしくお願いします。僕は白浜兼一、ここ"梁山泊"の弟子一号です」
「梁山泊? それが道場の名前ですか?」
「お母様、よくぞ聞いてくださいました。ここはスポーツ化した武術に馴染めない豪傑や武術を極めてしまった達人が集い、活人拳(活人剣)を掲げて共同生活を送る場所。故に我々は、此処を道場ではなく"梁山泊"と呼んでいるのです」
「なるほど、何かカッコいいですね!」
「ははは、ありがとうございます」
それから暫くは、お母さんと岬越寺師匠が中心となってお話を進めていった。詳しい場所、何を教えているのか、月謝はいくらか……などなど。
そうしてお話が終わりかけたところで、最初に僕達を助けてくださったお爺さんが色々な人を引き連れて戻ってきた。
顔に傷のある筋骨隆々な男性、浅黒い肌に筋骨隆々な肉体と穏やかな空気が特徴的な男性、日本刀を背負って和服を着た美女、ナリは小さいものの途轍もない存在感を放つ帽子を被った中年男性、金髪碧眼でボンキュッボンの肉体が目を引く天使のような美女……なんだこの集団は!?
「お待たせして、すみませんでしたの。改めて、こちらが梁山泊に住んでいる者達ですじゃ」
そうして、各人と挨拶していく。
"喧嘩百段"
"裏ムエタイ界の死神"アパチャイ・ホパチャイさん
"剣と兵器の申し子"
"あらゆる中国拳法の達人"
天使の
「さて、説明と顔合わせも済んだことですし……ひとまず今日は体験という事で、修行に取り掛かってみましょうか。長老もそれでよろしいですかな?」
「……うむ。この者ならば、構わん」
「ありがとうございます! よろしくお願いします!」
「頑張ってね。いやマジで」
お話が済んだところで早速、道着に着替えて修行に移っていく。
今日は初日ということで「かる〜い内容」との事だったが、両手にツボを持って身体の各部位を固定された上で中腰で耐えさせられたり、両手にツボを持って摺り足で走り回らされたり、腰にロープとタイヤを結びつけてタイヤに岬越寺師匠を載せて走らされたりと、とにかく走らされた。
今まで身体を作っていたお陰で、ある程度は耐えられたが、それでも終わる頃には身体が悲鳴を上げていた。いや、此処までハードに追い込んだことはなかった。つか、自力でこのレベルまで追い込もうとしたら、先に身体がぶっ壊れる。なんという調整力だろうか。
直に体験してみて分かった、修行の密度が一人でやっていた頃と比べて段違いである。ここで修行を積めば、僕はもっともっと強くなれるだろう。素晴らしい、これこそ僕が求めていた環境だ。
ちなみに、僕が修行をする傍ら、白浜さんは将来的に僕がやる事になる修行をこなしていた。横で見ていた僕でさえ「あっちに比べれば、こっちはまだ楽だな……」と思ってしまうほど、あまりにハードな内容の修行にお母さんはドン引きしていたが、必死に頼み込んで梁山泊への弟子入りを了承してもらった。
……心配ばかりかけてごめん、お母さん。
10歳【11月15日】『修行の経過』
梁山泊に入門してから1ヶ月が経過した。基本的な修行内容は、師匠方によるとんでもない密度の基礎トレーニングによる肉体改造である。鏡で見るとそこまでムキムキになっている訳では無いのだが、自分の中に感じられる力は段違いに上昇している事が分かる。
もちろん、多少は突きや蹴り、投げなどの基礎や要訣は教えて頂けたものの、本格的な技の稽古には入っていない。本格的な技の稽古は明日からだ。
日々の修行の中でも、僕が一番気に入っているのは石の地蔵「投げられ地蔵グレート」をひたすら投げ続けるというもの。
岬越寺先生の手作りである投げられ地蔵グレートは、その重量が軽く100kgはある。現在の僕の体格は身長130cm, 体重38kgなので、実に2.5倍以上の重量を取り扱うわけだ。適切に重心や骨、力の配分を行わなければ持ち上がらないどころか、大怪我をする。
更には、疲労が溜まって追い込まれると、人間というものは動きが雑になりがちだ。そこを精密に合わせる修行を行う事で、繊細な技を実戦でも繰り出せる様になる下地を作るのだ。
だから、これは力を養うと同時に重量を扱うことに慣れるための基礎トレーニングであり、適切な力の使い方を覚えるための基礎トレーニングでもあるというわけだ。一石二鳥どころか、一石三鳥である。
梁山泊の修行には恐ろしいほど無駄がない。まったく、恐れ入るばかりだ。これを白浜先輩に言ったところ、「そりゃ、僕で散々実験してきたからね……」と遠い目をしながら言われた。
10歳【12月25日】『クリスマスプレゼント』
梁山泊からのクリスマスプレゼントはスペシャルな修行である。いつも以上に長い距離を走り込み、投げられ地蔵グレートを投げ込み、師匠お手製の変な修行マシーンをこなし、めちゃくちゃ手加減してくれている先生方や白浜先輩、美羽先輩を相手に組手を行う。
技の修行が始まってから大体2ヶ月、基礎トレーニングは続けつつも、先生方から技を授けられては、修行用の人形や地蔵を相手に技をかけまくる日々だ。組手じゃ先生や先輩方に投げられたり吹き飛ばされてばかりいる。ここへ来てから受け身を取った回数はざっと1万回を超えるだろう。
一人で修行していた時は空手に傾倒していたスキルツリーが、ここに来て、ものすごい勢いで色んな方面に開拓されていくのを感じている。
だが、それも悪い事ばかりではない。今まで染み込ませたスポーツ空手という武術の土台があったからこそ、教えて頂ける武術の動きや技の意味、身体の使い方などが分かるし、元々の自分の動きを見直してより良いものにすることが出来ている。
例えば、ファイトスタンス。今までは空手の打撃重視であるが故に足はステップ、身体は半身、腕は''攻防"の''防"を意識する置き方といった構えをしている事が多かった。要するに意識的に「戦う構え」を作っていたといえるだろう。
それが今は梁山泊で色んな戦い方を身体に染み込ませたお陰で、自然な足運び、状況に応じて自然に適応する体の構え、腕は攻防一体といった様子で「戦える自然体」でいられる事が多くなった。
この調子で頑張っていこう。
10歳【12月31日】『修行おさめ』
お父さんが帰って来た。久しぶりに話を聞かせてもらったが、やはり超多忙な様子だ。しかも、相変わらず超トラブル体質である。そこらのヒーローも裸足で逃げ出すくらいには行く先々でトラブルに巻き込まれては、なんだかんだ五体満足で生還する日々を送っているお父さんだが、流石に年末年始ばかりは無事に帰って来てくれたようだ。
と思ったら、乗っていた飛行機がハイジャックに遭って帰って来るのが一日遅れたらしい。
僕より主人公してないか?
まあ、そんな事はさておき。今日も今日とて梁山泊にて修行である。一年というには短いが、本年の感謝を伝えて修行おさめとした。
10歳【1月1日】『修行はじめ』
一年の計は元旦にありという事で修行に向かおうとしたのだが、「流石に休め」とお母さんとお父さんに止められてしまった。ぶっちゃけ、ありがた迷惑である。が、そんな事を言えるはずがない。お父さんもお母さんも好きだもの。
仕方がないので電話したところ、電話に出たのは岬越寺先生だった。新年の挨拶もそこそこに、行けなくなってしまった旨を伝えると、そうなる事を見越して修行内容をハードに調整していたとのこと。相変わらずの慧眼である。
やる事がないので、かっちゃんの家に殴り込みに行った。かっちゃん一家に挨拶をした後は、勝さんと光己さんにお年玉を頂き、かっちゃんから爆破つきパンチというお年玉を貰いつつ、一本背負いでアスファルトに叩きつけるというお年玉を喰らわせておいた。
なんだかんだで良い修行はじめになったな。
10歳【4月15日】『最高のヒーローとは』
梁山泊に弟子入りして半年もの月日が経過した。そんな今日、修行が終わった後、岬越寺先生に問いかけられた。武術を学び、鍛えた先で何をしたいか。どうなりたいか。
僕の答えは決まっていた。最高のヒーローだ。
僕にとって最高のヒーローとは、どんな凶悪な災害に巻き込まれた人でも笑顔で助けてしまえる存在だ。災害が天災であれば、生きている限りを救い出す。人災であれば、厄介の元ごと打ち砕く。未然に防げる災害であれば、その防波堤となる。最強の「救済措置力」でありたい。
だが、そのためには力が必要だ。この信念を貫き、困難を打ち払うための力が。
僕は個性を持たずに生まれた。だから、自分に宿る武術をその力にしたい。例えOFAを受け継ぐ事がなかったとしても、その先の未来で、僕は武術と信念と僕が持てる全てでヒーローになってみせる。
武術の心得と個性、両方を備えたヒーローは掃いて捨てるほどいる。本来二つあって然るべきところを一つだけで戦う。僕が歩いて行く道は、この先もずっと険しいままだ。だけど、それがどうした。
厳しいだって? 上等だ。それでこそ、やる意味がある。僕が僕の人生を懸けてやる意味が。
僕の想いを全て伝えた時、岬越寺先生は穏やかな笑みを浮かべて「良い答えだ」と言ってくれた。
そして、こんな事を言ってきた。
「内弟子にならないか?」と。
うーん、どうしよ。
10歳【4月16日】『それでも僕は強くなりたい』
お母さんに内弟子の話を持ち出したところ、断られてしまった。まあ、小学生の息子がそんな事を言ってきたら断るよな。家を出て暮らすってことだもん。
それでも僕は強くなりたい。最高のヒーローになりたいという思いは譲れない。お父さんもオンラインで召喚し、色々な思いをぶつけ合った末、小学生の内は今の通いスタイルでいること、中学生になったら内弟子入りを認めることを約束してもらった。
また、これらを梁山泊の方々に説明したところ、それは良かったと言って貰えた。そして、これからは「師匠」「兄弟子」呼びをするように言われた。
なんだかんだノリノリだな,